ハッピー・ナシチャンプル

お昼を少し回った時間。
真っ青な空。太陽の位置はまだまだ高く、強い光が肌を焦がす。
わたしたちは街からはずいぶん離れた、
静かな山の中にある屋敷を訪れていた。
そこには、カナダ人の建築家と日本人の奥様が暮らしていた。

上品で物静かな雰囲気の奥様に、庭を案内してもらっていると
門の外を男性が、自転車を引いて歩いてくるのが見えた。
この島のひとにありがちな、
タンクトップに半ズボン、ビーサンのスタイル。

「あ、ちょっと待っていてください」と言うと、
話をしていた奥様が、男性を現地の言葉で呼び止める。
一度屋敷に戻ってから、再び庭に出て、
足早に門を抜ける。何かを買っている。
お金を払って、何かビニール袋に入ったものを持って、
こちらに戻ってくる。
金魚すくいの袋のように、
ぐるぐるっとひねったビニール袋の中には、
ごはんと何か炒めた野菜や豆っぽいものなど、
とにかくごちゃっと入っていた。とてもきれいとは言えない。

「お昼ごはん。ナシチャンプル」と奥様が笑う。
ナシチャンプルはこの島のソウフルフードと言えるごはん。
炒めたり、煮込んだ、野菜や肉、魚などの何種類かのおかずと、
ごはんがワンプレートに乗っているもので、大衆的な食堂には、
必ずあるメニューだ。プレートの上でおかずとごはんが、
ごちゃまぜになっていくのが、また美味しい。
それは、前日の残りのお味噌汁や煮物を、
ごはんにかけて食べる感覚に近い”美味しさ”。

「食べたことはある?」
「はい、以前に町の食堂で。売りにくるんですね」
「この辺りはお店もあまりないし、よく利用しているの」
「ビニール袋なんですね」
「そう。でも、混ぜて食べるし同じでしょ」と微笑む。

プールや、ガラス張りのテラスがある屋敷に住む奥様らしからぬ、
その大らかさに、こちらも一緒に笑ってしまう。

「そうですね。たしかに」
「食べてみますか?」
「よろしいのですか?」
「ぜひ。ちょっと待っててね」

奥様は、また屋敷の中へ入っていく。
しばらくすると、そのひとはトレイにお茶が入ったガラスのコップと、
銀色のスプーンをのせて戻ってきた。

「ここに座りましょうか」
木陰に面した庭石にふたり並んで座る。

高台にあるその家の庭から、
段々になった田んぼの風景が広がっている。
その向こうには濃い緑の森が続いている。

「どうぞ」
スプーンが差し出される。
ナシチャンプルは、まだビニール袋に入ったままだ。
「すみません。でも、これ奥様のお昼ごはんですよね?」
「気にしないで。ほかにも食べるものはあるし」

「いただきます」

ビニール袋の口を開き、スプーンを差し入れる。
すでに中はおかずも白いごはんもごちゃまぜ状態になっている。
口の中には、肉やじゃがいもや青菜、豆…。
そして、いくつかのスパイスなどの味が広がる。
素材が何か、炒めてあるのか、煮ているのかも、
よくわからないけれど、とにかく美味しい。うん。

「美味しい?」
「はい。とっても」
「よかった」

庭の向こうから、別な場所を撮影していたカメラマン氏と
編集者がやってくる。
「なに、食べているんだよ」と編集者。
「い、いや、あははは。美味しそうだったんで」
「こちらのローカルフードなんですよ」と、
奥様が笑いながら助け船を出してくれる。

「食べてみますか?」と自分の使いかけながら、
スプーンを編集者に渡す。
彼はそれを受け取り、
私が持ったビニールの袋に差し入れ、ぱくっと口に運ぶ。
「あ、おいしい。おいしいですね。見た目はちょっとだけど」
同じように、カメラマン氏にスプーンを渡し、彼もスプーンで
ごはんとおかずをすくい食べる。
「うん、うまいね。うん。こういうのがうまいんだよな」
ビニール袋の中身は、あっという間になくなった。

本当に美味しいものってなんだろ?
その答えのひとつが、
あのビニール袋に入ったナシチャンプルだと思う。

特別なごはんでもなく、おかずでもない。
何を使って、どう調理しているかもわからない。
清潔かといえば微妙かもしれないし、
見た目だって美しくはない。
でも、ごちゃまぜの美味しさがある。

そのごちゃまぜには、奥様や編集者、カメラマンの笑顔、
青い空や緑の森や棚田の風景、強い夏の陽射しも含まれる。

ごちゃまぜの美味しさ。
ごちゃまぜの幸福。

南の島のおいしい想い出。






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