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若ヒ同Sampler Vol.1「全員銀河」全曲解説

どうも。
若手芸人HIPHOP同好会のビートメイカーで作家のなんぶです。
今回、若手芸人HIPHOP同好会でアルバムを出すことになりまして、是非聞いてほしい&聞いてくれた人がさらに楽しんでいただけるように、手前味噌で大変恥ずかしいのですが、アルバムに収録されている楽曲を解説しようと思います。

だって、めちゃくちゃ頑張ったから!
全部ちゃんと汲み取って欲しいから!
せっかくアルバム出すんだから、100%楽しんでほしくて!
聞いてから読むでも、読んでから聞くでもいいので!
ていうか、正直長いし、読むのダルいだろうし、読まなくてもいい!
アルバム聞いてくれたらそれでいい!
よろしくお願いします。


Intro -明転飛び出し-

アルバム全体のイントロですね。
アルバムってのはまれに、曲ではなくこういうイントロというか、助走みたいな謎の短いトラックが頭に入ることがあります。
好きなんですよねー、期待感が高まる感じで。
我々は毎月、阿佐ヶ谷Loft Aで「若手芸人HIPHOP同好会」というトークライブをやっておりまして、そのライブのはじまりみたいな感じです。
いつものトークライブでは、THE INCREDIBLE BONGO BANDのApache(ヒップホップの国家と呼ばれているメチャクチャ有名な曲です)をオープニングに流しているのですが、まさかそのまま収録するわけにもいかないので、イントロ用のトラックを作り、トークライブの最中にお客様にお願いして収録させてもらいました。
「今からアルバムのイントロを録音します!ビートを流すので、メチャクチャ盛り上がって下さい!」というムチャブリに答えて下さった当日のお客様に感謝です。

アピールタイム

若手芸人HIPHOP同好会として作った最初の楽曲にして、代表曲です。
YouTubeに上がってるMVは6人でラップしてますが、今回新たに、めぞん吉野とガクヅケ木田のバースを新録して入れ込みました。
これが完全版、アピールタイムver2.0です。
僕は当初から、ゆくゆくは8MCが全員集合する曲にしたいと思っており、YouTubeに上げている方は概要欄にver1.9と書いています。
誰にも「1.9ってなんすか?」みたいなことを言われませんでしたが、ぼくはそういう気付かれないこだわりみたいなのが好きで、非常にコスパが悪い生き方を自認しています。金くれ。

MC陣には、「とにかくどんな手段を使ってでも良いから盛り上がるようなバースで、自己紹介的な内容でお願いします」と伝え、レファレンスとしてMUROの「Chain Reaction」と、stillichimiyaの「やべ〜勢いですげー盛り上がる」を参考にしてもらいました。

とはいえ、集まってるのは「芸人」と「ヒップホップが好き」という共通点しかない、スタイルも、好きなヒップホップも、思想も、てんでバラバラなメンバー。
でも、そのまとまりの無い個性が束になってる感じが、この曲のいい意味での幅になってるかな、と勝手に思っています。
本当に、ポイントとか、King Boyとか、溝上たんぼとか、マジで普通に生きてたら交わりようがない種類の人間じゃないですか?同じ空間にいる時点で奇跡だと思います。お互いの違いを認めあって、リスペクトしあって、それでも自分自身のスタンスは1mmも譲らない。お笑いって、ヒップホップって、マジで素敵ですね。

ビートは超正統派ブーンバップ、ド直球です。
また、それぞれのバースの内容に対応した効果音をもりもりに盛り込んでますが、これは雷家族の「Death Disco」という楽曲に影響を受けています。

TEKKEN TEKKEN TEKKEN TEKKEN

オッパショ石の楽曲です。
2人のラップスキルと2MCならではの細やかでラフで野蛮なマイクパスが魅力です。
オッパショ石は、漫才師としても2MCとしても最高なので、僕も今世で善徳を積み、来世ではオッパショ石になりたいです。
テーマはゲームの鉄拳3と、超狭くてマニアック、ナード、サイケ、カオス
僕は格ゲーには明るくないのですが、鉄拳ワードがこれでもかと詰め込まれており、リリックを解読したら普通に全クリしたくらいの情報量を得られます(多分)

