イキカエリ・ミッション
(あらすじ)
謎の空間に集められた若い男女四人組。死んだばかりの彼らはお互いのことを何も知らない。
冥界の案内人に導かれ、イキカエリを懸けた試練が今、始まる――!
(登場人物)
ユウキ♂:持ち前の人当たりの好さと優れた判断力で、仲間を導いていく。享年26。
古賀 アイリ♀:ピアニスト。クールな性格で、合理的な考え方を信条とする。享年25。
宮本 タケハル♂:鳶職。喧嘩っ早く、血の気が多い。享年29。
秋葉 シオン♂:高校一年生。気が弱く、引っ込み思案。享年16。
エレシュキガル♀:冥界の案内人。ユウキたちにイキカエリを懸けた試練を持ち掛ける。
0:不思議な空間に四人の男女。その内の一人は、眠っている様子。
ユウキ:うーん……はっ!
シオン:あ、起きたみたいですよ
ユウキ:あれ……? ここは……? なんで、こんな所に……?
アイリ:知らないわ。
アイリ:私たちも目が覚めたらここだったの
ユウキ:あなたたちは……?
タケハル:さあな。お前のほうこそ、何者なんだよ?
ユウキ:い、一体、何が起きたんだ……?
エレシュキガル:おめでとうございます! あなた方は選ばれし者たちなのでございます!
シオン:うわあ! びっくりした!
ユウキ:い、いきなり現れた……!?
エレシュキガル:お初にお目にかかります。わたくしの名は、エレシュキガル。これからの旅路において、皆さまの案内役を務めさせていただきます
タケハル:おい、てめえ! 説明しやがれ! どこなんだよ、ここは!?
エレシュキガル:死後の世界なのでございます
タケハル:はあ……?
ユウキ:あの……それってもしかして、僕たち全員、既に死んじゃってるってこと……?
エレシュキガル:ご明察なのでございます。
エレシュキガル:あなた方の魂は現世の軛より離れ、ここ『憩いの広間』にて、一時逗留しておられる次第なのでございます
アイリ:待ちなさいよ。死んでるだなんて急に言われても納得できない
シオン:そ、そうですよ! 現に、こうやってピンピンしてるじゃないですか!?
エレシュキガル:いいえ、今のお姿はただの虚像……皆さまの生前の記憶を元に造り上げられたものに過ぎません
アイリ:イメージ…………
シオン:それじゃ、僕たち、このままあの世に連れていかれちゃうんですか……?
エレシュキガル:現世にて役目を終えた魂は、等しく冥界へと送られ、神の裁きを受けることになります。
エレシュキガル:……が、それは、通常であればの話……今回は特別に、趣向を凝らしたご案内をさせていただきます
タケハル:特別だぁ……?
エレシュキガル:ふふふ……この先は、今から向かう『試練の間』への道中にて、お話し致しましょう。
エレシュキガル:さあ、こちらへ……
0:◇
シオン:『試練の間』……何だか恐ろしい響きですね……
アイリ:情けないわね。今更怖がる必要なんてないわよ
シオン:で、でも……
ユウキ:彼女の言う通りだ。
ユウキ:あの案内人から、もっと情報を引き出さなきゃいけないし、とにかく皆で先に進んでみようよ
タケハル:おい、お前、あんま粋がってんじゃねえぞ。一丁前に仕切りやがって、リーダー気取りか?
ユウキ:そんなつもりで言ったわけじゃ……
タケハル:じゃあ、どんなつもりだってんだ? あん?
ユウキ:いや、えっと……
アイリ:くだらない。いい加減にしたら?
アイリ:場も弁えず、虚栄心剥き出しで吠え立てるなんて、非合理的な愚か者のすることだわ
タケハル:なんだと、このアマ!?
ユウキ:ちょ、ちょっと落ち着いて! ほら、こうやって集まったのも何かの縁だし、もっと仲良く……
タケハル:てめえはすっこんでろ!
アイリ:はあ……時間の無駄ね。もういいわ。私は行く。どの道、他に選択肢なんてないのよ
タケハル:けっ! わかってるんだよ、んなことはよぉ。どいつもこいつも偉そうに……
シオン:行っちゃった……
ユウキ:さあ、僕たちも一緒に行こう
シオン:は、はい……!
ユウキ:君、名前は?
シオン:あ、秋葉シオンです……
ユウキ:シオンくんか。見たところ、随分若そうだけど……学生さん?
シオン:はい。高校一年生です……って、もう学校にも通えないのに、学生なんて名乗っていいのかわからないですけど……
ユウキ:はははっ、それもそうか
シオン:ああ、よかった……
ユウキ:ん?
シオン:あ、いえ、やっと優しそうな方に会えたので、安心しちゃって……
ユウキ:ああ……確かにあの二人と仲良くするのは、なかなか骨が折れそうだね
シオン:そうなんです。特に、あの長髪のおじさんが怖くて……
タケハル:おい、ガキ! その『おじさん』ってのは、まさか俺のことじゃねえだろうな!?
シオン:ひいいいっ!? 聴こえてた……!?
タケハル:いいか! 俺はまだ二十九だ! これでも仲間うちでは若手の有望株ってことで通ってたんだからな! わかったか!?
シオン:はい! はい、わかりました! ごめんなさいごめんなさいごめんなさーい!
ユウキ:あの……
タケハル:あん!?
ユウキ:いや、その仲間っていうのは、どんな人たちなのかな、って……
タケハル:現場の職人や親方たちだよ
ユウキ:現場?
タケハル:俺は鳶職をやっててよ、雨の日も風の日も、あいつらと共に歯ぁ食い縛って乗り越えてきたんだ
ユウキ:そっか……固い絆で結ばれていたんだね
タケハル:まあな……
ユウキ:えっと……名前を聞いても?
タケハル:宮本タケハル。タケとでも呼べばいい
ユウキ:話してくれてありがとう、タケさん
タケハル:ふん……
アイリ:驚いた。あなたって変わってるのね
ユウキ:え?
