アプリの女神さま
(あらすじ)
恋愛シミュレーションアプリに興じるモテない大学生ケイタの元に、スマホの中から飛び出してきたのは――愛の女神!?
ツンデレお嬢さま、クールなボクっ娘、花魁風のアル中美女――三人の女神たちが繰り広げるラブシチュエーションバトルの結末や如何に!?
(登場人物)
ケイタ♂:大学生。20歳。
リゼオラ♀:慈愛の女神。ツンデレお嬢さま。毒舌系ビッチ。
ヴァイオラ♀:純潔の女神。クールなボクっ娘。リーダー気質の持ち主。
インテグラ♀:豊穣の女神。ナイスバディなお姉さま。廓詞を操るアル中。
――――――――――
・ケイタの自室。電話で誰かと話をしている。
ケイタ:うん、わかった。明日の午後六時、例の喫茶店で待ち合わせってことで……。うん、楽しみにしてるよ! それじゃあ、また……。《電話切る》
……よっしゃ! 苦節三カ月、ようやく憧れの水嶋カレンちゃんと念願のデートに漕ぎつけたぞ! くっくっく、同志たちの羨む顔が目に浮かぶようだ……。何と言っても、カレンちゃんは我がアニ研に所属するナンバーワンアイドルなのだからな! 絶対にこのチャンスをモノにして、長きにわたる忌まわしきお一人さまライフに終止符を打ってやる!
だが、未熟な俺が何の対策も講じぬまま明日のデートに臨んだとて、無様な敗北を喫するは必定……。そんな俺の強い味方がこれだ! スマホ用恋愛シミュレーションアプリ『ラブリー♡ゴッデス』! サークル仲間から勧められたこのアプリで恋愛経験値を貯めた俺は今や、百戦錬磨の勇者といっても過言ではない!
早速、今日もアプリを起動して、デイリーミッションを消化してやるぜ。さーて、今日の指令は、と……。なになに、『慈愛の女神リゼオラの頭を百回なでなでする』か。ふっ、楽勝だな。それ、なでなで…………ああ、リゼオラたん、やっぱり可愛いなぁ。ゆるふわな金髪に優しげなエメラルドの瞳……そして形のいい胸……ミッションとは無関係だが、こっちも触ってあげるとしますかね、げへへ…………ん、何だ?
・スマホから眩いばかりの光が放たれ、ケイタの網膜を灼く。
ケイタ:ぐああっ……! 目がっ! 目がぁっ!
リゼオラ:ああ、もう! ようやく出られましたわ!
ケイタ:な、何だ!? 麗しのリゼオラたんが俺の目の前に……! これは夢か!?
リゼオラ:夢なんかじゃありませんわ、キモオタ。よくもまあ、毎日毎日飽きもせず、わたくしの身体を撫で回してくれましたわね……!
ケイタ:いや、だって、それはデイリーミッションが……
リゼオラ:決めた。殺しますわ……。今! ここで!
ケイタ:ええっ!?
リゼオラ:刺殺、殴殺、絞殺、爆殺……せめてもの慈悲に、好きな死に様を選ばせて差し上げますわ
ケイタ:ちょ、ちょっと待って! は、話せばわかる……!
リゼオラ:問答無用!
ケイタ:ひいいいっ!?
・先ほどと同様、スマホから激しい閃光が迸る。
ヴァイオラ:おいおい、やり過ぎだぞ、リゼオラ。殺しちまったら、目的が果たせないだろ
ケイタ:また美少女が現れた!? さらさらのショートカットに小麦色の肌……。君はもしかして、純潔の女神……
リゼオラ:ヴァイオラ! 邪魔しないで欲しいですわ!
ヴァイオラ:落ち着けって。
なあ、そこのお前、命が惜しければ、必死で命乞いしたほうがいいぜ。反省してるんだよな?
ケイタ:はっ、はい! 反省してますしてます! ホントもうすみませんでしたぁ!
ヴァイオラ:そうか。よし、わかった。じゃあ、リゼオラに代わって心の広いボクが、両の目ん玉えぐり出す程度で赦してやるよ
ケイタ:結局、死ぬのでは!?
・またまたスマホが甚だしい輝きを発する。
インテグラ:うう……頭がフラフラしんす……
ケイタ:うわっ! 今度はダイナマイトボディのお姉さま!? 全身から漂うその色香は、おそらく豊穣の女神……
ヴァイオラ:インテグラ。相変わらず、宿酔で参ってるみたいだな
インテグラ:うう……ワンカップ横綱とアタリメ……早く持って来てくんなんし……
ケイタ:ここ居酒屋じゃないんですけど!?
リゼオラ:はあ……もういいですわ。さっさと仕事を終わらせてしまいますわよ
ケイタ:一体、何が起きてるんだ……!? ラブリー♡ゴッデスの推しキャラトップ3が突然、生身で俺の部屋に現れるなんて……
ヴァイオラ:混乱するのも無理はない。簡単に言うと、今の状況は、お前の持つ恋愛熱量の急速な増大によってもたらされたものだ
ケイタ:えーと……つまり、どういうことだってばよ?
