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クレイドルに憐れみを

(あらすじ)
三か月前、グラスプールの都心部にて爆破テロが発生。多大なる犠牲者を出したこの事件は、とあるカルト教団の摘発により、幕を閉じたかに見えた。

捜査官のチェルシーは、教団の真実を暴くため恋人でもある心理学者のモニカに協力を依頼する。

彼女は、死者の遺伝子情報を取り込むことで、自らの肉体にその魂を憑依させる特殊な霊能力の持ち主だった。

(登場人物)
チェルシー・アシュトン♀:ダレン・ニューフォード市警察の捜査官。特務局特殊情報管理室室長。28歳。

モニカ・サウスゲート♀:犯罪心理学者。死者の声を代弁できるという霊能力を活用して、捜査協力をおこなう。チェルシーとは恋人同士。36歳。

─────────────────────

0:市警察署の一室。ベッドの上で女が目を覚ます。

モニカ:うーん……はっ! 

チェルシー:ようやくお目覚めか。待ち侘びたよ

モニカ:う、動けないっ……! 何も見えない……! くそっ! 何だってんだよ、畜生!

チェルシー:すまないが、事前に目隠しを施したうえ、拘束具で自由を奪ってある。無用なアクシデントは極力避けたいのでね

モニカ:だ……誰だよ、あんた!?

チェルシー:人に素性を尋ねる前に、まずは自己紹介をするようスクールで教わらなかったか?

モニカ:ふざけんなっ! あんた、誘拐犯か!? あたしに薬を盛って、ここに連れて来たのか!?

チェルシー:ふむ、誘拐とは随分と人聞きの悪い表現だ。

だがまあ、君の置かれている状況からすれば、そう言いたくなるのも無理はない

モニカ:やっぱりそうか……! よくもナメた真似を……!

チェルシー:いいから落ち着け

モニカ:これが落ち着いていられるかよ!

チェルシー:やれやれ、これではまるで発情期のメスザルだな。うるさくてかなわん

モニカ:なあ、目的は何だよ……? 金か? 金ならないよ! あたしの身柄をダシにして強請ゆすれるような家族や恋人もいない! こちとら生まれてこの方ずっと一人で生きてきたんだからな!

チェルシー:ほう、天涯孤独ということか?

モニカ:そうさ。こんなクソみてえな世界にたった一人放り出されて、ずっと必死で耐えてきた……生きるためならどんな汚いことだってやったし、何度も修羅場をくぐってきた。

あんたが何を企んでるのか知らねえが、身体の自由を奪ったぐらいでいい気になってんじゃ……

チェルシー:『アンナ・マックイーン。21才。プレストウォール出身。幼くして両親と死別して以来、孤児院を転々として過ごす。

まともな教育を受けられなかったことから一般社会に馴染めず、スラム街に身を投じてからは、もっぱら、窃盗、恐喝、売春などの裏稼業で糊口ここうを凌ぐ日々を送る。

特定のパートナーは持たず、その場だけの刹那的な関係に留める傾向にあるようだ……』

うむ、手持ちの資料とも合致しているな

モニカ:うっ……! あたしのこと、調べあげてるってのか!? 

チェルシー:あくまで表面的な情報に過ぎないがね。必要な措置は取らせてもらった

モニカ:あんた……マジで何者なんだよ……?

チェルシー:そうだな。『正義の味方』とでも答えたら納得してもらえるだろうか

モニカ:するはずねえだろ! 馬鹿にしやがって

チェルシー:気を悪くしたのなら謝罪しよう。だが、こちらにも色々と事情があってな

モニカ:そんなことはどうでもいい!

一体あたしをどうするつもりだ……?

チェルシー:なに、別に取って喰おうというのではない。

用件さえ済めば、君の身柄は無事に解放することを保証する。どうか安心してくれ

モニカ:な、何だよ、その用件って……?

チェルシー:我々が欲しているのは、君に関連するいくつかの隠された真実だ。それを白日の下に晒すため、無理を通して、君をここに連れて来たという次第だ

モニカ:さっきからいちいち回りくどいんだよ、あんたの言いざまは! 

そっちこそ、相手に物事を伝えるときは手短に要点をまとめるよう、スクールで習わなかったのか!?

チェルシー:ふっ、これは失礼。悪い癖が出てしまったな。

では、単刀直入にこう。

くらい揺り籠』について何か知っているか?

モニカ:!?

チェルシー:どうした?

モニカ:いや……噂くらいなら聞いたことはあるよ……。貧乏人や裏社会の住人たちの間で広まってるっていう、新興の……ヤバいカルト教団のことだろ……

チェルシー:そうだ

モニカ:この間の爆破テロにも関わってたとか……それで警察の摘発を受けて、教祖が逮捕されたって話だけど……

チェルシー:ああ。だが組織そのものが瓦解したわけではない。各地に散らばった残党どもは、今も潜伏先で密やかに活動を続けている。

そういう君も『揺り籠』の一員なのではないか?

モニカ:なあ、ちょっと待ってくれよ……。あんた、もしかして教団の関係者か……!?