工夫としては、2人が順番にそれぞれのバースを歌っているというよりは、2人が塊になって1曲を駆け抜けてるように聞こえたら良いなーと思い、ラップのかぶせ(韻やパンチラインに声を重ねて厚みを出すやつ)で、広田のバースは蒲谷がかぶせ、蒲谷のバースは広田がかぶせ、時には完全にユニゾンし、それぞれのバースの境目が曖昧に聞こえるようにしています。
2人の声質が対照的なので、混ざってもお互いの声が埋もれずに浮き出てくるんですよね。掛け合いがかぶっても両方聞こえるというのは、漫才でも楽曲でも本当に強い武器です。
こういう、生まれつきの声質に恵まれてる人のことを「良い楽器持ってる」と表現したりしますが、彼らはピアノとフルートのように、全然違うけど相性が良い二種類の楽器が揃ってるコンビです。いいなー

ビートは、Joey Valence & Braeというアメリカのヒップホップデュオの楽曲を大いに参考にしています。昔のオルタナティブヒップホップ(特にBeastie Boys)を現代風に解釈してやり直している、みたいな人たちですが、内容もノリもバカバカしくて最高で、MVの雰囲気もメチャクチャインスパイアされてます。
アタックを強めに弾いたピアノの音をリサンプリングして0.25倍速とかにしてベースラインにしていて、いわゆる普通のベースでもなく、サンプリングっぽいザラついた質感だけど、808のキックベースみたいに機能するような、へんてこな音色を目指しました。

PASSION

若手芸人HIPHOP同好会を発足する前に作った曲です。
Kingに頼まれて、アケガラス、ネイチャーバーガー、ピュートの3組によるお笑いライブで披露するために作った曲を、せっかくだから若手芸人HIPHOP同好会としてMV作っちゃえ、アルバムにも入れちゃえ、ということで収録することになりました。

ポイントはこの曲が人生初ラップでした。
3組のライブでKingと笹本しかラップしないのもなんだし、ついでにポイント(当時村田)もラップしとく~!?みたいなノリだったんじゃないかな?
そこはKingが決めたのでよく分かりませんが、多分そんな感じでしょう。
僕も、「え、村田もラップするの!?大丈夫!?」と驚いた覚えがあります。
元々の音楽的な教養が高いせいか、もしくは普段の生活でよっぽど溜まっていたものがあったのか、内容的にもフロウ的にも最初っからほとんどなんの手直しもせず、ほぼ一発OKでした。驚きました。
「あれ?この、笹本とKingに挟まれて、巻き込まれ事故みたいな感じでくっついてきたこいつ、ひょっとして原石なのか・・・?」と、非常にワクワクした記憶があります。

笹本のバースは、もう彼の真骨頂です。「ふざけてラップをやる」のではなく、「ラップを使ってふざける」ことができる稀有な存在だと思います。録音しながらずっと爆笑してました。
そしてKing。彼は徹頭徹尾ずっとKingです。格好つけてるのに寒くない、イヤじゃない、Kingだからしょうがない。そう思わせる天賦の華が備わっています。芸人なのに格好つけてもキモくないのって、本当に限られた才能なんですよ。

ビートは、ケルトやクレズマーっぽいフィドル(民族楽器で使用するヴァイオリンみたいなやつ)のループにカットアップした声ネタをまぶし、シンセノイズをパーカッシブに配置しました。
DJ MAYAKUさんのビートにだいぶインスパイアされたつもりですが、全然狙ったとおりにいかず、でも結果良い具合にオリジナルな質感のトラックになったかな、と思います。
このビートは評判いいです。

-No Title- 64Bars BPM=BPM+1

溝上たんぼのソロ曲です。
内容的には、たんぼなりのボースティング。芸人としてもラッパーとしても手を抜きませんよ、という意思表明になってます。

ビートは、読んで字のごとくBPM70からスタートして、徐々に1ずつ上がっていき、200で終わるという鬼畜仕様。真似できるもんならしてみろ。

BPMに応じて、ビートの組み方もDrillっぽく始まり、ブーンバップを通過して4つ打ちへ、その後キックを徐々にひずませ、最終的にはデトロイトテクノばりの攻撃的なビートに変貌していきます。
最初、このビートのアイディアを思いついたときは、
「これは面白い曲になるぞ~!」と、誰にラップしてもらうか一切想定しないままウキウキ気分で作り始め、次第に我に返り
「いや、こんな難しいビートに誰が乗れるんだ・・・?」と悩みましたが、ビートが出来上がる頃には「うん、たんぼしかいないな」となりました。