インテグラ:わっちら三名は、ぬしも知っての通り、愛の女神……。その存在理由は恋愛成就の手助けをすることにありんす
リゼオラ:さっきヴァイオラが言った恋愛熱量というのは、あなたの異性を愛する心情を数値化したもの……。それが何らかのきっかけを通じて規定値以上に達した若い男性の元に、アプリを触媒としてわたくしたちは顕現するのですわ
ケイタ:要するに、俺とカレンちゃんとの恋を応援するために、君たちは画面のこちら側に来てくれたってこと?
ヴァイオラ:不本意ながら、そういうことになるな
ケイタ:マジかよ! それが本当だとしたら、願ったり叶ったりだぜ! こんな美少女たちから手取り足取り優しく恋愛指南を受けることが出来るなんて……生きててよかった!
リゼオラ:なんておめでたい人ですの……
インテグラ:浮かれなさっているところ、ごめんなんし。厠はいずこにござんすえ……?
ケイタ:かわや? ああ、トイレなら、そこの廊下の右奥だけど……
インテグラ:ちょっと失礼いたしんす……。《口を手で押さえて》うぇっぷ
ヴァイオラ:何しに来たんだ、あいつ……
リゼオラ:それで、どんな娘なのかしら?
ケイタ:え?
リゼオラ:そのカレンさんという娘のことですわ。『敵を知り己を知れば百戦危うからず』というでしょう
ヴァイオラ:そうだな。まずは相手の情報を収集し、正確に分析するところから始めるか
ケイタ:き、君たち……俺のためにそんなに親身になってくれて……。俺は今、猛烈に感動しているっ……!
リゼオラ:勘違いするんじゃないですわ、このキモオタ変態ド低脳クソメガネ雑魚ナメクジ野郎
ケイタ:失敬な! 俺はメガネなんてかけていないぞ!
ヴァイオラ:もっと他に否定するとこあるだろ
リゼオラ:いいこと? わたくしたち愛の女神には、厳しいノルマが課せられておりますの。恋愛成就のサポート成績が悪い女神には、容赦なく失格の烙印が押されてしまうのですわ
ヴァイオラ:対象者の恋愛熱量の数値に応じて、ボクらの成績へ反映される仕組みになっている。そして、お前ほどの恋愛熱量の所有者はそうそう居るものじゃない。つまり、ボクらにとって、お前は絶好のカモ……もとい、絶対に逃したくない上客ってことなのさ
ケイタ:よくわかったよ。俺のために本当にありがとう!
ヴァイオラ:いや、わかってねえだろ
リゼオラ:ヴァイオラ、これ以上、この男に説明しても無駄ですわ。それよりあなた、先ほどの質問に答えてくださらなくて?
ケイタ:ああ、いいぜ!
カレンちゃん……それはアニ研に咲く一輪の美しい花。深窓の令嬢にして才色兼備のスーパーアイドルでありながら、それを鼻にかけることなく、世間からキモいと疎まれ爪弾きにされた俺たち底辺に対しても、屈託のない笑顔で接してくれる様は、さながら聖母マリアの如く……
ヴァイオラ:何かごちゃごちゃ言ってるが、要は、オタサーの姫ってことだろ? キモオタどもにチヤホヤされて喜んでる程度の女だとしたら、大したタマじゃなさそうだな
ケイタ:なっ!? おい! カレンちゃんを悪く言うな!
ヴァイオラ:おお?
ケイタ:俺のことはいくら罵ってくれてもいい……。むしろ、ご褒美だったりもする……。
だけど、彼女をけなすのだけはやめてくれ! カレンちゃんは、優しくて、健気で、本当に良い娘なんだよ……!
インテグラ:あな、これぞ真の愛でござりんすね! わっち、ほんに感動しんした!
リゼオラ:インテグラ……戻ってたんですわね
インテグラ:リゼオラさん、ヴァイオラさん、この旦那の恋愛熱量は本物でありんす。
ここは一つ、誠心誠意をもって力添えしんしょうじゃあおっせんか?
リゼオラ:仕方ないですわね……。べ、別にあなたのことを見直したとかそんなんじゃないですわよ!
ケイタ:リゼオラたん……
ヴァイオラ:そうだな……。
おい、さっきは悪かったな。カレンとやらに対するお前の気持ちを試させてもらったんだ。もっとも、そこまでムキになるとは予想外だったがな。インテグラの言うような真実の愛かはともかく、どうやら生半可な執着ではないらしい
ケイタ:ヴァイオラたん……
リゼオラ:でも、カレンさんの人物像を聞かせてもらう限り、この不細工とはどうやっても釣り合わないような気がしますわ。やはり高嶺の花なのでは?
インテグラ:そんなことはありんせん。わっちの見るところ、この旦那もなかなかの美丈夫でありなんす
ケイタ:インテグラたん……! へへ、照れるなぁ……
インテグラ:あい、いこう男前でござりなんす。……エテ公にしては
ケイタ:いや、誰がサルだって!? 一応、人間なんだけど!
ヴァイオラ:ふん、インテグラの評価などあてにしないほうがいいぞ。こいつの男の趣味と来たら最悪と呼ぶしかないからな
インテグラ:あな、ヴァイオラさん、いい加減なことをおっせえすな
ヴァイオラ:いい加減なものか。あんなゲテモノと付き合っていたのが好い証拠だ
ケイタ:ゲテモノ?
