らくごはん(6)

 「ちりとてちん」
灘の生一本、鯛の刺身、鰻の蒲焼き、台湾名物ちりとてちん 

 自他ともに認める食いしん坊である。
人前で食べ物のことを話すのは、下品だ卑しいと言われようが、
まぁ、気にしない。いや、気にするけれど気にしないことにしている。
だって、誰かと美味しいごはんを食べることほど、
幸せなことってないような気がする。
そして、一緒にごはんを食べる誰かが、
同じように美味しく、そして幸せに感じてくれたら、とても嬉しい。
もちろん、ひとりでも美味しく食べたい。
悲しいことがあったり、いっぱい泣いて死にたいとさえ考えたとしても、
お腹がぐぅと鳴り「何か食べよ…」と思えたら、
それはやっぱり“生きていたい”ということだし、
食べて美味しさを感じることができたら、
“生きていてよかった”と思えるんじゃないだろうか。 

まぁ、ちょっと大げさかもしれないですが、
美味しいごはんは、生きるエネルギーであり、
幸せを呼び込むものでもあると思っている。

だけど、こういうひととは、
一緒にごはんを食べたくないなぁというひともいる。
「いただきます」「ごちそうさま」を言えないひと。
食べているときに、その食べ物の悪口を言うひと。
自分の感想ではなく、著名人の言葉でうんちくを語ったり、
店の格付けをするひと。
お店も頑固オヤジ系の「俺様の料理を食べさせてやっている」とか、
食べ方の順番など、いろいろ自分ルールを押しつけてくるのは苦手です。と、まぁ、結構うるさいわけです。すみません。

「ちりとてちん」は、ごはんを一緒に食べたくなるひとと、
一緒に食べたくないひとが出てくる噺。

ある晩のこと、たくさんの仕出しの料理を前に思案顔のご隠居さん。
予定していた碁会が流れてしまったのだけれど、
料理は届きたくさん余ってしまった。さて、どうしようか? 
パッと思い浮かんだのが近所に住むタケさん。
食べっぷりがよくて、なんでも美味しそうに、
ありがたがって食べるタケさんに、
ごちそうを食べてもらおうと考え、さっそく女中を呼びにやる。

喜んでやってきたタケさんに酒をすすめるご隠居。
酒は名酒として名高い灘の生一本。
「灘の生一本という酒が、この世にあるとは聞いていましたが、
見るのもやるのも初めてございます。んんん、うまいっ」と
タケさんは大感激。
ご隠居のほうも、お世辞とはわかっていても、
そこまで喜んでもらえれば、うれしくないはずはない。
「気持ちがいいねぇ、さぁ、鯛の刺身もやっておくれ」とすすめる。
タケさんはまた「この世に鯛のお刺身というものがあるのは聞いていましたが…」と大層に感激し、美味しそうに食べる。
以下、鰻の蒲焼き、さらには白飯まで続いていく。

そのとき、女中が棚の中にあって出し忘れていた豆腐を発見し報告にくる。
豆腐には、ぽわぽわの緑や黄色のカビが生え、嫌な匂いを放っている。
「なんで、こんなもの取っているんだ。捨てなさい」と言いかけて、
ご隠居、はたとあることを思いく。

同じ町内には、タケさんとは正反対の性格をした、
ちょっとひねくれた男、トラさんがいる。
ご隠居が何をごちそうしようが「美味い」といった試しはなく、
さらには「知らない」ということが言えない性格なので、
なんでも文句をつけないと気が済まない。
日頃からトラさんの態度を快く思っていなかったご隠居。
ちょっと意趣返しをしてやろうと、悪戯を考えついたのだ。

女中に呼ばれてやってきたトラさん。
ご隠居はタケさんにふるまったように酒やお刺身、
鰻の蒲焼きとすすめていくが、トラさんは文句ばかり。
でも本当は食べたこともないし、驚くほど美味しいくせに、
不味い、しょうがないから食べてやってんだみたいな顔で食べている。
「トラさんは食通だからね。口に合わなかったかもしれないねぇ」と、
ご隠居も下手に出ながら「じゃあ、これはどうだい? 
お土産にもらったんだけれど」と、かびの生えた豆腐に、
目が痛くなるくらい七味唐辛子をこれでもかとふりかけ、
ぐちゃぐちゃにして瓶に詰めたものを“台湾名物のちりとてちん”として、
トラさんに出す。もちろん、そんなものは名物でもなんでもないのだが、「知らない」とは言えない性格のトラさん。
「ああ、あれはうまいねぇ。向こうでは毎晩のようにやっていたよ」と、
言って、悪臭にうぇっ〜となり、
唐辛子に目をやられながらも食べる羽目に…。

落語では、タケさんとトラさんの対比を大げさにやってみせるのが、
笑わせどころのひとつ。
タケさんのような、いかにものお世辞を敬遠するひとは、
中にはいると思うけれど、美味しく食べる気持ちには決して嘘はない。
それは、作ったり、ごちそうをする側にとっては、
やっぱり嬉しいことだし、その気持ちはちゃんと伝わる。
そして、世の中にはトラさんみたいなひともいる。残念だけれど。

うんちくも、食べログの星の数も、
どこかの料理評論家のコメントも関係なく。
美味しいものの前では素直に。トラさんよりもタケさんで。
そのほうが、絶対人生楽しいと思うのです。

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