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シャイニングJK

(あらすじ)
『人体発光現象』。平凡な女子高生の身に起こった突然の変化に、人々はなす術なく翻弄されていく。
解決策を見出せぬまま、やがてその脅威は、世界的な規模にまで深刻化することが予測されるに至り――運命の悪戯に抗う少女たちの友情を描いた異色SFファンタジー。

(登場人物)
朝日奈あさひなヒカリ♀:高校一年生。優しく明るい優等生。16歳。

如月きさらぎカナ♀:高校一年生。自称陰キャ。16歳。

津島つしま(不問):新宮物理学研究所所長。37歳。

――――――――――――――

・早朝。登校する二人の女子高生。

カナ:おはよっす、ヒカリ

ヒカリ:カナ、おはよう

カナ:ふぁ……ねむ……

ヒカリ:また遅くまでゲームやってたの?

カナ:悪い?

ヒカリ:悪くはないけどさ、もうちょっとシャキッとしなよ

カナ:無理。あーあ、学校だるー

ヒカリ:もう……毎日、それ言ってない?

カナ:毎日だるいんだから、しょうがないじゃん。

あんたはそういうのないの?

ヒカリ:ないよ。楽しいもん、学校

カナ:あ、そう……そりゃまた結構なことで

ヒカリ:花の女子高生だもん。思いっきり満喫しなきゃ損でしょ?

カナ:はあ、そうですか……。いやぁ、まったく輝いてるねえ! ああ、眩しい! 眩しくて、あたしゃ見てられないわ!

ヒカリ:何なのよ、それ《笑う》

カナ:いや、実際ね、あたしみたいな陰キャにとって、華やかな学園ライフを謳歌するというのは、非常にハードルが高いことなのよ、あんたみたいにキラキラしたのと違ってね。

あーあ、一遍でいいからリア充とかやってみたいわ

ヒカリ:ほら、またそうやってふてくされる。

カナだって、その気になれば出来るよ、キラキラ学園ライフ

カナ:どうすりゃいいのよ?

ヒカリ:うーん、そうだなぁ、まずは恋をしてみるとか……?

カナ:はあ!? 恋!?

ヒカリ:そ。青春したけりゃ、恋人の一人や二人作らないことには始まらないじゃない?

カナ:簡単に言ってくれるよね……大体、あんただって彼氏いないくせに

ヒカリ:わ、私のことはいいでしょ!?

カナ:うーむ、恋人ねえ……

ヒカリ:その……カナは……誰か好きな人とかいないの……?

カナ:いるよ

ヒカリ:えっ……?

カナ:なに、驚いてんのよ

ヒカリ:だって……初めて聞いたし……

カナ:聞かれなかったからね

ヒカリ:そ、それで、どんな人なの……?

カナ:先輩だよ、一個上の。生徒会で副会長やってるサッカー部の……

ヒカリ:ああ、えっと……三山みやま先輩だっけ?

カナ:そう。流石の記憶力だね

ヒカリ:そ、そんなことより、先輩と面識あったの?

カナ:ないよ

ヒカリ:え? じゃあ、なんで……?

カナ:いや、なんかイケメンじゃん? 背も高いし。あとはまあ、人望もそこそこありそうな感じだよね

ヒカリ:うん……それで?

カナ:それでって……何?

ヒカリ:え? それだけ?

カナ:それだけだよ

ヒカリ:呆れた……

カナ:おや、自分から振っておいて、人様の恋愛観にケチつけるつもり?

ヒカリ:けど、あまりにも薄っぺらいっていうか、もっとこう、人を愛するっていうのは……

カナ:っていうのは?

ヒカリ:っていうのは、えと……

カナ:何よ?

ヒカリ:いや、そうだよね……人を好きになるのに理屈なんて要らないもんね

カナ:そういうこと

ヒカリ:でも、どうするの?

カナ:ん?

ヒカリ:告白とかしないの?

カナ:いや、告白は……流石に無謀でしょ。あの人、結構、人気あるっぽいし

ヒカリ:そんなの、やってみなきゃわかんないでしょ! しようよ、告白!

カナ:適当言わないで!? 他人事ひとごとだと思って……

ヒカリ:けど、ぼーっとしてたんじゃ、その内、他の誰かに取られちゃうよ?

カナ:うーん……

ヒカリ:ね、応援するからさ。青春に挑戦はつきものだよ!

カナ:……わかったよ。あんたがそこまで言うならやってやる……!

覚醒した陰キャの底力、なめんじゃないわよ!

ヒカリ:うん……その意気だよ!

カナ:でもなんかアレだね、ただ告白するだけだと面白みに欠けるというか……そうだ、ヒカリ、あたしと勝負しない?

ヒカリ:勝負?

カナ:うん。あたしが先輩に告白して、もしオーケーもらえたら、あんた、あたしに何か奢ってよ

ヒカリ:そういうことか……別にいいよ。何が食べたい?

カナ:牛丼!

ヒカリ:ええ? 彼氏が出来た記念に牛丼?

カナ:そ。いいでしょ。もちろん、チェーン店の安物じゃなく、特上のやつね!

ヒカリ:ふう……わかったわ。

じゃあ、失敗したときは?

カナ:そうね、もしフラれちゃったらそのときは……あんたの言うこと、一つだけ何でも聞いてあげる

ヒカリ:何でも?

カナ:うん

ヒカリ:強気に出たわねー

カナ:こちとら追い込まれるほど、実力を発揮するタイプなんでね

ヒカリ:ふーん。じゃあ、ますます気合入れて頑張んないとね!

カナ:ふっ、望むところよ!

ヒカリ:さてさて、それじゃあ何をお願いしようかなあ、今のうちに考えておかないとね。ふふ、楽しみだなあ

カナ:なっ、応援してくれるって言ってたじゃん!?

ヒカリ:それとこれとは話が別です

カナ:あーん、この裏切り者ー!

ヒカリ:あっははは

・昼休み。校内にて。

カナ:あ、いたいた。ヒカリ、ちょっといい?

ヒカリ:どうしたの、カナ?

カナ:今朝、話したじゃん? 三山先輩に告白するってやつ

ヒカリ:あ、うん

カナ:あれ、してきた

ヒカリ:え!? ホント!?

カナ:うん。さっき、たまたま廊下で見かけたからさ、勢いでやっちゃえ、って

ヒカリ:勢いで、って……それで、どうだったの?

カナ:いやぁ、改めて間近で拝んでみると、やっぱりとんでもないイケメンでさ、もうなんか住む世界が違うっていうか、別次元の存在っていうか? そんな感じだったよね

ヒカリ:そ、そっか……それで?

カナ:それで、あたしもついテンパっちゃって、初対面なのに、わけわかんないことばっか口走ったから……普通にドン引きされちゃったわ

ヒカリ:あ、そうだったんだ……ごめんね、私のせいで……

カナ:いや、ヒカリが後押ししてくれなかったら、きっと話し掛けることもなく終わってたと思うからさ。まあ、恥はかいたけど、これも良い経験になったよ

ヒカリ:そっか……今回は残念だったね……。でもカナならきっと、またいつかどこかでチャンスが……

カナ:ん? なんで残念?

ヒカリ:え? だって……

カナ:ちゃんともらったよ、彼から

ヒカリ:え……?

カナ:返事。オーケーだって。

付き合おうって言ってもらえた

ヒカリ:え………………ええええええ!?

カナ:ちょっと、ヒカリ! 声大き過ぎ!

ヒカリ:ほ、本当にオーケーもらったの……!?

カナ:うん。そんなに意外?

ヒカリ:だ、だって! そういう流れじゃなかったから! 

カナ:そうかな?

ヒカリ:そうだよ!

カナ:まあ、ともかく、そんなわけで、これから三山先輩と付き合うことになったからさ。よろしくね

ヒカリ:えっと……うん……よ、よろしく……

カナ:と言っても、特別、何かが変わるわけじゃないけどね

ヒカリ:いや、変わるでしょ!

カナ:そうかな?

ヒカリ:そうだよ!

カナ:でも、あたしは親友として、これまで通りヒカリと関わっていきたいと思ってるよ

ヒカリ:それは……私だってそうだけど……でもダメだよ

カナ:どうして?

ヒカリ:折角、カナに素敵な彼氏が出来たのに邪魔したくないし…………私のことなんて置いといて、カナは目一杯青春を楽しむべきだよ! 

カナ:ヒカリ……

ヒカリ:ほら、もう、そんな辛気臭い顔しないで! 憧れのリア充になれたんだから、もっと喜ばなきゃ!

カナ:でも……

ヒカリ:カナ

カナ:ん

ヒカリ:おめでとう。勇気を出して、よく頑張ったね

カナ:…………ありがと

ヒカリ:ふふふ

カナ:ねえ、ホントにあたし、喜んでいいのかな……?