リゼオラ:酒神バッカス。身勝手で酒癖の悪い、どうしようもなく醜い飲んだくれですわ
インテグラ:あれは自由奔放というのでありんす。飲みたいときに酒を飲み、抱きたいときに女を抱く……。何にも縛られることのない彼のさまの生き方に、わっちは惚れたんでござりんす
ヴァイオラ:やれやれ、恋は盲目とはよくいったものだ。ボクから言わせれば、バッカスに都合よく利用されたようにしか思えないね。アル中に仕立て上げられた挙句、一方的に捨てられたんだもんな
インテグラ:おぶしゃれなんすな! わっちはアル中なんかじゃありんせん!
ただ、お酒を飲んでないと手が震えんして、呂律が回りんせんで、イライラしんして、どこからともなく変な声が聴こえんして、摩訶不思議な幻覚が見えるだけでありんす!
ケイタ:完璧アル中だコレ!
インテグラ:うう……もうダメ……。後生だから、お酒飲ませてくんなんし……
ケイタ:ちょ、ちょっと大丈夫!? あ、危ない!
・倒れ掛かるインテグラをケイタが支える。
インテグラ:あ……ありがとうござりんした……。はっ! ぬしは……もしやバッカスの旦那……!?
ケイタ:違いますけど!?
インテグラ:間違いござんせん! ああ、ほんに逢いとうござりんした!
ケイタ:えーと、その人、確かどうしようもない醜男って話だよね? え、なに、そんなに似てるわけ?
リゼオラ:バッカスはその名に相応しくバカでカスで、おまけにモノが小さい男……あなたにそっくりですわ
ケイタ:それ、もうただの悪口じゃない!?
インテグラ:待ちなんし。なんで、リゼオラさんが彼のさまのサイズを知っていなんすかえ……?
リゼオラ:え? いえ、それは風の噂でたまたま小耳に挟んだというか……そんなところですわ。おほほほ……
インテグラ:嘘をおつきなんし。わっちに姑息な誤魔化しは通じんせん
リゼオラ:う、うるさいですわね! わたくしにだって、たまには珍味をつまみ食いしてみたいときがありますの!
インテグラ:いけしゃあしゃあと……この女狐! ただじゃあおきんせん!
リゼオラ:上等ですわ!
ケイタ:うわ、なんか……女神の世界も思った以上に結構ドロドロしてるんだな……
ヴァイオラ:ま、そういうこった。お前も女に過度な幻想を抱いたりするのはやめといたほうがいいぜ
ケイタ:そうかもしれない……。だけど、俺はどんなカレンちゃんであろうと絶対に幻滅したりはしない。たとえ何があっても、一度好きになったからには、この愛を一心に貫き通すと決めたのだから!
リゼオラ:ふん! キモオタの癖に一端の台詞を吐かないで欲しいですわ……。べ、別にちょっとカッコいいとか思ってませんことよ!
インテグラ:まあ、なんと、ぬしは良きことをおっせえすな! 流石わっちが見初めたお人でありんす!《ケイタに身を寄せる》
ケイタ:うわっ、ちょっと、インテグラたん! そんなにくっついちゃまずいよ……!
インテグラ:ねえ、ぬしさん、わっちは間違ってたんでありんしょうか……?
ケイタ:そ、そんなことないよ。
外見や悪評に惑わされず、彼の美点を見抜くことが出来たのは、君の愛のなせる業だ。そして、それは誰にも傷つけられることなく、綺麗な宝石のように今も輝いているんだよ……!
インテグラ:ほんだんすかえ……?
ケイタ:ああ、本当だ
インテグラ:ぬし……! 抱いておくんなんし!
ケイタ:うひょおあああ! 柔らかっ!
リゼオラ:あっ、インテグラ! そいつから離れるのですわ!
ケイタ:リゼオラたん……?
リゼオラ:《我に返り》はっ……!だ、大体、何ですの、あなた? あれだけ毎日わたくしの身体をまさぐっておきながら、ちょっと抱きつかれたぐらいで別の女にあっさり鞍替えするなんて……とんだ浮気者ですわ!
ケイタ:いや、そんなつもりじゃ……
リゼオラ:しょうがないですわね……。ほら
ケイタ:ん? どうしたの、リゼオラたん? いきなり身体をこっちに傾けたりして。マイケル・ジャクソンごっこ?
リゼオラ:んなわけあるか! 頭を撫でさせてやってもいいと言ってるんですの!
ケイタ:え、いいの?
リゼオラ:デイリーミッションのこともあるし……。し、仕方なくですわ!
ケイタ:そう? それじゃあ、遠慮なく……。うわぁ、ふわっふわだ……! 硬いスマホの画面とは大違い! これが夢にまで見たリアルなでなで……!
リゼオラ:へ、変なとこ触ったりしたら殺しますわよ!
ケイタ:そう言いながら身体を押しつけてきてるんですが……。ああ、両手に花とはこのことか! あとは……
ヴァイオラ:「あとはこの娘だけだ」みたいな視線をボクに注ぐんじゃねえ。不愉快だ。えぐり出すぞ
ケイタ:ひっ、すんませんでした! 堪忍してつかあさい!
