心意気はチロルチョコ

ある製薬会社のタイアップの仕事を2年間ほどしていた。
タイアップの対象になる商品は、その会社の看板商品で、
女子中学生向けの雑誌において、認知度を上げたいというのが目的だった。
新商品ではないので、そんなに「売れ、売れ」感はなく、
「まぁ、若いコにも親しんでもらえれば」くらいのノリで、
クライアント側からはかなりの自由が与えられていた。
なので、その商品のキャラクターを作って、
読者の女のコと絡むという設定を考えた。
その商品はニキビ、切り傷、やけど、しもやけなどの薬だったので、
東にニキビで悩んでいる女のコがいれば、
そのキャラクターであるウサギの天使が飛んでいって、その薬を差し出す。西に切り傷で泣いている女のコがいれば、
またウサギが飛んでいって、薬を差し出すという内容。

その頃、その雑誌では毎月、読者との交流イベントを行っていた。
編集部の人間が全国に出向いて、読者のコたちの話を聞くという会。
そのイベントにこのタイアップをくっつけて、
読者のコたちに誌面に登場してもらえばと企画を立てたら、運良く通った。
沖縄、京都、横浜、新潟、広島、福岡、浜松などなど、
全国いろいろなところに行った。そして美味しいものも食べた。

そのタイアップは1ページで、写真マンガ仕立ての構成。
ウサギのキャラクターは布製の縫いぐるみ。
友人のスタイリストに作ってもらったもので、
目や口のパーツが換えられるようになっていて、表情を作ることができた。オールロケなので、いい大人がウサギの縫いぐるみを持って、
ちまちま動かしながら、写真を撮っている図というのは端から見ると
なかなか不思議な光景だったかもしれない。
全国に連れて歩いたせいで、白いウサギがだんだん薄汚れていき、
2代目、3代目も作ってもらった。
連載を続けているうちに、読者の間でも認知度が上がり、
撮影していると「あ、天使ちゃんだ」などと
声をかけられるこもあり、嬉しかった、

それぞれの場所にそれぞれの想い出がある。
広島では「広島といえばお好み焼きだよね。
お好み焼きの鉄板で女のコがやけどをする、そこに天使ちゃんが…」という設定を考えて、撮影場所に貸してもらえないかと、
市内のお好み焼き屋さんにも許可を貰った
(今、考えるとよく許可をくれた…という気もする)。
撮影当日、現地で読者の女のコたちと合流し、お好み焼き屋さんへ。
そこで広島のお好み焼きが、自分では焼かずに
お店の人が焼くものだと初めて知る。
たまたま、そのお店は鉄板のあるカウンターがあったので、
鉄板のふちを触ってやけどするという設定にしてなんとか撮影したが、
(お好み焼き屋さん、ごめんなさい)そのときは、かなり焦った。

また新潟では、「新潟らしい場所ってどこだろう?」と考えて、
「やっぱり米どころだし田んぼじゃない?」ということになり、
カメラマン氏とふたりレンタカーでロケハン。
まさに日本の原風景ともいえるような場所を見つけ、
広大な田んぼを背景にウサギの縫いぐるみにおにぎりを持たせて撮影した。
緑の稲穂と青い空。田んぼの畦道と小川。
撮影後に広い田んぼの真ん中で食べたおにぎりの美味しかったこと。
あの風景と、美味しかったという記憶はたぶんずっと忘れないと思う。

連載が始まって1年くらい経ったある日、クライアントの製薬会社から
「工場のある徳島をぜひ取材してください」というリクエストがあった。
ちょうど阿波踊りの季節。工場の人たちは毎年、連を作って出ると
いうことなので、その練習風景も取材・撮影した。

いつもはクライアント立ち会いもないので、
完全に放置のおまかせで進行していたのだけれど、
そのときは、さすがに広告代理店の担当者もやってきた。
この広告代理店の人が、会社の方針なのか一切、お金を出さない。
もちろん制作費はもらっているので食事もタクシー代も経費だけれど、
ここからはプライベートじゃない? 
という飲みのときも出すそぶりもない。お財布に触りもしない。
さも当たり前という態度にはちょっとむかっときていた。

これは別な仕事の撮影だけれど、やはり立ち会いにきた広告代理店の人が
お昼の出前で、いちばん高い(クライアントよりも、カメラマンよりも)
うな重を取ったときは、小さな殺意が芽生えた。

「オマエハタダイルダケデ、ナニモシテイナイダロウガ…」

いやいや、まぁ、それがお仕事ですからね。
ただ座っているだけも辛いと思いますよ…。
でも、「いただきます」「ごちそうさま」「ありがとう」が言えない
人間は苦手。その頃の広告代理店はイケイケなところもあって、
そういうのが当たり前だったかもしれないけれど。
まぁ、とにかくちょっと頭にきていた。

取材、撮影が終わって、スタッフで食事に行き、
さらにそこから飲みタイム。出張の楽しみはやはり地元の料理とお酒。
はっきり言ってかなり酔っていた。
飲んでベロベロなのに、途中で見つけた銭湯に行ったり(キケン!)、
そしてまた飲んだり…。
最後に、宿に戻る前にコンビニに寄って…ということに。
夜中に絶対にのどが乾くのでミネラルウォーターのペットボトルと、
酔ったときに、つい買ってしまう恒例のアイスをレジに出す。
お金を払うときに、レジ横の四角い箱の中のチロルチョコが目に入る。

「ねぇ、○○くん、○○くん」
広告代理店の男のコ(そう、彼は若かった)を手招きする。
「なんすか?」彼も酔っ払い。
「これ買って。チロルチョコ買って。D通のお金で買って。
チロルチョコって書いた領収書もらって! D通で!」
迷惑な酔っ払いです。ごめんなさい。

チロルチョコは買ってもらえた。
彼が領収書をもらったかどうかは記憶にはない。
自腹を切ってくれたのだろう。
すまん。
そしてありがとう。

私の溜飲は下がり、気分は晴れた。
その後、彼とは普通に仲良しになった。
連載が終わり、会うこともなくなったが元気だろうか?
もし、今、彼がそれなりの広告マンとして、活躍しているとしたら、
それは私とチロルチョコのおかげである。
ほんの、ほんの、ほ〜んのちょっとだけど。きっと。




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