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シュレディンガーのアスカちゃん

(あらすじ)
合コンで意気投合したアスカとウミ。二次会で盛り上がる二人だが、その内、ある事実が明らかになり……。


(登場人物)
アスカ♂(但し、見た目も声もほぼ♀):女装男子。聞き上手で落ち着いた性格。25才。

ウミ♀:おしゃべりで、思ったことをズバズバ言うタイプ。年齢不詳。


・夜の居酒屋にて。

ウミ:……でさ、そっから変な雰囲気になっちゃってぇ、そいつに口説かれちゃったの。
ブッサイクな顔近づけながら「可愛い」とか「付き合いたい」とか一丁前に囁いてきてさ

アスカ:うんうん

ウミ:ウザいなーとか思いながら、そいつのコトよーく観察してたらさ、なんと鼻毛が飛び出てたの! ついでにズボンのチャックも全開! ウケるっしょ!?

アスカ:ふふっ、そうだね

ウミ:でね、もうダサ過ぎて見てらんなかったから適当に理由つけて帰ろうとしたの。
そしたら、そいつ「じゃあ、割り勘で」とか言い出してさぁ、男のクセにありえなくない!? 

アスカ:なるほどね

ウミ:はあ……ホント最近ハズレばっかりでイヤんなっちゃう。(ジョッキを傾けて)ゴクゴク…………ん? もうカラか……追加でもう一本頼んじゃおうっと

アスカ:飲み過ぎだよ、ウミちゃん

ウミ:いいじゃーん。さっきの合コンがつまんなかった分、こっちでパーっと楽しまないと! 

アスカ:しょうがないなぁ。じゃあ、これで最後ね

ウミ:わーい! アスカちゃん、大好き! えへへ……

アスカ:ふふふ

ウミ:(タブレットで注文しながら)にしても、あいつらホント見る目ないよね。こんな美人が二人も売れ残るなんてさ

アスカ:あ、実は何人かに声かけられたんだけど……断っちゃった

ウミ:ええー? なんで?

アスカ:うーん、なんとなく?

ウミ:そっかぁ。まあ、そのお陰で、こうやって二人っきりで楽しく二次会できてるんだから、あたしはよかったけど

アスカ:私もウミちゃんとお知り合いになれてよかったよ

ウミ:えへへ

アスカ:ふふふ

ウミ:あっ、それじゃあ、丁度ビールも届いたことだし……改めまして、最高の出会いにカンパーイ!

アスカ:乾杯

ウミ:ゴクゴク…………ぷはあっ! あー、どっかに良い男、落ちてないかなー

アスカ:ウミちゃんは、どんな人が好みなの?

ウミ:んーとね、やっぱり男らしい人かな

アスカ:例えば?

ウミ:優しくてぇ、包容力があってぇ、女の子ファーストでぇ、聞き上手でぇ、いつでも落ち着いてるんだけど、いざという時にちゃんと決断力があってぇ、大事なところでグイグイ引っ張ってくれる、みたいな? あと、イケメン! これは絶対条件!

アスカ:あはは! ウミちゃんの彼氏になる人は大変だね

ウミ:そうかなあ。あ、でもでも、アスカちゃんって結構、その条件に当てはまってたりするんだよね!

アスカ:そうなの?

ウミ:うん! 今日だって、ずっとあたしのペースに合わせてくれてたじゃん? 

アスカ:まあね。でも、そういうのはお互い様だよ

ウミ:「良いお店がある」って誘ってくれたのも嬉しかったし

アスカ:たまたま知ってる店が近くだったからね

ウミ:もちろん見た目も、うっとりするぐらい綺麗で文句なし! あーあ、アスカちゃんが男だったらなぁ。即アタックするのに

アスカ:あの……私、男だよ?

ウミ:え? あっははは! ちょっとやめて! 不意打ちウケる!

アスカ:いや、本当に男なんだよね

ウミ:あはは、もうー私が酔ってるからって、からかわないでよー

アスカ:うーん、からかってるわけじゃないんだけど……

ウミ:え……? ウソでしょ? 

アスカ:ホントだよ

ウミ:だって、どっからどう見ても完璧な美女だし、声だって超可愛いじゃん? 

アスカ:それはまあ、メイクとか、トレーニングとかの賜物で……

ウミ:じゃあ、その立派なおっぱいは何?