ヴァイオラ:だが、まあ、バッカスにフラれて傷心中のインテグラを慰めてくれたことには感謝している
ケイタ:そうなの? じゃあ、あんなことを言っていたのは……
ヴァイオラ:ボクなりに彼女を思ってのことだったんだが、どうにも不器用でな。怒らせてしまったようだ
ケイタ:ヴァイオラたん……
ヴァイオラ:案外、お前のような愚直な精神の持ち主が、人の心を揺り動かすのかもな。とりあえず、礼を言っておく。ありがとよ……
ケイタ:……デレた? 今、デレたよね? うーむ、もしかして、俺ってモテるのでは……。
そうか。春だ。我が世の春が来たのだ! そうに違いない! ふははははっ! はーっはははは!
リゼオラ:《笑い声に被せて》調子に乗り過ぎですわ、キモオタ。二十年物のウンコみたいな顔して
ケイタ:いや、どんな顔!?
リゼオラ:知りませんわ。わたくし、トイレになんて行きませんもの
ケイタ:今更、清純派アイドルみたいなこと言ってんじゃないよ!
インテグラ:こうしていても埒が明きんせん。わっちらの中で、誰が一番美しく艶やかに咲く花か、旦那に選んでもらいんしょう
リゼオラ:望むところですわ。もっとも、結果は既に見えてますけれども
ヴァイオラ:なるほど、面白くなってきたな。そういうことならば、ボクからはラブシチュエーションバトルを提案させてもらう
ケイタ:ラブシチュエーションバトル?
ヴァイオラ:ボクらが一人ずつ順番に、指定された萌えシチュエーションの中でルールに則り、様々な手法を用いてお前に愛のアプローチをおこなう。制限時間は一人五分以内。道具の使用可。最終的にお前を最も満足させた者が優勝だ。簡単だろ?
ケイタ:えっと……なんか、趣旨がズレてきてない?
ヴァイオラ:いや、そうでもない。
恋愛を優位に進めるにあたって重要なのは、まず、経験の豊富さだ。このバトルでは、あらかじめ設定されたあらゆる状況を通じ、臨機応変な判断能力を培うことが出来る。延いては、想定外のトラブルへの対処能力の向上にも一役買うというわけだ。いざというときに頼れる男は例外なくモテるぞ。
次に、異性に対する免疫力。これはもう場数を踏んで慣れるしかない。今回は、ボクらが相手をしてやるから光栄に思え。さっきみたいに、女の身体と少し密着したぐらいで素っ頓狂な声をあげていてはお話にならないからな。
ヴァイオラ:最後に、男としての威厳だ。バトルの最終段階でお前は三人の内から一人を選択するわけだが、その行為によって、お前は無意識下で女に対し、心理的アドバンテージを得ることが出来る。そこから発展して、自分は好きな女を選べる立場にあるのだという自尊心が芽生えるというわけだ。
以上が、ラブシチュエーションバトルを開催すべきとするボクの主張の根拠だ。わかったか?
ケイタ:す、すごい……。ここまで緻密に計算されていたとは……
ヴァイオラ:それじゃあ、準備はいいな? 早速、ラブシチュエーションバトルを開始……
リゼオラ:待つのですわ。ヴァイオラ、大事なことをお忘れでなくて?
ヴァイオラ:何だってんだよ、リゼオラ
リゼオラ:優勝賞品ですわ。勝者には名誉だけでなく、何かしらの形でもって報いるべきですわ
ヴァイオラ:欲の深いやつだな。なら…………ほらよ。これでどうだ
ケイタ:ちょ、それ、俺の使用済みパンツ!? 何やってんの!? そんなの欲しがるわけ……
インテグラ:この勝負、勝たせてもらいんす……!
リゼオラ:俄然、燃えてきましたわ……!
ケイタ:いや、なんで!?
ヴァイオラ:愛の女神は元来、惚れっぽいんだ。まして、お前のように恋愛熱量の高い者には滅法弱い。もちろんボクも含めてな。
それだけモテているということだよ。素直に喜んどけ
ケイタ:そ、そう? なら、いいか。えへへ……
インテグラ:まずは、わっちが一番手を務めさせていただきんす。ぬしがお望みの姿で見事、舞ってご覧に入れんしょう……!
ケイタ:えーと、本当に何でもいいんだよね?
インテグラ:あい、ようざんす。遠慮はいりんせん
ケイタ:じゃあ、お言葉に甘えて……『普段はOLをやっていて会う機会も少ないが、寂しさの募った一人暮らしの部屋に弟を招き入れ、恥ずかしがりながらもメイドのコスプレ姿で優しく丁寧に耳かきをしてくれる、血の繋がりのない姉』……でひとつお願い申し上げ候……!
ヴァイオラ:ここぞとばかりにぶちかましてくるな
リゼオラ:キモっ……
ヴァイオラ:服装にオプションをつけることも可能だが……どうする?
ケイタ:《早口で》ネコ耳、シッポ、ガーターベルトに縞々ニーソックス、あとパンツの色は薄いピンクで
ヴァイオラ:スラスラ出てくるな。欲望の権化かよ
リゼオラ:キモっ……!
ケイタ:でも、これだけのアイテムをどうやって用意するの?