ヒカリ:もちろんだよ! 

カナ:そっか……えへへ……《何かに気づいて》ん? あれ?

ヒカリ:これからカナが、もっともっとキラキラ輝いた学園生活を送れるよう、応援してるからね!

カナ:《戸惑い》え、待って、どういうこと……? 

ヒカリ:……カナ? どうしたの?

カナ:む、無理だよ……! やっぱりあたし、あんたみたいに輝いたり出来ない……!

ヒカリ:そんなことないよ! カナだったら絶対……

カナ:そういう意味じゃなくて……! 

輝いてんのよ……! 物理的に……! ヒカリの身体が……!

ヒカリ:え……? 何を言って……《自分の身体を見る》え!? ウソ……何よ、これ……やだ、どうなってるの……!?

カナ:ヒカリ……あんた、もしかして、伝説のスーパーサイ……

ヒカリ:ちょっと! 冗談言ってる場合じゃないでしょ!? ど、どうしよう……!?

カナ:あ、あたし、先生、呼んでくる! そこで待ってて!《走り去る》

ヒカリ:う、うん!

(独白)……私の身体、一体どうなっちゃったの……?

・◇

カナ:それから、駆けつけた先生の判断で、ヒカリのお母さんが学校に呼ばれることになり、ヒカリはお母さんと一緒に急いで病院へと向かった。

帰宅後、あたしは祈るような思いでヒカリからの連絡を待ち続けた。

そうして、時計の針が午後十時を指した頃。スマホの着信音が鳴り、あたしは慌てて応答ボタンを押した。

カナ:もしもし、ヒカリ!?

ヒカリ:カナ……ごめんね、心配かけちゃって

カナ:いいよ、そんなの。

それより、病院、どうだった!?

ヒカリ:うん……見る人みんなに驚かれちゃってさ……病院内、ちょっとしたパニックだったよ、はは……

カナ:まあ、そうなるよね……

ヒカリ:でね、取り敢えず、一通りの検査を受けてみたんだけど、お医者さんの所見によると、すべて異常なし。いたって健康体なんだって

カナ:じゃあ……身体が光る原因は?

ヒカリ:わかんない……。

明日、もっとちゃんとした設備の整った大きな病院で診察を受ける予定なんだけど……でも、こんなに部屋が明るくっちゃ、眠れないよ。

どうしよう、明日、早いのに……

カナ:呑気なこと言っちゃって……でも、元気そうな声が聞けて安心したわ

ヒカリ:うん、むしろ元気過ぎるくらい。あれから何にも食べてないのにね

カナ:え、何も? どうして?

ヒカリ:それが全然お腹空かなくてさ。不思議だよね

カナ:何それ……ホントにどうなっちゃったのよ、あんたの身体……

ヒカリ:ごめんね、こんな変なことになっちゃって……そうだ、あれから先輩とは連絡取った?

カナ:あ、忘れてた……

ヒカリ:え!? ウソ!?

カナ:だって、それどころじゃなかったからさ

ヒカリ:ああ、もう……付き合い始めたばかりなんだから、そんなんじゃダメ! おこだよ!

カナ:なんで、あんたがおこなのよ

ヒカリ:親友として、ほっとけないでしょ。

とにかく、これからはちゃんとまめに彼と連絡取ること。いい?

カナ:はいはい、わかりましたよー

ヒカリ:……それにしても、まさかカナがあの三山先輩をゲットするなんてね。昔から勝負となると、ホント強いんだから

カナ:いやあ、ヒカリから奢ってもらうのが楽しみで、ついはりきっちゃった

ヒカリ:落ち着いたら約束を果たすから待っててね。えっと、確かパンケーキを奢るんだったよね?

カナ:違う、牛丼!

ヒカリ:えー、パンケーキにしようよ?

カナ:あんたが食べたいだけでしょ!?

ヒカリ:しょうがないなあ。それじゃ、パンケーキと牛丼が両方とも食べられる美味しいお店、探しとくね

カナ:そんな店、あるのかなあ……

ヒカリ:ふふ……じゃあ、そろそろ

カナ:うん。早く治して戻ってきなよ。待ってるからさ

ヒカリ:うん……おやすみ、カナ

カナ:おやすみ、ヒカリ《電話切る》

ヒカリ:…………気のせいかな…………光、強くなってる…………

・◇

ヒカリ:結局、その晩は一睡も出来なかった。というより正確には、その日を境に、私の身体は眠るという行為を必要としなくなった。

睡眠だけじゃない。飲まず食わずでもお腹は減らないし、お風呂に入らなくても全身はいつも清潔に保たれている。人間が生きる為に欠かせない行動のすべてが、私にとっては意味を失ってしまったかのようだった。

お医者さんによれば、身体から放たれる光が関係しているとのことだけれど、そのメカニズムや治療方法については、どんな検査をおこなっても、手掛かりすら掴めないまま。

いたずらに時間だけが過ぎる中、溢れ出す光は段々とその明るさを増していき、同時に私の中の不安や焦りも大きくなる一方だった。

最初に身体の輝きが始まってから二週間が過ぎた頃、病院側からの提案を受けて、私は、とある研究所に移ることになった。何でもそこは、物理学のエキスパートが集う、国立の研究開発施設だそうで、私としては、そこでの進展に一縷いちるの望みを託すしか選択肢がなかったのだ

・新宮第一物理学研究所。職員の一人が、別の部屋に居るヒカリに向けてスピーカーで呼び掛ける。

津島:やあ、君が朝日奈ヒカリくんだね? ようこそ、所員一同、君のことを歓迎しているよ

ヒカリ:あなたは……?

津島:私の名前は、津島。当研究所の所長を務めている

ヒカリ:朝日奈です。よ、よろしくお願いします

津島:いや、しかし、噂には聞いていたが、実物を目の当たりにすると────と言っても、この特殊モニター越しでなければ眩しくて見ることも出来ないのだが────驚きを禁じ得ないね。

直近の光量計測によると、全光束ぜんこうそくが約320,000lmルーメン、放射強度が約25,000cdカンデラ、そして光源直下2メートルの距離における照度が約6,300lxルクスとの数値を示した。

およそ人体から発せられているとは信じがたいほどの燦爛さんらんたる光の乱舞だよ

ヒカリ:所長さん、あの……

津島:博士ドクターだ。私のことは、津島博士はかせと呼んでくれたまえ

ヒカリ:津島博士、これって、本当に治るんでしょうか……?

津島:治る? その表現は、いささか短絡的に過ぎるようだね。

君のその発光現象は、あるいは、人類にとっての大いなる福音ふくいんではないか、と考える向きもあるのだよ

ヒカリ:福音……? おっしゃる意味が……

津島:君の身体的特徴の一つとして、代謝の自己完結性というものが挙げられる。

知っての通り、あらゆる有機体は、外部から体内に取り込んだ物質を合成、分解し、不要物を排出するとともに、その過程でエネルギーの生成や転換、消費をおこなうことで生命活動を維持している。

ところが、君にはそれらの面倒な手順を踏む必要がない。何故なら、君のその身体から溢れる無尽蔵な光の粒子には、一連の代謝と同等の役割を果たす代理的機能が備わっているからだ。

しかも君の場合、どんなに激しく、またどれだけ長時間活動しようと、休息とはまったく無縁のまま過ごすことが出来る。これはとりわけ、自己再生、自己修復、自己調整システムが、極めて精力的に活動していることの証左に他ならない。

以上の要素を先入観を捨て去って評価するならば、君の身体は、ある種の、エネルギー保存則を無視した永久機関であると言って差し支えないだろう

ヒカリ:えっと……ごめんなさい。何だか頭がごちゃごちゃしてしまって……つまり……?

津島:要するにだ、君は紛れもなく、人類を含めたあらゆる生物よりも明らかに先のステージに進んだ存在……『神』と呼ばれるに相応しい人物だということさ

ヒカリ:か、神!? 私が!?

津島:あくまで考え方の一つだがね。

自分を神だと思えば、今のこの状況も誇らしく思えるのではないかい?

ヒカリ:そんなことって……でも、私、こうなりたくてなったんじゃありません……!

津島:その点については、承知しているつもりだよ。

まあ、そう物事を悲観的に捉えることはないということが言いたかっただけさ

ヒカリ:私……早く元に戻りたい……。普通の女子高生に戻りたいです……!

津島:無論、その為にこちらも全力を尽くすつもりだ。差し当たって、発光現象の原因の究明と解析を急ピッチで進める。

君のほうからも何か要望があれば、遠慮なく言ってくれ

ヒカリ:じゃあ、その……友達と話したいです

津島:友達?

ヒカリ:はい。如月カナ……大事な親友なんです

津島:わかった。すぐに手配しよう《モニター切れる》

ヒカリ:もしかして、あの人、あれで私を慰めてるつもりだったのかな……? ふふ、変なの……

・二日後。研究所にて。

カナ:久し振り

ヒカリ:カナ、来てくれたんだね!