アスカ:ああ、これは偽物だよ

ウミ:偽物!? えっ、ちょっと、触ってもいい?

アスカ:どうぞ

ウミ:(触って)ん……? んん……? んんん……?

アスカ:あはは、くすぐったいよ、ウミちゃん

ウミ:確かにちょっと違和感はあるけど……でも、もし偽物だったとしても、それが何? ただ盛ってるってだけの話でしょ?

アスカ:うーん、どうすれば、男だって信じてもらえるかな……あ、そうだ、アレを見せればいいんだ

ウミ:は……?

アスカ:こんなにわかりやすいモノがあるのに、すぐ思いつかないなんて、どうかしてたよ

ウミ:え!? まさかそれって……

アスカ:今出すから、ちょっと待ってね

ウミ:いやいや、そっちこそ待って! 

アスカ:え?

ウミ:今ここで見せるつもりなの!?

アスカ:そうだよ?

ウミ:まずいでしょ!! 

アスカ:どうして?

ウミ:いや、ここ居酒屋だし、みんな見てるよ!?

アスカ:確かに、無闇矢鱈と周りに見せるモノでもないもんね

ウミ:う、うん

アスカ:でもチラッと見せるだけだし、大丈夫だよ

ウミ:チラッとでもダメに決まってるでしょ!?

アスカ:けど見てもらえれば一発だから

ウミ:一発アウトだよ! 何考えてんの!?

アスカ:うーん、じゃあ、どうすれば……

ウミ:え、待って。まさか他の人にも、そんな軽い感じで見せたりしてんの……?

アスカ:うん。しょっちゅう見せてるよ

ウミ:しょっちゅう見せてるの!?

アスカ:うん。見せると、大抵ビックリされるよ

ウミ:でしょうね!?

アスカ:しかも大型だしね

ウミ:しかも大型なの!?

アスカ:そう。よく意外だって言われるよ

ウミ:でしょうね!? っていうかダメだよ、簡単に人に見せたりしちゃ!

アスカ:でも便利だから

ウミ:便利とかの問題なの!?

アスカ:そうだよ? 市役所とかレンタルショップとか銀行でも見せてるし

ウミ:見境なしじゃん!? 扱い方が雑すぎるよ!

アスカ:ああ、それはこの間も言われちゃったなぁ

ウミ:え? 誰から?

アスカ:お巡りさんから

ウミ:お巡りさんにも見せたの!?

アスカ:うん

ウミ:いや、どんなシチュエーション!?

アスカ:えっと、まず私が、右に寄り過ぎてるせいで呼び止められちゃって

ウミ:右に寄り過ぎてるの!? そもそも、それダメなの!?

アスカ:ダメだと思うよ。法的に

ウミ:法的にダメなの!?

アスカ:それから「見せて」って言われたから「はい」って

ウミ:軽すぎるよ! 倫理観どうなってるの!?

アスカ:仕方ないよ。見せなきゃ怒られちゃうし

ウミ:普通、見せたら怒られるよ!? 

アスカ:それで、その時にお巡りさんから「傷だらけなので、もっと大事に扱ってください」って言われちゃって

ウミ:傷だらけ!? え、大丈夫なの!? 

アスカ:大丈夫。今はよく磨いてるからピカピカだよ

ウミ:ピカピカに輝くほどなの!?

アスカ:と言っても、もうゴールドではなくなっちゃったけどね

ウミ:前はゴールドだったの!?

アスカ:うん。残念ながら今はブルーだよ

ウミ:今はブルーなの!? それこそ大丈夫!?

アスカ:特別感はなくなっちゃったよね

ウミ:十分、特別だと思うよ!?

アスカ:そうかなぁ

ウミ:うう……ツッコミ過ぎて、頭フラフラしてきた……

アスカ:大丈夫? お水、飲む?

ウミ:ありがと……ゴクゴク……

アスカ:落ち着いた?

ウミ:うん……けど、まだ頭の整理が追いつかないよ……

アスカ:そうだよね

ウミ:……本当に男なの?

アスカ:うん

ウミ:うう、ダメ……やっぱり信じられない……

アスカ:やっぱり見てもらうのが一番だよ

ウミ:けど、心の準備が……

アスカ:そんなの要るかな?