チェルシー:質問に答えろ。どうやって教団に近づいたのだ?

モニカ:こ、答えたら、本当にここから逃してくれるんだよな!?

チェルシー:ああ、約束しよう

モニカ:……一年ほど前の話だよ。いつものように街角で客待ちやってたら、経典を抱えた目つきの悪い男に声をかけられてさ、タダで飯を食わせてもらえるっていうから、後をついていったんだ。そしたら、ノース・バーネットの外れにあるボロい寺院に案内されて……

チェルシー:ノース・バーネット地区……第四支部のあった辺りだな

モニカ:あ、あたしだってあんな怪しげな集団になんか近づきたくなかったさ! だけど、教団に入れば、最低限の衣食住は約束されるって聞いて……仕方なかったんだよ! 他に道なんてなかった!

チェルシー:すると、一時的な飢えを凌ぐためだけに、危険を承知でカルト教団に入信したということか。まったく軽佻浮薄けいちょうふはくも甚だしいな

モニカ:あんたに何がわかる!? 今まで泥水をすすって生きてきたあたしの何がわかる!

チェルシー:それから?

モニカ:え?

チェルシー:『揺り籠』に入信してからの経緯だ。君にとって何か重大な変化が生じたのではないか?

モニカ:……洗礼を受けてからは、他の信者との集団生活を強いられたよ。辛気臭い連中と一緒に粗末な飯を食って、ありがたくもない神にくだらない祈りを捧げる毎日にはうんざりだった。それでも、今までの生活に比べれば幾分マシだったけどな……

チェルシー:しかし、施設の外での暮らしに未練がなかったわけではないのだろう

モニカ:信徒は、教義で不要な外出を禁止されているけれど、それは日中に限った話さ。夜間は神の加護を受けられるとかで、自由に出歩くことが出来る。あたしは元々、夜に活動することが多かったから、これまでと同じように……

チェルシー:せっせと自分の身体を売っていたということか

モニカ:何だよ……売春うりは別に戒律違反じゃねえぞ

チェルシー:その点は確認済みだ。行為自体には何の問題もない。だが、その結果、妊娠したとなれば、どうだ?

モニカ:…………

チェルシー:心当たりがあるんじゃないか、アンナ?

モニカ:…………くそっ! なんで、あたしばっかりこんな目に遭うんだよ……。もう少し稼いだら、あんなイカれた教団からさっさと抜け出して、新天地へ逃げ込もうと思ってたのに……!

チェルシー:そうか、やはりな。

『冥い揺り籠』教団は、信徒同士以外での婚姻を認めていない。これは異教徒を排除するという観点から設けられた規律だと考えるのが妥当だ。

だとすれば、非信者の子を懐妊、ましてや出産するなどという暴挙を看過しておくはずもない。奴らは禁忌を犯した者に対しては徹底的に不寛容な態度を取り、神の名のもと、暴力によって苛烈かれつな制裁を加えることで知られる。

当然、そのことは認識していたのだろう?

モニカ:知ってたさ、もちろん……! だけど、どうしようもなかった!

子供をみごもったのがわかってすぐに、堕ろすことを第一に考えた……。

でも、ちゃんとした病院で手術を受けられるような大金を用意するあてなんて、あたしにはどこにもないんだよ!

チェルシー:君たちのような娼婦を専門に商売している闇医者がいるだろう。彼らなら安価で引き受けてくれたのではないか?

モニカ:そんなの危険が大き過ぎる! こっちは、中絶の失敗で命を落としたり廃人になったりした同業者の話を嫌と言うほど聞かされてるんだよ。

結局、あたしには子供を産むという選択肢しか残されていなかった。だから教団から離れたのに、それなのに……!

チェルシー:その途上で追っ手に捕まったと、そういうわけだな?

モニカ:…………

チェルシー:いいか、アンナ。落ち着いて、次の質問に答えろ。

"君は、あの夜、一体誰に殺されたのだ?"

モニカ:う……うう、嫌だ…………思い出したくない……!

チェルシー:思い出せ。そいつの特徴を教えろ。背格好や服装は? 訛りはあったか? おおよその年齢、肌の色、利き腕……その他どんな些細なことでもいい。手掛かりになりそうな情報をよこすんだ!

モニカ:嫌だ嫌だ、怖い怖いよ……! あたしに触らないで! 赦して! お願い! うあああっ……!

チェルシー:おい、しっかりしろ、アンナ! 質問に答えるんだ! アンナ! アンナ……!

0:◇

モニカ:う……ん

チェルシー:おかえりなさい、サウスゲート先生

モニカ:ただいま、チェルシー

チェルシー:ご気分はいかがですか?

