カレーライス。
わたしは3歳だった。
季節はいつだろう?
トラックの荷台に乗っていても寒くなかったのだから、
過ごしやすい初夏や秋だったのかもしれない。
いちばん古い記憶は、引っ越しの日のこと。
わたしはトラックの荷台に乗って、お昼に食べるカレーの鍋を抱えていた。
もちろん子どもだったのだから、抱えるというよりも、見守っている、
ただそばに座っていただけだろうけれど。
その使命を与えられたことが嬉しかったのだと思う。
生まれたときから、3歳のその日まで住んでいたのは
大きな神社の裏手にある木造の借家で、
湿っぽかったことだけを、なんとなく覚えている。
クローバーの畑、木の扉、砂利道、庭のブランコ、
板張りの床、大きなキューピーの人形、
神社の境内の階段の上から見た花火大会…。
それらは自分の記憶なのか、それともアルバムを見たり、
両親や兄姉から聞いたことが、自分の記憶になっているのか。
古い写真のようなモノクロームの断片。
でも、引っ越しの日にカレーの鍋を抱えていた記憶だけは
はっきりとカラーになる。
新しい家は同じ市内にあって、車で15分くらいの距離。
白いコンクリートの箱を2個重ねたような家。芝生の庭。
父親が「実のなる木を植えよう」と梨や栗、茱萸の木を植えた。
小さいながらも葡萄棚もあった。
葡萄はそのまま食べるとすっぱかったけれど、
ジャムにすると美味しかった。
花は薔薇、つつじ、藤、紫陽花、椿など。
紫蘇も植わっていて、夏の日のお昼は、
そうめんを茹でる前に摘んできて、刻んで薬味にした。
山を切り崩した坂道の新興住宅地で、我が家が引っ越してきたときは、
まだ、空き地がいっぱいあった。
そこにもクローバーがいっぱい生えていた。
アカツメクサ、シロツメクサ。夏は月見草、秋にはすすき。
家の敷地の道路に面していない側は竹藪で、崖になっていた。
引っ越した日に姉が「なにか動物を見た」と言った。
その動物が何かはわからなかったけれど、リスや狸はやってきた。
カレーライスと始まった新しい暮らし。
ただ、残念なことに食べた記憶はぽっかりとない。
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