アイリ:だって、自ら好きこのんで、あんな猛獣と関わろうとするんだもの
ユウキ:君が思ってるほど、彼は悪い人じゃないはずさ、きっとね
アイリ:ふーん……
ユウキ:君だってそうだよ
アイリ:え……?
ユウキ:僕がタケさんに絡まれたとき、助けてくれたでしょ?
アイリ:別に……ああいうの見てるとイライラするだけ
ユウキ:出来れば、君のことも教えて欲しいんだけど……
アイリ:気が進まないわ
ユウキ:ええ……?
アイリ:だけど、ここで黙っているのは合理的な判断とは言えない。……いいわ。教えてあげる。古賀アイリよ。二十五才。享年だけどね
ユウキ:そっか。それじゃ、改めてよろしく、アイリ
アイリ:なっ……!? い、いきなり名前を呼び捨てなんて……
ユウキ:ごめん。嫌だったかな?
アイリ:別に……好きにすればいい
ユウキ:ありがとう
アイリ:ホントに変な人……
ユウキ:そうかな?
アイリ:ふん……あなたも自己紹介ぐらいしたら?
ユウキ:僕の名前は、ユウキ。二十六才。ここに来る前は……
タケハル:おい!? いつの間にか、案内人を見失ってるぞ! まずいんじゃねえのか!? ちくしょう、一体どこ行きやがっ……
エレシュキガル:お呼びなのでしょうか?
タケハル:どわあっ!!
ユウキ:エレシュキガル……!
エレシュキガル:どうやら皆さま、お互いに紹介を終えられて、親睦を深め合ったご様子……何よりなのでございます!
タケハル:お、おい、てめえ! いきなり出てくんじゃねえよ!
アイリ:派手に驚いちゃって……ダサいわね
シオン:ぷぷぷっ……!
タケハル:おい、ガキ! なに笑ってんだ、コラぁ!
シオン:わ、笑ってませんよ……! ぷふふ……!
エレシュキガル:あ、ほら、見えてまいりましたよ。あちらが『試練の間』の入り口なのでございます
ユウキ:そろそろ教えてよ。
ユウキ:一体何の目的で、僕らをこんな所に案内するの?
エレシュキガル:先ほども申し上げたように、皆さまは既に肉体的な死を迎えられました。
エレシュキガル:しかし、魂はその限りにあらず、言わば、この世とあの世の狭間を揺蕩っている状態……そのため条件さえ達成すれば、イキカエリが可能なのでございます
シオン:生き返れるって……ホ、ホントですか!?
エレシュキガル:あなた方四名は、いずれも若くして無念の死を遂げられた方ばかり……そのことを不憫に思われた神の温情により、此度は恐れ多くも素晴らしい機会が与えられることになりましたのでございます
アイリ:ふん、いちいち恩着せがましいわね
タケハル:ああ……だが、これはチャンスだぜ
エレシュキガル:さて、皆さま、到着いたしました。こちらが『試練の間』なのでございます。
エレシュキガル:どうぞ中へ……
0:『試練の間』の扉が開かれる。
タケハル:ここは……!?
シオン:カジノ……!? それもこんな大規模な……!
エレシュキガル:これからあなた方には、順番に試練が課されることになります。
エレシュキガル:合計で四つの試練をクリアすることが、イキカエリの条件なのでございます
ユウキ:四つの試練……
エレシュキガル:まず最初の試練として……案内人のわたくしと5ドローポーカーで勝負をしていただきます!
アイリ:ポーカー……カードゲームの花形ね
タケハル:けっ! 馬鹿馬鹿しい……こんな所でお遊びなんてやってられるかよ!
エレシュキガル:そうは参りません。宮本タケハルさま、あなたこそ第一の試練の挑戦者なのでございますから
タケハル:何だと!?
エレシュキガル:それでは、どうぞこちらのテーブルにおつきください
タケハル:待てよ! なんで俺が……
エレシュキガル:試練はそれぞれ、あなた方の死と密接な関わりを持っておりますゆえ……ここであなたが選ばれたのは必然なのでございます
タケハル:ふざけるな……! そんなんで納得できるか!
ユウキ:ねえ、エレシュキガル、質問なんだけど、もしここでタケさんが試練を辞退したり負けちゃったりしたら、どうなるの?
エレシュキガル:ゲームオーバーとなります。その瞬間に、あなた方全員の魂はイキカエリの資格なしとみなされ、速やかに冥界へと送られます
シオン:そ、そんな……! 全員が……!
アイリ:あの男と一蓮托生だなんて……歯痒いわね
ユウキ:タケさん、気持ちはわかるけど、ここは……
タケハル:わーったよ! やりゃいいんだろ! クソっ……!
エレシュキガル:ポーカーの基本ルールはご存知なのでしょうか?
タケハル:ああ……多分な
エレシュキガル:結構。
エレシュキガル:それでは、チップを配ります。相手のチップをすべて奪ったほうの勝ちとなります
タケハル:イカサマしやがったら、タダじゃおかねえぞ、コラ!
エレシュキガル:その点は心配ご無用です。ディーラー役は、そちらにお任せ致しますので
ユウキ:えっと……じゃあ、僕がやります
タケハル:ちっ。まあ、ガキや女よりはマシか……
エレシュキガル:早速、始めて参りましょう。
エレシュキガル:と、その前に……
タケハル:ん?
エレシュキガル:ここでは、死の状況をご自身の口から語っていただく必要がございます
タケハル:ああ!? 死の状況だと!? なんで、いちいちそんなこと……!?
エレシュキガル:それがイキカエリの条件の一つなのでございます。
エレシュキガル:己の死を見つめ直し、正しく認識することこそが、イキカエリにあたって肝要な要素となりますゆえ
タケハル:クソっ、ふざけやがって……!