モニカ:ちょっとまだボーッとしてるかな。でも悪くないわ

チェルシー:それは良かった。では、お姫さまに目覚めのキスを……

モニカ:ふふ、嬉しい。でもね、キスよりもっとして欲しいことがあるの

チェルシー:何ですか……? あなたの為ならどんなことでも喜んで……

モニカ:この手足の拘束を解いてくれないかしら? さっきから窮屈で……

チェルシー:あ……これは失礼

0:拘束が解かれ、自由を取り戻すモニカ。

モニカ:まったく……身動きの取れない相手の貞操を襲おうとするなんて。あなたの瞳、まるで餓えた野獣のようだったわ

チェルシー:人聞きの悪いことを言わないでください

モニカ:まあ、それだけ私が魅力的ってことかしらね

チェルシー:サウスゲート先生はいつでも素敵ですよ

モニカ:その先生っていうのはやめて欲しいなぁ

チェルシー:しかし、私にとって、先生は先生ですから。その事実はげようがありません

モニカ:そうだけど……二人きりのときくらい名前で呼んでくれてもいいんじゃない?

チェルシー:折角のご提案ですが、こういうことは日頃から習慣づけておかないと、いつボロが出るかわかりませんので

モニカ:……ねえ、チェルシー、もしかして、あなた、私に意地悪してる?

チェルシー:ふふ、すみません、あなたの困った顔が見たくて……

モニカ:もう、生意気な生徒なんだから

チェルシー:性分ですので、ご容赦ください

モニカ:……それで、何か収穫はあったのかしら?

チェルシー:ええ、実際に取り調べたところ、やはりアンナは『冥い揺り籠』教団の信者で、教義に背いたことによる神罰として処刑されたようです。

尋問中、一時、錯乱状態に陥りましたが、その後、犯人に繋がるいくつかの手掛かりを聞き出すことに成功。

現在、その証言をもとに、教団関係者を中心とした被害者周辺を洗っているところです

モニカ:そう。まだ若い女性だったわよね。可哀想に

チェルシー:ですが、今回もこうやって亡き被害者の声に耳を傾けることが出来ました。

これもひとえにサウスゲート先生……いえ、モニカ、あなたのお陰です

モニカ:私は何もしていないわ。ただ、この力があなたたち警察や善良な市民の役に立つよう願うばかりよ

チェルシー:いつもご協力感謝していますよ。あなたの起こした奇跡が、どれだけの未解決事件を進展させるに至ったか知れません

モニカ:当人としては、あまり実感ないんだけどね。死者の残した遺伝子情報を体内に取り込むことで、その魂を憑依させるなんて。

そんなインチキ霊能力者みたいな芸当が自分に出来ると言われても、未だに信じられないわ

チェルシー:警察内部では、モニカの降霊術のことを『女神の託宣』と呼んでいます

モニカ:ちょ、ちょっとやめてよ……! それじゃ、まるで教団の教祖みたいじゃない

チェルシー:冗談ですよ

モニカ:……その冗談のセンスが壊滅的に悪いところ、警察学校の生徒だった頃からちっとも変わってないんだから

チェルシー:変わっていないのはそれだけではありませんよ。

十年前、あなたが犯罪心理学の特別講師として、私の前に現れて以来、この胸に燃えたぎる情熱は、あなたにだけ向けられているのです、モニカ

モニカ:……あなたが卒業してすぐ、私に交際を申し込んできたときには、また悪い冗談を言っているのかと思ったわ。

だけど、あなたはいつだって本気で、純粋で、真っ直ぐで……結局、ほだされるかたちでオーケーしちゃったのよね。

あーあ、私って案外、押しに弱いのかしら?

チェルシー:あのときの決断を後悔しているのですか?

モニカ:(微笑み)いいえ、ちっとも。

チェルシー、あなたとの毎日は刺激的で、新鮮で、とても幸せな時間だったわ。こんな私を選んでくれたあなたに感謝しているし、あなたを選んだ自分のことを誇らしく思う。

だから、嬉しいのよ。仕事上のこととはいえ、こんな風に二人で同じ時間を過ごせることが

チェルシー:そうおっしゃっていただけると救われます

モニカ:私は心理学者として、犯罪現場の第一線で戦う警察官に、プロファイリングや行動分析理論なんかを伝えてきたけれど、常々、もっと直接的なかたちで捜査に協力したいと考えていたの。

