フィリピンスタイルビア。

缶ビールを冷蔵庫から2本出してきて、テーブルの上に置く。
ぷしゅっといい音をさせて缶を開け、
グラスに注ぐ。2本あるのは、1本はすぐに飲んでしまうから。

彼と最初に逢ったのは7月のヘルシンキ。

仕事での通訳兼コーディネーターとして、
ヴァンターの空港に迎えに来てくれたのが最初の出逢い。

フィンランド生まれながら、
彼の父親が大使館の仕事をしていたことで、
ちいさい頃からいろいろな国に住んできたという。

そんな彼が日本に来たのは中学生のとき。

成田から東京に向かう車の中で見たビルの風景に圧倒されたと言っていた。

日本の文化の中で育ち、ゲームが大好き。
アメリカンスクールに通い、上智に入って、
その後フィンランドに帰国し、フィンランドの大学を出たばかり。
日本語のできるコーディネーターとして、
政府観光局のひとを通じて紹介してもらったのだった。

190cm近い身長で横幅も少しあり、ジョナ・ヒルみたいな感じ。
見た目はでかいフィンランド人だけれど、
中身はちょっとオタクっぽいいまどきの男のコ。
でも、育ちの良さや頭の良さが感じられ、
仕事の面でも、いろいろと助けてもらった。

「フィンランドの女の子は気が強くてつきあえない」と言い、
そのときにつきあっている彼女も日本人だった。

7月のヘルシンキはバカンスシーズンで、
大抵のひとたちは約1ヶ月の休暇をとり、街を出て湖や海へ向かう。

北の国の短い夏。
透明感のある光、カラリとした空気。
森の緑は鮮やかさを増し、湖が青い空と白い雲を映す。
すべてのものが美しいと感じられる季節。

そして、この時期は夜がない。
白夜。夜0時を回っても、空は白く、
ちょうど日本の夏の朝4時くらいの感じ。
少し冷えた青白い光が街を包んでいる。

彼とは逢ったその日から一緒に飲みに行った。
最初は食事のあとに、他のひとも一緒に彼の案内でクラブっぽいところへ。
多くのフィンランド人がそうであるように、彼もすごく飲んだ。
そして陽気にはなるけど、泥酔するような酔い方はせず、
「どんだけアルコールを分解する酵素を持っているんだ」と思った。

とくにビールが好きで、文字通り水のように飲む。
一緒に仕事をした約10日間、1日の仕事が終わってホテルに戻ると
まず、ビアサーバーのあるカウンターでビールを飲んでいた。

ヘルシンキの飲食店は前払いでセルフのところが多い。
長細いテーブルやカウンターに食べ物が置かれ、
自分でトレーにのせて、レジで会計をする。
好きなものを取ってお金を払うだけなので、言葉がしゃべれなくても
なんとかなるので、ヘルシンキは旅をしやすい街でもあると思う。
これは約10年ほど前の話だけれど、
当時からフィンランドはカード社会で、
タクシーや駅の売店もすべてクレジットカードで支払うことができた。

その店もカウンターで飲み物を注文して、
お金を払うシステムだったのだけれど、何杯も飲む彼は、
いちいちカードを切るのが面倒くさくなったのか、
いつものことなのかはわからないけれど、
「まとめて切っておいて」と、
お店のカウンターに自分のカードを預けたのにはびっくりした。
お店のひとも平然と受け取って預かっていたので、
よくあることなのかもしれない。

そのとき「フィンランドは性善説の国だな」と思った。
ちなみにカフェなどで赤ちゃんを乳母車に寝かせたまま、
店の外に置いておくというのもよくある光景。
日本だったら「信じられない! ひどい」「誘拐されたら」と
炎上になりそうな話ではあるけれど、
「寝ているから」「日光浴」など本人たちはのんきな感じで、
これも「フィンランド人性善説」と思った出来事のひとつ。