ユウキ:タケさん……
タケハル:やりながらでいいだろ……さっさとカード配ってくれや
ユウキ:あ、うん(カードを配る)
タケハル:……あの時、俺らは現場でビルの解体作業をしていた。
タケハル:作業は順調だったが、いよいよ大詰めって頃合いになって、突然大雨が降ってきやがった。
タケハル:俺ら鳶職にとって、スコールってのは一番厄介な敵だ。案の定、現場は混乱し、焦った新人の一人がヘマをしやがった。
タケハル:……三枚チェンジ
エレシュキガル:一枚チェンジなのでございます
ユウキ:ヘマ……?
タケハル:親方の号令一下、急遽、撤収作業に入ったところだった。
タケハル:新人が雨で手を滑らせて、高所にまとめてあった鋼材をバラしちまったんだ。
タケハル:俺はちょうどその時、下にいたんだが……
エレシュキガル:ショーダウンなのでございます。手札をお見せください
タケハル:……6のワンペア
エレシュキガル:4と9のツーペア。
エレシュキガル:わたくしの勝ちなのでございます
タケハル:ちっ……
ユウキ:まだまだこれからだよ
タケハル:気休め言いやがって……
ユウキ:それで、どうなったの?
タケハル:何のことはねえ。そのまま落ちてきた鋼材の下敷きになって死んだ。それだけだ
エレシュキガル:宮本さま、状況説明は詳らかにお願い致します
タケハル:ああ、クソっ、面倒くせえな……!
タケハル:カードよこせ! 次だ!
ユウキ:タケさん、本当はそれだけじゃないんだよね?
タケハル:……あの時、小学生ぐらいのバカなガキが現場に迷い込んできているのに気付いちまった。
タケハル:そいつの上に鋼材が降ってくるのが見えた瞬間、忌々しいことに身体が勝手に動いていやがったんだよ。
タケハル:そして、俺は……
ユウキ:そうか……それでその子を庇って……
タケハル:……コールだ
エレシュキガル:手札をオープンします
タケハル:Kのスリーカード! これでどうだ!
エレシュキガル:フルハウスなのでございます
タケハル:うっ……! クソっ、ツイてねえ……!
アイリ:まずいわね……
シオン:どうしたんですか?
アイリ:ポーカーは運の要素が強いゲームだけど、それ以上に心理戦としての側面が大きい……あの男にポーカーフェイスなんて言葉が似合うと思う?
シオン:確かに……あれだけわかりやすいと、僕でも勝てそうな気がします
タケハル:おい、ガキぃ! あんま調子こいてんじゃねえぞ!
シオン:ひいいっ! 地獄耳!?
ユウキ:《その後もタケさんの不調は続き、とうとう、いよいよというところまで追い詰められた》
タケハル:ちくしょう……
ユウキ:タケさん、これで負けたらゲームオーバーだよ
タケハル:うるせえ! さっきからカスみたいなカードばかりよこしやがって……!
ユウキ:大丈夫……まだ勝機はある……!
タケハル:《配られたカードの内訳は、♤のJ、♢のJ、♧のJ、♤の9、♤の7……よし、Jのスリーカードが揃ってやがる。ようやくツキが回ってきたぜ……! これなら……》
エレシュキガル:こちらは、ノーチェンジなのでございます
タケハル:な、何だと!?
シオン:手札の交換なし……? それって……
アイリ:少なくともフルハウス以上の手が確定しているということね……
シオン:で、でも、そう見せかけてるだけかもしれませんよね……?
アイリ:ありえないわ。降りれば即こちらの負けが決まるこの状況で、ブラフなんてかける必要がある?
タケハル:ぐっ……!
ユウキ:まだだ! タケさん、よく考えてみて。これは普通のポーカー勝負じゃない。タケさんに課された試練なんだよ。そこに攻略の糸口が……
タケハル:黙ってろ!
タケハル:《クソっ! 俺はなんて運が悪いんだ……。たまたま大雨が降った現場に、たまたま慣れない新人が居合わせて、たまたまガキが迷い込んでくるなんて……そのせいで、このザマだ。
タケハル:どうせ、この勝負だって…………いや、待てよ。本当に、俺はツイてないのか……?》
ユウキ:タケさん……!
タケハル:二枚チェンジだ。気合の入ったカードを頼むぜ……!
ユウキ:うん……!
エレシュキガル:カードオープン! Aのフォーカードなのでございます!
シオン:ええ!?
アイリ:終わったわね……
タケハル:ふん、そんな手でいいのか?
ユウキ:え?
タケハル:ストレートフラッシュ……! 俺の勝ちだ!
ユウキ:す、凄い……! スリーカードを捨てて、♤の10と8を引き当てるなんて……!
タケハル:おい、クソ案内人。こっからは負けねえからな。覚悟しろよ
ユウキ:《その宣言通り、タケさんはそれから連勝を重ねた。やがて……》
エレシュキガル:……バスト。チップが底をつきました。
エレシュキガル:見事、第一の試練は突破なのでございます!
シオン:やったあ!
アイリ:信じられない……
ユウキ:凄かったよ、タケさん
タケハル:ふん、ユウキとか言ったか……お前の言葉がヒントになって、考え直してみたのさ
ユウキ:え?
タケハル:俺の夢はよ……その……ヒーローになることだったんだ。
タケハル:死ぬ間際に、あのガキの命を救えたのは我ながら上出来だったし、割り切っちまえば、ある意味それは、偶然がもたらしたラッキーだったと言ってもいい。
タケハル:さっきは、そういう気持ちの切り替えが出来るかを試されていたってわけだ
ユウキ:なるほど……
タケハル:それによ……
ユウキ:ん?
タケハル:生き返って、あの新人に伝えてやらねえとな。「気にすんじゃねえ」って
ユウキ:ふふ、そっか。
ユウキ:ほらね、アイリ、僕の言った通りだったでしょ? 彼は悪い人じゃないって
アイリ:別に……そんなのどうだっていいんだけど
エレシュキガル:さて、皆さま、次の試練へとご案内いたします
ユウキ:じゃあ、行こうか……って、あれ、シオンくん?