それが、こうやって、より実践的な貢献をすることが出来るようになって、今はとても満足しているわ

チェルシー:今回のアンナ・マックイーン殺害事件の全容解明には、モニカの協力が必要不可欠です。

教祖の逮捕以来、息を潜めていた奴らの尻尾を掴み、一気に叩く絶好の機会を逃すわけにはいきません。

もう少しだけ、あなたのご厚意に甘えさせて下さい

モニカ:もちろんよ。あの悲劇を繰り返すようなことがあってはならないものね

チェルシー:おっしゃる通りです。警察の威信を懸けて、あの事件の再発だけは絶対に防がねばなりません。テロに巻き込まれた大勢の犠牲者たちに報いるためにも……

モニカ:そうね。私も当事者の一人として応援してるわ

チェルシー:モニカ……

モニカ:あの時のこと、今でもふと思い出すの……。空気がピンと張り詰めたような朝だったわ……駅に向かおうとタクシーから降りたところで爆発に巻き込まれて……

チェルシー:……

モニカ:そこで私の記憶は途切れた。

国立病院のICUで生死の境を彷徨った私が、次に目を覚ましたのは、それから三週間後のこと。絶望的な状況を覆して、あなたとの再会を果たした────。

あの時は、まるでドラマの登場人物にでもなったような気分だったわ

チェルシー:よくぞ戻って来て下さったと、改めて幸甚こうじんに思います

モニカ:(苦笑して)あなたが、無理矢理こっちに連れ戻したんでしょう? 冥府への旅路の途中で行先に迷う私の手を引っ張って

チェルシー:はい。あなたをエスコートするのはいつだって私の役目ですからね

モニカ:本当に強引な人なんだから。ふふふ……

チェルシー:それにしても、あの事件がきっかけでモニカの不思議な能力が開花したというのは……皮肉な話です

モニカ:そうね。けれど、その代償はとても大きかったわ……。

全身に負ったこの大火傷のせいで、私の姿は見る影もなく変わってしまった。自分でさえ元の顔がわからなくなってしまう程に……。

あーあ、これでも結構、男子生徒たちから人気あったのになあ

チェルシー:いいじゃないですか。私がいれば、それで

モニカ:そうだけど……乙女心というのは、いつでも新鮮な刺激を求めているものなのよ。わかるでしょ?

チェルシー:やれやれ、あなたの心を繋ぎ止めておくというのは、なかなかの難題のようですね

モニカ:そうよ。決して油断しないでね。ふふふ……

チェルシー:わかりました。では、あなたの為に、とっておきを用意しておきましょうか

モニカ:とっておき? あら、美味しいワインでもご馳走してくれるっていうの?

チェルシー:さあ、どうでしょうね

モニカ:折角だけど、お酒はダメよ。何だか最近、すっかり弱くなっちゃって……

チェルシー:(苦笑して)違いますよ

モニカ:ええー? それじゃあ何かしら?

チェルシー:秘密です。楽しみにしておいてください

モニカ:ふふ、わかったわ

チェルシー:それでは、まだ業務が残っておりますので、私はこれで……

モニカ:ええ

0:◇

チェルシー:《今からおよそ三ヶ月前、グラスプールの都心部にて大規模な爆破テロ事件が発生。

この事件による人的、物的な損害は深刻を極め、最終的な死者、負傷者の数は、合わせて517名をかぞえるに至った。

捜査の過程で、『冥い揺り籠』教団による事件への積極的な関与を示唆する証拠が浮上。

市警察は、直ちに教団本部へ立ち入り捜索をおこない、実行犯および首謀者と目される教祖以下主要幹部数名を逮捕。以後、教団への監視を緩めることなく、現在も捜査継続中────》

0:◇

モニカ:あら、チェルシー、おかえりなさい

チェルシー:ただいま戻りました

モニカ:ちょうど良かった。そろそろ帰って来る頃だと思って、パイを焼いていたのよ

チェルシー:パイ? もしかして、また新しい調理器具を導入したのですか?

モニカ:ええ

チェルシー:また勝手なことを……情報管理室にそんな物があるのは不自然でしょう

モニカ:いいじゃない。料理は私の唯一の趣味なんだから。これぐらい大目に見てちょうだい

チェルシー:ふう、わかりました。

何とか経費で落とせるよう、担当者に掛け合ってみますよ

モニカ:ふふ、お願いね

チェルシー:その……サウスゲート先生

モニカ:ん?

チェルシー:…………申し訳ありません

モニカ:どうしたの、改まって?

チェルシー:捜査上の秘密漏洩を防ぐためとはいえ、あなたを長期間、こんな殺風景な部屋に閉じ込めることになってしまって……

モニカ:いいのよ。気にしないで。どうせ、こんな身体なんですもの。以前のように、自由に出歩いたりは出来ないわ。それに……

守ってくれてるんでしょ? 私のこと

チェルシー:はい……教団を根絶やしにするまでは、最大限の警戒が必要となりますので

モニカ:ありがとう。頼りにしてるわ

チェルシー:恐れ入ります

モニカ:それで、今日のお仕事はどうだったの?

チェルシー:そのことなのですが、先程、ハイカーク署より報告がありまして、例のアンナ殺しの件で取調中だった男の身柄が、検察に送られることになりました

モニカ:そう……容疑が固まったってことね?

チェルシー:はい。

チェルシー:アンナの遺体にはレイプされた痕跡がありました。そこで、彼女の体内に残留していた体液の遺伝子情報を解析し、被疑者のDNAと照合した結果、完全に一致したのです

モニカ:よかったじゃない。これで、その男から有力な情報を得られれば、教団の壊滅にまた一歩近づくってわけね

チェルシー:そうですね……

モニカ:あら? なんだか、あまり嬉しくなさそうね?

チェルシー:いえ……出来れば、私みずからの手で尋問してやりたかったものですから……

モニカ:しょうがないわよ。管轄が違うんだもの。大丈夫。そんなに焦らなくても、またチャンスは巡って来るわよ

チェルシー:……

モニカ:まあ、でも、これで私の出番はしばらくなさそうね。

あ、そうそう、シェパーズパイとコテージパイがあるんだけど、どっちが……

チェルシー:(携帯に着信)失礼。部下から連絡が……

(応答)アシュトンだ。どうした? ……その件なら、さっきファーガソンから…………何だと!? 確かだろうな!? 他に被害は……そうか……わかった……ああ…………いや、私に考えがある……ああ……頼んだぞ(電話切る)

モニカ:どうしたの……?

