「扉」でホットドッグ&ミルクセーキ。

鎌倉の海水浴場の件で、鳩サブレーの「豊島屋」が話題になっていたので。

鎌倉駅前のロータリー。
ブルー系と赤系の京急バスとオレンジと黄色系の江ノ電バス、
それに黒塗りのタクシーが止まっている。
駅の改札を背にして左手に横浜銀行、そして鳩サブレーの豊島屋、
マクドナルドの順に並び、不二家があって、
その横の赤い鳥居をくぐると、鶴岡八幡宮へと続く小町通りが始まる。

駅前だけであって、ここの豊島屋はいつも観光客で賑わっている。
その2階にあるのが「扉」という名前のパーラー。
もうずいぶん前にリニューアルして雰囲気も変わってしまったけれど、
それこそ40年前は由緒正しき昭和の喫茶店だった。
おぼろげな記憶なので、間違っているかもしれないけれど、
白い壁で赤のビニールレザーの四角っぽいソファーがあり、
モダンだった印象がある。

わたしにとっては、この「扉」は日曜日の午前中に行くお店。
我が家は週末の午前中は母が家事をしないという、
暗黙のルールがあった。父はボーイスカウト仕込みの
雑なスープを作ることもあったが、子どもたちを連れ出して、
朝ごはんを食べに行くということも多かった。
「扉」はそんなときに行く店。

確か朝の早い時間は鳩サブレーなどのお菓子を売っている1階は
まだ閉まっていたと思う。人気のない売り場を横目で見ながら、
2階への階段を上り、赤いソファーに座る。
父はラックから新聞を持ってくる。

「扉」のメニューは縦長で、二つ折りの厚紙でできていた。
全部ではなかったと思うけれど、メニューのいくつかは
イラストで描かれており、そのイラストが大好きだった。
ラフにサインペンで描かれたような黒のアウトライン。
色鉛筆か何かでところどこだけ色が塗ってあった。
決して写実的ではないのだけれど、味のあるイラストで、
もう何度も見ているのに「今日はアイスクリームにしようかな」
「ハンバーガーが食べたいな」とワクワクした気持ちになった。

父といっしょの日曜日朝の定番メニューは、
ハムサンドイッチ、ホットドッグ、そしてミルクセーキ。
父はいつもコーヒー。サンドイッチをちょっとつまむぐらいで、
あまり食べてはいなかったような気がする。
ホットドッグはそんなに大きくないサイズで、
2個がひと皿に乗っていたので、兄か姉と半分コずつするのにも、
ちょうど良かったのだと思う。

窓から明るい光が差し込み、ひだまりの中で、
父は新聞を読む。
子どもたちはホットドッグにかぶりつき、
甘いミルクセーキのグラスを両手で支えるように飲む。
食事が終わっても父は無言で新聞を読み続ける。
すみからすみまで。時折、ページをめくるばさっという音がする。
子どもたちは、脚のつかないソファーの背もたれに背中をくっつけ、
買ってもらった本やマンガを読む。
不思議なくらい、退屈したという記憶はない。
日曜日の朝がゆっくりと過ぎていく。

ホットドッグもハンバーガーも知ったのはこの店だった。
それはアメリカンな味ではなく、喫茶店の味。というよりも「扉」の味。

「扉」には、その他にも誕生日やケガをしたときなど、
スペシャルなときにしか食べることのできなかった
「パンドラ」という名前のケーキや、
銀のカップにのったウエハース付きのアイスクリームなど、
大好きなメニューとたくさんの想い出がある。

「扉」のマークは小さな鍵。
その鍵は、わたしの記憶の扉も開く。
他では食べることのできない味の記憶とともに、
幸福だった子ども時代に連れていってくれる。










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