シオン:すみません……さっきの勝負を観てて緊張したせいか、何だか具合悪くなっちゃって……
ユウキ:大丈夫? あそこにバーカウンターがあるから、水でも持って来るよ
シオン:す、すみません
ユウキ:お待たせ。《グラスを差し出して》はい、どうぞ
シオン:ありがとうございます。優しいんですね、ユウキさん
ユウキ:そんなことないよ
アイリ:そろそろ行くわよ。案内人はいつまでも待っちゃくれないわ
ユウキ:うん。急ごう
0:◇
エレシュキガル:到着いたしました。こちらが、第二の『試練の間』なのでございます
0:『試練の間』の扉が開かれる。
タケハル:な、何だよ、こりゃ……!?
アイリ:巨大な十字架……その前方に杭が括り付けられてる……悪趣味な部屋ね
エレシュキガル:今回の試練の挑戦者は……秋葉シオンさまなのでございます
シオン:ぼ、僕が……!?
エレシュキガル:はい。まずは、十字架に磔とされるに最も相応しいと思われるお方をお一人選んでいただきます
シオン:ええっ!? 磔に……!?
エレシュキガル:決定されましたら、その方の心臓を目掛け、振り子の要領で杭が放たれます。その際、秋葉さまは任意のタイミングで杭を停止させることが可能です
シオン:杭を……? ど、どうやって……?
エレシュキガル:そう念じながら発声していただければ結構です。杭は即時ストップいたしますので、慣性の法則を考慮に入れる必要はございません。
エレシュキガル:停止時点での杭の先端と対象者との距離を計測したのち、1センチにつき1ポイントが一回のチャレンジ毎に加算されます。
エレシュキガル:これを三回繰り返し、最終的なポイント数が合計10ポイント以下ならば、試練クリアとなるのでございます
シオン:うう……一体、誰を選べば……
タケハル:おい……あいつ、まさか俺を選ぶつもりじゃないだろうな……
アイリ:ご愁傷様
ユウキ:…………僕が磔になるよ
シオン:ユウキさん!?
ユウキ:この中だと、僕が的になるのが、シオンくんにとって一番気が楽なはずだ。そうでしょ?
シオン:で、でも……!
エレシュキガル:秋葉さま、いかがなさるのでしょうか?
シオン:も、もしユウキさんが杭に貫かれてしまったら、どうなるんですか……?
エレシュキガル:今のあなた方の姿形はイメージに過ぎませんが、現世での肉体と同様、物理的な干渉によって負傷いたします。
エレシュキガル:それが致命傷ともなれば、今度はいよいよ魂の死を迎え、試練も失敗となるのでございます
シオン:そんな……
ユウキ:シオンくん、さあ……!
シオン:わ……わかりました……ユウキさんを磔の対象に選びます……!
エレシュキガル:結構。では、試練の準備が整うまで、ご自身の死の状況をお話しください
シオン:えっと……僕は車に轢かれて死んじゃったんですけど……
アイリ:そう……交通事故にでも遭ったのかしら?
シオン:……いえ、違うと思います。信号待ちをしていた時に、背中を押されたのがはっきりわかりましたから……
タケハル:そりゃお前、誰かに殺されたってことじゃねえか……?
エレシュキガル:磔が完了しました。最初のチャレンジをお願い致します
シオン:えっ、もう!? ちょ、ちょっと待ってくださ……
エレシュキガル:それでは……一投目、射出!
シオン:ひいっ! ……ス、ストップ!
エレシュキガル:計測します。
エレシュキガル:記録は……7.1センチ。小数点以下を切り捨て、7ポイントが加算されます
タケハル:おいおいおい! いきなり7かよ! ビビってんじゃねえぞ、コラ!
アイリ:バカね。怒鳴ったりしたら、秋葉くんがますます萎縮するだけじゃない
タケハル:けどよ……もうあと3ポイントしか猶予がねえぞ……!
シオン:ご、ごめんなさい! 僕、怖くて……!
ユウキ:シオンくん、大丈夫だから……とにかく一旦、落ち着いて
シオン:は、はい……!
ユウキ:さっきの続きだけど……何があったの?
シオン:実は、僕、学校でいじめられていたんです……。
シオン:最初は、無視されたり靴を隠されたりといった程度だったんですが、段々エスカレートして……暴力を振るわれ、お金を要求されることもありました。
シオン:その内、いじめグループの間で、ある遊びが流行りだしました。僕に向かって勢いよくカッターナイフを突き出し、どれだけギリギリのところで止められるかを基準に賭けをするというものです
ユウキ:なんて酷いことを……
シオン:このままではいつか殺されると命の危険を感じていました。
シオン:きっと、僕を車道に突き飛ばしたのも彼らの仕業に違いありません。
シオン:うう、なんで僕ばかり……! 僕は悪いことなんて何もしてないのに……!
エレシュキガル:秋葉さま、恐れ入りますが、死の状況は正確に認識していただく必要がございます。
エレシュキガル:今一度、あなたを突き飛ばした犯人の顔をよく思い出してみてください
シオン:え……? 犯人の顔……?
シオン:……そう言えば、あの瞬間、チラッと見えたアレは……ああ……まさか……そんな……ウソだ……!
ユウキ:シオンくん……?
エレシュキガル:二投目、射出なのでございます
シオン:ああっ!?
ユウキ:シオンくん! しっかりしろ!
シオン:くっ…………ストップ!
エレシュキガル:計測します。
エレシュキガル:記録は5.4センチ。5ポイントが加算され、合計点は12ポイントです
タケハル:ああ!? 10ポイント超えちまったじゃねえか!?
アイリ:なんてこと……
シオン:ああ……ゲームオーバーだ……ぼ、僕のせいで……
ユウキ:……いいや、まだ終わってないよ。エレシュキガルは、あくまで三投終了時点でのポイント数を合否の判断基準としているはず。となれば……
エレシュキガル:ご推察の通り、チャレンジは継続されます。
エレシュキガル:三投目に備えてください
シオン:で、でも、もうどうしようも……!