チェルシー:モニカ、心苦しいのですが、食事は後回しにしなければなりません

モニカ:え?

チェルシー:容疑者のグレッグ・ヘンドリーが、何者かに襲撃され────たった今、死亡しました

0:◇

モニカ:……ん? ああ? 何だ、こりゃ……? 

チェルシー:グレッグ・ヘンドリーだな

モニカ:誰だ?

チェルシー:ダレン・ニューフォード市警特務局特殊情報管理室室長チェルシー・アシュトンだ。

手短に状況を伝えよう。お前は死んだ。数時間前にな。身柄送検のため護送車に乗り込む直前、遠方から狙撃を受け、射殺されたのだ。

お前は今、降霊術に秀でた霊能者の肉体を通して、私と一時的な交信を果たしている。理解したか?

モニカ:おい! こいつは悪夢か? それとも幻覚か? どっちでもいい! この不愉快なデタラメを、一刻も早く消し去ってくれ!

チェルシー:いいか、よく聞け、グレッグ、こいつは夢でも幻覚でも、ましてやデタラメなんかでもない。

事実として、お前は死んだんだ。そのことを受け入れろ。死体検案書だって立派なものがあるぞ。何なら今ここで確認してみるか?

モニカ:俺が死んだ……? 本当に死んだのか……くそっ、どうなってやがる……!

チェルシー:いくつかお前に尋ねたいことがある。

まず、お前を殺した相手についてだ。何か心当たりはあるか?

モニカ:ああ? んなもんありすぎて、絞りきりゃしねえよ

チェルシー:『冥い揺り籠』との関係は?

モニカ:揺り籠? 何だ、そりゃ?

チェルシー:お前が殺害したアンナ・マックイーンの所属していた教団のことだ。知らないはずがないだろう

モニカ:なあ、おい、さっきから偉そうにしてっけどよ、お前さんの質問に答えたところで、俺に何の得があるんだ?

チェルシー:俗悪な輩め、この期に及んで、己の利益を追求しようとでもいうのか? 命運が尽きた今、せめて罪をあがなおうという気持ちはないのか?

モニカ:そんなことに興味はねえな。

それよりもどっちかっつうと、俺が興味あるのは、お前さんのほうだ

チェルシー:なに……?

モニカ:くっくっく……よく見りゃ、お前さん、い女だよなぁ。サツに置いとくにゃ勿体ねえくらいだ。

どうだ? このクソッタレの手錠を外して、美人の婦警さんが俺の相手をしてくれるって条件つきなら、何か喋る気になるかもしれねえぜ

チェルシー:愚かな……借り物の身体で私をどうにかできるとでも?

モニカ:この身体でもやれることなら色々あるんだぜ。試してやろうか?

チェルシー:その調子で、アンナのことも無理矢理レイプしたのか? いかにも腐れ外道のやりそうなことだな

モニカ:外道だぁ? はっ、道を外れたのは、あの淫売のほうだ。神罰がくだったのは当然のことだ

チェルシー:言質げんちを取ったぞ。やはり、お前は教団の信者なのだな?

モニカ:…………元信者だ

チェルシー:元?

モニカ:お前ら警察を誤魔化すための目くらましだ。

俺らみてえな実動部隊は、信者の肩書きから外れた方が動きやすいのさ

チェルシー:ふん、小賢しい真似を……。

だが、これではっきりした。お前は口封じのために殺されたのだ。内部情報が警察に漏れるのを恐れた教団の手によってな

モニカ:ちっ……

チェルシー:お前も身に染みてわかったはずだ。いざとなれば、同胞を切り捨てることも厭わない、奴らの非情な性質が

モニカ:身内だろうが何だろうが、不安要素はさっさと切り捨てるに限る。組織としちゃあ自明の判断だろう。

今回は、その対象がたまたま俺だったというだけの話だ

チェルシー:裏切られたことに対する怒りや落胆はないのか? 

モニカ:俺の命がどう扱われるかなんてのは、大した問題じゃねえんだよ。

あくまでも優先されるべきは、『揺り籠』の安寧と存続だからな

チェルシー:何故そこまで『揺り籠』に固執する……? お前にとって教団とは何だ?

モニカ:日陰者には日陰者の正義ってもんがあってな。それを体現するのが、教団の役割であり、存在意義だ。信仰も教義も戒律も、全部そのために必要なことなのさ

チェルシー:コミュニティの紐帯ちゅうたいを強める目的で、個人の自由や権利を奪い、偏った洗脳を施すやり方が正義だと? いい加減、目を覚ましたらどうだ

モニカ:ふん、お前さんにはわかるまいよ。所詮、虐げる側の人間だからな

チェルシー:なに?