ヴァイオラ:ラブリー♡ゴッデスの換装システムを利用する。必要なプログラムをメインサーバーに入力すれば、データに準じたシチュエーションが自動的に再現されるわけだ
・アプリ機能により、特殊効果が発動する。
ケイタ:おおっ、あっという間にインテグラたんがネコ耳メイドに! 部屋の雰囲気までガラッと変わったぞ! これは素晴らしい! ……いや、しかし、このシステムでは……
リゼオラ:何か不満ですの?
ケイタ:生着替えを拝めないじゃないか……!
リゼオラ:キ、キモっ……!!
インテグラ:じれっとうす。ぬし、早くこっちに来てくんなんし
ヴァイオラ:さて、まずはインテグラのお手並み拝見といこうか
リゼオラ:ノリノリですわね……
・ラブシチュエーション《インテグラ編》開始。
ケイタ:お邪魔しまーす
インテグラ:おいでなんし
ケイタ:うわっ! 姉ちゃん、何だよ、その格好!?
インテグラ:そんなにじろじろ見ないでおくんなんし……。恥ずかしいでありんす
ケイタ:ご、ごめん!
インテグラ:やっぱり変でありんすか……?
ケイタ:そんなことないよ! とても似合ってる。メイド姿の姉ちゃんもすごく可愛いよ
インテグラ:ふふ、嬉しうざんす
ケイタ:でも、なんでそんな格好を?
リゼオラ:自分で着せといて、よく言いますわね
インテグラ:ぬしが久方ぶりにこっちに来なんすと聞いて、おもてなしをしたく思いんした。前に一度、メイド喫茶なるお店に行ってみたいとおっせえしたでありんしょう?
ケイタ:覚えててくれたんだ。ありがとう、姉ちゃん
インテグラ:ふふふ、そんなところに立っていなんしんで、もちっとこっちに来なんし。小さい頃みたいに耳かきして差し上げんしょう
ケイタ:うん。な、なんか緊張しちゃうなぁ
・正座をして待つインテグラの元へ向かうケイタ。
インテグラ:楽にしなんし。さあ……
ケイタ:うっ、これは……! まさに神聖不可侵なる絶対領域……! ここに顔を埋めろというのか!? そうなのか!? えへへ……では、失礼して……
インテグラ:まずはこっちの耳から……
ケイタ:ああ、ムチムチですべすべした太ももの感触……! そして後頭部に何か柔らかな球体が当たっているような気が……
インテグラ:あん、そんなに動かないでくんなんし
ケイタ:幸せだぁ……!
リゼオラ:何故だか無性に殺意を覚えますわ
ヴァイオラ:奇遇だな、ボクもだ
インテグラ:懐かしうざんすえ。こうやって、ぬしの耳かきをしんすのは何年ぶりでありんしょう。中学に入ってからは、とんとさせてくれなくなりんしたから。やはり真の姉弟ではないゆえ駄目なんでありんしょうかと、不甲斐ない日々を送っていんした
ケイタ:ごめん、姉ちゃん……。俺、あるときから姉ちゃんのことを急に意識するようになっちゃって……このままだと自分の気持ちが抑えられなくなりそうで、それで怖くなって、わざと避けてたんだ
インテグラ:それなら、わっちのことを好かねえわけではありんせんとおっせえすか?
ケイタ:姉ちゃんと離れ離れになって、ようやくわかったんだ。俺が今までどれだけ姉ちゃんに甘えていたのか、どれだけ姉ちゃんに寂しい思いをさせていたのか、そして、どれだけ自分にとって姉ちゃんが必要な存在なのかってことが……。やっと覚悟ができたよ。もう俺は姉ちゃんから逃げたりなんかしない
インテグラ:そういうことは、こっちを向いてからお言いなんし
・インテグラがケイタの頭を反対側に向ける。
ケイタ:うおおおっ! 目の前に国宝級の巨乳が……! とてつもない圧力で迫ってくる! こいつはすげえっ……! どうやら俺は今まで耳かきという行為を侮っていたようだ……!
インテグラ:わっちの想い……受け止めてくんなんし……!
ケイタ:うわっぷ! 胸に圧し潰されて、息が苦しい……!? だが、それ以上に気持ちいい……!!
インテグラ:ぬしさま、お慕い申してござりんす……!
ケイタ:ね、姉ちゃん……! 俺も……姉ちゃんが好きだ!
・二人は抱き合い、口づけを交わす。
ケイタ:………………ぶはっ! 酒くさっ!
リゼオラ:はい、終了! そこまでですわ
ケイタ:あああ……! つい勢いでキスしちまった……! なんてことを……!
ヴァイオラ:大したことじゃないだろ
ケイタ:大したことあるよ! 初めては絶対にカレンちゃんと、って決めてたのに……!
っていうか、なんか口の中が酸っぱい……?
インテグラ:ああ、さっき厠で景気よく吐いてきんしたから……そのせいでありんしょう
ケイタ:ファーストキスがゲロの味ってこと!? そんなんある!?
インテグラ:あな、むごうありんすなあ。喜びなさると思って精一杯ご奉仕しんしたのに
ケイタ:いや、まあ、それは嬉しいんだけどね……。代わりに何か大切なものを失った気がする……
ヴァイオラ:よーし、バトルを続行するぞ。次はボクの番だ。おい、いつまでもへこんでないで、さっさとシチュエーションを設定しろ
ケイタ:では、気を取り直して……参ります。『誰もいない放課後の教室で、初めての手作りバレンタインチョコを先輩に渡そうと健気に振る舞う、ちょっと生意気な後輩女子』で!