ユウキ:こう考えてみたんだ。
ユウキ:この競技では、杭の先端と磔になった人間との距離が測定されるわけだけど……もし杭が体内に刺さった状態で静止していたら……?
アイリ:刺さった状態……? つまり、距離はマイナス……?
ユウキ:そういうこと。
ユウキ:さあ、シオンくん、次は僕の身体に杭が突き立った瞬間にストップするんだ。
ユウキ:大丈夫。心臓に達するまでには、数センチの猶予があるはずだよ
シオン:む、無理ですよ……! そんなこと……!
ユウキ:諦めるな! 絶対に上手くいく……!
ユウキ:君が今まで感じてきた痛みや苦しみ……何もかも僕が受け止めてやる!
ユウキ:さあ、僕を信じて……!
シオン:ユウキさん……わかりました。あなたを信じます
ユウキ:うん。それじゃあ……
シオン:エレシュキガルさん、磔にする人物を変更したいんですけど……いいですか?
エレシュキガル:結構なのでございます。ルール上、何の問題もございません
シオン:よかった
ユウキ:シオンくん、何を……?
タケハル:お、おい! あのガキ、今度こそ俺を的にする気だぞ!? 頼む! それだけは勘弁してくれ……!
アイリ:無様ね……
シオン:磔になるのは……僕です。ユウキさんを解放してください
ユウキ:なっ……!?
シオン:本当は、最初からこうしなきゃならなかったんです。なのに、僕はユウキさんの優しさに甘えてしまった……
ユウキ:シオンくん……
エレシュキガル:磔が完了しました。
エレシュキガル:それでは、三投目を射出いたします!
シオン:《くっ……! 自分に降り掛かった困難は、自分が受け止めるべきなんだ……! 絶対に見極めてみせる!》
ユウキ:シオンくん!
シオン:ここだ! 止まれ! 《杭が胸に刺さる》ぐううっ!!
エレシュキガル:計測します。
エレシュキガル:記録は、マイナス2.3センチ。2ポイントを減算し、合計点は10ポイントです。
エレシュキガル:おめでとうございます。見事、第二の試練クリアなのでございます!
タケハル:やりやがった……あいつ……!
アイリ:薄氷を踏むような勝利だったわね……
ユウキ:大丈夫!? すぐに手当を……
シオン:ううっ……
ユウキ:……あれ? 怪我が治ってる……?
エレシュキガル:試練の最中に負った損傷は、クリアと同時に修復されます。
エレシュキガル:次の試練に支障を来すといけませんので……
シオン:……聞いてください、ユウキさん……僕を突き飛ばした犯人の正体がわかったんです……
ユウキ:え?
シオン:彼の名前は、大江カズノリ。僕がいじめていた同級生です
ユウキ:いじめ……? 君が……?
シオン:はい……僕は、いじめられることで溜まった鬱憤を、彼をいじめることで発散していました。
シオン:何かある度に、大江くんを呼び出して嫌がらせを繰り返し、彼から恐喝したお金を、いじめグループへの上納金として充てていたんです
ユウキ:そうだったのか……
シオン:自分にとって都合の良い人をターゲットに選び、マイナスの感情を押しつけたいというのが、いじめる人間の心理です。
シオン:でも、そんなことを続けていれば、やがて大きなしっぺ返しを受けることになる……。
シオン:だからあの時、ユウキさんの優しさに甘えて、同じ過ちを繰り返してはダメだと思ったんです
ユウキ:そうか……偉かったね、シオンくん。でも苦しいときには、頼ってくれてもいいんだよ。だって、僕らは仲間じゃないか
シオン:ユウキさん……
ユウキ:生き返ることが出来たらさ、大江くんに謝りに行こうよ。僕もついていってあげるから。ね?
シオン:うう……はい……! ありがとう……ございます……!
エレシュキガル:皆さま、こちらが次の試練への道なのでございます
ユウキ:さあ、行こう
シオン:はい!
タケハル:よう、ガキ、大した度胸だったな。見直したぜ
シオン:み、宮本さん……どうも……
タケハル:卒業したら、俺の組に来いや。雇ってもらえるよう、親方に口利きしてやるからよ
シオン:えっと……考えておきます……
0:◇
エレシュキガル:第三の試練の間に到着いたしました。さあ、どうぞ中へお入りください!
0:『試練の間』の扉が開かれる。
タケハル:うおっ! こりゃどういうこった……!?
ユウキ:川が流れてる……? ここは……
アイリ:…………賽の河原
エレシュキガル:ご明察なのでございます、古賀アイリさま。
エレシュキガル:そして、あなたさまが、今回の試練の挑戦者なのでございます
アイリ:ふん……
エレシュキガル:第三の試練について、ご説明いたします。
エレシュキガル:古賀さまには、ここにある石をお一人の力で積み上げていただきます。
エレシュキガル:制限時間の20分が経過した時点で石塔の高さが規定値──つまりご自身の身長に到達していれば、試練クリアとなります。
エレシュキガル:何かご質問は?
アイリ:石の積み方に指定はあるの?
エレシュキガル:ございません。積み方は自由です
アイリ:禁止事項は?
エレシュキガル:道具の使用は禁止とさせていただきます
アイリ:ふう……わかったわ
エレシュキガル:それでは、試練に臨むにあたって、古賀さまの死の状況について……
アイリ:死因は失血死。カミソリで手首を切って、自殺したの。
アイリ:もういいかしら?
エレシュキガル:……古賀さま。死の告白の目的は、己を見つめ直すことなのでございます。可能な限り詳細なご説明を……
アイリ:わかってるわ。訊いてみただけ。
アイリ:積みながら話すから、さっさと始めてちょうだい
エレシュキガル:かしこまりました。それでは、第三の試練、スタートなのでございます!
ユウキ:アイリ、頑張って!