さすが芸人最強バトルMC。MCバトルは、その場で聞いたビートに即興で乗るための、対応力やフロウのデリバリーが必須の競技ですが、たんぼのビート対応力は、やはり半端じゃありませんでした。

ビートに合わせてラップの刻み方も6/8(いわゆる三連とか言われてるやつ)から、16分に移行します。
いわゆる専業ラッパーでも、このビートで64小節を走りきれる人はあんまりいないんじゃないかな、と思いますし、少なくとも僕はラップミュージックで似た曲を知りません。
あったら教えてください。

Tokyo Seagull

オッパショ石&King Boyの3人による楽曲です。
Seagullとはカモメの意味で、神奈川県の県鳥です。
オッパショ石は横須賀市、Kingは川崎市、今は東京を拠点に活動する神奈川県出身の三人をカモメに例えたタイトルです。

内容は、地元について。
ヒップホップの基本ですね。
蒲谷が腐ったゼリーを売っている変な駄菓子屋の微笑ましい話をしたかと思いきや、Kingはお巡りさんに持ち物検査されまくっていたちょいワルな思い出を語り、広田はドムドムバーガーの話題。この振れ幅。
僕は東京出身で神奈川県には詳しくないんですが、横須賀と川崎は、東京で例えると足立区と文京区くらいの差があるんでしょうか?
あと、よく聞くと蒲谷のバースの最後に、テンションがブチ上がって思わず叫んでるKingの声が入ってます。ノリノリでいいね。次からはやめてくれ。

ビートは自分的に、このアルバムの中でもトップクラスで気に入っています。
シタールで弾いたリフに、色々シンセを重ねて、都会的だけど異国情緒も少しあるような、怪しくて哀愁もあるけどカラッとしてる、ストレートに格好良いビートになったと思います。
Bonoboの「Black Sands」というアルバムを聞いて、ああいうしっかり隅々まで意識が行き渡って整理された、オリエンタルな質感のダウンテンポな上ネタに、今っぽいヒップホップなビートを合わせてみたらどうなるかなー、という自分なりの実験です。

Skit 泥酔サイファーその1

アルバムといえばスキット!!
唐突に楽曲の合間に挟み込まれる、短い曲とか、寸劇とか、そういうやつのことをスキットと言います。
これは、ある回のトークライブ終わり、お客さんがハケたあとにサイファーを行い、録音しました。トークライブ中では、飲める演者は普通に飲酒します。盛り上がって、笑って、アルコールも周り、頭ぐわんぐわんの状態で録ったので、メンバーからは
「恥ずい」
「スベってない?」
「飛ばして聞いて欲しい」
「頼むから別のスキットの案を思いついて下さい」
と大好評なので、是非皆さんも聞いて、「あーこいつらバカだなー」と笑ってくだされば幸いです。

EGO

これも、Passionと同じく、同好会の発足前につくった曲です。
アケガラスとめぞんの2マンライブで披露し、その後長らくほっとかれてたので、出来も良いし勿体無いからMV作ろうぜ、アルバムにも入れちゃおうぜ、ということになりました。
あと、アピールタイム1.9には吉野が参加していなかったので、早めに吉野が参加してる曲をYouTubeに公開したいなー、という思いもありました。

テーマはそのままエゴ。
芸人として、表現者としてのエゴイスティックな傲慢さ。
普段から丸出しにするのも違うけど、持ってないといけないものでもあります。
それをあえて全面に出してみよう、という曲です。
逆に言えば、「自分の好きなことに忠実に、やりたいことをやって生きる」ということに対する執着心の強さのみが、2人の唯一の共通点だったのかも知れません。

ビートの感じは、SIMONとRYKEY DADDY DIRTYの「どうってことねぇ」という曲にインスパイアされて、フックもそんな感じです。
Kingと吉野、見た目も思想もラップスタイルもメチャクチャ離れてる2人ですが、意外と相性良いです。

FSDO

FreeStyleDropOutの略です。
番組「フリースタイルティーチャー」1回戦負けソングです。
あんまりラップを聞いてない人とか詳しくない人は「くるまラップ上手い!!」と言ってますが、まあくるまはラップ上手いんですが、別に3人とも上手いです。

この時はまさか、令和ロマンがM-1チャンピオンになるとは露ほども思っていませんでした。嬉しかったけど、それ以上にビビった。
もう、全然良いよね。
フリースタイルティーチャーで負けても、M-1勝ってんだから。
笹本と吉野には、益々のご健勝をお祈りしております。

