「花海姉妹」 学園アイドルマスター・SS

※こちらは非公式サイドストーリーです
※学園アイドルマスター「花海咲季」「花海佑芽」の信愛度ストーリーのネタバレを一部含む為ご注意ください。


 神童。それが彼女の幼少期だったという。何をやらせても成績は常にトップクラス。「ほぼ」すべての科目においてトップをとり、入学式の新入生挨拶を務めた、今年の初星学園の主席合格者。次期プリマステラ最有力候補とされるアイドル科の一年生、花海咲季。それが私の担当アイドルだ。

「お前の担当アイドル、前期試験トップだったそうじゃないか。すごいよな」
 
 トイレから帰って来るや否や、目の前の男は、マヨネーズをたっぷりつけた唐揚げを頬張り、それをすかさずハイボールで流し込んだ。やっぱり唐揚げにはハイボール一択だよな、などといっている。アイドルのライブを見ることと飯を食うことに命をかけて生きているような奴である。
 彼は私と同じ、初星学園プロデュース科の同期であり、花海咲季の妹、花海佑芽のプロデューサーである。彼とは腐れ縁で、なぜか小中高と同じ学校、同じクラスであった。仲が特別良かったというわけではないが、互いに存在を認知しており、互いにアイドルが好きであるということは知っていた。

「佑芽さんも入学したときと比べると、着実に実力がついてきているようですね。うかうかしていると、咲季さんはあっという間に抜かれてしまうかもしれません」

 これは本心だった。少し前、彼に花海佑芽のプロデュース記録を見せてもらったことがある。本来なら、他の担当アイドルのプロデュース記録は個人情報を含むケースがあるため、他人に見せることは厳禁である。しかし今回は、互いの担当アイドル同士が姉妹であること、互いの存在が本人たちの成長にプラスに働いていることなどから特別に見せ合うこととなった。
 花海佑芽を一言で表すなら「のろまな天才」である。 彼女のアイドルとしての基礎能力は姉の花海咲季と同等かそれ以上である。ただ、その基礎能力をまだ使いこなせていない。それが何故なのかは分からないが、ポテンシャルだけを見ると必ず咲季に勝つだろう。

「そうなるといいんだけどな」

 そんなポテンシャルの塊の、担当プロデューサーはぼやいた。

「あいつの、花海佑芽の最大の壁は姉の花海咲季なんだよ。生まれた時から今に至るまで、佑芽は一度も姉に勝てたことがない。いや、正確には”間に合わなかった”」

 姉の咲季は非常に要領が良く、どんなことでも直ぐに吸収しこなしてしまうため成長がとても速かった。対して、佑芽は要領が悪く成長が遅い。長く続ければ、佑芽が勝つ可能性が高いが、佑芽が成長しきる前に咲季がその分野トップを獲り、競技を変えてしまう。だから一度も勝てていないのだという。

「だから佑芽はまだ、姉の咲季に勝つイメージができていない。そして、勝った先のイメージも出来ていない」
「勝った先のイメージ…」
「佑芽にとって咲季は 『無敵のお姉ちゃん』なんだよ。だから、勝つことで佑芽の中での『無敵のお姉ちゃん』像が崩れてしまうのが怖いのかもな。それが枷になってる」
「彼女も同じですね」

 私も彼と同じことを感じていた。

「咲季さんにとっても、自分は佑芽さんの『無敵のお姉ちゃん』なんですよ。だから絶対、妹だけには負けられない。そう思っているようです。まぁ、元々の負けず嫌いな性格もあると思いますが」

 私は水滴が滴る泡の消えてしまったビールをぐいっと飲み干した。

「だけど、それが枷かどうかは本人たち次第です」

 花海姉妹は互いが互いを信頼しあっている。姉はどんなに引き離したとしても妹が必ずついてくると。妹はどんなに頑張っても上には姉がいると。だからこそ互いに足を止めない。

「それに咲季さんは世界一を目指すそうですよ」

 私は彼の目を見ながら言った。
 花海咲季はこれまで、アスリートの世界で活躍してきたものの、世界一は取れなかった。だが今回、アイドルの世界で世界一を目指すと宣言している。世界一を目指すのは、そう容易いことではない。姉の背中を追う花海佑芽といつか肩を並べる日が来ることだろう。

「ははっ! そうか。それならまずは、プリマステラからだな」

 彼は笑った。彼は少し迷っていたのだろう。花海佑芽が姉に勝つことが、本当に彼女にとってプラスなことなのかどうかについて。
 だが、この問答を通じて吹っ切れたようだ。彼に迷いは似合わない。なにせ、直感で補欠合格かつ学年最下位の花海佑芽をスカウトし、その翌日にはプロデュースプラン作成のため、名古屋にある花海家まで行った男である。
 それに彼は初星学園プロデュース科の首席なのだ。私のようにプロデュース科の落ちこぼれとはわけが違う。

「さて、明日もあるしそろそろ出るか」

 伝票を探すと、会計は済ませたと彼が言った。先ほどトイレに行った時だろう。言動や所作は粗雑なのに、スマートなことをやってのけるところが気に食わない。
 駅で別れる際、彼は去り際に行った。

「次の選考会、咲季も連れて見に来いよ。佑芽の成長した姿を見せてやるからさ」

 おそらく彼の中では、既に次のプランが組みあがっているのだろう。私は時間があればと言って、改札を通り抜けた。
 今日からプリマステラを取るまで、胃の痛くなる日々になると、覚悟を決めて帰路についた。


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