アイリ:外野の応援なんて非合理的なもの、不要だわ。静かにしててくれる?
ユウキ:あ……ごめん
アイリ:《見たところ、石は平べったい物が多く、積み上げやすいようね。大きさに極端なバラつきはなく、高さ2センチから3センチ程度。私の身長が158センチだから、クリアに必要な段数は63段前後と想定される。まずは土台を安定させて……》
タケハル:おい、聞いたか? あの女、自殺だってよ
ユウキ:きっと何か深い事情があったんだよ
シオン:そうですね……誰だって生きるのが嫌になることはありますから
タケハル:けっ、そんなやわなタマには見えねえがなぁ。
タケハル:つーか、そもそもあいつ、何者なんだ?
アイリ:知りたいなら教えてあげる。
アイリ:私の職業は、ピアニスト。コンクール入賞を目指して鎬を削る、華やかだけど厳しい競争社会に身を置いていたの。私はその中でも、一目置かれる存在だったと自負しているわ。
アイリ:まあ……父がなまじ著名な指揮者だったせいで、親の七光りなんて呼ばれてたけどね
シオン:えっ……? ま、まさかその人って、あの古賀ダイジロウさんですか……?
アイリ:ええ、そうよ
シオン:す、凄い! 古賀さんが有名人の娘さんだったなんて……!
アイリ:別に自慢するようなことでもないわ。
アイリ:あの男の血が自分にも流れているかと思うと、虫唾が走るくらいよ
ユウキ:もしかして……お父さんと上手くいってなかったの?
アイリ:……父は昔から厳格な教育者で、しかも完璧主義者だった。
アイリ:ほんの些細なミスも許さない父に怯えながら受けるレッスンが苦痛で、子供の頃は泣いてばかりの日々を過ごしていたわ。
アイリ:けれど、その甲斐あって、私の演奏家としての才能は早々に花開き、数々のコンクールで優秀な成績を収めることが出来たのも事実。
アイリ:私は、そんな父を尊敬し、誇りに思っていた。だけど……
エレシュキガル:5分が経過いたしました
シオン:もう半分くらい積み上がりましたかね……?
ユウキ:順調だね
タケハル:へっ、今回は楽勝みてえだな!
アイリ:……半年前、とあるコンサートに参加したときのことよ。
アイリ:私はそこで、一人のフルート奏者と出会い、恋に落ちた。幾度かの逢瀬を経て、彼と婚約するに至ったことを父に報告したのだけど……結果は散々だったわ。父は激怒し、結婚に猛反対。理由を尋ねると、こう返ってきたの。
アイリ:「お前より格下の演奏家との結婚など、絶対に認めない」ってね……
ユウキ:そんな……
アイリ:皮肉な話よね。血の滲むような努力を重ねてきたせいで、幸せを掴むことが出来ないだなんて……。
アイリ:そう思うと、何だか急に虚しくなって、次第に怒りが湧いてきた。これまでに受けてきた理不尽な仕打ちの数々が許せなくなった……。
アイリ:あの男に復讐してやろう。そのために辿り着いた答──それが「自殺」だったのよ
ユウキ:どうして……
アイリ:父の一番の『自信作』を壊してやりたかったの。自分のやってきたことが無駄だったと知らしめることこそが、報復に最も効果的な手段だと思ったから。
アイリ:……積み上がったわ。これで、どう?
タケハル:よっしゃ! でかした!
ユウキ:後は、時間まで待つだけだね。
ユウキ:…………ん? あれ……? 何かこっちに近づいてきてない……?
タケハル:あん? なっ……ウソだろ、おい……!
シオン:うわああっ! 鬼だ! 鬼が出たああっ!
ユウキ:あっ……! 気をつけろ、アイリ! 鬼がそっちへ向かって……!
0:鬼がアイリの目の前で立ち止まり、石塔を目掛けて武器を振るう。
アイリ:っ!!
シオン:ああっ!?
ユウキ:一瞬で……石塔がバラバラに……!
タケハル:おい、コラ、ふざけんな! あんなのが出るなんて聞いてねえぞ!
エレシュキガル:はい。訊かれませんでしたので
タケハル:んだと、この……!
ユウキ:落ち着いて、タケさん!
ユウキ:アイリ! 鬼は立ち去った! 今の内に、早く石積みを再開するんだ!
アイリ:え、ええ……!
エレシュキガル:10分が経過いたしました
シオン:ま、間に合うんでしょうか……?
タケハル:時間的にはいけるはずだが……
ユウキ:もし、また鬼が出たら……
アイリ:《壊された……あんなに頑張って積み上げたのに……これがお父さまに与えたかった苦しみだとしたら……私は……》
ユウキ:アイリ! 手が止まってるよ!
アイリ:……あっ!
タケハル:動揺してやがんな……
シオン:無理もないですよ……
ユウキ:アイリなら大丈夫さ。
ユウキ:最後まで諦めなければ、必ず希望はある……!
アイリ:ふふふ……おかしなことを言うのね、あなたって
ユウキ:え……?
アイリ:だって、そうでしょ。絶望の末に何もかも諦めて命を絶った人間に向ける言葉ではないわ
ユウキ:……なら、君は、何故そんなにも一生懸命なの?
アイリ:…………
ユウキ:君が本当にしたかったのは、復讐なんかじゃない。
ユウキ:そのことに気づいた君は、自殺したことを後悔してるはずだ。だから……
アイリ:外野は大人しくしてて、って言わなかったかしら
ユウキ:……うん
エレシュキガル:15分が経過いたしました
タケハル:よしよし、いいぞ! 組み上がってきた!
ユウキ:さっきよりペースが上がってる。一回目でコツを掴んだんだ。これなら……
シオン:ひいいっ! また鬼が出たあっ!
ユウキ:くっ!(鬼の方へ駆け出す)
タケハル:あ、おい、どこ行くんだよ、ユウキ!
ユウキ:あの鬼の存在は、エレシュキガルの説明に含まれていなかった……! つまり、鬼の妨害は試練とは無関係ということ……! だったら……!
