餃子を包む。

数年前、出張で上海へ行った。

初めての中国。
上海の街は古い町並みと近代的な高層ビルが混在となり、
道は渋滞し、車やバイクはルール無視で走り抜けていき、
中国語は怒鳴ってケンカしているようにしか聞こえない。
宿泊していた高層ホテルから見る景色は、
スモッグなのか、グレーの霧の中に包まれていて
全体を見渡すことはできず、
数日間の滞在では、街のスケール感がまったくつかめなかった。

仕事が終わり、1日だけフリーの日があり、
上海在住のコーディネーターのひとが車で郊外に連れていってくれた。
町の名前も忘れてしまったけれど、川沿いにひらけた古い町で、
ガイドブックで見る、水の都と呼ばれる蘇州や杭州の風景によく似ていた。

小さな船に乗って川から町を眺め、川に面した食堂で食事をした。
食堂の二階の席からは、グレーと緑が混じったような色をした
川が見下ろせ、柳の葉が風に揺れる。
観光客向けだと思うが、
二胡が奏でるいかにも中国らしい音色の音楽が流れていた。
川の対岸に目をやると、椅子に座るおじいさんと、
その周りで遊ぶちいさな子ども。
まるで映画のワンシーンようでもあり、
初めて見る風景なはずなのに懐かしいようにも感じる。

わたしは妄想する。
まるでその時間を生きてきたかのように。

川沿いの小さな家。風が吹くと乾いた土埃が舞う。
家の外には長方形のテーブル。黒い鉄製の脚。
メラミンの天板には、花模様のビニールクロスがかかっている。
テーブルの真ん中には、やはり花模様の入った
ホーローの洗面器があり、周囲は白い粉で汚れている。
洗面器にはひき肉と細かく刻んだ野菜を混ぜた餃子の餡。
山盛りになったそれに、銀色のスプーンがささっている。
そのそばに白く柔らかそうな生地のかたまりがあり、
丸いプラスチックのトレーには包まれた餃子が並んでいる。

こねた生地を片手で小さくちぎり、軽く丸めてから木の麺棒で、
円形に伸ばす。スプーンで餡をすくい、皮の真ん中に置き
ひだを作って包み、トレーに置く。
その作業を何も考えることなく続ける。
テーブルの傍らには円筒形のストーブがあり、
銀色のアルミの両手鍋がかけてある。
たっぷりのお湯がはられ、ぐつぐつと煮え湯気が立っている。

足元に痩せた白い犬が尻尾も巻き込むように丸まって寝ている。
近くの木の枝には、もう10年以上使っている黒いラジオ。
アンテナを伸ばしたところで感度は悪く、雑音混じりの音楽が流れる。

作業する手を止め、丸まった背を伸ばし立ち上がる。
ストーブの上の鍋を一度おろし、テーブルの上の鍋敷きの上に置く。
かわりにやかんをのせ、お湯が沸くのを待つ。
茶葉の入った厚手のガラスコップ。
お湯を足すのは、もう何度目だろうか。
茶葉はすっかり開いている。

それは誰かの人生でもあり、
わたしの人生だったかもしれない日常の風景。

旅が見せる一瞬の夢。



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