らくごはん(3)

「王子の狐」天ぷら、刺身、玉子焼き、油揚げ、ぼたもち

今も北区・王子にある王子稲荷は、
人を化かす狐がいることで、昔から有名だったらしい。
参詣に訪れた男が、たまたま狐が若い女に化けるのも見てしまう。
周囲にひとはいなく、男は狐を化かされた振りをして、
反対に狐を騙してやれと考える。
「お玉ちゃん」とまるで旧知の仲のように声をかけると、
化かす気満々の狐も「あら、お久しぶり」と乗ってきて、
ふたり(ひとりと一匹)は、近くの料理屋「扇屋」へと上がる。

さて、ここで注文する料理は、女が油揚げではなく天ぷら。
そして男は刺身で酒を吞む。差しつ差されつ吞んでいるうちに、
女は酔いつぶれて寝てしまう。
男はこれ幸いと「勘定は女が払う」と言い、
お土産を包ませて帰ってしまう。
店の者に起こされ「勘定はそちらで」と言われた女は、
驚きのあまり尻尾を出してしまう。狐だとばれて、
店の者に散々追い回されたが、
這々の体でなんとか逃げることができた。
そこに、ちょうど店の主人が帰ってきて騒動を聞きつける。
狐を追い回して、叩いたり乱暴をしたことを知ると
「なんてことを。うちが商売できるのはお稲荷さまのおかげだよ」と、
店の者を叱り、狐の好物である油揚げをたくさん用意し、
店を閉めて王子稲荷にお詫びに行く。

騙した男は友人のところにお土産を持っていき、ことの顛末を話すと、
友人は「お稲荷さんのお遣い姫になんてぇことするんだ。狐に恨まれるぞ」と言い、お土産を返し、謝ったほうがいいと男を追い返す。
すっかり怯えた男は、翌日王子稲荷に行き、狐の穴を探して、
昨日の狐の子狐たちに「悪いことをした、すまねぇ。これでも食べてくれ」と土産に買ったぼたもちを渡す。

と、たくさんの食べ物が出てくる噺ではあるのだけれど、
大好きな金原亭馬生師匠も、その弟の志ん朝師匠も、
意外にさらっと語っていて、そんなに細かく描写はしていない。
そうなると、頭の中で料理屋の二階の風景を勝手に思い浮かべる。
天ぷらはなんだろうか? ちゃんとした料理屋だとやっぱり魚や
海老、野菜をひとつずつ揚げたものだろうか? それともかき揚げ?
お刺身はきっと白身だろうなぁ。お酒ときっと合うよな…などなど。

そして折り詰めのお土産。
この噺に出てくる扇屋は、
今も王子神社(王子稲荷神社ではなく)の近くにあり
「厚焼き玉子」が名物として、人気がある。
志ん朝師匠の「王子の狐」を聴くと、
男から包んでもらったお土産をもらった友人が
「あそこは玉子焼きがうまいんだよな」と言っている。

黄色くてふっくらとした厚焼き玉子。
砂糖が入った昔ながらの甘くてやさしい味。
玉子焼きは、いつだって気持ちをワクワクさせる。
もらった友人は狐のたたりを恐れて突っ返してしまうが、
わたしなら、それはそれ、これはこれと、
ちょっとつまんでしまうかもと思う。

「王子の狐」といえば「扇屋の玉子焼き」というくらい有名なのだけれど、
それはやっぱり、王子と玉子という字が似ているから、
連想しやすい? とずっと思っている。
そして「王子」という文字を見たり、聴いたりするだけで、
わたしの頭の中は明るい黄色が広がり、
甘い玉子焼きの味でいっぱいになってしまうのだ。





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