おいなりさん裏バージョン。

何人かで集まって食べ物の話をしていると、

同じ食べ物でも「我が家ではこうだった」「うちの地方はこういう味」

というような話になることがある。

今はネットによって、その土地に住むひとの話もすぐに聞くことがでるし、

宅配便で簡単に取り寄せができるので、

独自の食文化について知る機会も増えていると思う。

地方なりの特色が出ている食べ物といえば、やっぱりお雑煮。

おすまし、白味噌、丸餅、四角い焼き餅、具もいろいろ。

我が家は両親がふたりとも東京出身だからか、

かつおと昆布でとったおだしに、三つ葉、椎茸、なると、ゆずの皮ひとかけ

そして四角いお餅というシンプルなもの。

鶏のささみが入ったときがあったかもしれない。

そういえば「なると」って普段の料理にはほとんど出てこない。

我が家でなるとを食べるのは、このお正月のお雑煮だけ。

薄く切ったなるとが1枚。

「一生のうち、1本分のなるとを食べ切ることはあるのか」と、

毎年、お正月がくるたびにしみじみと思う。

柳家喬太郎さんの「ほんとうのこというと」という落語には

「生のなるとを食べるのが好き」という女性が出てくる。

恋人に家族を紹介された彼女が

「ほんとうのこというとね…」と次々と驚く嗜好や性癖を告白し、

人の良い恋人の家族が巻き込まれていく噺だ。

生のなるとをかじる…。

この噺を聴くと、そんなこと考えたことなかったぁと思う。

食べ物には誰が決めたわけでもないけれど、

適正な厚みルールが存在する。

なるとしかり。羊羹しかり。カステラしかり。

実は羊羹とカステラは、ひと棹丸かじりしたことがある。

でも、たぶんもうしない。

適正厚みルールを破ると、そんなに美味しく思えないのはなぜだろう?

話を戻す。

小さい頃は「我が家の味」が常識だから、

友人の家でごはんをごちそうになったり、

またはお弁当を見たときに、「わ、うちと違う」と驚くことがある。

例えば「きゅうりのお味噌汁」。

自分の中ではきゅうりはサラダやお漬け物など、

どちらかといえば、生に近い状態で食べるものだったから、

友人の家できゅうりのお味噌汁が出されたときは、かなりびっくりした。

今なら、冷汁などの料理も知っているし、

「それもあるか」と思えるけれど。

我が家のごはんで、他の家と違うと思うのは、おいなりさん。

まず大きさが違う。とにかく大きい。

いや、大きいというよりも”でかい”という表現が正しい気がする。

(ちなみに、我が家はおはぎもかなり大きい)

油揚げの袋がはち切れんばかりに、パンパンにごはんが詰まっていて、

ずしっと重みがある。

そのごはんも白い寿司飯ではなく、ちらし寿司。

甘辛く煮しめた、椎茸、にんじん、かんぴょう、

酢でさらした薄切りのれんこん、

それに白ごまを混ぜ合わせた寿司飯がたっぷりと入っている。

そして、袋になる油揚げは、裏返して使う。

きつね色の面ではなく、白いぼあぼあっとしたほうが表になる。

なぜ、母親がその流儀で作っていたかは、聞いたことがない。

でも、小さい頃から、おいなりさんといえばそれだった。

少しずつ行動範囲が広がり、

他の家のおいなりさんや、お寿司屋さんで売っている、

きつね色の細身のおいなりさんを見て

「うちのはとは違う。もしかしてこっちが正しいの?」と思うに至る。

その、でかおいなりさんは、普段の食卓にのぼるというよりも、

運動会や遠足、海水浴など、イベントのときのメニュー。

おかずには鶏の唐揚げ、甘い卵焼き、にんじんとごぼうのきんぴら、

パン粉をつけて揚げたじゃがいものフライ、ほうれん草のおひたし、

楊枝に刺した厚く切ったハムとパイナップル。

そしてフルーツにはうさぎのりんご。

お決まりだけれど、わくわくする、ハレの日ごはん。

大きく口を開けて、おいなりさんをむぐぅっとほうばれば、

じゅわっと甘い煮汁がしみだし、ごはんに混じり合う。

1個食べ終わると、手も口のまわりもベタベタになるもご愛敬。

いまは、お店でもいろいろな具が入った

おいなりさんをみかけることも多くなっているけれど、

やっぱり我が家のおいなりさんは、ちょっとスペシャルだなと思う。

いつか天気のいい日に、

お重の一段目には、たくさんのおかず、

二段目にはあのおいなりさんを詰めて、

のんびりピクニックでもしてみたい。



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