ここまで遠かったでしょ?

カナ:電車とバスで二時間程度だったかな。大したことないよ

ヒカリ:ごめんね

カナ:いいって。友達じゃん

ヒカリ:うん。また話せて嬉しい

カナ:あたしも嬉しいよ

ヒカリ:よかった

カナ:直接、会えたらもっとよかったんだけどね。

こんな風に閉じ込められてるなんて思わなかったから、ビックリだよ

ヒカリ:うん……私の身体、目に見える光以外にも紫外線とか赤外線とかが沢山出てるみたいで、人体に悪影響があるかもしれないからって、誰にも会わせてもらえないんだ

カナ:酷い……スマホも取り上げられたんでしょ?

ヒカリ:この部屋、電子機器類は持ち込み禁止だから……っていうか、もしスマホがあってもどうせ使えないよ

カナ:どうして?

ヒカリ:私の周り、眩し過ぎて何も見えないから。スマホの操作なんて出来ないもん

カナ:そんなに光が強くなってきてるんだ……

ヒカリ:そうなの。お陰で退屈過ぎて死にそうだよ

カナ:じゃあさ、せめて音楽流してもらおうよ

ヒカリ:音楽?

カナ:そ。家からCD持ってくるからさ。少しは気が紛れるでしょ? 

何がいい? ヒカリ、アイドル好きだもんね。スナップ……は古いか。やっぱ大嵐おおあらし

ヒカリ:カナが選んでくれたのだったら何でもいいよ

カナ:わかった。次、沢山持ってくるからね

ヒカリ:ありがとう

カナ:三山先輩からおすすめされたアーティストのアルバムとかもあるからさ。ヒカリにも聴いて欲しいんだよね

ヒカリ:へえ……先輩とは、うまくいってるんだ?

カナ:あ、うん。まあ、普通かな?

ヒカリ:ふーん

カナ:な、何?

ヒカリ:じゃあ、そろそろキスくらいは済ませた?

カナ:ちょ、ちょっと! いきなり何言い出すのよ!?

ヒカリ:否定しないってことはそうなの?

カナ:いやっ、それはさ、その……

ヒカリ:へえ、そうなんだ

カナ:違う、そうじゃなくて……! あれは、ハルトくんのほうから、いきなり……

ヒカリ:ハルトくん……?

カナ:あ……!

ヒカリ:そう。二人きりのときは、彼のこと、そう呼んでるんだね

カナ:…………うん

ヒカリ:なんで、隠してたの?

カナ:なんとなく……

ヒカリ:私が嫉妬するとでも思った? 折角、二人のこと、応援してあげてるのに。なんか、ちょっと裏切られた気分

カナ:そんな言い方しなくてもいいじゃん……。ヒカリが大変なことになってるのに、浮かれた姿を見せないよう、あたしなりに考えたうえで……

ヒカリ:へえ、そうなんだ。そういうの、何て言うか知ってる? 余計なお世話!

カナ:なっ……いい加減怒るよ!? こっちは心配してここまで来てるのに!

ヒカリ:友達のことが心配でも彼氏とキスは出来るんだ? 知らなかったわ、カナって、意外と器用だったんだね!

カナ:だから、それは違うって!

ヒカリ:違わないでしょ!? カナのバカ!

カナ:ヒカリのバカ!

ヒカリ:…………

カナ:…………

ヒカリ:…………今日はここまでにしよっか

カナ:…………うん

ヒカリ:来てくれて、ありがとう……

カナ:うん、また来るね……

ヒカリ:バイバイ……《モニター切れる》

うう……私、なんであんなこと……もうやだ……こんなのもうやだよぉ…………!

・所長室。

津島:おや、話はもう済んだのかい?

カナ:はい……

津島:遥々、ここまで来てくれたんだ。もっとゆっくりしていっても構わないのだよ

カナ:いえ、それがちょっと……話してる内に気まずくなっちゃって

津島:そうかね。まあ、無理強いはしないさ

カナ:津島博士……あの……ヒカリは大丈夫なんでしょうか? 

津島:その質問に答えるならば、イエスだ。朝日奈くんほど頑健な生物は、この地球上に存在しない。たとえ、今、世界が滅亡したとしても彼女だけは無事生き残ることだろう

カナ:そんなことが聞きたいんじゃなくて……!

津島:では質問を変えたまえ

カナ:……研究はちゃんと進んでるんですか? 何か新しくわかったこととか……

津島:その質問には答えられない。部外者に対して、研究に関する機密情報を漏らすわけにはいかない

カナ:くっ……!

津島:……と、突っぱねてもいいのだがね。白状しよう。現時点での成果はゼロだ。

発光現象について、有効な対処法どころか、原因となりうる要素の一つも解明出来ていない

カナ:そんな……

津島:とはいえ、私にも研究者の端くれとしての矜持というものがある。どんな犠牲を払おうとも、必ず解決の糸口を突き止めてみせるよ。そう簡単に白旗を掲げるつもりはないさ

カナ:何か、あたしにも手伝えること、ありませんか!? ヒカリのためなら何だってやります!

津島:ふむ、そうかね。それは頼もしいな。

では君に一つ重大な任務を与えるとしよう

カナ:は、はい!

津島:コーヒーを一杯、れてくれないか?

カナ:へ? コーヒー……?

津島:そこのシンクの上にある棚の中に、一式が揃っている。淹れ方くらいはわかるだろう?

カナ:はあ…………まあ、はい、わかりますけど……

津島:角砂糖は一個で頼むよ

カナ:何なのよ、もう……《ぶつくさ言いながら台所へ》

津島:ああ、そうだ、如月くん

カナ:なんです?

津島:何分なにぶん、そちら方面での経験に乏しくてな、恥を忍んで君に尋ねたいのだが……

カナ:?

津島:さっき君らがやっていたのは、痴話喧嘩というやつか?

カナ:違います!!

・◇

ヒカリ:《子供の頃から、ずっと綺麗なモノに惹かれていた。

お菓子のおまけについてくる魔法の宝石シリーズを夢中になって集めていた。

お誕生日会で同級生が着ていた、煌びやかなプリンセスドレスに憧れた。

お祭りで買ってもらった見事な飴細工を食べるのが惜しくて、飽きるまで眺めていた。

ずっと綺麗なモノに惹かれていた。

そんな私が、あの子の側に居たいと願ったのは、必然的なことだった。

今、キラキラと輝く私の身体は────とても醜い》

・◇

カナ:新宮第一物理学研究所に移送されたヒカリについての研究は、昼夜を問わず、連日に及んで続けられた。けれど、所員たちの懸命の努力が実を結ぶことはなく、謎の発光現象への対抗策が見出せないまま、虚しく時間だけが過ぎ去っていった。

あたしに出来ることと言えば、研究所へ訪れて、ヒカリを励ますことだけ。学校が休みの度に通っていたせいで、あたしは今や、すっかりここの常連客として、関係者に認知されるようになっていた。

・所長室。

津島:《コーヒーを一口啜り、カップを戻す》……「継続は力なり」ということわざを知っているかね?

カナ:なんです、藪から棒に?

津島:どうも、あの警句には反論の余地があるようだな。

ここに顔を出すようになって以来、君は私の助手として、相当数のコーヒーを淹れてきたはずだ。にもかかわらず、上達の兆しが一向に見えない

カナ:別に、喫茶店のマスターになるのが夢ってわけでもありませんからね。今後も上手に淹れるつもりはありませんので、悪しからず

津島:ふむ。では、君の将来の夢とは?

カナ:……今はそんなこと、考える余裕がありませんよ。ヒカリがずっと苦しんでるままだっていうのに……

津島:そうか。ならば、すべてが片付いたとき、改めて君の口から夢が語られることを楽しみにしているよ。

それにしても……ん?《電話に着信。応答する》 津島だ。…………なんだと? どういうことだ? …………了解した。すぐに現場へ向かう《電話切る》

カナ:どうしました?

津島:地下実験室で異常が生じた

カナ:! ヒカリに何かあったんですか!?

津島:今からそれを確認する。如月くん、君もついて来い

カナ:はい!

津島:その前にこれをかけろ

カナ:遮光ゴーグル……?

津島:念の為さ

カナ:…………

・地下に降り立つ二人。

津島:なっ……これは……!?

カナ:どうなってるの……? 地下なのに、すごく明るい……!

津島:実験室から漏れ出た光が、フロア全体を照らしているのか……? 

カナ:そんなことってあるんですか……?

津島:理論上はあり得ない。

あの部屋は、垂直配向性すいちょくはいこうせいの多層カーボンナノチューブでフルコーティングされた特殊内壁によって、完全に密閉されているはずだからな。

だが……

・地下一階、中央操作室。制御卓コンソールを操作する津島。

津島:朝日奈くん! 私だ! 応答したまえ!