ビートは、YouTubeのコメント欄で指摘して下さってる方も多数いらっしゃいましたが、RGTOインスパイアです。
さらに、ここに気付いてる人は1人もいませんでしたが、ティーチャー→学校というのと、Dropoutと言えばKanye Westの名盤「The College Dropout」から、リード曲「Jesus Walks」っぽいチャント音を足してます。
フックでカニエの名前出してるのに。

お笑い芸人になる

この曲も同好会の発足より前の曲で、しかもネイチャーバーガーのYouTubeチャンネルに公開されています。

笹本のnoteに上がってる、お笑い芸人になるというかなりデカい決断をした男の顛末を赤裸々に綴ったアツい記事があるのですが、それをそのままリリックにした感じで、しっかり聞かせるニュアンスに振りつつ、笹本の特徴であるザクザクガシガシ刻みつけるようなフロウもあります。
ZORNっぽく、文字数多めで硬い韻を踏もうぜ、と笹本と話し合ったことを覚えてます。
個人的にラストバースが笹本らしくて良いな、と思います。しっかりオチを付ける感じ。

ビートはラップを引き立てるためにシンプルで出しゃばらない感じを意識しつつ、内容の熱さに応えて寄り添えるよう、小節の1拍目にキックをダダダダと4発打って、つんのめった勢いを演出してみました。

Dazai

Kingのソロ曲です。

「なんぶさん、リリック書けましたので録りにいきます。」
「おお良いね!ちなみに曲のタイトルは決まってる?」
「タイトルはDazaiです。」
「・・・だざい?太宰治のだざい?」
「はい。太宰って、現代に生まれてたら多分ラッパーになってたと思うんすよね。」
「どういうこと?」
「生き方ヤバいじゃないですか。」
「確かにメチャクチャなイメージあるな。繊細で、無軌道で」
「誰にも送れないような人生を送って、それを作品にする、っていう。」
「なるほど」
僕は、彼が日本の文学に親しんでいたことにまず驚きましたし、なんだったらまだ驚いてます。

ビートは、元々作り掛けてた原型となるビートを、Kingのイメージに合わせて作り直しました。
詳しくは語りませんが、アレをアレしています。
直前のトークライブで、Kingが¥ellow Bucksの「ヤングトーカイテイオー」という曲を紹介していたのですが、それに影響を受けてBPMをグっと落として、渋めのギターのリフを加えるなどし、かなりオリエンタルでダークな雰囲気になりました。
そのバイブスに応えるように、ラップもかなりダーク。

Kingはああ見えて、いや、ある意味見た目通り、それなりに波瀾万丈な人生を送ってきているやつなので、「芸人のラップ」と思って聞くと面食らうかもしれませんが、手加減抜きでちゃんと自分のこれまでについて本気で語ろうとすると、こうなります。
もし良かったら、普段のアケガラスの漫才を見てみて下さい。
あるいは、ニューヨークさんのチャンネルで公開されているアケガラスとのトーク動画でも良いです。
キャラ付けでもなんでもなくて、マジで一貫してこういうヤツなんだな、って感じると思います。
で、その後に改めてもう一回、この曲を聞いて下さい。
「うひょ~!!」ってなると思います。

ANTI

笹本と吉野の曲です。
これだけは言っておきたいのですが、マジでどんなコメントも、どんな意見も、嬉しいです。
アピールタイムという曲をYouTubeに公開して、当時は「まあ、いって1万再生くらいだろ」とか思ってた所、想像よりも皆様に見て頂いて、お褒めのコメントと同時に批判のコメントも頂くようになりました。
もっと無視されると思ってたので、本当にありがたいです。
好意的なコメントには、素直に「ありがとうございます」ですが、批判的なコメントには「分かってねえなーこいつ!!」とか言いながら笑わせてもらってます。
この曲ではフックの代わりにそんな貴重なご意見を読み上げる、という形を取らせて頂いております。
吉野が上から目線でイラつきまくってて、笹本が完全に馬鹿にしていじってるというスタンスで、同じテーマの曲なのにここにもニュアンスや解釈の幅が出てて面白いです。

確か、まず最初にできたのが笹本のバースだったんじゃないかな。
「ガタガタうっせえ!!」から始まるリリックを聞かせてもらったとき、最高すぎてメチャクチャ笑いました。メチャクチャふざけて、叩きたい人が好きなだけ叩けるゾーンが「チャンスタイム」らしいです。なんだそれ。

