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やる気あふれる社長を育成・サポートし、二人三脚から十人十一脚を目指す、社長コンサルタント 高山伸一さん

自らの人生で学んだ数々の経験を元に、社長になりたいと思っている方々の背中を押し、10人の社長さんたちが連携し合える海を創りたいと語る高山伸一さんにお話を伺いました。

プロフィール
出身地:宮崎
活動地域:関東
経歴:高校中退(再度確認要)
現在の職業および活動:社長コンサルタント業
座右の銘:二兎追うもの二兎とも得る

育てた社長たちが連携し合える場を創りたい

記者:今後の夢やビジョンはありますか?

高山さん(以下継承略):売上を作り経営を安定させながら軌道に乗せてきた、私が面倒を見てきた社長同士をグループ化して、助け合いが出来る場を創りたいと思っています。
 自分のやりたい業種で夢を叶えてあげたい、現実にどうなりたいのか、それを最短で売り上げを上げていけるようにしてあげたいと思っています。
 社長って自分も経験して来ましたが、けっこう孤独な存在なんですよね。
誰にも相談できず一人で戦っているので、そんな社長たちの孤独緩和を名目に、色んな分野との社長同士が交流できたらもっと良いものが作れると思います。
 絶対従業員は社長の気持ちなんて分からないというか、分かりようがないと思うので、こんなフランチャイズのような仕組みがあったら面白いと思います。
 人それぞれ悩みや抱えている問題は違うので、沢山の社長同士が交流する場を設けることで、個々の悩みを解決出来る糸口にもなると思います。孤独ではない社長を増やしていきたいですね。
 その場を積極的に活用して更に考え方がブラッシュアップし、育てた社長達が成長すればする程嬉しい限りです。

向上し続ける決算と社会貢献

記者:では、その夢を具現化するための目標計画はありますか?

高山:学校でいう“通知票”の内容を年々向上していくことに尽力しています。会社で言うところの決算を良くする動きですね。小学校の場合は6年間ですが、上がったり下がったりの程よい基準をキープするのはなかなか難しいですね。
 ある程度儲けたら社会貢献をしよう!とは伝えてます。もちろん自分が倒れない程度でですが。人間必要以上にお金持ってしまうと良いことないですから(笑)。
 やる気のある社長がどんどん増えていくことが、社会を変えていくことに繋がると思っているので、皆、分かっているのにやらない!そんな人達を今後はより一層巻き込んで行けたらなと思ってます。

十人十一脚の社長たちを軌道に乗せる

記者:どんな実践活動をされていますか?

高山:やる気のある社長と繋がり、売上を作りながら軌道に乗せることを二人三脚で行っています。その中で、身体が壊れない程度ですが、肉体的に常に無理はしています(笑)。
 相手に安心感を与えないと契約が取れないと考えているので、どうしたら先方に安心感を与えられるかを自らが先陣切って社長たちに示しています。
 例えばこんな事例がありました。ユニットバスの施工現場に立ち会うのに、工事期間中は朝5時起きで現場に通い、沢山の人達と交流を深めました。その中から現場ならではの声を聞き、ヒントを獲たことを元に日々社長たちのフォローに回っていました。
 自分が経験したことは、臨場感を持って相手に教えられますから。ですから、知らないことはしれっと日々勉強して自分の知識にすることも怠りませんでした。
 スタートアップ企業の社長にとっては、自分で言うのもあれですが、とても心強い存在だったと思います。
 また、一緒に苦労を共にすることは大事ですね。家族ぐるみの付き合いでもあります。今後、介護、建設、派遣など色んな業種に携わって、10人の社長をグループにして軌道に乗せていきたいですね。

社長になれる近道を知っていた

記者:そもそもなぜ、社長になりたい人に対して勇気を与えたいと思うようになったのですか?