ヒカリ:津島博士……?

カナ:ヒカリ! 大丈夫!?

ヒカリ:カナ? 来てくれたの?

カナ:そうだよ! あんたが大変だって聞いたから!

津島:何があった? 話してくれ、朝日奈くん

ヒカリ:何があった、って……? 何もありませんよ。そう、ここには何もない。

見渡す限り真っ白で、何一つない完璧な閉鎖空間。

博士だって、よくご存知でしょう?

津島:…………

ヒカリ:あ、そうだ、カナー。この間、音楽聴かせてくれて、ありがとう。すっごく素敵だったよ!

カナ:そ……そう? なら、よかっ……

ヒカリ:お陰でね、すっごく死にたくなった

カナ:え……?

ヒカリ:夢とか希望とか青春とか……そんなフレーズの一つ一つが今の私を嘲笑っているかのようで、酷く傷ついたよ。

カナって、昔から結構、残酷なところあるもんね

カナ:あたし、そんなつもりじゃ……

ヒカリ:でね、さっきやってみたんだ。「もういいや、死んじゃおう」って。そこの壁に頭を思い切り打ちつけてみたの。

血が出るまで、肉が裂けるまで、頭蓋骨が砕けるまで、脳漿のうしょうが飛び散るまで、何度も何度も何度も……。

だけど、結果はご覧の通り。すぐに治っちゃって、傷一つ残らない……って、眩し過ぎて何も見えないか。あははは

カナ:そんな……なんで、そんなこと……!

ヒカリ:理解出来ないって顔してるよね、きっと。私もだよ。こんな、わけわかんない身体になるなんて思いもしなかった。でも、これが現実。

どんなに寂しくても辛くても怖くても、この身体からは逃げられないんだって思うと、絶望感で一杯で、すべてが憎らしくて仕方がなくて……。

こんな身体に産んだ親が憎い。ここに閉じ込めて、実験を繰り返す津島博士が憎い。そして、能天気で無神経で、私を放ったらかして彼氏とイチャついてるカナが憎い…………!

カナ:ヒカリ…………

ヒカリ:でも一番憎いのは、私! こんな汚くて醜くて最低なことばかり考える私なの! これ以上、何も考えたくないのに、この身体が休むことさえ許してくれなくて、ずっと苦しい……!

もう嫌! ここから出して! いい加減にしてよ!

津島:まずい。光度エネルギーが著しく上昇している。

極度の心的ストレスに呼応しているのか……?

朝日奈くん! 落ち着きたまえ! 研究が成功すれば、すぐにでもここを出られる! だから、それまで……

ヒカリ:それまで、って、いつ!? いつまで我慢すればいいの!? そう言われて、先の見えない不安と戦いながらずっと耐えてきた! もうこれ以上は無理だよ……!

カナ:ヒカリ、聞いて!

ヒカリ:嫌よ! 何も聞きたくない!

カナ:いいから聞いて! あたし、あんたに謝らなきゃ……!

あんたがそうなっちゃったのは、きっと、あたしのせいだから……!

ヒカリ:え……? カナのせい……? 何を言ってるの……?

カナ:ヒカリの居る中学にあたしが転入してきた時の話……。

それまで、親の仕事の都合で転校を繰り返してきたあたしにとって、何度も突きつけられた無理難題……それが、新しいクラスに馴染み、友達を作ることだった。

案の定、その時も、転入してきたあたしが根暗でつまらない生徒だということがわかると、クラスのみんなはすぐにあたしへの興味を失っていった。

「ああ、またか」

そう諦めていたあたしに、一人の女の子が寄って来て、こう話し掛けてきたんだ

ヒカリ:《回想》こんにちは。よかったら私と友達になってくれない?

カナ:嬉しかった。あの瞬間から世界が輝き出した。

その女の子はとても可愛くて頭が良くて優しくて人気者で……彼女と一緒に居れば、あたしもこの子の光を浴びて輝いていられると思った。

だから願ってしまった。「その子────ヒカリにずっと輝いていて欲しい」って

ヒカリ:カナ…………

カナ:ホント都合の良い話だよね……自分じゃ全然、輝く努力すらしなかったくせにさ……。

《涙混じりに》だから……だから、ごめん……ヒカリ……全部、あたしが悪いの……あんたにずっと甘えっぱなしのあたしが……ごめん……ごめんね……!

ヒカリ:《泣きながら》うう……ああ……カナ……! カナに会いたいよぉ……! カナと一緒に学校行きたい……! カナと一緒に笑っていたい……! カナと一緒に……私は……うあああっ……!

津島:いかん、光が強過ぎる。このままでは……如月くん! もう限界だ! 一旦、ここから退避するぞ!

カナ:《腕を掴まれ、引っ張られる》は、離してっ! ヒカリ! ヒカリー!

ヒカリ:カナ! 待って! 行かないで! カナ! カナぁ!!

・◇

津島:あの一件の直後、朝日奈ヒカリを収容していた地下実験室は、即座に厳重な封鎖措置が取られた。

しかし、区画全体を透過して照射される光の奔流ほんりゅうに抗うことはかなわず、とうとう機能不全に陥った第一物理学研究所は、放棄を余儀なくされることとなった。

今後は拠点を遠隔地にある第二研究所ラボへと移し、第一研究所ラボからリアルタイムに転送されるデータを元に、調査が続行されることになる。

カナ:まだ目を覚ましませんか……?

津島:ああ。あらゆる種類の外部刺激を試みたが、まるで反応を示そうとしない

カナ:一体どうしちゃったのよ、ヒカリ……あれからずっと眠ったままだなんて……

津島:一部の哺乳類には、劣悪な環境条件から身を守るため、代謝機能を能動的に低下させる能力が備わっている。自発的に休眠状態に入ることによって、エネルギーの節約を図り、厳しい環境を乗り切ろうとするわけだ

カナ:それって、冬眠中のクマとかの話ですか……?

津島:そうだ。しかし朝日奈くんの場合、それとは逆に、心拍数や血流量、ことに体温の上昇が顕著で、現状の体温平均値は摂氏120度を超えている。

いずれにせよ、彼女の突然の沈黙が、通常の睡眠や休眠とは大きく性質が異なるのは明らかで、むしろエネルギーの発露を積極的に促す要因になっている節があるようだ

カナ:じゃあ、光が急に強くなったのも……

津島:ああ。何らかの因果関係があると考えるべきだろうね。

恐らく今回の休眠は、過酷な環境によって与えられた精神的負荷の総量が許容閾値いきちを超過したことに起因しているはずだ。彼女の心の扉は今、極度のストレスから逃れるため、完全に閉ざされてしまっている。

そのせいで、それまで理性によって保たれていたエネルギーの放射強度と循環周期とが著しく乱れた。言わば、光の暴走だな

カナ:暴走……!

津島:厄介極まりないことになったぞ。なにしろ、朝日奈くんの放つ光には、これまでの常識というものが一切通用しない。

大前提として、光というものは物質に当たると、対象の性質に応じて、吸収、反射、透過、屈折、散乱など様々な振る舞いを見せる。にもかかわらず、彼女の発する光の場合、ぶつかった物質が何であれ構わず直進を続け、一切の減衰なしで透過だけをおこなうわけだ。

これはつまり、我々がいざ光の脅威にさらされたときに、有効な対抗手段がないということを示している

カナ:じゃあ、どうすれば……

津島:ともかく光の射程範囲から逃げるしかない。こうしている間にも、フォトンエネルギーは幾何級数的きかきゅうすうてきな拡大を続けているんだ。無尽蔵な光の粒子にすべてが飲み込まれる日も近いぞ

カナ:も、もし、そうなったら、どうなるんですか……?

津島:なに、大したことはない。眩しさのあまり視界を奪われ、有害な電磁波を浴び続ける羽目になった人類が、なす術なく滅亡するだけのことさ

カナ:め、滅亡!? じょ、冗談ですよね……!?

津島:私が、これまで一度でもくだらないジョークを口にしたことがあったか?

カナ:うっ! なんという説得力……!

津島:差し当たって、新宮市全市民へ向けて最大警戒レベルでの避難指示、および、光源周辺への立入規制の強化、加えて、過剰なマスコミ報道に対する牽制や新たなルールの策定などが急務となる。

如月くん、君も一旦、家に帰りたまえ。家族とともに、いつでも退避できる準備をしておくようにな

カナ:はい。津島博士は?

津島:直属の上司に連絡して、一連の措置を取ってもらうよう要請する

カナ:え、所長の上司って……? どんな人ですか?