シオン:そうか……無関係の僕らが食い止めてもいいってことですね……!
エレシュキガル:ご明察なのでございます
タケハル:よし、俺らも行くぞ、ガキ!
シオン:は、はい……!
ユウキ:《鬼の前に立ちはだかり》さあ、来い! 僕が相手だ!
アイリ:ユウキ……!
ユウキ:僕に構わず、君は石積みに……《攻撃を避ける》うわっ!
タケハル:ちっ! あのバカでかい鉈が邪魔で近寄れねえっ!
ユウキ:まずい!
アイリ:《石塔を壊され》きゃあっ!
ユウキ:しまった! 塔の上部が崩されたっ……!
エレシュキガル:残り時間、あと3分です
アイリ:ダメ! このままじゃ……!
ユウキ:諦めるな!
ユウキ:君は自分が死ねば、お父さんが苦しむと思ったんだろ!? それって、それだけ君が彼に愛されていた証拠じゃないか!
アイリ:あっ…………!
ユウキ:君とお父さんが積み上げてきた想いを簡単に手放すな! 最後までもがいて、今度こそ正解に辿り着くんだ! アイリ、君なら出来る!
アイリ:《現時点で積まれている石塔の段数は、せいぜい50段……残り時間から逆算して、どれだけ急いで上積みしたとしても、もう間に合わない……。
アイリ:この状況で最も合理的な方法……それは……》
アイリ:ユウキ! 鬼からその武器を奪って!
ユウキ:え? でも……
アイリ:早く!
ユウキ:わかった……。
ユウキ:タケさん! 援護を!
タケハル:おうよ!
タケハル:これでも……《石を投げる》食らいやがれええ!
シオン:投石で鬼が怯みました! ユウキさん、今です!
ユウキ:ありがとう!《鬼から武器を奪う》
ユウキ:……アイリ、これでどうするつもり?
アイリ:私の膝から下を斬り落としてちょうだい
ユウキ:なっ、何言い出すんだ!? そんなこと……
アイリ:いいから早く! 時間がない!
ユウキ:くっ……! うわあああっ!《アイリの膝を目掛けて、鉈を水平に払う》
アイリ:《足が切断される》あぐうっ!!
エレシュキガル:そこまで! タイムアップなのでございます
アイリ:うう…………!
エレシュキガル:計測します。
エレシュキガル:石塔の高さは、125センチ。規定値の122センチに到達しています。したがって、第三の試練は、見事、合格なのでございます!
タケハル:ふう……ヒヤヒヤさせやがって。心臓止まるかと思ったぜ
シオン:止まったから、ここにいるんですけどね……
ユウキ:アイリ! 大丈夫か!?
アイリ:ええ……平気。ほら、見て
ユウキ:足が再生してる……よかった……
アイリ:ありがとう……あなたが大切なことを気付かせてくれたから、頑張れた……
ユウキ:君が生き返りたいと強く願ったからだよ
アイリ:……コンクールに入賞する度にね、決まって差出人不明の花束が届くの。
アイリ:お父さまは今まで一度も私のことを褒めてくださらなかったけれど、不器用な愛情をずっと一途に注いでくれていたんだわ……
ユウキ:ああ……きっとそうだ
アイリ:ねえ、ユウキ、もし現世に戻れたら、その……また私と逢ってくれないかしら……?
ユウキ:もちろん
アイリ:嬉しいわ……それじゃあ……
ユウキ:そうだ! 生き返ったら、タケさんやシオンくん達と一緒に皆でお祝いしよう。きっと楽しいよ!
アイリ:……え? 皆で? え……ええ……そ、そうね……
エレシュキガル:さて、皆さま! いよいよ最終試練への道が開かれました!
エレシュキガル:わたくしの後へと、お続きください!
タケハル:いよいよ最後か……
シオン:悔いのないよう、頑張りましょう!
アイリ:やるしかないわね
ユウキ:ああ……行こう!
0:◇
エレシュキガル:最深部に到着いたしました。
エレシュキガル:ご覧ください。こちらが最終試練の間なのでございます!
0:『試練の間』の扉が開かれる。
シオン:え!? ここって……
タケハル:ああ、何つったっけな、コロ……コロ……
ユウキ:コロシアム……闘技場だ……!
エレシュキガル:それでは、最終試練のご説明を致します。
エレシュキガル:今回はこれまでと異なり、全員参加型の試練となってございます。どのようなやり方でも構いませんので、皆さまの中からお一人、代表者をお選びください。
エレシュキガル:試練の内容は、以上です
タケハル:はあ……? んなもん、選んでどうすんだよ?
エレシュキガル:選ばれた代表者さま一名のみが、イキカエリの対象となるのでございます。それ以外の方は、残念ながら冥界送りとさせていただきます
ユウキ:なっ……!?
アイリ:一名のみですって……!?
シオン:うう……そんな……!
タケハル:ふざけんな! 話が違うぞ、コラァ!?
エレシュキガル:わたくしは、全員がイキカエリ可能とは、一言も申し上げておりません
ユウキ:なんてことだ……折角、皆でここまで来たのに……
アイリ:どうするのよ……一人を選ぶだなんて……
シオン:く……くじ引きとか……?
タケハル:ああ!?
シオン:何でもないです……
ユウキ:それにしても、闘技場のこの雰囲気……
アイリ:一面を武器や防具に囲まれて……嫌な感じね。まるで……
タケハル:おい、クソ案内人! 俺らが暴力で物事を解決するような野蛮人だと思ったら大間違いだ! あんまナメてるとぶっ殺すぞ!
シオン:せ、説得力が……
エレシュキガル:先ほども申し上げた通り、選定の手段は問いません。
エレシュキガル:話し合いがお望みであれば、それで結構なのでございます
アイリ:……
シオン:……
タケハル:……
ユウキ:……皆、僕に考えがあるんだけど、ちょっとこっちに集まってくれないかな?