その後、ブチギレインターネットマスターオブイタバシこと吉野のバースも「ガタガタうっせえ」から始めることにし、バースの順番を吉野→笹本にしたら、「ガタガタうっせえ」が吉野のものみたいになって、そこに関して笹本はムスっとしてます。
ごめんね。
もし笹本と会う機会があったら、「ANTIの『ガタガタうっせえ』の入り、最高でした」と言ってあげて下さい。
異常に良い滑舌と相まって、笹本のバースはとんでもないテンションになってます。

このアルバムに収録されてる吉野の中で、このバースの吉野が一番好きかも知れません。録音中、試しにラップのかぶせにだけ音程を付けて歌うようにしてみたら、彼の詰め込み型フロウ(僕は心の中で、オタク早口フロウと呼んでます)と良い感じに混ざってめっちゃ気持ちよくなりました。
彼のハスキーな声質にも合っていると思うので、またどこかでやってみて欲しいですね。

ビートはBPM早めで、コンプを掛けまくったキックベースをうねらせて、アンプでブッ潰した808のカウベルに音程を付けて弾いてます。
Phonkっていうスタイルのビートを作りたくて、やってみました。
ずっと好きなようにビートを作ってきたのですが、この曲を作ってるあたりからアルバムの全体像を意識し始め、バラエティに飛んだゴチャゴチャしたアルバムにしたいなーというイメージがあったため、今までの曲とかぶらない手触りの曲を作りたくてこうなりました。

Skit 泥酔サイファーその2

かつて、音楽メディアとしてレコードが隆盛を誇っていた時代。
一枚のレコードに収録できる曲数は限られており、たくさんの曲で構成されるアルバムは大体レコード2枚組とかで、裏表でA~D面あったとして通しで3回、レコードを裏返したり、次のレコードに入れ替える必要がありました。
で、そういう無音の作業時間を経たリスナーが再び音楽鑑賞に没入できるよう、それぞれの面の最初に短いトラックを入れ、世界観を演出する手法があったんですね。
そこで差し込まれる短いトラックを、スキットと言います。
スキットという言葉の原義は「寸劇」なのですが、大体短いお喋りとか、セリフとか、短いお芝居みたいな内容が多いです。

CDやデータ配信の時代になっても、アルバムの雰囲気を変えたり、展開作り、あるいは小休憩してリスナーの集中力を持続させるために、スキットという手法は今も生き残っています。特にヒップホップやレゲエのアルバム作品には顕著ですね。
今はアルバム単位で音楽作品を聞く行為がだいぶマニアックなものになってきてしまっており、音楽に限らずあらゆるコンテンツがショート化してきております。ユーザーの集中力を保てる時間がどんどん短くなり、漫才やコントの形も様変わりしてきました。時代の流れなんで仕方ないとは言え、複雑な思いがあります。

話が逸れましたが、この全員銀河というアルバムは、スキットを挟んで、
・アッパーで自己紹介的な前半
・リリック重視でズンと沈む中盤
・再びアッパーで聴き応えが増す終盤
序破急じゃないですけど、なんとなくこの三幕に雰囲気を分けて構成しています。
「ANTI」から次の「Real Das the Life」にそのまま繋げるのはちょっと違和感ありませんか?どうすか?
好きなように聞いて下さったらそれでいいですし、シャッフル再生とかでも全然良いんですが、一度はアルバムを通して聞いてくれたらすごく嬉しいです。

それはそれとして、このスキットのポイント、おもしろすぎる。
うまいとかヘタで言ったら、ポイントの即興はめっちゃヘタなんですけど、とにかく体中にパンパンに詰まってる全エネルギーを放出してる感じが最高です。
これこれ!!