1軒目のそのお店をあとにしたのはまだ0時前だった。

ホテルに戻ったあと、彼が「もう1軒行きませんか?」と言うので、
ふたりで近くの店に飲みに行った。
そのお店が閉店になったので、また別なお店で飲んだ。
結局、4時過ぎまで飲んだ。
いったい何を初対面のフィンランド人と話したのかさっぱり覚えていない。
(彼は日本語が堪能だったので、会話は日本語オンリー)

空は依然として明るい。いや、もう朝が始まっていたのかもしれない。
ヘルシンキに着いた初日だというのに。
あと数時間後で集合時間だというのに。

その日、わたしは人生で初の外国人の友人を持った。

彼と一緒に暮らしていた日本人の彼女とも友人になり、
その後も日本で、フィンランドで、一緒にたくさんのお酒を飲んだ。
いつでも彼はビールだったけれど。

ある年の夏に彼が仕事で東京に来たときも、やはりビール。
「夏だけはフィンランドにいたい。蒸し暑いのは苦手」と言って、
大きなジョッキでごくごく飲んでいた。
「もう、ピッチャーでそのまま飲もうかな」と言っていたれど、
体が大きいだけに、それもありかもとこっちも思ってしまった。

一時期、彼と彼女は日本に生活の拠点を移した。

季節は桜の頃。引っ越しのお披露目もかねて、
ふたりが家に招待をしてくれて、一緒に食事をし、そして飲んだ。

テーブルの上の料理をほとんど食べ尽くした頃、
「あ、そうそう、これ、この前ヘルシンキで買ってきた」と
彼がトナカイの缶詰を出してきた。
トナカイはフィンランドはポピュラーな食材のひとつ。

缶を開けて小鍋で温める。
お皿に盛り、「これしかないけれど」と
煮込んだトナカイの肉に、ブルーベリーのジャムを添えて出してくれた。
そう、北欧では肉料理にベリー系のジャムやソースはあたりまえ。
最初は驚いたけれど、慣れると、今度はないと物足りなくなる。
今はIKEAなどでも「ミートボール・ジャム添え」を食べることができる。

「おいしいよ」
「ほんと? よかった」
「フィンランドって感じがする」

トナカイといっても、煮込んであるのでそんなに強いクセは感じない。

彼が冷蔵庫から再びビールを出す。
そして製氷室から氷をつまんでグラスに落とす。

ビールに氷。
「フィリピンスタイル」とグラスを上げて笑う。
彼女も「フィリピンスターイル」と笑う。

南の国では、こうしてビールを飲むらしい。
いろんな国に仕事や旅をしているからこその知識。
わたしのグラスにも氷を入れて、ビールを注いでくれた。

もともと冷たくして飲むお酒が好きということもあるけれど、
それ以降、夏の暑い日などは、
わたしもフィリピンスタイルでビールを飲む。
味が濃すぎたり、ちょっといまいちな白ワインなども、
氷を入れると飲みやすくなる。

北の国のトナカイと、
南の国のスタイルで飲むビール。

フィリピンスタイルで飲むときは、彼らのことと、
トナカイの缶詰を思い出す。

彼らは結婚して、その後アメリカへ行ってしまった。

そのうちに、ときどき来ていたポストカードやメールは途絶え、
そしてふたりは別れてしまった。
彼女はアメリカで再婚し、可愛い赤ちゃんができた。

彼にメールを送ったけれど戻ってきてしまい、
携帯電話もいつしか通じなくなってしまった。

でも、きっと彼のことだから元気にやっていると思う。

フィンランドでもアメリカでも日本でも、
まるで近所に出掛ける感じで、
どこかの街でビールを飲んでいたらいいなと思う。
ポケットにはクレジットカード。そういえば小銭も持っていなかったけ。

そしてある日「元気ですか?」とメールを送ってくれないかな。

サム、またいつか。
キミの嫌いな日本の夏に、フィリピンスタイルでビールを飲もうよ。











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