津島:『岸部きしべフミヤ』────内閣総理大臣だ

・◇

ヒカリ:《私を見ないで。あの日見た鮮やかな花の彩りがくすんでしまうから。

私を見ないで。あの日聴いたお気に入りの曲が耳障りになってしまうから。

私を見ないで。あの日触れた肌のぬくもりが冷えきってしまうから。

私を見ないで。

私を見ないで。

私を────》

・数日後。研究所にて。

津島:やあ、如月くん、急に呼び出してすまなかったね

カナ:いえ……それで、状況は?

津島:現時点で、第一研究所を中心とした半径約15km圏内において、発光現象による深刻な汚染が確認されている。幸い、住民の避難は間に合っていたため、今のところ人的被害はないのだが……

・テレビをつける津島。謎の発光現象に戸惑う人々の姿が映し出されている。

津島:人々の不安と不満は既にピークを迎えているようだよ。

内閣府主導のもと設置された緊急災害対策本部の窓口には、市民からの問い合わせが殺到している。

一部地域では、暴徒鎮圧のために自衛隊が駆り出されたようだ。

何やら、終末論を唱えるカルト宗教団体があちこちで台頭しているとの噂も耳にする。

予見出来たこととはいえ、いよいよ本格的な恐慌パニックの様相を呈してきたな

カナ:信じられない……こんなことになるなんて……

津島:だが事実である以上、向き合わねばならない。

《紙束を差し出しながら》そして、これが今朝、対策本部より研究所へ秘密裡ひみつりに届けられた、最新の不愉快な事実だ

カナ:何ですか、この書類……?

津島:指令書だよ。要件は一つ。曰く────朝日奈ヒカリを抹殺せよ

カナ:なっ……!?

津島:業を煮やしたお偉方どもが、元々乏しい良心と罪悪感をポケットに押し込んで下した結論さ。

しかも虫のいいことに、体裁を繕うため、実験中の不慮の事故に見せかけるところまでが、彼らの書きたいシナリオの内らしい。

まったくもって、見上げた連中だよ

カナ:そんな……酷い! ヒカリは何も悪くないのに! こんなの絶対に間違ってる!

津島:ああ。これほど貴重な実験対象……もとい、未来ある若者の命をあたら散らすつもりは、私とて毛頭ないからね。

最悪の結果を回避できるよう、微力を尽くすつもりだ

カナ:あたし、何でもやります! ヒカリを助けるためなら何でも……!

津島:……ときに如月くん、『ブラックホール』と聞いて、君は何を思い浮かべるかね?

カナ:え……? えっと、宇宙にある黒い空間で、何でも吸い込むとか、そんな感じですか……?

津島:そうだ。ブラックホールの成り立ちや発見に至った歴史的背景については割愛するとして、その性質について簡単に話すとしよう。

太陽の数倍から数十倍……ものによっては、十億倍とも言われる超巨大質量を有する天体であるブラックホールは、非常に高密度で重力が強いことが特徴だ。そのあまりにも強過ぎる重力は、絶えず周辺に存在するあらゆる物質を引き寄せ続けている。

ブラックホールを構成する『事象の地平面』と呼ばれる境界よりも内側に引き摺り込まれた物体は、脱出不可能なまま落ち続け、やがて『特異点』に到達した時点で、押し潰されてしまう。

特異点とは、ブラックホールの中心に位置する、極限まで物質が圧縮された領域のことで、この特異点から事象の地平面までの距離を表すシュヴァルツシルト半径によって描かれた仮想の……

カナ:ちょ、ストップ! 話が長いです! もっとわかりやすく言って欲しいんですけど……!

津島:む……ここからが面白いところなのに……まあ、いい。つまり、私はこう考えたのだよ。

ブラックホールの内部からは、光でさえも脱出することがかなわない。ならば、実験室内に極小のブラックホールを人工生成し、その中に彼女の肉体ごといっそ閉じ込めてしまえばいい、とね

カナ:え、待ってください、ブラックホールを作る……? そんなこと出来るんですか……?

津島:余剰次元理論の観点からすれば、可能だ。

過去、ヨーロッパにて、大型の素粒子加速装置を用いて、亜光速にまで加速した陽子ビームを互いに衝突させることで生じた現象を観測する実験が行われることになった際、微小なブラックホールの発生を懸念する声が上がったことがある。

第一研究所では小規模ながら、当時の実験を再現できるだけの設備が整っており、こちらから遠隔操作も出来るのだが……一つ問題があってね

カナ:問題?

津島:持続時間だよ。量子サイズのマイクロブラックホールはとても短命な天体で、生まれてから消滅するまでの時間は、長くともまばたきの一京いっけい分の一程度……

カナ:え? 一瞬で消えちゃうってことですか?

津島:ああ。『ホーキング輻射ふくしゃ』の働きによって、質量の小さなブラックホールほど早く蒸発する運命にあるからね

カナ:それじゃ意味無いじゃないですか……大体、ヒカリをブラックホールに閉じ込めるなんて、そんなのあまりに勝手過ぎますよ!

津島:そうか。では、本人にお伺いを立てるとしよう

カナ:え?

津島:その為に君を呼んだのさ。彼女を起こすのに協力して欲しい。詳しい話はそれからだ

・操作室。

カナ:ヒカリ! お願い! 目を覚まして! ヒカリ!

はあ……ダメか……

津島:手こずっているようだね

カナ:津島博士……本当にあたしの声、ヒカリに届いてるんでしょうか……

津島:今、朝日奈くんの精神は強固な扉によって閉ざされている。

恐らく何か、扉を開くためのきっかけ……キーワードのようなものがあるはずだ。

如月くん、彼女の親友である君なら、あるいはそれに辿り着けるのでは、と思ったのだが……

カナ:キーワード…………? あ、そうだ……!

あんたの出番よ! プリティシャイン!

津島:ん……?

カナ:あたしたちの地球が大変なことになってるの! さあ、今こそプリティパワーを発揮するときよ! 力を貸して! プリティシャイン!

ヒカリ:…………う……ん……

カナ:さあ、起きなさい! プリティシャインー!

ヒカリ:…………ムーン? …………プリティムーン……?

カナ:ヒカリ!? あたしの声、聴こえる!?

ヒカリ:…………カナ? どうして……?

カナ:ああ、よかったぁ! 目が覚めた……!

津島:なんと……驚いたな……一体どんな手品を使ったんだい……?

カナ:ヒカリが返事をしてくれないのは、現実と向き合うのが辛すぎるからじゃないかと思ったんです……。

だから昔の楽しかった思い出にまつわる呼び掛けだったら、反応してくれるんじゃないか、って……

津島:ふむ……

カナ:中学のとき、二人してアニメの魔法少女にハマってて……それで、オリジナルのヒロインを作って、ごっこ遊びをしようって話になったことがあったのを思い出したんです。

ヒカリが純白のプリティシャインで、あたしが漆黒のプリティムーン……

津島:なるほどな……それにしても気になるのだが、プリティパワーとは一体どういう原理の……

カナ:そ、その話はもういいじゃないですか! それより……

ヒカリ:私……眠っていたの……? 今、何が起こってるの……?

津島:朝日奈くん、これから君の置かれている状況を説明する。落ち着いて、よく聞いてくれ

・現況を手短に説明する津島。

ヒカリ:そ……そんな大変なことになってるなんて……私のせいで、そんな……

カナ:ヒカリのせいなんかじゃないよ……

ヒカリ:……カナ、この間は取り乱して、酷いこと言っちゃって、ごめんね。

私のために沢山頑張ってくれて、ありがとう

カナ:うん……

ヒカリ:津島博士、お願いがあります

津島:何だね?

ヒカリ:私を殺してください

津島:!

カナ:なっ!? ヒカリ!?

ヒカリ:この溢れ出す光を止められない以上、もうそれしか選択の余地がありません。

それに、偉い大人たちが私のことを消してしまいたいと思っているなら、命令に従わないと、立場上、博士も困るはずです。

そのための方法はあるのでしょう?

津島:……君の生命活動を停止させるのは非常に困難な課題ではあるが……いくつかやりようはある

ヒカリ:よかった……それを聞いて安心しました

カナ:待ってよ! なんで、そんなこと言うの、ヒカリ!?

ヒカリ:ごめんね、カナ

カナ:ダメだよ……そんなの絶対にダメなんだから!

もし、このまま、ヒカリが死んじゃったら、世間を騒がせた悪者として、皆の記憶に残っちゃうってことなんだよ!? 

親友がそんな風に言われるなんて……あたしは絶対に許せない!

ヒカリ:カナ…………

津島:朝日奈くん、私は元より、君に死刑宣告をするためにわざわざ目覚めてもらったわけではないのだよ

ヒカリ:じゃあ、何故……

津島:発光現象の研究を進めていくうち、私は或る推論を得るに至った。

即ち、この無尽蔵な光の放出現象は、一種の『ホワイトホール』と呼ぶべき代物ではないか、とな

ヒカリ:ホワイトホール……?

