見出し画像

【ジャーナル】[Part2]こうち100人カイギ vol.19 岸本 憲明さん(株式会社ビバ沢渡 代表取締役)/仙頭 杏美さん(Hostel東風ノ家宿主/ライター)


2019年1月よりKochi Startup BASE ®︎にて始まった「こうち100人カイギ」。
高知の様々な分野で活動するゲストを、毎回5人お呼びして、生き方やその思いについて語っていただいております。全部で100人になったら、終了なこの企画。

今回は、2021年5月25日(火)にKochi Startup BASE®︎での現地開催とzoomを使ったオンライン開催にて行いました。
この記事では、19回目の100人カイギにて登壇いただいた6名、1人1人の話にフォーカスを当てています。


参加したくても参加できなかった方、この方のお話が聞きたかった、など様々な方に読んでいただければ幸いです。


<こうち100人カイギ vol.19の登壇者>
5名それぞれの話を
もっと深く知りたい方は、こちらの記事もチェック!
※お名前をクリックすると、その記事に飛べます。


アスタ さん(Part 1掲載)
石川 拓也さん(Part 1掲載)

岸本 憲明さん(Part2掲載)
仙頭 杏美さん (Part 2掲載)


滝野 結公さん (Part 3掲載)
山中 由貴さん (Part3掲載)


3人目の登壇者は、株式会社ビバ沢渡 代表取締役の岸本 憲明さん。

画像1

1982年8月9日生まれ 38歳
高知市に生まれ育ち高校卒業後、左官職人の父の影響で大工の道に進む。24歳の時に妻と娘を連れて茶農家の祖父の後継者になる為、仁淀川町に移住し地元企業に勤めながら祖父に農業のノウハウを学ぶ。祖父の病気がきっかけで28歳の時に専業農家になることを決意。それまで生産に特化した農家だったのを「沢渡茶」と命名し生産から加工販売まですることでもう一度、地域の産業にしたいという強い思いで2018年に仁淀川町に「茶農家の店あすなろ」高知蔦屋書店内に「cha café asunaro」をオープン。沢渡の原風景を次の世代に残すために様々な事に挑戦中。

守りたいという思い

「口で説明するのが下手なので」そう笑い、自社のプロモーション動画を流しながら話し始めた岸本さんは、高知県仁淀川町沢渡地区で茶農家として日々作業をしています。この沢渡地区は、江戸時代よりもっと昔からお茶作りに特化していた地域です。国道から一面見渡せる広大な茶畑は、目で見るよりずっと急な斜面にありますが、茶摘みの時期はその茶畑一つ一つを大人4人で大きな機械を抱え、収穫して回ります。
元々高知市生まれで、高校卒業後の就職は茶農家ではなく、大工として職についた岸本さん。22歳の時に結婚し、長女が誕生しました。親になった経験から、自分の子ども時代を思い返し、浮かんだのは母の里である沢渡地区の未来について。
母方の祖父が茶農家をしており、毎年ゴールデンウィークには茶摘みを手伝っていましたが、岸本さんが大人になるにつれて他地域と同様に、沢渡地区も高齢化問題に直面していました。沢渡の土地柄上、急斜面での作業はなかなかの重労働で、これが高齢化問題を加速。加えて、年々お茶の単価が下がっていることもあって、当たり前だった沢渡の茶畑は少しずつ確実に減っていました。心の中では「誰かがお茶を、沢渡を守ってくれないだろうか」そう願っていても、一向に新しい風は吹きません。「誰もやらないなら自分がやるしかない!」そう決断し、24歳で仁淀川に移住。まずは4年間、地元企業に勤めながら、週末祖父に農業のノウハウを教えてもらう生活がはじまりました。

画像2

地域の未来を見据えて

しかし、岸本さんが28歳の時、祖父が癌で余命半年だと宣告を受けました。祖父の病をきっかけに、このまま兼業農家で自分が作業できる範囲の茶畑を管理していくのか、この沢渡地区全域を見据えていくのか、ということを考えることに。自分にも妻と娘がおり、家族の生活もかかっているので、自分一人で考えるにはあまりにも大きすぎる悩みでした。妻にそのことを相談すると「できることなら誰かが既にやっているのでは」という答え。
当時、娘はまだ小学1年生。この子の将来を考えた時に仁淀川町から通学できる高校は少なく、少なからず山間部というハンデや支障が出るのでは無いかという部分が脳裏をよぎりました。そこで、岸本さんは娘の将来を考え、中学3年になった時に生活ができない状態であれば潔く転職して、家族は守る。だからそれまでの9年間だけ時間を欲しい、そう妻を説得し、専業農家になることを決意しました。