ウミ:要るに決まってんでしょ!? 
大体まだ会ったばかりなのに……そういうのは、もっとお互いを深く知ってから…………って、何これ?

アスカ:運転免許証

ウミ:はあ……!? 免許証!?

アスカ:うん

ウミ:えっと……氏名・鈴木アスカ……え、この写真……アスカちゃんなの!?

アスカ:うん、それが一年前の私

ウミ:ヒゲ生えてる……! ウソでしょ!?

アスカ:よく見て。こことここにホクロがあるの。写真と同じでしょ?

ウミ:ほ、本当だ……

アスカ:これで、私が男だって、わかってもらえた?

ウミ:う、うん……

アスカ:よかった

ウミ:そっか、これを見せようとしてたんだ……あたしはてっきり……

アスカ:てっきり?

ウミ:ななな何でもない!

アスカ:……ごめんね、ウミちゃん

ウミ:なんで謝るの……?

アスカ:私のこと、最初からずっと女の子だと思ってたよね。わかってたんだけど、なかなか言い出せなくて……

ウミ:アスカちゃん……

アスカ:騙すみたいな真似して、本当にごめんなさい

ウミ:……あのね、ちょっときついこと言っていい?

アスカ:うん

ウミ:そもそもの話、あたしが勝手に勘違いしちゃったっていうのもあると思うんだ。
でもなんか今更ここで、正体明かされるのも都合が良すぎるっていうか……正直そんな風に謝られても困るっていうのが本音かな

アスカ:そうだよね。うん、その通りだと思う

ウミ:…………

アスカ:最初はね、可愛い服を集めるのが楽しかったんだ。
色んな可愛い服を着て、その姿を部屋に置いてある鏡に映して、写真を撮って……それだけで満足だった

ウミ:…………

アスカ:でも、そうしている内に、他人と較べることが段々と増えていった。
ウミちゃんみたいな可愛い女の子を見てると、羨ましくて、悔しくて、妬ましくて……少しでも近づきたくて頑張った。
お化粧もヘアメイクも沢山勉強して、エステにも通った。
女性らしい発声方法や話し方を研究して、毎日トレーニングを繰り返した。
そうやって出来上がったのが……

ウミ:今のアスカちゃんってことね

アスカ:うん

ウミ:すごいよね。あたしだったら自分のためにそんな努力なんて出来ない。
他の人と較べて惨めになることもあるけど、そういう時は、意地でもそいつのダメなところを見つけて、徹底的に勝てる部分だけで勝負するようにする。
そうすれば最低限のプライドは保たれるし、別にそれでいいかなって

アスカ:うんうん、いいと思う

ウミ:いやいや、普通にクズの発想よ? アスカちゃん、理解ありすぎー

アスカ:ううん、ウミちゃんは賢いよ。私はずっと、勝てるはずのない勝負を挑み続けて、疲れちゃったから……

ウミ:……これいていいかどうかわかんないけどさ、アスカちゃんは女になりたいの?

アスカ:違うと思う。そもそも「女らしい」っていうのが何なのか、今の私にはわからない

ウミ:ん? その格好は女らしいと思ってしてるんじゃないの?

アスカ:少し前までは、私もそう思ってたよ。
女の子らしいファッションをどこまでも追求してやる、って意気込んでたっけ。
けど、ふと気づいたんだ。これって、ただの思い込みであって、実は物凄い勘違いをしてたんじゃないか、って

ウミ:どういうこと?

アスカ:んー、極端に言うと、例えば、丸刈りで、化粧をせず、男モノの服を好み、いつもダミ声でクダを巻いてるような女性は、果たして女らしくないのか、ってこと。
自分の狭い価値観の範囲内だけで、女性を定義しようとしてしまってはいないか、ってね

ウミ:…………

アスカ:結局、私は、異性にこうあって欲しいという理想を、自分に投影しているだけの、ただのダサい男に過ぎなかったんだな、って気づいちゃったの。
そんな私だから、逆立ちしたって女の子にはなれっこないよ

ウミ:ふーん、色々考えてて偉いね。
けど、これだけは言わせて。アスカちゃんはダサくなんかない。バカなこと言わないで

アスカ:ふふっ、怒られちゃったね

ウミ:もう一つ質問

アスカ:何?