津島:一般相対性理論より導き出される未確認の天体のことだよ。ブラックホールがあらゆる物質を貪欲に飲み込もうとするのに対して、ホワイトホールは反対に事象の地平線から物質を吐き出す、と言われている。

ブラックホールに吸収された物質の出口であるとの仮説もあるが、いずれにせよ、実証は不可能で、その存在自体に懐疑的な意見も多い。

だが私は、朝日奈くんの身体を通して行われる、保存則を無視したエネルギーの放射、そして、物質に干渉せず直進だけを続ける光の挙動などを説明するのに、ホワイトホール以上の説得力を持つ材料を知りえない。

これらの信じがたい現象はすべて、この世界とは別次元の存在────四次元宇宙よりもたらされたものだと結論づけるのが、現時点で最も論理的な判断だと言えるのだよ

ヒカリ:別次元の存在って……つまり、私が本当は人間じゃないかもしれないってことですか……?

津島:その説は少々、論理の飛躍が過ぎるようだね。生憎あいにく、オカルトは私の専門外だ

カナ:さっきからずっと、オカルトチックなことばかり言ってるような気がするけど……

津島:何か?

カナ:いえ、何も

ヒカリ:私の身体が、そのホワイトホールに関係しているとして……それが何を意味するとおっしゃりたいんですか?

津島:ホワイトホールはブラックホールと表裏一体、ある意味では同質の存在だと定義づけることが出来る。

その性質を利用して、生み出されたマイクロブラックホールの安定化を図ろうというのが今回の試みの趣旨だ

カナ:つまり、一瞬で消えちゃうブラックホールを留めておけるってこと……?

津島:そうだ。

質量を熱的放出へと変換するホーキング輻射ふくしゃの働きで消滅してしまうよりも前に、ホワイトホール的性質を有する無限のエネルギーを注入することに成功すれば、親和性の高いエネルギーの相互作用によって、ブラックホールは質量を喪失することなく、その姿を保つことが出来る。

その後、手近なところにある質量を取り込み、同調を果たすことで、シュヴァルツシルト半径の拡張が進み、一定サイズのブラックホールが完成するという寸法だ

カナ:手近なところにある質量……?

ヒカリ:…………私のことですよね

カナ:あっ……!?

津島:すまない……他に方法がない。浅学非才せんがくひさいな私のことを呪ってくれて構わない

ヒカリ:いえ……博士が尽力してくださっているのは、わかっているつもりですから……

カナ:待ってよ、ブラックホールに飲み込まれたりしたら……ヒカリはどうなっちゃうの!?

津島:通常の物体なら、特異点に向かって一直線に引き摺り込まれるが、朝日奈くんは例外だ。

ブラックホールの引力とホワイトホールの放射力は共に拮抗している。

ちょうど、つなの両端を同じ力で反対方向に引っ張り合うように、事象の地平線の境界付近で停滞を続けるはずだよ

ヒカリ:そうですか……

カナ:ヒカリ……なんで、そんなに落ち着いてるのよ……怖くないの……?

ヒカリ:怖いよ……すごく怖い。今だって、手足がふるえて止まらないの……。

だけど、このままじゃ、お父さんもお母さんも学校の皆も、カナのことも巻き込んで迷惑かけちゃうから……私はそのほうがもっともっと怖いよ……

カナ:でも、こんなやり方、絶対おかしいよ……!

何もないところにヒカリを閉じ込めて、そのまま知らんぷりだなんて……そんなの可哀想過ぎるよ……!

津島:落ち着きたまえ、如月くん。

私がこの方策を採用したのは、単に厄介払いがしたかったからではない。

時間稼ぎを兼ねているのさ。いつか訪れる、最善の解決策を見出す未来までのね

カナ:え? 時間稼ぎって、どういう意味ですか……?

津島:亜光速で運動している物体周辺の時間経過は、静止している観測者のそれと比較して、相対的に遅くなる。

これは、『ウラシマ効果』などと呼ばれる、特殊相対性理論に基づく現象で、同じようなことが高重力下においても起こり得ると言われている。光の速度は一定でも、重力によって歪んだ時空を移動する分、相対的な距離が長くなるから、というのがその理屈なのだが……

ヒカリ:ねえ、カナ、どういうことかわかる……?

カナ:あたしに聞かないで……

津島:つまり、朝日奈くんがブラックホールの内に留まっている間は、我々と異なる時間の流れの中で過ごすことになるわけだ。

具体的に換算すると、ブラックホールで過ごす一日は、こちらの世界の一年五ヶ月程度……およそ五百倍以上の誤差が生じることになる

カナ:ご、五百倍……!? そんなことって……!

津島:残念ながら、現代科学の知識や技術では、光の謎を解明するには至らなかった。これは、一時を凌ぐための、窮余きゅうよの一策と言ってしまえば、それまでだが……

ヒカリ:……わかりました。すべて津島博士にお任せします。私をブラックホールに閉じ込めてください

カナ:ヒカリ……!

津島:感謝する。いずれ必ず君を救い出してみせると約束しよう

ヒカリ:ありがとうございます

カナ:…………

津島:では、手順を説明する。

まず、加速装置を用いて、水素原子ビームを亜光速レベルにまで加速した後、衝突させる。

衝突により生じるエネルギーは、実験室内にて、ブラックホール生成の前兆としてあらわれる。

朝日奈くんは、超人的な危機察知能力によってその発生を感得し、一瞬で蒸発してしまうよりも早く、指向性を伴う光をブラックホールへ供給するんだ。

同じ性質を持ったホワイトホールとブラックホールは互いに惹かれ合い、即座に融合を果たすことだろう

ヒカリ:やってみます……

津島:健闘を祈る

ヒカリ:……カナ

カナ:…………

ヒカリ:これが最後になるかもしれないから言っておくね。

今まで本当にありがとう。カナに出会えて、心からよかったと思ってるよ。私の一番の親友。大好き

カナ:…………

ヒカリ:この先も、ずっとカナと一緒にいられると思ってた……ずっと一緒にいたいと思ってた……。

だけど、私、こんな風になっちゃったからさ。心配ばかりかけちゃって……何やってんだろうね。全然うまくいかなくて、嫌になっちゃうよね

カナ:…………

ヒカリ:ねえ……もうさ、私のこと、忘れて……? 

これからの人生、カナには楽しいことが沢山待ってるから。それなのに、私のことで縛りつけたりしたくないもん。

何も気にせず、新しい人たちと新しい青春を送って欲しいの

カナ:…………

ヒカリ:折角、彼氏も出来て、新しい一歩を踏み出したカナを、応援してあげたいんだ。

大丈夫だよ。私がいなくても、カナは自分の力で輝く強さを持ってるから。だから……

カナ:…………あたしの…………

ヒカリ:え?

カナ:あたしの青春を勝手に決めるなあっ!!

ヒカリ:っ……!

カナ:あたしの青春は……あたしの青春は、あんたなんだよ、ヒカリ! あんたのいない青春なんて、あり得ない! 

ヒカリ:カナ…………

カナ:絶対……絶対にあんたのこと、取り戻してみせる! 見捨てたりなんかするもんか! だから、あんたは待っててよ! バカなこと言ってないでさ……親友のこと、もっと信じてよ……!

ヒカリ:《泣きながら》カナ……うん……うん! 待ってる……ずっと待ってる……! 私、カナのこと、ずっと待ってるよ……!

カナ:……こっちに戻って来たら、牛丼奢ってよね。約束だから

ヒカリ:《涙ぐんで》うん! えへへ……

津島:……そろそろ始めようか

ヒカリ:はい……!

津島:これより、シークエンス120にのっとり、ブラックホール生成実験を開始する。

素粒子加速装置起動……!

カナ:神さま、お願い……ヒカリを守って……!

津島:《神か……。確かに、神はこれまで多くの人々を救済してきたが、では神自身を救うのは、一体誰なのだろうな……》

カナ:あっ、モニターが……!

津島:通信が途絶えた

カナ:ヒカリは!?

津島:確認する。

《計器類を見て》……測定機が異常な数値を示している。これは恐らく、室内全体が四次元空間と化した影響だと思われる。

そして、第一研究所を発生源としたフォトンエネルギーによる周囲への汚染は収束…………実験は成功だ!

カナ:……

津島:見たまえ、如月くん! この成功はけだし、我々人類にとって新たな……

カナ:……津島博士……

津島:……?

カナ:あたし、将来の夢が決まりました。

あたし、研究者になります……! 博士の弟子にしてください……!

・◇

カナ:ヒカリがブラックホールの中に閉じこもってから、十三年の月日が流れた。

あたしは、大学で天体物理学を専攻した後、大学院に進み、物理学の博士号を取得すると、すぐに新宮第一物理学研究所で働き始めることになった。

その間も、津島所長の主導のもと、人体発光現象についての研究は継続されており、あたしは、研究チームの主任研究員として多忙な日々を送っていた。

そして今日、待ちに待った日が訪れたのだった

津島:駆動系、耐久性、通信機能……その他あらゆる性能テストをおこなった結果、すべての項目が基準値範囲内に収まった。オールグリーン。いつでも出発可能だ

カナ:ついにこれを試せるときが来たんですね……!