画像3

自ら消費者に会いにいく

専業農家になることを決め、最初にぶつかったのはお茶の販売方法。元々沢渡地区で作られていたお茶は、高知市の市場に出荷し、そこから先どこに届いているのかわからない状態でした。その部分に違和感を持っていた岸本さんは、自分が作るお茶に『沢渡茶』という名前をつけ、自ら手売りで販売していこうと行動に移しました。しかし、いくらストーリーがあっても商売の経験が全くなかったため、うまく販売にはつながりません。思っていた以上に現実は甘くなかったと、当時を振り返ります。生活もままならない状態が続きましたが、それでも「沢渡を守りたい」という強い思いを胸に、茶畑の作業の傍ら、自ら営業にでたり、イベントでの出店をしたりとアクションを行い続けました。まずは知ってもらうために人に会い、沢渡茶への思いを口に出し、それを3年、4年と続けるうちに少しずつ認知されるようになりました。

悪条件を付加価値に

今でさえ『沢渡茶』として認知され、専門店を作るほどになりましたが、岸本さんが『沢渡茶』という名前をつけて販売を開始した当初は、地域から反発が出たと言います。『沢渡茶』という地域の名前を使って販売することで、全て岸本さんのお茶として認知されるのではないかと、反感の声が上がったのです。自分がやっていることは間違っているのだろうか、そう悩んだ時期もありましたが、農業を初めて早10年が経ち、多くの人に認められ、地域産業の下支えに一役かえているのかでは無いかと実感も湧くようになりました。
現在、国道から見える茶畑のほぼ8割は、岸本さんが管理をしています。高齢化により近隣で維持できなくなっている茶畑を少しずつ買い取り、今もなお範囲を広げているそうです。
また、岸本さんは沢渡茶だけではなく、地域伝統の『秋葉祭り』に対しても、とても大切に思っています。「お茶だけあってもいかんし、祭りだけあってもいかん。でもこの地区に人がいないとそのどっちもできないっていうのは僕の中でも間違いない』。山間部で生産性も悪い沢渡地区だからこその付加価値を、一人でも多くの人に知ってもらえたらいいと思って行動している、と話を締め括りました。


4人目の登壇者は、Hostel東風ノ家宿主/ライターの仙頭 杏美さん。

画像4

1984年生まれ。安芸市出身・在住。
武蔵大学で社会学を学び、卒業後、帰郷してアークデザイン研究所で、企画編集・ライターを務める。特に高知県東部地域の観光情報の執筆やイベント企画、地域振興計画に関わる。2015年、オーストラリアなどで約1年海外生活。その後、県内のまちづくり推進協議会、フードサービスのベンチャー企業、ルルルゲストハウスのスタッフを経て、独立。2020年、地元安芸市に宿を開業。国内外の人に高知県東部の魅力を伝える場、多様な人が交流することで関係人口が増える場づくりを目指す。また、ライターも続けており、宿やライターの仕事を通して高知の魅力を「伝える」ことをライフワークとして活動している。

画像5

アメリカでの生活

仙頭さんは、東京で大学生活を送り、「高知の地域に関わる仕事がしたい」と思い、卒業後地元高知のデザイン会社に就職。そこで3年間、企画・編集・ライターなどを担当し、観光フリーペーパー制作や町づくり計画などの仕事に携わる中で、地域の課題の本質は、「プレイヤーが少ない」ことだと思うようになりました。自ら地域に根付いて活動をしてみたいと考え、退職後は視野を広げるため、1年間オーストラリアにワーキングホリデー滞在することに。異文化、多様な種族の方々と関わり、最も心に残ったことは、自分が思っていたよりも遥かに外国の方は日本に興味があり、訪れてみたい思いがあることでした。せっかくなら日本の中でも、自分の大好きな故郷・高知に来て欲しい、高知の魅力を伝えたい、そう考え高知に帰省。しかし、自分がどういったことをしたいのか具体的なビジョンはまだ何もありませんでした。

