心臓が止まった日

大切な人が2人、目の前で心臓発作を起こした。
一人は、実の父だった。

心臓が止まるとは、電気のブレーカーが落ちるのに近いようだ。失禁をして、手足は固まり、だんだんと血の気がなくなっていく。

奇しくも、2度、一番近くにいた。
2回とも私は救急車を手配した。

「救急車をお願いします。70代男性、急に倒れました。意識はありません。失禁していて、体も硬直している気がします。」


倒れてから1分以内に、119を押せた自分を褒めたい。
冷静に、端的に。状況の説明と、患者の対処を行なった。

心臓発作は時間の問題らしい。
止まってから何分で心臓マッサージができたかが、命と障害度合いに直結する。

『倒れたご本人に近づけますか?脈をみてください。脈がない?周りにいる人の中で一番力のある人に心臓マッサージを担当してもらってください。乳首と乳首の間です。両手を重ねて、押さえます。胸が上下にしっかり沈むほど強く。ペースは1、2、1、2、、、、続けて。1、2、1、2、、、』

幸いにも、救急隊員の適切な指示と、旦那が職場の救急医療の訓練を3回もまじめに受けていたおかげで、正しい心臓マッサージができ、2人も障害もなく元気に戻った。日本では、これを”奇跡”と呼ぶらしい。


自分の目の前で、命の灯火が消えていく。
そのときの私には、命が形として見えていた気がする。
ただがむしゃらにこちらの世界に戻すように声をかけ、救急隊員と冷静に会話を続けながら、ただただ、必死に、命を体に戻した。


これが、2023年11月と2024年2月の出来事だ。
急にフラッシュバックする緊迫感と隣り合わせに、家族と会社、大切なものを守ることに必死な3ヶ月だった。よくがんばった。

倒れた2人は無事手術が成功し、安堵の日々を過ごしている。

最後は緊急手術だった。
何故かわからないけれど、口出したら父が死んでしまう気がして、このことは誰にも言わなかった。今日お見舞いに行くと、500g体重が増えたことを嬉しそうに話す父を見て、やっと一連の出来事に「。」を打てた気がして、公開を決めた。

生きている人は体が温かい。その温もりを感じられる何気ない日常こそ、”奇跡”だと思って、今日も生きたい。

対外的な発信はポシディブな事をメインにすることが多いが、人間だもの。色んなことがある。それでもどんな日常でも、その「尊い時間」を大切に過ごそう。


今日が来ることは、”奇跡”なんだから。

一緒に社会問題をおいしく解決しましょう!