アイリ:ええ
シオン:はい!
タケハル:おう、何だ?
ユウキ:それはね……
アイリ:《胸を刺される》うっ!
シオン:《胸を刺される》ぐっ!
タケハル:《胸を刺される》がはっ!?
ユウキ:こういうことだよ……!
タケハル:ぐうっ、刺しやがったっ……! て……てめえ……正気か!?
シオン:うああ……痛い……! む、胸が……!
アイリ:アイスピック……? 何故そんな物……!?
ユウキ:ああ、これ? さっきバーカウンターで見つけたからさ、何かの役に立つかと思って拝借しておいたんだ。
ユウキ:備えあれば憂いなし、だよね
タケハル:どういうつもりだ……クソっ……!
ユウキ:どういうつもり? タケさん、それはこっちのセリフだよ。
ユウキ:なんで、君たち、さっさと僕のことを代表者に選ばないのさ?
シオン:え……?
ユウキ:今までの試練を振り返ってみてよ。僕がいなきゃ、クリアなんて覚束なかったじゃないか。揃いも揃って無能の集まりのくせして、生き返ってやろうだなんて虫がよすぎると思わない?
アイリ:なんて傲慢な……それが、あなたの本性なの……!?
ユウキ:あ、そうだ、エレシュキガル、死の状況説明が生き返る条件だったよね。
ユウキ:今、喋っていい?
エレシュキガル:結構なのでございます
ユウキ:僕はね、首を絞められて殺されたんだ。酷い話だよね。犯罪者には生きる権利がないから処刑してもいい、なんてさ
シオン:犯罪者……?
ユウキ:新宮市一家殺人犯のユウキ……ニュースとかで見たことない?
タケハル:殺人犯のユウキ……? ユウキ……はっ! まさか、てめえ……結城キョウスケか!?
ユウキ:ピンポーン! へーえ、僕ってやっぱり有名人なんだね! アイリのお父さんと、どっちが有名かな? はははっ
アイリ:なんてこと……!
ユウキ:というわけで、悪いけど、僕は現世に戻らせてもらうね。さようなら。仲良しごっこも結構楽しかったよ
シオン:し……死刑囚が生き返ったって、そんなの、また死刑になるだけじゃないですか……!
ユウキ:うーん、シオンくん、君は少し勉強不足みたいだね。
ユウキ:「死刑執行に失敗して息を吹き返した囚人に対しては、再度、刑の執行をおこなうことなく、直ちに釈放すべし」という事例が、大昔の記録に残ってるんだよ。
ユウキ:つまり、生き返った僕は、晴れて、無罪放免ってこと
シオン:なっ……!
ユウキ:じゃ、そういうことで、そろそろお別れだね。寂しくないように、皆仲良くもう一度、一緒に死なせてあげるよ……!
タケハル:ユウキ……! てめえ、絶対ぶっ殺してやるからな……!《止めを刺される》
シオン:ユウキさん……! 信じてたのに……!《止めを刺される》
アイリ:ユウキ……! あなただけは許さない……!《止めを刺される》
エレシュキガル:……宮本タケハルさま、秋葉シオンさま、古賀アイリさまの魂が冥界へと送られました。
エレシュキガル:よって、結城キョウスケさまを代表者としてここに認定いたします!
ユウキ:くくく……あっははは!
ユウキ:ねえ、見た、エレシュキガル? あいつらの悔しそうな顔!
ユウキ:信じた相手に裏切られた瞬間の表情って最高だよね! 君もそう思わない?
エレシュキガル:生憎と、そのような審美眼は持ち合わせておりませぬゆえ……わたくしには首肯いたしかねます
ユウキ:そうかい、まあいいや。
ユウキ:それじゃ、早速、生き返らせてくれる?
エレシュキガル:かしこまりました。
エレシュキガル:では、行ってらっしゃいませ。
エレシュキガル:結城さまの新しい人生が、幸多きものとならんことを……
0:『憩いの広間』にて。
ユウキ:うーん……はっ!
エレシュキガル:お目覚めなのでしょうか?
ユウキ:え……? ここは……『憩いの広間』……? なんで、またここに……?
エレシュキガル:お早いお帰りなのでございましたね
ユウキ:どういうこと……? 生き返ったんじゃなかったのか……!?
エレシュキガル:結城さまは、生き返られた直後、拘置所の階段にて足を踏み外し、転倒なさいました。
エレシュキガル:その際、首に甚大な衝撃を受けられて頚骨圧迫骨折を引き起こしたことにより、あえなく死亡なさったのでございます
ユウキ:そ、そんなバカな……!
エレシュキガル:実は、結城さまが現世に旅立たれる瞬間、あなたに殺されたお三方の怨念が取り憑いているのが見えたのでございます
ユウキ:怨念だって……!?
エレシュキガル:はい。怨念とは、強い感情の残滓によって構成される、魂とは異なる概念なのでございます。
エレシュキガル:恐らくは、彼らの強力な怨念によって、結城さまは死へと突き動かされたのではないかと……
ユウキ:や、やり直しだ! もう一度……もう一度チャンスをくれ!
エレシュキガル:それは不可能なご相談なのでございます。
エレシュキガル:何故なら、わたくしが結城さまのその悪辣な気質を大変気に入ってしまいましたがゆえ……
ユウキ:な、何を言ってるんだ……?
エレシュキガル:特別にご案内いたします。わたくしの本来の領分……地獄の最下層へと
ユウキ:…………!!
エレシュキガル:あの世とこの世は、紙一重。「イキ」も「カエリ」もあなた次第というわけなのでございます。
エレシュキガル:それでは、参りましょう……!
ユウキ:い、嫌だああああ!!《地獄へと送られる》
エレシュキガル:……そう言えば、結城さまは面白いことをおっしゃっていました。
エレシュキガル:確か「信じた相手に裏切られた者の表情は最高だ」と……今なら、その意味が少しだけわかる気が致します。ふふふ……
(了)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?