宇宙航空開発研究機構との共同開発プロジェクトによる秘密兵器────ブラックホール探査スーツの実力を!

津島:まだ試作の段階だがね。今回の探査行で、実践的な運用データを収集するから、抜かりないようにな

カナ:もちろんです。そのために厳しい訓練を耐え抜いてきたんですから

津島:ふっ……今更ながら君たちの友情の深さと強さには恐れ入るよ

カナ:ヒカリが待ってますから……早く行ってあげなきゃ。きっと寂しがってる

津島:ああ……早速、準備を始めようか

カナ:はい!

・封鎖された地下実験室へ向かうヒカリに、津島が操作室から声を掛ける。

津島:どうだね、スーツの着心地は?

カナ:思った以上にバックパックが重くて……動き辛いです

津島:我慢したまえ。なにせ、ブラックホールの巨大な重力に抗うだけの出力が必要なんだ。重装備にもなるさ

カナ:わかってますよ……。よし……目的地に到着しました! いつでも進入できます!

津島:了解した。聖域サンクチュアリの封印を解く。

・実験室扉の施錠が解除される。

津島:向こうでは、何が起きるかわからんからな。くれぐれも気をつけてくれ、如月主任研究員

カナ:はい! 行って来ます、師匠!

津島:師匠はよせ、と言ってあるだろう……

カナ:へへへ……

・ブラックホール内部。

カナ:これが……四次元宇宙……? 本当にここが実験室の中なの……?

津島:いいかい。絶対に事象の地平線には近づき過ぎるなよ。線を超えたが最後、奈落の底へ真っ逆さまだ。二度と戻っては来れないからな

カナ:はいはい、耳にタコができるくらい聞かされましたよ

津島:そんなモノが耳にできる科学的根拠はないはずだが

カナ:いや、だから、そうじゃなくて…………あっ、あそこだけ周囲が明るく光ってる……!

津島:見つけたか……!?

カナ:ヒカリ! そこにいるんでしょ!? ヒカリー!

ヒカリ:カナ……? ああっ、カナ……! 

カナ:ごめん! 来るの遅くなっちゃった

ヒカリ:ううん。まだ十日ぐらいだよ、多分……

カナ:こっちはあれから十三年も経っちゃった。あたしもすっかりおばさんだよ、ははは……

ヒカリ:十三年…………

カナ:あ、ヒカリのご両親は、ちゃんと元気だから心配しないで。「いつでもヒカリのこと待ってる」って言ってたよ

ヒカリ:うん……カナはどんな風に過ごしてたの?

カナ:あたしは、あれから猛勉強して、物理学の博士号を取って、研究所の職員になったんだ。

まあ、物理の成績、赤点だったあたしが博士だなんて、ウソみたいな話だけど

ヒカリ:ううん……信じるよ……こうやって本当に会いに来てくれたんだもん……

カナ:うん……でもね、ここに来るので精一杯……。

ヒカリを元に戻してあげられる方法はまだ見つかってないんだ……

ヒカリ:そっか……

カナ:ごめん、がっかりさせちゃって……

ヒカリ:気にしないで……私は大丈夫だから

カナ:気にするよ。こんな暗闇でたった一人、いつまでも放ったらかしておけないじゃん

ヒカリ:…………そう言えば、先輩とはうまくいってるの?

カナ:先輩? 先輩って……ああ! 三山、ええと……ハルトくんのこと?

ヒカリ:な、何か過去の人みたいな言い方だね?

カナ:いや、だって、過去の人だもん。あたしにとってはね。甘酸っぱい思い出の一部って感じかな

ヒカリ:別れちゃったの?

カナ:別れたというか……フラれちゃった。

あたしが彼のこと見向きもせずに、ずっと勉強ばかりしてたから……

ヒカリ:そうだったんだ……

カナ:ハルトくんには謝ったけど、悪いことしちゃったな、って、今にして思うよ。

多分、彼のこと、最初から本気じゃなかったから

ヒカリ:え? そうなの?

カナ:あの頃のあたし、自分に自信がなくてさ、ヒカリに甘えてばかりの自分が、ヒカリの側に居る資格があるのかな、って考えちゃってて……。

無気力で自堕落なあたしのこと、ずっと心配してくれてたじゃん? だから、人気者の彼氏でも作れば、少しはあんたに相応しいマシな人間になれるかも、なんて思ってたんだよね。

そんな時に、ヒカリから彼に告白するよう勧められてさ、勢いでしちゃったけど……結局ただ、自分が輝くための材料として彼を利用したかっただけなんだよ。

彼のことも、応援してくれるあんたのことも裏切って……ホント最低! 呆れたでしょ?

ヒカリ:……違うの。裏切ってたのは、私もおんなじなの

カナ:え?

ヒカリ:彼とのこと、応援するとか、邪魔したくないとか綺麗ごと言ってたけど……あんなの、ぜーんぶウソ! 

本当はね、カナを他の人に取られて、嫌で嫌でたまらなかった。寂しくて仕方なかった。早く別れればいいのに、ってずっと思ってた。

告白を勧めたのも、三山先輩がオーケーするなんて思ってなかったから。ただ、そうすることで、カナの味方だってことアピールできるし、フラれた後で慰めてあげれば、好感度上がるかもなんて汚い計算をしてたから。

本当に最低なのは私のほうだよ

カナ:…………ふふ

ヒカリ:?

カナ:はは……あっははは……! ああ、可笑しい! あんたでも、そんなこと考えたりするんだ? あははは!

ヒカリ:な、なんで笑うの……?

カナ:いやさ、あたし、あんたのこと、完璧超人だって思ってたのよ。優しくて頭が良くて、いつも正しくて……でも、そうじゃなかったんだって思うと、なんか可愛いなって笑えてきちゃって!

ヒカリ:ちょっと、もう、バカにしてるでしょ!?

カナ:ふふ、ごめんごめん。ああ、でも、よかった。十三年越しにあんたの本音が聞けて

ヒカリ:うん……私もカナの気持ちが聞けてよかった

カナ:お互い、若気の至りだったってことだね

ヒカリ:私は今も若いよ

カナ:ぷっ

ヒカリ:あはは

カナ:あっはは

津島:ああ……無粋な真似をしているのは、重々承知なのだがね。そろそろ時間だ

カナ:ごめん、ヒカリ……もう戻らないと。帰りの分の燃料が切れちゃう

ヒカリ:ま、待って! カナ! もう行っちゃうの……!?

カナ:うん……絶対にまた来るから

ヒカリ:次はいつ会えるの……?

カナ:ブラックホールの入り口周辺の重力波が極度に安定しているときじゃないと入って来れないから……わからない。

数年後……もしかすると数十年後になるかも……

ヒカリ:そ、そんな……!

カナ:…………

ヒカリ:ねえ、カナ……あの約束、覚えてる?

カナ:約束?

ヒカリ:先輩からフラれちゃったら、私の言うことを何でも聞く、ってやつ

カナ:…………ああ、うん、確かに言った……かも

ヒカリ:じゃあ……私の恋人になって

カナ:………………え?

ヒカリ:私、カナのことが好きだった。ずっとずっと好きだった。

私にとって、カナこそが唯一掛け替えのない希望の"光"だった。

カナが居てくれたから、私はいつだって頑張れた。輝くことが出来た

カナ:ヒカリ……

ヒカリ:私の為に今まで色んなことを犠牲にしてきたよね。本当にごめんね。こんな私がカナに告白する資格なんてないかもしれない。

けれど信じて。この先、どれだけ時間が流れようとも、私はずっとここでカナを想い、永遠に輝き続けるはずだから。

だから……だから……!

津島:む……? 何だ、様子がおかしい……。

如月くん、気をつけろ! 重力波の流れが急速に反転を始めている!

カナ:え? ヒカリ!? 身体から溢れる光が……逆流してる……!?

ヒカリ:あ……何これ……? 私……どうしちゃったの……?

津島:ホワイトホールの反応が停止した……同時にブラックホールの重力値が低下して……これは……なぎだ。

如月くん、今なら事象の地平線を超えられるぞ。

朝日奈くんを迎えに行ってやれ!

・バックパックの出力を全開にして、事象の地平を超えるヒカリ。

カナ:ヒカリー!

ヒカリ:カナ!

カナ:ヒカリ! よかった! 元に戻ったんだ!

ヒカリ:カナ……私、ここから出られるの……?

カナ:そうだよ! さあ、一緒に帰ろう!

ヒカリ:うん……!