ヴァイオラ:ふーん、まあ、王道だな。おかしな設定だったら、バラバラにしてやるところだったぞ
ケイタ:セ、セーフ……!
インテグラ:服装はどれにしなんすかえ?
ケイタ:セーラー服。オーソドックスなタイプのやつで!
インテグラ:……ごめんなんし。選択可能アイテムの中にはブレザータイプしかありんせん
ケイタ:ええっ!? そ、そんな……どうにかならないの!?
リゼオラ:あ、でも、装着オプションにセーラーカラーがありますわよ
ケイタ:本当か!? なら、それで……ヨシ!
リゼオラ:どうしてそんなにこだわるんですの?
ケイタ:俺の通っていた学校では、中高ともに女子はセーラー服だったんだよ
リゼオラ:だから?
ケイタ:いいかい、俺たちオタクってのは、学生時代にろくな恋愛をせずに過ごしてきたやつらがほとんど……。そのままの勢いで魔法使いにクラスチェンジするやつだって、いくらでもいる。この運命から逃れるためには、たとえ擬似的であったとしても、学生時代に素敵な恋愛をしたのだという成功体験が必要なんだ。
だから頼む……! 失われた青春をもう一度この手に取り戻させてくれ……!
ヴァイオラ:必死だな。別に頼まれなくても学生服ぐらい着てやるよ
・ヴァイオラが情報をインプットすると、換装システムが作動し、同時にステージが教室内に切り替わる。
ケイタ:制服姿のヴァイオラたん……ヨシ!
ヴァイオラ:さっきから何なんだよ、それ! いいから始めるぞ
・ラブシチュエーション《ヴァイオラ編》開始。
ケイタ:何だ、大事な話って?
ヴァイオラ:あ、先輩……来たんだ
ケイタ:おいおい、君が呼びつけたんだろ
ヴァイオラ:先輩って結構モテるからさ……。ボクとの約束なんて、どうせすっぽかされるんだろうなって思ってたから
ケイタ:俺が、そんなに薄情な男に見えるのか?
ヴァイオラ:見える
ケイタ:なんでだよ!?
ヴァイオラ:だって、この間の放課後、知らない女の人と楽しそうに話してただろ!? 見てたんだぞ! 一緒に帰ろうと思って待ってたのに、人の気も知らないで……
ケイタ:何じゃ、そりゃ。どの女のことを言ってるんだ?
ヴァイオラ:髪の長い綺麗な人だった。レースのついた紺色の半袖チュニックを着てて……
ケイタ:ぷっ! はははは!
ヴァイオラ:なっ、なんで笑うんだよ!
ケイタ:いや、すまんすまん。可笑しくてな。君の言うその人は俺の姉貴だよ
ヴァイオラ:お姉さん……?
ケイタ:ああ。この学校の近くで一人暮らしをしててな。ちょくちょく会ったりしてるんだよ。この間はクッキー焼いたからって、わざわざ届けに来てくれたんだぜ
ヴァイオラ:そうだったんだ……。ボクの早とちりだったんだな……
ケイタ:何だ? 他の女に俺が取られたと勘違いして、ヘソ曲げてたのか?
ヴァイオラ:そ、そんなんじゃ……!
ケイタ:安心しろ。可愛い後輩を見捨てたりするもんか
ヴァイオラ:か、可愛くなんかない! クラスの皆からも男の子みたいだってからかわれるし、ボクなんか……
ケイタ:いや、可愛いぜ。他のやつらは君のボーイッシュな雰囲気に惑わされているみたいだが、俺にはわかる
ヴァイオラ:そんなこと……。あっ
リゼオラ:出ましたわ……臆面もなく……。壁ドンっ……!
インテグラ:実際に目の当たりにすると、寒気がしんすえ……
ケイタ:サラサラのショートカットに小麦色の肌……。均整の取れたスレンダーボディは健康的な魅力に溢れている。そして……
リゼオラ:顎クイですって……!? あの顔で……!?
インテグラ:これ以上見てられやしんせん!
ケイタ:蒼く澄んだ美しい瞳……。君はとびきりの美少女だ
ヴァイオラ:先輩…………。
あ、そうだ、今日バレンタインだからさ、その……チョコレート持ってきたんだ。よかったら、どうぞ……
ケイタ:ありがとう。……あれ、もしかして、手作り?
ヴァイオラ:そ、そうだよ。悪いかよ! どうせボクには似合わないよ!
ケイタ:いや、そんなことないさ。ありがたくいただくよ
ヴァイオラ:本当に? じゃあ、その前にボクのことも食べてくれる……?
ケイタ:お安い御用さ……
・唇を重ね合う二人。
ケイタ:愛してるよ
ヴァイオラ:先輩……。ボクも、もっこりスケベ仮面先輩のこと……
ケイタ:カット!! ちょ、それ、誰!?
ヴァイオラ:お前の名前だろ
ケイタ:ああ、はいはい、アプリのユーザー名ね! 雰囲気ぶち壊しだよ!
ヴァイオラ:よかれと思って呼んだんだがな
ケイタ:ケイタね、俺の名前! 今更だけど! ケイタ先輩って呼んで!?