モニカ:お前らはいつだってそうだ。強者の論理を振りかざし、一方的に弱者を踏みにじることに対して、何の疑問も抱いちゃいねえ

チェルシー:それこそ一方的な解釈の押しつけだろう。 この国では法の下の平等が保障されており、社会的身分や信条等による差別は認められていない。誰でも同じように自由や幸福を追求する権利が……

モニカ:ふざけたことぬかすんじゃねえ! だったら、なんで俺の息子は死ななきゃならなかった!?

チェルシー:息子……? 何の話だ……?

モニカ:……当時、俺には三歳になる息子がいた。女とはとっくに別れちまってたから、育てるのには苦労したが、そりゃあもう目ん中に入れても痛くないくらい可愛かったさ……。

ある晩、息子が高熱で倒れてな。町中走り回った挙句、一軒の病院を見つけた俺は、そこで息子を診てもらうよう、床に頭を擦りつけて、医者に頼み込んだ。そしたら、そいつ、何て言ったと思う? 

「地元の名士でもある資産家のお孫さんが、転んで膝を擦りむかれた。これから急いで旦那のお宅へ往診に向かうところだ。後にしろ」だってよ……!

俺はなす術なく、息子を抱えて病院の前で立ち尽くした。ようやく医者が往診から戻ったとき、あれだけ熱かった息子の身体は、もうすっかり冷え切っちまっていたよ……

チェルシー:……お前の言いたいことはわかった。

だが、それだけ人の心を知るお前が何故アンナを惨たらしく殺した!? 彼女のお腹には小さな命が授かっていたんだぞ!

モニカ:あれは異教徒と交わった果てに宿った悪魔の子だ。けがれた魂は直ちに浄化されるべきだ

チェルシー:くっ……!

モニカ:それにしても、あのアバズレめ、俺が折角、情けをかけてやったってのに、恩を仇で返しやがって……

チェルシー:情けだと……?

モニカ:腹ん中の赤ん坊をさっさと殺して、代わりに俺の子を産めば、教団に戻してやる、と言ってやったんだ。

けっ、最後まで大人しくしてりゃ痛い目を見ることもなかったってのに、まったく馬鹿な女だぜ

チェルシー:貴様っ……!

モニカ:怒ったかよ? いいねえ、澄まし顔よりそっちの表情のほうがそそるぜ。へっへっへ……

チェルシー:口を慎め、グレッグ! どういう状況かわかっているのか?

モニカ:状況がわかってねえのはお前らのほうだ。

ダレン・ニューフォード市の命運は既に『冥い揺り籠』が掌握している。今のうちにせいぜい偉そうにふんぞり返ってろ

チェルシー:どういう意味だ……?

モニカ:くくく……

チェルシー:まさか……この間のような爆破テロを企図きとしているとでもいうのか……?

モニカ:テロじゃねえよ。聖戦だ

チェルシー:馬鹿な! あのテロで、無辜むこの市民がどれだけ犠牲になったと思っている!?

モニカ:異教徒は、ただ異教徒であるというそれだけで等しく罪を背負っている。

命には優劣ってもんがあるのさ。これは、お前らから教わったことだ。俺らが実践して何が悪い?

チェルシー:教えろ。次はどこを狙っている?

モニカ:はっ、言うはずねえだろ

チェルシー:お前らの目的はわかっている。教祖の奪還だな?

モニカ:……

チェルシー:取引だ、グレッグ。

次の襲撃予定に関する場所、日時、参加人員、進行経路、武器・弾薬の保管庫から現場までの輸送手段……その他、計画の一切をこの場で吐くんだ。

そうすれば、お前らのもとに教祖を返すと約束する

モニカ:ああ? んなこと信じられるかよ!

チェルシー:……これは重要機密にあたることだがな。

教祖の存在については、扱いが難しく、警察内部でも正直持て余してしまっているのだ。お前ら『揺り籠』教団に対する切り札である反面、いつ暴発するか知れぬ無用な火種を抱えているようなものだからな。

そうであれば、いっそ教祖を秘密裏に釈放し、対外的には投獄された状態を装うことで国民感情を納得させつつ、後顧こうこの憂いを断つ道もあるのではないか、との気運がじわじわと高まってきている。

双方にとって、悪くない話だと思うが、どうだ?

モニカ:……お前さんに教祖さまのことを任せたとしてだ……本当にそれだけのことが出来るのか?

チェルシー:残念ながら私の一存では決められない。そこまでの権限がないからな。

だが上層部に掛け合い、説得することは出来る。そのためには情報が必要だ。情報が具体的でかつ精細であればあるほど、教祖を抱え続けることへのリスクが、より強く認識されることだろう。

そうなれば、最悪の事態を回避するため、教祖の身柄解放という方向へお偉方の判断が傾いても、何ら不思議はない

モニカ:…………

チェルシー:いいか、これは最後のチャンスだぞ。これ以上、お前のような悲しい人間を生み出さないためにも、最後に何か一つくらい善行を積んでみせろ

モニカ:…………

チェルシー:グレッグ!

