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探鳥と野鳥こぼればなし

 身近な鳥たちの姿や行動の特徴を知り、自然環境について考えを深める検定、「バードウォッチング検定野鳥コース」(日本野鳥の会主催)が人気で、昨今、野鳥博士が増えているようだ。
 私も以前からバードウォッチングを趣味にしており、野鳥に親しんできた。
 野鳥観察のメリットはといえば、鳥の鳴き声に耳をそばだて、聞き逃すまいと意志するので集中力が身に付くこと、また木の枝や葉っぱの間に見え隠れする野鳥の姿を追いかけるので、おのずと視力が矯正され、音感の修練にもなることだと思っている。
 さらには情操教育にも役立ち、鳥たちの生活を覗くことによって自然界に生きる草花や昆虫、樹木についても知り、幅広い知識を得ることができる。もちろん野外散策が基本だから健康に良いことは言うまでもない。

 野鳥観察の心得であるが、静かに、そうっと鳥に接しようとする優しさが必要不可欠である。よく見たい一心で追いかけてはいけない。
 そして用意しなければならない装備だが、双眼鏡はバードウォッチングにおいて必須の道具である。倍率は7倍から9倍位がちょうどいい。
 あと小冊子の図鑑や、スマホがあればネットで検索も容易だろう。
 野鳥観察の初心者には、やはり指導員がいたほうがいい。市の広報紙に地域の野鳥観察会のお知らせが掲載される場合があるので、それに参加すれば、指導員が野鳥を見つけてくれ、解説もしてくれるので初心者にはうってつけだ。
 日本野鳥の会に入会して、各地のそうした探鳥会に行くのも良いだろう。ただし年会費の負担がある。

 なお探鳥家にはいろいろなタイプがある。大別して学究派、文芸派、カメラ派、鳥のさえずりを録音するテレコ派など、最近では女性の進出も目立って多くなった。

 ここで私がこれまでどのように鳥たちと出会ってきたか、その環境やシチュエーションを紹介してみたい。野鳥観察の参考になれば幸いである。

① 学生時代のことである。昭和17年、私は当時早稲田実業の学生だった。教室の窓ガラスが野球のボールで破損して、外が丸見えの状態だった。ふと外を見てみると、楡の木のてっぺんに黄色の花が咲いていた。だがそれは楡の花ではなかった。「カワラヒワ」の群れがやってきて授業中ではあったが、しばしば見入ったものだった。カワラヒワを見ることが嬉しかったが、先生から「窓の外ばかりを見て集中力の欠如である」と注意されたことも覚えている。

② その頃、――時は戦前だが、探鳥と言えば、明治神宮が野鳥観察のメッカであった。日曜日の天気が良ければ、家から毎週、野鳥を見るために明治神宮に行った。境内で知った鳥は、まずはカラスである。それからメジロ、シジュウカラ、スズメなどで特にびっくりしたのはキジのオスと出会ったことだった。のそのそと参道を歩いていた。「明治神宮の鳥」と言うタイトルで学校の作文を書いたことを思い出した。

③ 親友のKくんと多摩川の上流、秋川渓谷沿いをハイキングしたときにキセキレイやセグロセキレイ、カワガラスなどを目撃した。

④ 戦後の冬のことだった。昭和21年2月のできごとだ。ところは青森県弘前市の郊外、りんご畑の樹々に押し寄せてきたヒレンジャクの群れと出会ったのだった。一瞬の出来事だがこの情景は心の底に焼きついて離れない。今でも思い出すことがある。雪解けの水が滔々と流れる岸辺にふきのとうが芽吹き、東北の早春の美が、その思い出の光景に鮮やかさを添えてくれる。

⑤ 春先のことだ。我が家の庭にウグイスが飛来しホーホケキョとさえずりの第一声を運んでくる。秋には柿を目当てにメジロや、モズが飛んでくる。南天の実を目指し、ついばみに来るのはヒヨドリである。またカワラヒワを夏の終わり頃、観察できて楽しい。山鳩は夫婦一組ずつで来てくれる。

 後はそれぞれの鳥の特徴を記しておこう。

 スズメは、人家のない所にはいません。大都会の煙突のあるところなどでも平気で生きていける。

 ヒバリはさえずりながら上昇する。その鳴き声がやんだら垂直に降下する。ピーチクパーチクといったさえずりが特徴的だ。その体は小型だが大きな声で鳴いている。それはまた、春の暖かい頃によく見かける光景である。

 キジは日本を代表する国鳥と呼ばれている。孤独な暮らしをする鳥で、つねに単独で行動する。オス同士が出会ったなら激しく戦う。生活のほとんどは地上であり、よく歩く鳥でもある。危険が迫ってもギリギリまで動かず、じっとしている。人が近づいてくると目の前で飛び立ち、一直線に進む。ハンターはこの時を狙う。