・ヒカリがカナの手を引き、ブラックホールの出口へと向かう。

カナ:えっと……それで、いつからあたしのこと、そんな風に思ってたの……?

ヒカリ:……私たちが初めて出会ったときのこと、覚えてる?

カナ:中学一年生の二学期だったよね? あたしが転入生で……

ヒカリ:ふふ、やっぱり気付いてなかったんだ

カナ:え?

ヒカリ:私たちね、小学三年生のときに同じクラスだったことがあるんだよ

カナ:え!? そうなの!?

ヒカリ:ほんの一ヶ月足らずでカナが転校しちゃったから、覚えてなくても無理ないよ。ほとんど話したこともなかったし

カナ:そっか……あの頃は学校を転々としてて、クラスメイトの顔を覚える暇もなかったから……

ヒカリ:でね、運動会のクラス対抗リレーのときに、私がカナの前の走者で、バトンを渡す直前に転んじゃったんだ。

そしたら、カナが颯爽とバトンを拾い上げて、遅れを取り戻すように他の選手をゴボウ抜き! 

滅茶苦茶カッコよくて見惚れてたら、私のところにやって来て、キラキラした笑顔でこう言ったの

カナ:《回想》よく頑張ったね

ヒカリ:もうそれでダメだった。完全に心を撃ち抜かれちゃった。

その後すぐに離れ離れになってショックだったけど、中学で再会できたのは運命だと思ったわ

カナ:そ、それで、真っ先にあたしに話しかけてくれたんだ!?

ヒカリ:うん

カナ:なんで言わなかったのよ!?

ヒカリ:いずれ何かの拍子でいい雰囲気になったときに、このエピソードを交えたらキュンとするかも、って……

カナ:はあ……っていうか、足の速い子に惚れるって、小学生か!  

ヒカリ:だから小学生の話よ!

カナ:あ、そっか……ふふ、まあ、いいか。

とにかく……おかえり、ヒカリ。

よく頑張ったね

ヒカリ:うん……! ただいま、カナ……!

カナ:んと……こんなアラサー女でよければ、付き合ってください

ヒカリ:はい……!《抱き合う》

津島:やれやれ、ようやく一件落着か……。まだ多くの謎は残るが、とにかく今は、十三年ぶりの二人の再会を喜ぶとしよう。

それにしても、私も今年で五十路いそじか……完全に逃したな、婚期……!

・数日後。レストランにて。

津島:ふむ、ここか。牛丼とパンケーキが同時に味わえる話題のレストランというのは

ヒカリ:ホントにあったんだ……

カナ:いやぁ、楽しみだねー!

・着席する三人。専用端末で注文を済ませる。

カナ:あ……今、流れてる新曲!

ヒカリ:あれ? 大嵐のメンバーが歌ってる? 私があの中にいる間に解散したんじゃなかったの?

カナ:一旦、解散したんだけどね。再結成したんだ。今は、元スナップのメンバーも合流して、砂嵐ってグループ名で活動してるよ

ヒカリ:砂嵐!? そ、そうなんだ……

津島:さて……人体発光現象について、これまでのデータから導き出された一つの仮説を開陳かいちんしようと思うのだが……

ヒカリ:は、はい

津島:ポルターガイスト現象を知っているかね?

カナ:見くびらないでください。流石に知ってますよ、そのくらい。

ひとりでに家具が動いたり、ラップ音と呼ばれる、物を叩くような音が鳴ったりする怪現象のことでしょ?

津島:そうだ。それに加えて、謎の発光や発火などが繰り返されることもある。

では、その原因は?

ヒカリ:えっと……お化けの仕業、とか……?

津島:オカルトは専門外だと言ったはずだが

カナ:ああ、もう、もったいつけないで教えてくださいよ

津島:諸説あるのだがね。

超心理学的解釈によると、思春期の少年少女が抱く不安定な精神がきっかけとなって目覚める超常的な力────所謂、念動力サイコキネシスによるものだとされている

カナ:それが……発光現象と、どう繋がりが?

津島:仮に、今回の発光現象がポルターガイストの一種だったとしてだ、朝日奈くんのケースに当てはめると、まず最初に、身体が輝き出したのが、如月くんの告白が成功したことを聞かされた直後ということになる。間違いないね?

ヒカリ:はい……

津島:研究所では、如月くんに対して溢れ出す感情に飲み込まれ、そのまま意識を喪失した。光は際限なく強度を増し続け――その後、どうなったかは今更言うまでもない。

カナ:……

津島:最後に、如月くんへ愛の告白をしたタイミングで光の放射は完全に終息を迎えた。

これらが意味するところは────

ヒカリ:全部、カナが関係してるってことですよね……?

カナ:いや、そんなの、思いっきりオカルトじゃないですか。物理学者がそんなこと言っていいんですか?

津島:モニターや計測器によって観測された事実だからな。記録が残っている以上、それは最早オカルトとは言えまい

ヒカリ:私……カナに気持ちを伝えちゃダメだと思ったんです。

友情が壊れるのが怖かったのもあるけど、何より女同士のカップルなんて世間の目もあるし、カナには普通の恋愛をして、幸せになってもらいたかった。

だけど、いざカナが男の子と付き合うってなったら、気持ちがざわつき出して、なのに、口から出るのはウソばかりで……もしかしたら、そんな私の抱える矛盾が光になって現れたのかもしれません。

「本当の私の気持ちに気付いて」って……

津島:……だそうだ。つまり、今回の騒動の原因は、乙女心に気付かない君のニブさにあるということだよ、如月くん

カナ:な、なんで、そうなるんですか!? 言い掛かりですよ!

津島:おお、怖いな。

朝日奈くん、君の愛しのプリティムーンをなだめてくれないか

カナ:ちょ、師匠! すぐそうやってネタにするのやめてくれません!?

ヒカリ:もう、カナ! レストランで騒いじゃダメ! おこだよ!

カナ:……へ? いや、『おこ』って、もう死語だよ、ヒカリ……

ヒカリ:ええ!? そうなの!?

カナ:うん。今の若い子に通じないから、気をつけなよ?

ヒカリ:わ、わかった……。

え、じゃあ、今、どんなのが流行ってるの?

カナ:んー、『こにゃにゃちわ』とか『ガチョーン』とかかな

ヒカリ:いや、それこそ死語でしょ!?

カナ:まあ、そうなんだけどさ、逆にナウいみたいなところがあるじゃん

ヒカリ:わかんないよ、そのセンス……

・ウェイターが三人の元へ料理を運んでくる。

津島:お、料理が届いたようだよ

カナ:待ってました!

ヒカリ:え……? これって……

カナ:どうしたの?

ヒカリ:牛丼の上にパンケーキが載ってる……!?

カナ:そうだよ。今、大人気なんだから!

いただきまーす! もぐもぐ……うーん、美味しい!

ヒカリ:やっぱりわかんないよ、そのセンス……

津島:ところで、君たち、結婚は考えているのか?

カナ:《咳き込む》ぶふっ!

ヒカリ:結婚……? いえ、私たち、女同士なんですけど……

津島:ああ、そうか、君はまだ知らなかったのだね。

二年前の法律改正で、同性婚が全面的に認められることになったのだよ。

今や同性カップルなど、珍しくも何ともないのさ

ヒカリ:そ、そうだったんですか……!

カナ:まったく、食事中にいきなり変なこと言わないでくださいよ……《食べ出す》

津島:それともう一つ、聞きたかったのだが……如月くん、君はいつから朝日奈くんを好いていたんだい?

カナ:《咳き込む》ぶふっ!

ヒカリ:あ、私も聞きたい!

カナ:いや、その……あたしの場合は、その……恋愛的な意味で好きだったかどうかは定かではなくてですね……いえ、もちろん、親友として大事にしたいという気持ちはあったんですが……決して、恋人になってイチャイチャしたいとか、そういう不埒なことを思っていたわけでは……

津島:《驚き》な……どういうことだ……これは……!

ヒカリ:《驚き》ウソ……カナ……そんな……!

カナ:え、どうしたの、二人とも……?

津島:自分の身体をよく見たまえ……

カナ:へ? 身体? ……え? ええええ!?

ひ、光ってる……!?

津島:発光現象は、思春期の少年少女の抱く、素直になれない恋心に起因する……。

驚いたな。如月くんが未だに思春期のままだったとは

ヒカリ:津島博士、驚くポイントがズレてます……

カナ:ど、ど、どうしよう!?

津島:良い機会だ。食事を中断して、このまま研究所ラボに戻るぞ。

発光現象の研究を再開する。謎のままにしておくのは性分に合わないからな。今度こそ徹底的に解明してやるさ

カナ:じょ、冗談ですよね、師匠!?

津島:私がくだらないジョークを口にしたことが、今まで一度でもあったか?

カナ:そ……そんなバナナああああ!!

(了)

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