モニカ:…………わかった。お前さんの勝ちだ

チェルシー:よし

モニカ:……なあ、あの世に行ったらよ、死んだ息子にもう一度逢えるかな……

チェルシー:無理だな。諦めろ。お前は悪に染まり過ぎた。間違いなく地獄行きだ

モニカ:そうか……はは、まあ、そりゃそうだよな……

チェルシー:だが、お前のようなクズに借りを作ったままというのも癪だからな。

またその内、現世に呼び出してやってもいい。気が向いたら、愚痴くらい聞いてやる

モニカ:へっ……お前さん、やっぱい女だぜ

0:◇

チェルシー:食べないのですか?

モニカ:……

チェルシー:折角の料理が冷めてしまいますよ

モニカ:……

チェルシー:(食べながら)うん、このカレン・スキンクは絶品だ。どうです、モニカも一口……

モニカ:……私、知らなかったわ

チェルシー:え?

モニカ:私、知らなかったわ! まさかあなたがメフィストフェレスの化身だったなんて!

チェルシー:いきなり何の話をしているんですか

モニカ:だって、いくら捜査のためとはいえ、私に犯人の、あんな……あんな物を飲ませるだなんて……!

チェルシー:いえ、それは……彼の遺体はハイカーク署に搬送されて検視に回されることになりましたし……こちらで保管してある証拠物品があれしかなかったものですから……やむを得ず……

モニカ:そうだけど……! でも……!

チェルシー:……すみません。一刻も早く捜査を進めたかったので……モニカには不快な経験をさせてしまいました。どうか許して下さい

モニカ:チェルシー……いいえ、ごめんなさい。謝るのは私のほうよ。

わかっているの。これは、ただのわがままだって。ああ、まったく、こんなんじゃダメね……プロ失格だわ!

チェルシー:そんなことはありませんよ。今回の件で、先生の仕事に対する真摯な姿勢や覚悟の強さというものを感じました。

やはり、あなたは私にとって、最も尊敬に値する人です

モニカ:……本当に?

チェルシー:はい

モニカ:じゃあ……いつもみたいに抱き締めて

チェルシー:(モニカを抱き締める)……落ち着きましたか?

モニカ:……うん

チェルシー:それは良かった

モニカ:ねえ、チェルシー

チェルシー:はい

モニカ:私ね、時々怖くなるの。

あなたが私から離れていっちゃうんじゃないかって

チェルシー:何故そんなことを……

モニカ:だって、そうでしょ? こんな風に大火傷を負って醜く変わってしまった私の姿を見ていたら……いつ心変わりしても仕方のないことだわ

チェルシー:何を馬鹿な……火傷くらいであなたの美しさが損なわれることなんてあり得ませんよ。

どうかご安心を

モニカ:……怖いのはそれだけじゃないの。

上手く説明できないけれど、あの日からずっと違和感があって……まるで自分が自分じゃなくなってしまったような、そんな気が……

チェルシー:(遮り)どうやら、今日は随分とお疲れのようですね。

もうお休みになっては、いかがですか?

モニカ:でも……

チェルシー:夜更かしは美容の大敵ですよ?

モニカ:ええ……そうね。わかったわ。それじゃあ、そうさせていただこうかしら

チェルシー:では……おやすみなさい、モニカ

モニカ:おやすみ、チェルシー……

0:◇

モニカ:うう……

チェルシー:久し振りだな

モニカ:はっ! き、貴様は……アシュトン捜査官……!?

チェルシー:ほう、今をときめく『冥い揺り籠』の教祖さまが、本職ごときの名前を覚えていてくださったとはな。身に余る光栄だよ

モニカ:な、何のつもりだ……!?

チェルシー:そう構えるな。

お前に一つ報告をしておこうと思ってな

モニカ:報告……?

チェルシー:信者の一人から親切にもご協力をいただき、教団残党の構成からその目論見に至るまで、すべてこちらの把握するところとなった。

奴は最後までお前の身を案じ、釈放するよう熱心に訴えていたよ。

私がお前を手放すことなど絶対にありはしないのにな、くくく……

モニカ:うっ……

チェルシー:暫定的な指導者の立場にあった元幹部をはじめ主要なメンバーは、テロ準備等の容疑で既に拘束済み。残りも時間の問題だ。

末端に至るまでしらみ潰しにしてやるからありがたく思えよ

モニカ:異教徒め! 悪魔め! 神をも恐れぬ大罪人め! 

チェルシー:ふん、自分たちに正義の鉄槌が振り下ろされると知った気分はどうだ? 

モニカ:不遜ふそん極まる増上慢ぞうじょうまんめ……地獄の業火に灼かれるがいい!

チェルシー:くくく……実際のところ、業火に灼かれたのは、お前のほうだったがな

モニカ:ぐっ……!! 何とおぞましい……われに対する屈辱的な仕打ちの数々……必ずや神罰がくだされるぞ!

チェルシー:何とでも言え。私は卑劣な凶行に対する相応の報いをくれてやっているだけだ。

サウスゲート先生の命を奪った報いをな……!

モニカ:し、知らぬ……! そのような者のことなど、何も……!