見つけた自分の道

そこでまずは、やりたいと思ったことに挑戦してみることにしました。地域のまちづくり活動をしている団体で働いたり、ベンチャー企業で地産外商の勉強をしたり。様々な経験を積んでいく中で、自分はどこかに属して活動するのではなく、「自分のやりたいことを形にしたい」と思うようになります。「自分の好きなことってなんだろう」そう自らを見直し出てきた答えは、様々な人が集まる場所を作ること、『ゲストハウス』を作りたいという気持ちでした。自分の気持ちがはっきりしてからすぐに準備を始め、1年後の2020年、地元である安芸市に『Hostel東風ノ家』をオープン。ちょうどコロナ渦で開業したこともあり、想定より客入りが少ないことを懸念していましたが、それでも外国の方が来てくれたり、レンタルスペースの利用があったり、イベントを行ったりと、少しずつ新しい人の流れができていると感じるそうです。
仙頭さんが考えているのは、旅人と地域住民、資源や商店など、人と人との接点作り。地域の関係人口を増やして、若者の定住の循環を作ると同時に、つながった人たちと一緒に地域を元気にしていきたいと考えています。東風ノ家では基本的に料理の提供はしていないので、その代わりに地域のお店を紹介したり、お出かけの提案をしたりして、東風ノ家だけでなく、地域を楽しんでもらう流れを作っています。

画像6

伝える人であり続ける

仙頭さんは『Hostel東風ノ家』の運営と同時に、ライターとしても活動しています。二つの活動の中で大切にしている軸は、情報発信。「伝える人であり続けたい」そう言葉が続きました。
宿泊業でいうと、『Hostel東風ノ家』の位置する東部エリアは、高知県の中でもまだまだ知られてない地域ですが、古民家や郷土料理、古い町並みなど見所はたくさんあります。特に外国の方や若い方たちは、昔の文化を知らないことが多いので、日本の田舎文化について宿を通して伝えていきたいと考えています。
またライター業としては現在、高知新聞のK+という媒体で専属ライターとして活動しています。高知のお店や場所、高知で活躍している方のインタビューや紹介などをメインに、媒体を通して様々な物ごとのストーリーを伝えることで、より多くの人に高知について興味を持ってもらうことを目的としています。「取材を通してたくさんの人と出会い、影響を受けて今の私が存在している」と話す仙頭さん。自分が情報発信をすることで、それを読んだ方が少しでもヒントを得て、何か始められる後押しが出来るような発信をしていけたらいいなと笑いました。

やりたいことをやってみる

日々の忙しさでまだ手をつけられてないそうですが、地元のディープな情報発信、コロナ収束後の宿のあり方など、今後の課題もいくつか挙がりました。実際に行う際には無理なく続けられるように、無料ではなく、きちんと対価が得られる仕組み作りも同時に考えていく必要があると話します。
個人事業主になると、それら全てを自分で考えて行わなければいけないので、悩みや苦労も多いイメージがありますが、自分のやりたいことをひとつずつ形に変えている仙頭さんは、今の状態について「すごく楽しい」と言いました。今の道を選ぶまで悩んでいる時期が長かったものの、いざ飛び出してみると想像以上になんてことはなく、もっと早く挑戦すれば良かった。それくらい自分のやりたいことが広がっていくのはすごく楽しいことだと、言葉が続きました。
「もし挑戦してみて合わないことはわかれば、それはそれで次に進めるので、今挑戦したいのに地団駄踏んでいる人は自分のやりたいことにまずは挑戦してほしい」と、参加者の皆さんにエールを送りました。


総括

自分が親になったことをきっかけに、当たり前と思って育った土地の未来に向き合った岸本さん。小さい子どももいるなか、全く違う職種へ転職した行動力にはとても驚かされました。時間がかかっても、ひたむきに真っ直ぐに進むその姿に、たくさんのひとの心が動かされ、今の状態を築けたのではないでしょうか。

とにかく自分の気持ちのままに挑戦し続けた仙頭さん。本人はもっと早く飛び込めば良かったと笑っていましたが、『Hostel東風ノ家』には今までの様々な経験全てが詰まっているように思います。仙頭さんのこれからの活動をとても楽しみに思います。

(レポート:畠中 詩織)

100人カイギとは 
一般社団法人INTO THE FABRIC 高嶋 大介氏が「同じ会社に勤めていても、1度も話したことがない人がいる」と気づいたことをきっかけに、会社、組織、地域の"身近な人”同士のゆるいつながりを作るコミュニティ活動を始めました。 2016年六本木で「港区100人カイギ」スタートさせたのを皮切りに、渋谷区、新宿区、相模原市、つくば市、雲南市など全国各地へ広がっています。
100人カイギの一番の特徴ともいえるのが、「ゲストの合計が100人になったら会を解散する」ということ。100人の話を起点に、肩書や職種ではなく、「想い」でつながる、ゆるやかなコミュニティを作ります。


問い合わせ
Kochi Startup BASE®️
住所:〒780-0822 高知県高知市はりまや町3-3-3 GAIAビル2階
運営:エイチタス株式会社 高知支社
Mail: ksb@htus.jp
Webサイト:http://startup-base.jp/


皆様からいただいたサポートは、今後の活動・運営に使用させていただきます。