高山:ゆくゆくは社長になりたいけれど、なるのが大変だと思っている人が周りに沢山いました。
 実際の所、なるのは簡単ですが、維持していくのが大変ですよね。社長になりたい人に対して、社長になると、社会的地位も上がり、人間性ももろに出てくる訳で、それになる近道を知っているのが私です!と言ったことに対して、みんなが集まって来たのがきっかけです。

大きな変化は小さな積み重ねから

記者:社長を軌道に乗せていく上での発見はありましたか?

高山:大したことないと自負する人間が、大した人間を育成していくことは、いくらでも出来ると思いました。
 社長って、人の人生を背負うわけですから、懐が自然と大きくなると思います。
 私は学歴に激しいコンプレックスを抱えるくらい、学歴とはまったく無縁の人間でした。ですが、その後単身で地元を離れて色々な人に揉まれながら経験値を重ねて、今は社長を育成、サポートする側に回っています。
 今思うと、小さい事の積み重ねが大きな事を変えるということを体現化してきたような人生でした。例えるならば、学生運動のようなものですかね。

負けず嫌いで単身丁稚奉公に

記者:どんなきっかけで自ら社長を目指すようになったのですか?

高山:学歴に関する激しいコンプレックスがモチベーションになってますね。同級生にただただ負けたくないという一心で当時はがむしゃらに生きていました。
 モノ(例えば家や車)やお金(=社長になれば会社を経営し従業員を養うもの)を同級生が自分よりも先に持っている場面を目の当たりにし、正直焦りました。モノやお金は目に見えるもので、形にこだわっていたのです。
 生まれは宮崎県でしたが、実は一週間で高校を集団退学させられた経験がありました。いわゆる偏差値が低い学校で、周りは悪ばっかりでした(笑)。それこそドラマみたいな話ですが、原付きで登校するような学校でした。
 そんな環境でしたから、手に職をつけた方が良いね!と思い立ち、名古屋に単身丁稚奉公に出ました。当時は料理学校に通い始めました。親元を離れて生活するようになると、今までの抑圧から解放され、悪さが倍増してしまいました(笑)。

社長は自分でやってこそ

記者:高山さん自身どういう経緯で社長になられたのですか?

高山:色んな経験から、比較的若い時から“社会とは何ぞや!?”ということを考えさせられる機会も多く、身に沁みて知るようになっていきました。
そして、学校卒業後、静岡や名古屋を転々としました。そして地元で会社をやろうと思いました。
 社長になりたいと思った一番の理由は、自分でやった方が儲かるっていう浅はかな動機でした。
 宮崎県の実家の周りでは、同級生が2代目で活躍していましたので、自分も地元に残っていたらまた変わったかもしれませんが、結果的には若くして地元を離れた決断が今の自分に大きな影響を与えているとも思うので、もしもはありませんが結果論としては良かったと思います。

読者の皆様へのメッセージ

記者:最後に、読者へのメッセージをお願いします

高山:未来を良くしたいと思っている人はたくさんいるので、いわゆるバブルを作ってしまおうぜ!とアクションを起こせる人がいた方が面白いと思います。何かを始めようする際のアクションを起こす勇気で、人生は好転していくと思います。自分のできる範囲で活性化していき、良い時の日本みたいにもっとやっていきましょう!!

記者:ありがとうございます!一人一人がアクションを起こせることが重要で、これから益々熱くなる日本を感じました。本日はお忙しい中、本当にありがとうございました。

高山伸一さんの詳細情報についてはこちらから

HP:

【編集後記】

 今回、記事を担当しました、細井と池田です。高山さんだからこそ語れる貴重なお話がとても新鮮でした。また、小さな事の積み重ねで大きく変化できることを自ら体現していらっしゃる姿に感動致しました。
 これからも、やる気あふれる社長さん達をどんどん育成して、日本社会を熱くさせていってほしいです。高山さんの更なるご活躍を応援しております。

この記事は、リライズ・ニュースマガジン “美しい時代を創る人達” にも掲載されています。
https://note.mu/19960301/m/m891c62a08b36

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