かき氷三景

明治屋の赤いシロップ

夏休み。午後三時。おやつの時間。
母親が手回しのかき氷機を出してダイニングテーブルに乗せる。
アルミの容器で凍らせた、円柱の氷を挟み、
ハンドルをぐるぐると回すと、
しゃっ、しゃっという音とともに白い氷が落ちてくる。
日焼けした肌の子どもたちは椅子に膝立ちになり、
白いレース模様のビニールクロスを敷いたテーブルに身を乗り出し、
かき氷機の下のセットされたガラスの器をくるくる回す。
イメージは雪を抱く富士山やエベレスト。
先がとんがった三角の山になるように、器を回す。
上にかけるのは、明治屋のいちご味のシロップ。
白い雪のような氷を、
赤いシロップが押しつぶすように溶かす。
せっかく三角に盛ったのに…とちょっと残念な気持ち。
椅子から脚をおろして、座り直す。
元気よく「いただきま〜す」と手と声を合わせる。
しゃくっ。
スプーンが氷の山をくずす。
口の中に冷たさと、いちごのシロップの甘さが広がる。
全部食べ終わる頃にはじ〜んと身体も冷えている。
開け放った窓から風が入ってきて、レースのカーテンを揺らす。
「ねぇねぇ、赤い?」
舌をべぇ〜っと出して、子どもたちはけたけたと笑う。


とらやのあんず氷

日曜日、夏の午後、散歩がてら赤坂へ。
明日からちょっと東京を離れ、ひとに会いにいく。
東京らしいお土産をと思い、羊羹を買いに来た。
愛らしい女性の店員さんが、ていねいに対応してくれる。
ついこちらも、上品な奥様風を気取って、言葉遣いも変わる。
「じゃあ、こちらをいただこうかしら」
足元はビーサンなのに。
買い物が無事すむと、そのまま地下の喫茶室へ降りていく。
心はもう決めているのだけれど、でも…と思いメニューを眺める。
あんみつもいいかな…いやいや、葛切りもいいかなぁ。
と、ちょっと迷うけれど、やっぱりと思い直して
「あんず氷の小さいのを。あんずと白玉追加で」といつものパターン。
かき氷は夏だけだし、それにあんず氷は赤坂の本店だけの限定メニュー。
上の店舗と同じく、きちんと教育された、
ていねいな店員さんが、
干しあんずとあんずのピューレがのった氷を運んでくる。
小サイズでも十分な大きさ。
口の中でしゅっと溶ける繊細な氷。
アマレットのやわらかな風味。あんずの甘酸っぱさ。
ていねいな味だと思う。
このお店はすべてが、ていねいさによって作り出されている。
最後にとっておきにしておいた白玉を食べる。
すっかり冷たくなっているが、もちっとした食感に、
幸せな気持ちが高まる。
お店を出ると、少し陽は傾いているけれど、まだまだ日射しは強い。
冷房と氷ですっかり冷えた身体が、
じんわりと夏の空気で戻されていく。
日曜日の赤坂界隈は人も少なく静か。
立ち止まれば蝉の鳴く声が聞こえる。
青山通りの坂を上る。
顔を上げると、高速道路の上に青い空が広がっている。


土佐久礼のかき氷とところてん

夏の終わりに友人と高知を旅した。
土佐久礼という町に小さな市場があると知り、
電車に乗って足を伸ばした。
山間の濃い緑の中を電車が走る。
時間はお昼ちょっと前。
小さな駅から少し歩くと、木造、瓦屋根のどこか懐かしいような
風景になり、その一角に市場もあった。
細い通路の両脇にはお魚屋さんを中心に、野菜や果物を扱う店が並び、
わくわくする気持ちが抑えられない。
ここは鰹の町。お魚屋さんで柵の鰹と、
お店のひとがすすめる魚を買い、
通路を挟んだ前のお店で調理して出してもらう。
鰹のお刺身と、煮魚。
新鮮な魚はおいしく、ごはんもついついすすむ。
食後はふらりとあてもなく歩き、海に出る。
空がどんよりと曇ってきて、雨が降りそうな天気に変わった。
海には人気がなく、少し寂しい雰囲気だった。
そして雨が降ってきた。
海も空もグレーで、濡れた空気が重い。
小雨だったので、そんなには気にはならなかったけれど、
ゆっくりと歩きながら市場のほうへ戻った。
そして、みつけた古い感じのお菓子屋さんに入る。
かき氷とところ天をやっているらしい。
店先に古いかき氷機と自家製らしいシロップの瓶が並ぶ。
店の奥には定食屋さんのように、テーブルと椅子があり、
そこで食べることができる。
かき氷のいちごとところ天を友人と分け合って食べる。
少し厚手のカット模様が入ったガラスの器。
盛りもほどよく、しゃくしゃくとした氷の食感と、
赤いシロップの甘さを味わう。
ところ天は酢醤油ではなくかつお出汁というのが、
いかにも高知っぽい。
時間はゆっくりと過ぎて、ガラスの器だけがテーブルに残る。
溶けた氷で薄まったシロップの赤い色。残った出汁。
テーブルについた器の濡れた丸い跡。
電車の時間を確認にして店を出る。
海と市場と小さなお菓子屋さんがある町。
また、いつか来ることはあるのだろうか? と思う。







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