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「ぱふぱふ」「ブレストスムーザー(おっぱい窒息)」との差別化点/おっぱい封印の真髄とは

こんにちは。

先日、X(旧Twitter)にて海外の方から「おっぱい封印について話がしたい」というDMをいただき、意見を取り交わさせていただいたのですがその中で中々面白い質問をされました。

その質問とは、「過去にもおっぱいに(女性主体で)顔を埋めさせるという行為を指す言葉がいくつかあったのに、何故おっぱい封印という新しいワードを使用しているのか?」というものでした。

確かに最近、自分はそういった行為全般に対して「おっぱい封印」というワードを適用することが多いのですが、以前は別の言葉で表されていました。
その中でもとりわけ多く用いられ、現在も多く使われているのが「ぱふぱふ」と「ブレストスムーザー(おっぱい窒息)」だと記憶しております。

今回はその二つのワードを改めて解析しつつ、それらと「おっぱい封印」の差別点というものを考察していきたいと思います。

尚、今回考察するのは「現実的行為でのおっぱい封印」なので、イラストなどでよく用いられる「おっぱいに取り込み、文字通り吸収·同化させる」ものについては触れませんのでご了承願います。


ぱふぱふ

初出は国民的漫画「ドラゴンボール」。その後大人気ゲーム「ドラゴンクエスト」にも登場した(ただしゲーム内では描写はカットされていたり誤魔化されていたりする場合が多い)、おっぱいで顔を挟み込み文字通り「ぱふぱふ」と優しく圧迫する行為です。
この行為は窒息などの苦しませることは目的としておらず、対象に対してのご褒美、或いは対象を魅了し誘惑するといった「相手に快楽を味わわせ、虜にする」ことを主目的としたものであると考えています。
また、心情的な面では行為を仕掛ける側は相手に対し多少の劣情や下心はあれど「嫌悪感」のようなものはあまりないのではないかと考えています。

つまり、後述する二つの行為よりも優しめなこうであると言えるでしょう。また、時々使われる「顔面パイズリ」という行為もこちらに類するものだと思っています。

ブレストスムーザー(おっぱい窒息)

相手の顔面におっぱいを押し付ける、或いは自分のおっぱいに相手の顔面を引き込み窒息させる行為であり、プロレスなどでの格闘技の一つとして用いられている印象がありますが、それ以外でもこの呼称が使われている場合が多いです。
今回のテーマは「おっぱい封印との差別化」ですが、おっぱい封印も広義で言えばこの行為にあたります。

先に挙げたぱふぱふとの違いはやはり強制的に窒息状態にさせること…つまり相手を「苦しませ、(酸欠で)弱らせる」、引いては「相手を屈伏させる」ことを目的としているところだと思います。
そうすることで対象に格の差を分からせたり、相手に「自分のおっぱいに負ける情けないやつ」といったような屈辱的な思いをさせることを目指した行為だと考えました。

おっぱい封印の差別化点とは?

さて、ここまで二つの似通った行為を見てきました。
こうしてみると、ぱふぱふはそもそも「対象を窒息させる·させない」という違いがあるので差別化できますが、ブレストスムーザーはおっぱい封印とほぼ同じ意味合いを持つ行為·言葉に見え、わざわざ「おっぱい封印」なんて言葉を使う必要は無いのではないか?と思えてきます。

その上で私が考えた結論から申し上げますと、「おっぱい封印とブレストスムーザーの差別化点」は二つあり、
①「行為を行う側の心情」
②「窒息(失神)を主目的としているか否か」
ではないかと考えています。

①行為を行う側の心情

「おっぱいで相手の窒息(失神)を狙う」行為としては確かにブレストスムーザーと同じと言えます。しかし先述した通り私はブレストスムーザーとは「相手に力の差を分からせ、敗北感を与える」行為であると考えており、技を仕掛ける側の気持ちとしては敵意などの「攻撃的な感情」を持っていることが多いのではないかと思っております。

その点「おっぱい封印」は見かけではブレストスムーザーと同じなものの封印対象に対し攻撃的な感情は少なく、どちらかというと「愛している·気に入った相手を自分だけのものにしたい」という「好意的な感情」を持っている場合が多い印象です。そういった意味では心情的な面ではぱふぱふに近いといえるのかもしれません。

ただし、好意的な感情といってもそれはぱふぱふのような「相手を癒してあげよう」といった優しいものではなく、「おっぱいという武器を用いて相手を自分だけのものにしよう」という歪んだ「独占欲」のようなものなので、やはりぱふぱふとは心情的な面でも毛色が違うと言えると思います。

②窒息(失神)を主目的としているか

「おっぱい封印」の大きな特色であり、ブレストスムーザーとの差別化点として「窒息(失神)させて終わりではない」というものがあげられると考えております。
どういうことかというと、ブレストスムーザーは相手がもし窒息し、失神したらそこで目的を果たしたことになります。格闘技的に言えばKOした状態なので、何故かというとブレストスムーザーという行為は、前述した通り私の中での定義は「おっぱいで相手を負かし、格の差を思い知らせること」であり、相手は失神した時点で自分より下の存在であるということが決まってしまいます。そのためそれ以上続ける意味がありません。

しかし、「おっぱい封印」は違います。
窒息(失神)を狙うまでは同じですが、あくまで目的は「おっぱいを使い、相手を自分だけのものにすること」です。
つまりおっぱい封印において窒息·失神はあくまで「通過点」であり、その先の最終目標を達成するための「手段」でしかないのです。

そして、これが何を意味するかというとおっぱい封印には明確な終わりがない…。
より厳密に言えば、

「おっぱい封印は、女性が目的を達したと確信するまで終わらない」

ということなのです。

何度失神しようが女性が目的を達したと満足するまでは解放されない…言ってしまえば対象が窒息死寸前になったとしても解放される保証などどこにもないのです。

そしてそこにあるのは敵意などではなく、ただ純粋に「相手を愛している」という想い…。

この歪さこそが他との大きな差別化点であり、「おっぱい封印」というものの真髄ではないかと私は考えております。

終わりに


ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

大前提としてこれらは「私個人の持論」でしかなく、「おっぱいに顔を埋めさせる」という行為に対しては皆様それぞれの考えや想いがあると思いますので、今回の考察は「こいつまた頓珍漢なこと言ってるな」くらいで流していただいて大丈夫です。

もし、おっぱい封印について私と語りたいという方がいらっしゃいましたら遠慮なく私のXのDMまでお越しください。性癖について語っている時間は楽しいですから大歓迎です!

↓私のXアカウント

それでは、皆様よきおっぱい封印ライフを。

コチノチ




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