おやつ棚・おやつ箱

仕事をしている午後。
なにがきっかけになったかはわからないけれど、
急に記憶の扉が開いた。
思い出したのは「おやつ棚」のこと。

我が家は日当たりのよい、
庭に面したところにリビングルームがあり、
その奥にダイニングルームがあった。
さらにその奥がキッチンへと続いているのだが、
天井まである造り付けの棚が、
ダイニングルームとキッチンの仕切りになっていた。

この造り付けの棚は、ダイニングルーム側には
ぴったりとテーブルがつけられていたが、
ダイニングルーム側とキッチン側の両方から物の出し入れが
できるようになっていた。

いちばん下は扉がついていて、深皿や漆のお膳などが
重ねて収納してあり、
高い位置の棚は、磨りガラスの入った引き戸になっており、
普段使いのティーセットやコーヒーカップ、湯飲みなどがしまってあった。

高い棚の中には、木製の深鉢がいつも置いてあり、
そこにはクッキーやらチョコレート、あられなど、
何かしらのお菓子が入っていた。

学校から家に帰ると母が言う。
「おやつ、棚に入っているから」

ガラス戸を開けて、背伸びをしてこげ茶色の木の鉢を取る。
抱えながら、缶詰やインスタントコーヒーなどが置いてある棚から、
「ミロ」の大瓶を取りだし、ガラスのコップに入れ、
今度は冷蔵庫から牛乳を出して注ぎ、
プラスチックのマドラーでくるくる掻き回す。
そう、何色かあったマドラーにはサンリオのキャラクターがついていた。
淡いピンクのお気に入りのマドラーはキキララだった。

片手におやつの鉢、片手にミロ。
自分の部屋が2階にあったけれど、夕ご飯が済むまでは、
ほとんどリビングルームのソファの上でごろごろと過ごしていた。

「もう少ししたら、夕飯の支度をするから、
食べ過ぎちゃだめよ」
「はぁ〜い」生返事で応え、
おやつを食べながら、時代劇の再放送やお相撲を見たり、
マンガ雑誌や本を読んだ。

常におやつ棚のお菓子は補充されており、切れることはなかった。

昔のマンガには、やっぱりおやつ棚が出てきた気がするので、
我が家だけの珍しい習慣だったわけではないと思う。

月日は流れ、子ども達は独立する。
「おやつ棚」は「おやつ箱」になった。
お中元やお歳暮でもらったのであろう、
大きなおせんべいの缶が「おやつ箱」。
キッチンにあるワゴンの下が定位置。
缶を開けると、クッキーやチョコレート、おせんべいなどが入っている。

これが「安心」というものじゃないだろうか?

実家に帰省し、することもない午後。
おやつ箱の缶から甘いのと辛いのを取り混ぜて取りだし、
お皿にのせて、コーヒーを淹れる。
日当たりのよいリビングルームのソファに寝転び、
お菓子をつまみながら本を読む。
ラジオから流れる音楽。

これが「平和」というものじゃないだろうか?


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