ヴァイオラ:無理だな。ボクのターンは既に終了している。次でラストだ
ケイタ:はあ……クールだなぁ……。キスまでした仲なのに
リゼオラ:ようやくわたくしの出番ですわね。待ちくたびれましたわ
ケイタ:えっと……悪いんだけど、ちょっと休憩させてくれないかな? 流石に疲れたというか……
インテグラ:情けないことを言うのはよしなんし。持久力のない与太郎は、女に愛想尽かされなんすえ
ケイタ:いや、でも……
リゼオラ:わたくしに恥をかかせる気ですの? キモオタの癖に十年早いですわ!
ケイタ:わかったよ……。それじゃあ、『本命の気を引くために、敢えて夜の蝶として男を取っ替え引っ替えしてみるもののまったく相手にしてもらえず、無理して誘った水族館デートで一発逆転を狙う幼馴染み』で!
リゼオラ:待ちなさい。わたくしにビッチを演じろと言うんですの!?
インテグラ:リゼオラさんにはぴったりの役にござんすなあ
リゼオラ:なんですって!?
ヴァイオラ:おい、そこ、喧嘩するなよ。で、衣装は?
ケイタ:麦わら帽子に白のワンピース一択!
ヴァイオラ:これはまたお約束だな……。ベタ過ぎて現実でお目に掛かることはまずないというオタクの原風景のようなノスタルジックスタイルだ。実にお前らしいよ
ケイタ:へへ、それほどでも……
リゼオラ:誰も褒めてはいませんわ
・換装システムにより、入力データが忠実に再現される。
ケイタ:リゼオラたん……! なんて神々しい美しさだ。やっぱり君は最高の女神さまだよ!
リゼオラ:なっ……! あ、あなたに褒められたところで嬉しくもなんともありませんわ……!
インテグラ:準備は整ってござんすかえ。では、始めておくんなんし
・ラブシチュエーション《リゼオラ編》開始。
リゼオラ:ほら、遅い! 早くこっちに来るんですの!
ケイタ:待ってくれよ。なに急いでるんだ?
リゼオラ:早くしないとイルカのショーが始まってしまいますわ!
ケイタ:イルカ? お前、イルカになんて興味あったっけ?
リゼオラ:え……ええ、昔から大好きでしたわ!
ケイタ:そうか? ふーん……
リゼオラ:よかった! 良い席が空いてましたわ
ケイタ:なあ、リゼ、急にどうしたんだ? お前のほうから誘ってくるなんて、珍しいじゃないか
リゼオラ:別にお店も休みで暇だったから誘っただけですわ。
ほら、見て! 始まりますわよ。キャー、可愛い!
ケイタ:ふっ、まさかお前がイルカショーに夢中とはねぇ。知り合いが見たら驚くだろうな
リゼオラ:なっ、似合わないって言いたいんですの!?
ケイタ:いいや、今日は久しぶりに素のリゼに会えたって気がする。このほうがお前らしくて、俺は好きだよ
リゼオラ:す、好きですって……!? いきなり何を……!
ケイタ:はは、お前だって、よく言ってたじゃないか。「大きくなったらケイタくんのお嫁さんになる」って
リゼオラ:それは……昔の話ですわ……
ケイタ:そうだな。今や店のナンバーワンとして、男たちに夢を与える売れっ子キャバ嬢だもんな。俺みたいに冴えない野郎が相手してもらえるはずが……
リゼオラ:勝手なこと言わないで欲しいですわ!
ケイタ:リゼ……
リゼオラ:わたくしが、似合わない派手な服で着飾って、慣れないお酒を飲み、好きでもない男に抱かれているのは、全部あなたのせいですわ……
ケイタ:俺のせいだって……?
リゼオラ:何もかもあなたの気を引きたくてやったこと……。
幼馴染みというのは、そう、呪縛ですわ。一度その呪いにかかってしまったが最後、どれだけその先に進もうともがいても、身動きが取れなくなってしまう……。
そうして、わたくしはいつしかあなたという花を追うのを諦め、当てどなく夜を飛び回るだけの蝶となったのですわ……
ケイタ:じゃあ、お前が変わってしまったのは……
リゼオラ:あなたの目からは変わったように見えたかもしれませんわね。でも、わたくしの気持ちは今もずっと、あの頃と何も変わらな……
・イルカのジャンプの勢いで水しぶきがあがり、二人の全身を濡らす。
リゼオラ:きゃっ!
ケイタ:うわっ!
リゼオラ:……服がびしょびしょですわ……
ケイタ:ああっ、下着が透けて見えてるぞ……!? そんな服着てるから……。ほら、上着貸してやるから、これ着てろ
リゼオラ:あら、優しいんですのね。もっといやらしい目でじろじろ見られるのかと思ってましたわ
ケイタ:えっと……お前、もしかして、わざと?
リゼオラ:ふふ、どうかしら
ケイタ:こいつぅ《笑う》
ヴァイオラ:……おい、これ、コメディだよな?
インテグラ:わっちに聞かれても困りんす
リゼオラ:服が濡れて寒いですわ。暖めて……。そして、わたくしを呪いから解き放って……!
やり方は、言わなくてもわかりますでしょ……?
