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タテナオコさん「共産主義者や社会主義者やそうと疑われた人々が…凄惨な暴力の標的となってきた歴史」共産党スパイ査問事件のことでしょうか?

不思議なのは、こういう反共デマに前のめりな人達は暴力革命ガーとか破防法ガーなどと言いつつ、共産主義者や社会主義者やそうと疑われた人々が殺されたりリンチや拷問を受けたりと凄惨な暴力の標的になってきた歴史には触れないのだよね。
あんたみたいな奴が隣人を密告したりしてたんじゃないのかな

@naotate1

日本共産党スパイ査問事件(にほんきょうさんとうスパイさもんじけん)[注釈 1][1]は、治安維持法下の1933年昭和8年)に、東京府東京市(現東京都)で発生した日本共産党中央委員であった小畑達夫が死亡し、同じく中央委員であった大泉兼蔵らが負傷した事件である。

Wikipedia「日本共産党スパイ査問事件」

1933年、当時日本共産党中央常任委員であった宮本顕治袴田里見らが、当時の党中央委員大泉兼蔵小畑達夫にスパイ容疑があるとして査問処分を行うことを決定し、12月23日、二人を渋谷区内のアジトに誘い出した。 宮本らは針金等で手足を縛り、目隠しと猿轡をした上に押し入れ内に監禁した。秋笹政之輔逸見重雄らが二人に対して暴行を行ったため、小畑は24日、外傷性ショックにより死亡した。小畑の死体は床下に埋められた。

以上の概要が、当時の裁判で認定された結果である。

Wikipedia「日本共産党スパイ査問事件」