チェルシー:知らぬで済むと思うなよ。お前には犠牲者について知っておくべき責務がある

モニカ:…………

チェルシー:あの日、テロに巻き込まれたサウスゲート先生は、爆発の衝撃で頭部に損傷を受け、懸命の治療も虚しく……病院で息を引き取った。

失意の底にいた私の耳に飛び込んできたのが、『揺り籠』教団の女教祖が逮捕されたというニュースだった。

同時に、お前にまつわる奇妙な噂を知ることになる。無論、最初は信じられなかったよ。お前が、自分の肉体を依り代として、死者の魂を宿す霊媒体質の持ち主だなんて与太話は。

だが、お前の能力を間近で見て、確信を得た。これは紛れもなく本物だと。その力に利用価値があると判断したのだ。

"サウスゲート先生の魂の器"としての利用価値がな

モニカ:き、貴様は悪魔の生まれ変わりだ……! あれほど情け容赦なく……われの身体を……ひ、火炙りにするなど……!

チェルシー:死の淵から生還して目を覚ましたというのに、綺麗な身体のままでは説得力がないからな。第一、容姿がまるで違う。そこで、お前には、元の姿がわからなくなる程度に大火傷を負ってもらう必要があったわけだ。悪く思うなよ

モニカ:くっ……! わ、われを誰だと思っている!?

チェルシー:そうだな……さしずめ、金の卵を産むガチョウってところじゃないか?

モニカ:なんだと……?

チェルシー:捜査の過程で、幹部たちが教祖であるお前の奪還に並々ならぬ意欲を見せていた理由がわかったよ。

お前のその『特技』だが、一部の富裕層のあいだでのみ情報が出回っていたようだな。

死者との再会を果たせるならいくらでも金を積むという輩は少なくない。教団は、そういった顧客を対象に法外な額の報酬を請求し、重要な活動資金源としていたわけだ。

ふん、何が、貧乏人や弱者のための教団だ。蓋を開けてみれば、所詮こんなモノだ

モニカ:貴様、教団を侮辱するつもりか……!

チェルシー:私はお前に教えてやっているのさ。教団の真実というやつをな。

そもそもあの爆破テロがどのようにして起きるに至ったのか、正しく認識しているのか?

モニカ:陰謀だ……! 教団を悪者に仕立て上げ、排除するための……全部、貴様らの陰謀だ!

チェルシー:ふん、そんなことをして、警察に何の得がある? 

元々、『冥い揺り籠』は、その前身団体である『フェスガー』の時代から、某国の反政府武装勢力と密接な繋がりを持っていた。

教団は組織をバックアップするため、裏稼業で資金を集め、武器の横流しをしていたのだが、その任務に携わっていた独立気質の強い急進派幹部の一人が数十人の信者を率いて暴走。その結果、引き起こされたのが、グラスプールで発生したあのテロ事件だ。

主義も主張もない、突発的なアクシデントがきっかけで巨悪が暴かれた――皮肉な話だな

モニカ:そんな……

チェルシー:わかるか? お前は、教団からその類稀たぐいまれな霊能力を買われ、奴らの用意した教祖という地位を与えられただけの傀儡かいらいに過ぎなかったのさ

モニカ:…………

チェルシー:そして教団が滅んだ今、お前はその役割を失った。

だが安心しろ。まだ私に利用されるという役割が残っているぞ

モニカ:お、教えてくれ、アシュトン捜査官……われは一体、何者なのだ……?

チェルシー:お前は、ただの憐れな『揺り籠』だ。

何も知らないサウスゲート先生の魂を収め、安らぎを与えるためのな……

0:◇

モニカ:うーん……

チェルシー:お目覚めになりましたか?

モニカ:チェルシー……

チェルシー:はい

モニカ:何だか……怖いような悲しいような夢を見ていたわ

チェルシー:そうですか……。

チェルシー:でも、ここには怖い物なんて何もありませんよ

モニカ:ふふ、そうね、あなたがいてくれるものね

チェルシー:ええ。

そうだ、モニカ、今度、あなたと一緒に行きたいところがあるのですが

モニカ:え……もう外に出ていいの?

チェルシー:はい。教団の件も一段落しましたので

モニカ:だけど、この顔じゃ……

チェルシー:大丈夫です。モニカには美容外科手術を受けていただきます

モニカ:え……?

チェルシー:以前のモニカの顔を取り戻せるように、最高の環境を整えました。後は、モニカの気持ち次第です

モニカ:あ! もしかして、それが、この前言ってたとっておき……?

チェルシー:正解です。気に入っていただけましたか?

モニカ:嬉しいわ、チェルシー……! 私、喜んで手術を受けるわ! 

チェルシー:よかった。断られたら、どうしようかと

モニカ:そんなはずないじゃない! ふふ、本当にありがとう!(抱きつく)

チェルシー:喜んでいただけて何よりです

モニカ:ねえ、チェルシー、これからもずっと私の側にいてくれる?

チェルシー:ええ、もちろん。いつまでもあなたのお側にいますよ。

私の可愛いモニカ……

(了)

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