ケイタ:ああ……
・ケイタがリゼオラを抱き寄せ、優しくキスをする。
リゼオラ:たった今、王子さまのキスで呪いが解けましたわ……。
ああ、ケイタ……あなたのすべてが欲しい……!
・リゼオラがケイタの両頬に手を添え、激しく口づけをする。と同時にラブシチュエーションが解除される。
ケイタ:………むぐぐぅ……!
ヴァイオラ:おーい。もう終わりだぞ、リゼオラ
ケイタ:……ぷはっ! ぜえぜえ……ちょっと激しすぎるよ、リゼオラたん! もう参っちゃうなぁ、ははは…………。ん……あれ……? なんか……フラフラす……る……?
・力が抜け、立っていられなくなったケイタがそのまま床に突っ伏す。
リゼオラ:うふふふっ、ご馳走さまですわ……! なかなかのお味でしたわよ
ヴァイオラ:欲張りめ。少しぐらいボクの分も残しておけよな
インテグラ:わっちもまだまだ物足りんせんしたのに
ケイタ:どうしたんだ……? 身体が動かな……っ!
ヴァイオラ:くっくっく、何が起きたか教えてやろうか? お前はボクらに根こそぎ精気を吸い取られたんだよ
ケイタ:吸い取られた……? なんでそんなことを……!?
インテグラ:騙してて、ごめんなんし。わっちらは愛の女神なんかじゃありんせん
リゼオラ:わたくしたちの正体は、誇り高き悪魔サキュバス! 夢魔あるいは淫魔とも呼ばれる存在の眷属にあたるものですわ
ケイタ:サキュバス……!? そ、そんな……!
インテグラ:ぬしはわっちらの貴重な食料として選ばれたんでありんす。まったく、ぬしほどの上玉は久々でござんした。これでしばらくエナジー不足に悩むことはありんせん
ケイタ:カレンちゃんとの恋を手伝ってくれるっていうのも、全部嘘だったのか……!?
ヴァイオラ:そうさ。本当の目的は、ラブシチュエーションを通じて、お前の恋愛熱量が最大限に横溢したタイミングで吸精すること……。
ああ、因みに、恋愛熱量ってのは、性欲の強さを便宜上、言い換えただけの単語だ。ボクらはお前に潜在する異常なほどの性的資質に惹かれていたってだけのことさ
ケイタ:くっ……! サキュバスってのは、夢の中に現れる悪魔じゃなかったのか……? なんでスマホアプリの中なんかに……
リゼオラ:時代の変化に対応した結果ですわ。昨今の不景気や生活習慣の乱れの影響からか、若い男性の睡眠時間が年々減ってきておりますの。それに伴い、吸精の機会減少、精気の質の低下などが問題視されるようになり、その解決策として、このアプリを活用することになりましたのですわ
インテグラ:若い男は恋愛アプリを好みなんす。多くのユーザーの中から特に精力の膨大な殿方を見繕い、覚醒しなんした状態で吸精しんすのが一番効率的なやり方なんでありんす。なんせ、夢の中で奪える精気に含まれる何倍ものエナジーが手に入りんすからなあ
ケイタ:そのために、こんな回りくどいことを……!
ヴァイオラ:起きてる人間にいきなり襲いかかるわけにもいかんからな。ボクらの正体に気づいた男は大抵は怯えて使い物にならなくなるし、反撃してくるやつだっている。警戒されないための隠れ蓑として、愛の女神って立場は、実に都合が良いのさ
リゼオラ:それにしてもカレンジュラは良い仕事をしてくれましたわね
ヴァイオラ:ああ、今度、あいつにもお裾分けをしてやらないとな。そうだ、このパンツなんかどうだ?
インテグラ:それは、わっちが酒の肴にしんす! カレンジュラさんには渡しんせん!
ケイタ:カレンジュラ……? カレン……ジュラ……カレン……。はっ、まさか……!?
ヴァイオラ:ふん、察しがいいじゃないか。そうだ、お前の愛しのカレンちゃんは、ボクらの同胞だ
インテグラ:カレンジュラさんは先遣隊として、『おたさあの姫』に扮し、ラブリー♡ゴッデスの布教活動をしていなんす。見どころのある殿方をお探しなんして、アプリに潜むわっちらに合図を出すのが主な任務でありんす
リゼオラ:余談ですけど、全国に生息するオタサーの姫の正体は、全員もれなくサキュバスですわ
ケイタ:マジで!? オタクに希望はないのか!?
ヴァイオラ:さて、もう用は済んだ。長居は無用だ。とっとと引き上げるぞ
ケイタ:ま、待ってくれ……!
ヴァイオラ:ああ、そうだ。吸精の後遺症でしばらく下半身が役立たずになるから我慢しろよ。もっとも、この一連の出来事は夢として処理されるから、次に目が覚めたときには覚えていないだろうが
ケイタ:うう、そんな……
ヴァイオラ:じゃあな。楽しかったぜ。セ・ン・パ・イ
インテグラ:おさらばえ
リゼオラ:ご機嫌よう
・三人が煙のように一瞬で立ち消える。同時に、ケイタのスマホからラブリー♡ゴッデスがアンインストールされる。
ケイタ:くっ……! そんな、まさか……カレンちゃんがサキュバスだったなんて……。けど、まあ、それはそれで……ありよりのなきにしもあらず……!
(了)
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