ひとり飲みで町をなじませる

生まれて育った町だけれど、
高校を卒業し、大学生、社会人となると生活の中心は
東京となり、大人の視線でこの町を見ることがなかった。

久々にこの町に暮らしてみると、
この町について、まったく知らないことに気がつく。
知っているのは、毎日通った学校までに通学路、
買い物や立ち読みした本屋さんのある駅の周辺、
遊び場だったいくつかのお寺や神社や図書館、あと海。
そんな感じ。

今は、時間があるときに、ふらりと町を歩いて、
少しずつ自分を町になじませている。
ゆっくり過ごせるカフェを探したり、
パン屋さんや小さなスーパーで買い物したり、
昔、通っていた本屋さんも、あらためて棚を巡りながら
「昔もこんな風に本を探していたな」と
いう感覚を思い出している。

でも、いちばん、町を自分になじませるには、
「飲む」ことじゃないかなと思う。
よそいきではなく、町に暮らすひとの雰囲気を感じながら。

高校は隣の市に通っていたので、
背伸びしてお酒を飲んだりするのも、
その隣の市の繁華街や、電車で30分ほどの大きな街だったり、
また東京まで遠征していて、地元で飲むということがなかった。
なので、この町の飲み屋さんをまるで知らない。

食堂で定食とビールぐらいなら、
そんなにハードルは高くないのだけれど、
飲み屋さんとなると、ほんのちょっと勇気がいる。
まぁ、入ってしまえば、言葉も通じるわけだし、
なんでもないことなのだけれど、
「場違いだったら」とか「女ひとりで変な目で見られないか」とか、
そんなめんどうくさい自意識が邪魔をする。

それでも、えいやっと気持ちをふり絞り(ちょっと大げさ)、
のれんをくぐる。ドアを開ける。

最近、ときどき行くのは小さな焼き鳥屋さん。
コの字になったカウンターのみ。
夕方の16時半開店だが、すぐに席が埋まってしまう。
並んでまで入りたいとは思わないので、そこは運にまかせる。

運良く座れたら、まずはビール。
このお店は瓶のみ。
焼き鳥を焼くお兄さんはピアスだらけで、なかなかパンクな風貌。
「すみませ〜ん、注文…」と声をかけても、
タイミングが悪いと「待って!」とぴしゃりと言われてしまう。
「は〜い…」と返事をし、ちびりちびりと
グラスについだビールを飲みながら待つ。

砂肝、やげん、ぼんじり、バラ、皮、うずらの玉子を1本ずつ。
あとはしらすおろし。
しらすがないときは、冷や奴。
パンクのお兄さんはお客と会話することもなく、
黙々と焼き鳥を焼く。
こちらも、ときどき隣の席のひとに話かけられることもあるけれど、
黙々と飲み、黙々と食べる。

肉の焼ける油っぽいにおい。
もくもくとした白い煙。
壁に貼りだしてあるお品書きの短冊をぼーっと見る。
1時間ほどでお勘定をしてもらって、席を立つ。
「ごちそうさま〜」
外に出てもまだ日は暮れていない。

ビール1本分のふわふわした気持ちと足取りで、
駅の方へ向かう。

濃いコーヒーと甘いものが何か食べたいなぁと思い、
近くの喫茶店に寄り道。

少しずつ、少しずつ、
わたしがこの町になじんでいく。
町がわたしになじんでいく。




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