始まり。

一昨日、卒展のノミネート者が発表された。
悔しいって感情がないことが悔しかった。
去年のアワードで先輩に意気込んだのに結局口だけだった。
友達はあんなにも悔しがっていたのに。

昨日のアワードでノミネート者の解説を聞く。
自分なんかよりも何倍も何十倍も努力してきた人たち。最後まで手を抜かなかった人たち。

原動力なんて人それぞれだろうけど、たぶん原点みたいなのは一緒で写真が好きだからだろうな。
そう考えると、やっぱり自分はあんまり写真好きじゃないのかなーとも改めて思う。
て言いつつたぶん好きの度合いが違うだけかなって薄々感じている。

アワードの後、友達が気を利かせてくれてノミネートした先輩と少しだけ話すきっかけをくれた。
でも沢山努力した人と、こんな中途半端なやつが話すのもおこがましさを感じちゃって上手く話せなかった。自分の作品を堂々と話せる自信もなかった。

今回は自分のアイデアが出なくて、写真を観た先生に言われて、こういうテーマになった。
それに対して、納得度が少ないんじゃない?って先輩に言われて、内心ハッとした。
本当はそんなに納得していなかったのかもしれないし、考える事から逃げていただけかもしれない。
違う先生が観に来てくれた時は後悔ばかり口にしちゃう。
良いところはどこだろうと自問自答をする。それでもだめなところばかり思いつく。

足を止めて観てくれる一般の人もいた。
ここがきれいだねって声がちらほら聞こえて、少しニヤリ。けれど、話しかける勇気も出ずに見て見ぬふり。本当に良くない。
普通に人見知りもあったけど、たぶん自分の作品に自信を持てていないからっていうのも、ここでもあったと思う。

だめなところが多いなら、改善点はそれだけたくさんあるわけで、後はそれをどう活かせるか。
こういう時に、悔しさを3日で忘れるやつは弱いままだからな。っていうアニメのセリフを思い出す。


写真の事はあんまり自信ないけど、友達には出来るから大丈夫だよって言われて少し泣きそうになった。たぶんあれはお世辞じゃない。
そう言ってくれる、思ってくれてる人が少なからずいるから、それは原動力の一部に出来る。

悔しがる事だけは一丁前に出来るんだから、努力もそれぐらい出来ないとな。今まで楽してばかりの人生だったし。
就職で思う様に作品撮れないかもだけど、少しずつやりたい様に頑張る。

今回初めての展示で学べた事もあったしちゃんと次に活かすんだよ。未来の自分。


今回の展示がこれからの長い長い長い写真生活のスタートライン。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?