らくごはん(1)

「らくだ」お煮染め、にぎり飯

落語とごはんの話を書きたいと思う。
理由はどちらも好きだから。

一度、「恋女房とおでん」というタイトルで、
落語の「替わり目」という噺に出てくるおでんのことを書いたけれど、
ちょこちょこっと、今後も書いていけたらと思う。

落語に出てくる食べ物といえば、
そば、うどん、まんじゅう、豆腐、羊羹、うなぎ、おでん、鰯の塩焼き、
鯉のあらい、鯛のお刺身…。結構、今と変わらない食べ物も多い。
演者によって、食べるシーンや描写は異なって、
さらりと流すひともいれば、
身振りや音を交えて、
まさに目の前で食べているかのように演じるひともいる。

「らくだ」という落語がある。

乱暴者で大酒吞み。働いたことなどなく、
店の者を脅して、商品を勝手に取っていくは、
代金は払わないわで、長屋でも町内でも嫌われ者。
家賃も払ったことなどない。そんな男のあだ名が「らくだ」。
ある日、その兄貴分にあたる丁の目半次という男が、
らくだを訪ねてくるのだが、声をかけても返事はなく、
戸を開けると、らくだが死んでいる。
どうも、ふぐの肝を食べて死んだらしい。
さて、弔いの真似事でもしてやろうかと思うが、
この兄貴分も金はない。そこに運悪く通りかかったくず屋を巻き込んで、
長屋や町内の連中から香典を集めて、弔いを行うという計画を練る。
葬式のごちそうを用意しろという半次に対し、
そんなものを用意する義理はないと突っぱねる大家。
それじゃあと、らくだの死体を担いでいって
「かんかんのう」を踊らせて大家夫婦を脅す。
その後、仕事に行きたいから解放してくれと頼むくず屋に、
無理矢理に酒を吞ませるのだが、
このくず屋がたいそう酒癖が悪いからみ酒で、
吞むほどに半次とくず屋の関係が逆転し…と、話はどんどん転がっていく。

もともとは上方の噺で、笑福亭鶴瓶の師匠にあたる笑福亭松鶴が
得意とした噺とされている。
残念ながら松鶴師匠の「らくだ」を聴く機会はなかったけれど、
鶴瓶師匠の「らくだ」は何回か聴いたことがある。
ドスの効いた低い声で語る半次は、かなり怖く、
なかなか帰してもらえない、くず屋の災難に心から同情してしまう。
力のある人間が、力のない人間をいたぶる。
怯えているのはわかっているからこそ、
さらに、からかい、いたぶるという構図は、現代の世の中でもあって、
だからこそ、まるで自分がくず屋になったように怯えてしまう。
あの陽気な鶴瓶師匠の別な一面。
人間の怖さ、弱さ、そして情けないゆえの面白さを巧みに演じていた。

さて、前置きが長くなってしまったけれど、
「らくだ」に出てくる食べ物といえば、らくだを死に至らしめた
「ふぐ」もあるけれど、なんといっても印象に残るのは
大家が用意した葬式のためのごちそうだ。
半次が脅してリクエストしたのは、お煮しめとにぎり飯。

「いい酒三升、煮しめをはんぺん、
蒟蒻、蓮根を大きな皿に盛って二杯ほど、
それから腹が減るといけないから握り飯を三升もってこい」

言い回しは演者によって異なるが、辛めの味付けでと大家に命じていて、
それが、いかにも白いにぎり飯に合いそうなのだ。
お葬式の食事を美味しそうと思うのは、
いささか不謹慎かもしれないけれど、
怖い雰囲気の噺の前半部分において、
この食事の場面になると「美味しそう」という気持ちが湧き上がってきて
暗いトーンに色が差すように感じる。

落語は想像の演芸だから、自分の頭に浮かぶものは、自分しか見えない。
関西のお葬式の作法がわからないので、本式とは違うかもしれないけれど、
三角のはんぺん、ねじった蒟蒻、花形に切った蓮根のお煮しめが、
たくさん入っている大鉢と、
塩だけで三角にむすんだ白いにぎり飯を想像する。
きっと海苔はついていない。黒ごまぐらいは振ってあるかなとも思う。

この噺を聴くときは、
いつもこの場面がくるたびに「美味しそうだな」と思い、
こんなごちそうで、お酒を吞んでいる兄貴分の半次とくず屋が
羨ましく思えたりするのだ。




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