自己紹介に垣間見えた誇り
WORDS代表の竹村さんの投稿を読んで、
自己紹介を変えてみた。
引用:Twitter
そしたら、カンボジアで働いてたことよりも
児童養護施設の職員だったことよりも、
「渋谷育ちのギャル」だったこと
を、自分の商品価値と思いついた
自分が面白かった。
私はあの時期があったことで
今の人生やってると思ってる。
素行が悪いことで『不良』と呼ばれ、
勉強でいい点取るとカンニングだと呼び出され、おばあちゃんの荷物を持ってあげると、「バカにも優しさ残ってるんだな」と言われたあの頃。
自分としてはやりたくてやってただけだし、学校は行く理由がわからない場所って言ってたけど、教師からは『不登校』『手間がかかる子』と言われてきた。
「登校拒否だから。」と言うと、
「来る義務がある場所だ。」と返され、
対等に話を聞いてくれる人なんて
誰一人いない。そう思ってた。
最たるは「病気だから心配。」と言われ、
適切な治療を受けよう、とスクールカウンセラーに会わされ、心療内科で診断書を書いてもらうことを勧められた。
そのスクールカウンセラーに暴言を吐いたら
「そんな言い方だめ。人が傷つく。」と返された。こっちがあんたからの言動で傷ついたから、暴言吐いたんじゃ。
あぁ、これは負けたな、と思った。
一言も発しないことを心に決めた。
「大丈夫。私のことは信頼して。大丈夫だから。」そう言われ続けたこと、とにかく苦痛だった。
顔も名前も記憶にないけど、その時湧いた嫌悪感だけは忘れない。
信頼はこっちがするもんで、強要されるものじゃない。
そんな時代があったおかげで、私は未だに区分分けの話が苦手である。
「それって本人がそう言ってんの?」
時々何かに触れてくる発言を聴くと、思わずそう聞きかえしてしまう。
自己紹介文書いたらそんなこと思い出した。
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