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南京虐殺と騒いだアメリカの宣教師たちは日本兵の中国市民虐殺を見たことがなかった。

日本軍は南京で起きている犯罪が難民区に潜んでいる中国兵によるものとみてアメリカの宣教師たちが中心となって作っていた自称南京安全区から難民の退去を通告しました。

アメリカの宣教師たちは、自分たちの保護がなければ南京は地獄になると猛反対したが、安全区解散後の1938年2月以降、南京の治安は回復しました。

1938年1月3日上海発でニュークタイムズ紙は
南京の金陵大学に難民福祉委員会(自称安全区)メンバーとして残留のアメリカ人教授(ベイツ宣教師)らは、便衣と成った中国軍大佐とその部隊所属兵6人を自分達が匿っていたのが見つかったことで非常に当惑している。実際、教授らは、その大佐を難民キャンプでの権威ある立場の二番目に据えていた。
中国軍の南京からの退却中に制服を脱いだ将校(士官)らは、大学の建物の一つに住んでいるところを発見された。 日本陸軍の捜索者が、6つのライフル、5つのリボルバー、取り外された機関銃と弾薬を建物に隠していることを発見した後、彼らは自分らの身元を白状した。
アメリカ人や他の外国人の前で、元中国人将校は南京での略奪行為、またある夜には少女たちを難民キャンプから暗闇に引きずり込んだことを告白したが、翌日にはその襲撃を日本兵の所為にした。 将校であった者達は逮捕、戒厳令下で処罰され、おそらく処刑されるであろう。
と報道した。

はじめから南京で起きていた中国兵による犯罪を手助けしていたのがアメリカ人宣教師たちだったことがわかります。


『虐殺の目撃証人』(Eyewitness to Massacre)

副題を『南京に於ける日本軍の残虐行為の目撃証人であるアメリカ人宣教師』という。

この著書の原資料は、エール大学神学部図書館に所蔵されている文書で、M.Eシャープ社、ニューヨークが1984年に出版した。そこには、事件当時南京に在住していた宣教師などのキリスト教関係者が、南京から避難していた家族や友人へ送った手紙などが収められている。外部に向けた、宣伝目的の文書とは異なり、家族にあてた私的な文書なので、かなり本音が表現された資料であると見ることが出来る。

この本の登場人物は、ウイルソン、スマイス、マッカラム、マギー、フィッチ、ミルズ、フォースターで、全員がキリスト教の高等教育を受け、伝道師として南京に滞在していた人々です。

ところがおどろくべきことに、400頁以上あるこの資料が収めている膨大な彼等の記録には、事件が起きたとされる12月13日から翌年にかけて、日本軍による住民虐殺を目撃したという記述は全く無いのです。強姦、略奪などの残虐行為も、難民からの訴えを聞いて現場へ駆けつけても犯人は逃げたあとで、実際に日本兵の犯行を見た人はいなかった。

つまり「書名」とは全く逆にアメリカ人の虐殺(残虐行為)の目撃証人は1人もいなかったということなのでなる。実は極めてミスリーディングな書名の本なのである。


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