 ウグイスの地声は、チャッチャッチャッ、と地味である。これを笹鳴きと言う。早春になると、さえずりはホーホケキョとなる。これはオスが自分の縄張りを宣言しているのだ。

 カラスであるが、くちばしの太いのをハシブトガラス、細いのをハシボソといい、日本では主に2種類のカラスが見られる。ハシブトは都会に住み、雑食性で何でも食べ、生ごみなどを漁っている。ハシボソは山間部に生息するので山ガラスとも呼ばれる。いずれも利口なもので目が良く、ゴルフボールを集めたりする。

 ツバメは益鳥と言われている。日本で越冬するツバメは台湾やフィリピン、マレー半島などを往復する。農薬の影響で減少し、住みにくくなったせいで数を減らした。夏の風物詩として子育てを見られなくなったのは残念である。

 ホオジロはその名の通り、目の下の頬のあたりに白い筋が入っているのを見ることができる。鈴を振るような美声でさえずり、しかも木の一番高いところで自分の縄張りとばかりに主張する。その鳴き声は昔から「一筆啓上つかまつり候」と聞こえるとされてきた。

 シジュウカラの仲間には、「五十カラ」、「ヤマガラ」といい、これらをカラ類と呼ぶ。地方によっては「枝わたり」とも言う。集団で生活する鳥である。

 ヨシキリは川辺のヨシの中に巣を作る。5月ごろ南の国からやってきて巣作りをする。ヒナが成鳥になる夏の終わりに南の国々帰る「渡り鳥」である。

 ホトトギスが鳴く時、喉が赤くなるので血を吐くように見え、結核を患う人が喀血することから「結核患者」と例えられることもある。余談であるが、徳富蘆花の名作「不如帰(ホトトギス)」を明治のベストセラーだった。ホトトギスは渡り鳥で、5月下旬ごろ南方から来てウグイスの巣に卵を産む。ウグイスは自分の子供と思って育てる。

 オナガはカラスの仲間である。黒いのは頭部だけで、全身をほとんど淡い青色である。尾は長く、体長の一倍半もある。地上に降り立つ時は、この尾を扇の形に広げてふわりと着地する。鳴き声はギャアギャアと悪声である。関東地方に多く分布し、関西には生息していない。武蔵野の鳥とも呼ばれている。夕日に照らされ、黄昏時に大騒ぎする鳥である。

 メジロの鳴き声は、愛好家の間で鳴き合わせの会が催されるほど独特で美しい。体長は10センチくらいで、目の周りは白い毛で縁取られていることに、その名が由来する。その羽毛の色は黄緑色である。熟れた柿を好んで食べるようである。

 ムクドリのくちばしはオレンジ色であり、黒い頭部、顔の部分に白色が混じる。大きさはスズメとハトの中間くらいである。この鳥は本来、農耕地や草原などで生活していたが、都市部に進出して電線に群がり、糞害が多発するなど問題化が著しい野鳥である。

 ヒナドリの体色は、全身がまだらのある灰色で、山林や人家の近くに住む。山地では山あいの最も低いところを好む習性がある。南天の実が大好物。

 モズの高鳴きは、秋の到来を告げる風物詩である。モズの声を聞くと、寒くなるぞと思う。特に柿の実を好む。くちばしは鋭い。トカゲやカエルなどを木の枝に差し込み、後で食べるといった習性があるが、食べ忘れてそのままにしている時もある。

 チドリは、浜千鳥と河原で生活するものの2種類がある。川の千鳥はその体も卵も河原の石や砂と似ており、保護色となっているので、声はするが姿が見えないということにもなる。千鳥足と言われるように独特の歩行の習性がある。斜め後ろに進むといった変わった歩き方だ。酒飲みの千鳥足といった表現はこれに由来する。

 コジュケイはウズラに似た飛べない鳥である。二本足で目にも留まらぬ速さで走る。そのさえずりは、人が早口で「ちょっと来い」と言っているように聞こえる。昭和45年に私が神戸のこの地に転居した頃は、四、五年くらいだろうか、コジュケイのさえずりを聞いていた。新興住宅地であったが、まだコジュケイが生息できる環境があったのだろう。今はこの鳥の声を耳にすることはない。また神戸市におけるバードウォッチングに最適な場所はと言えば、六甲山麓の布引の貯水池あたりになろうか。新神戸駅から布引の滝を経て貯水池と行く定番のハイキングコースであるが、この辺の水辺にはオシドリの集団を見ることができ、もしかしたらコジュケイにも出会えるかもしれない。

 最後に。
 野鳥は、動物の中でも人の生活の最も身近にいて、ふれあいやすい存在である。
 我々の暮らしに彩りを添えてくれる身近な友として鳴き声を楽しんだり、生態を観察したり、自然を学んだりすることができる。より一層充実した人生を与えてくれると私は思っている。

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