ウミ:下心があって、あたしに近づいたの?

アスカ:えっと……先に声かけてきたのウミちゃんだよ?

ウミ:あれ!? そうだっけ!?

アスカ:忘れた?

ウミ:酔っ払っちゃって……覚えてないみたい

アスカ:そっか

ウミ:でも、あたしの方からアプローチしたんならしょうがないね。だから、もういいや。アスカちゃんのこと、許してあげてもいいよ

アスカ:ありがとう

ウミ:……ねえ

アスカ:ん?

ウミ:ムカつかないの? あたし、さっきから好き放題言ってる気がするけど

アスカ:包容力のある男だからね、私は

ウミ:あ、それなんかムカつくー

アスカ:あはは。それにね……

ウミ:ん?

アスカ:そういうウミちゃんも好きだから

ウミ:なっ! か、からかってるの!? 年下のクセに!

アスカ:え? 年下?

ウミ:あっ、さっき免許証見せてもらったから……

アスカ:ああ……でも意外だね。私よりもっと若いのかと思ってた

ウミ:あはっ、そういうのよく言われる。
それまであたしのことチヤホヤしてたクセに、年齢を知った途端「なんだ、ババアかよ」っててのひら返されたりさ

アスカ:ごめん

ウミ:いいの。
アスカちゃんだって、好きな格好してるだけで沢山誤解されてきたんだろうし。
なんだろね、別に隠してるわけでもないのにさ、言わなきゃ後ろ暗い気持ちになって、いざバレたら必死で言い訳して、取り繕って……あたし達、案外、似た者同士なのかもね

アスカ:うん。だから、こうやって惹かれ合って……

ウミ:友達になれた、でしょ?

アスカ:うん。ふふふ……

ウミ:さてと……お酒もなくなっちゃったし、そろそろお開きにしよっか

アスカ:そうだね。じゃあ、ここは私がご馳走させてもらうね

ウミ:いいよ。あたしが払う

アスカ:いや、お店に誘ったのは私だし……

ウミ:そうだけど、行きたいと思ったのは、あたし

アスカ:でも男として払わないわけには……

ウミ:ああ、もうそういうのやめやめ! 楽しく過ごさせてもらったし、あたしが払いたいから払う! それでよくない?

アスカ:ふふ、わかったよ。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな

ウミ:……ねえ、それで、この後どうするの? 

アスカ:もうすぐ終電だし、このまま帰るよ

ウミ:そう……

アスカ:うん

ウミ:あのね

アスカ:うん

ウミ:あの、もしよければ……

アスカ:うん

ウミ:…………

アスカ:?

ウミ:って、っていうか! 今のうちに言っとくけど……アスカちゃんがホントは男だって話、完全に信じたわけじゃないから

アスカ:そうなの?

ウミ:だって、ほら、よく考えたら、変装して証明写真を撮ることだって出来るわけじゃない? 

アスカ:うーん、否定はできないね

ウミ:そうよ。実際に確かめてみないことには、男なのか女なのか、本当のところはわからないんだから

アスカ:なんだかシュレディンガーの猫みたいな流れになってきたね

ウミ:ん? 誰も猫の話なんてしてないんだけど?

アスカ:わかった。じゃあ、今度はきちんと性別表記のある身分証を持ってくるよ。それでいい?

ウミ:そ、そういうことじゃなくて……!

アスカ:え? じゃあ、どういうこと?

ウミ:だから、もっとこう……ね? 仲良くなってお互いのことを深く知ればぁ、自然とわかるはずっていうかぁ……

アスカ:うん。だから、ちゃんと知ってもらう為に身分証を見せるっていう話だったよね

ウミ:はあ、ウザ…………もういい! あたし、先に帰るからお会計しといて!

アスカ:ええ!? 奢ってくれるんじゃなかったの?

ウミ:はあ!? 何言ってんの!? 女が男に食事を奢るワケないでしょ!?

アスカ:そこを何とか……せめて割り勘にならない?

ウミ:なるか! ふん!(立ち去る)

アスカ:ちょ、ちょっと待ってよ、ウミちゃん! ウミちゃーん! 
……行っちゃった。なんで急に怒りだしたんだろ? うーん、女の子って、やっぱり難しいなぁ……

(了)


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