Real Das the Life

ポイントとたんぼの曲です。
2人の共通点、それは雑魚感。
拭えない泥臭さ、洗練されてなさ。
それが彼らの魅力です。

脱線3の「Das the Mic」に引っ張られてか、また「Das」の正確な意味もよく分かりませんが、とりあえずこの曲のタイトルの意味は「ダサい人生をリアルに歌う」です。

俺らを推してくれ!
金も借してくれ!
スタッフさん可愛いけど声掛けるのは無理!
ライブで前に出なきゃ!
後輩と飯に行くと金が消えるから嫌だ!
とにかく2人が感じてるありとあらゆる情けない感情をギュウギュウに詰め込んだ、漂白されてないリアルな煩悩100%で作ったのがこの曲です。
多分、ピアノの切ないメロをループしたローファイっぽいエモいトラックに乗せたら感涙必至だったと思いますが、とにかく徹頭徹尾「カッコつけてなるものか」という謎の気迫で制作したので、そんなことはしません。

白眉は、曲の最後のポイントとたんぼの会話。
なんとかして先輩にメシを奢ってほしい後輩と、是が非でもそれを回避したい先輩の、宇宙一しょうもない腹の探り合い。
あの手この手で外堀を埋めようとするポイントと、「え、なんで?」の一本槍でかわすたんぼの、クソライアーゲーム。
これがリアルじゃなくてなんだってんだ!?

Drillというビートのスタイルがあるのですが、暗くて怖い曲が多いので、ファニーで喜劇的な上ネタにしました。チャップリン感ありませんか?
僕はこれを「おもしろドリル」と呼んでます。

Still Going On

蒲谷がラップして、八木さんがスクラッチしまくる曲です。

ある日、八木さんを誘って吉祥寺のレコード店をめぐり、100円で打ち投げられているレコードを勘でDIGし、そこに入ってる音のみを使ってビートを作るという、ヒップホップIQが高い遊びの末にできたビートで、ストレートなスタイルでラップスキルの高い蒲谷君にバースを書いてもらおう、となりました。
とにかくタイトなラップとスクラッチで構成されたヒップホップらしいヒップホップをやりたかったんです。

テーマは「続けよう」
お笑いも音楽も、とにかくモチベーション高く継続していこう、という所信表明みたいな曲です。
蒲谷には、こういう渋いビートだからラップもタイトで渋く、騒ぎすぎず、クールにキメるイメージでお願いしました。

ヒップホップ老害とかブーンバップ爺とか言われちゃうかもですが、僕、やっぱスクラッチの音が大好きなんですよね。
今の、ターンテーブリズムやビートジャグリングの界隈とメインのヒップホップの潮流に隔たりがあるような感じは、個人的に少し寂しいです。
サウスっぽいカラッとして抜けがいいヒップホップと、ある種オタク的なスクラッチの世界はあんまり相性が良くないのも分かりますし、僕みたいにプリモやJ Dilla以降のビート感にやられた世代が好きな、「0.01秒スネアが遅れて鳴ることで・・・」みたいな複雑で密室的なビートメイキングなんて全く流行ってないのも分かってますが、でもやっぱ好きなんですよ。
ただ、懐古的なスタイル一辺倒な退屈さも同時に理解しているので、できる限り、今っぽい良さと古き良きヒップホップの魅力、スクエアでパキっとした感じと、いびつで揺れているタイム感の良さ、ここ30年くらいのヒップホップの魅力の変遷を横断的に表現できたら良いなと、FRONTやBLASTを食い入るように読み漁っていたおじさん的には、そう思います。

fukuyama

ポイントのソロ曲です。
前述したような揺れたタイム感に、ジブリっぽい上ネタをあわせた、叙情的なビートです。
個人的には、OLIVEOILっぽいバシャっとしたスネアの鳴りが気に入っています。

Passionという曲を作るまでラップをしたことがなく、Passionきっかけでヒップホップが好きになり、なんだったらそれまではceroやbonobosやモーモールルギャバンなどの邦ロック、カクバリズム系を愛聴しており、「巻き込まれ事故でなぜかここにいる男」といじられていた彼ですが、そんな彼のラップに可能性を感じてビートを渡したら、想像を遥かに上回るリリックを書いてきました。
この曲のMVをトークライブで流したときに、「あれ・・・?めちゃくちゃ良くないか・・・?」と、徐々に他のメンバーの顔つきが変わっていったのを覚えています。

いわゆる地元ソングです。
広島県福山市で、東京への憧憬を抱えながら鬱々と過ごしていた少年時代や上京当日の心境を、お笑いライブ後に一人でラーメン店に入って、ビールを傾けている自分と重ねながら回想する、という構成の曲になっています。
個人的な話になりますが、生まれ育った高円寺という街に今も住んでおり、上京というイベントを経験せずに生きてきた僕は、こういう「地元」についての歌を聞く度に、絶対に手が届かない、存在しない郷愁を感じてとても切なくなります。
「福山、嫌いじゃないさ
 福山、でも愛もないさ」
愛、ないんだ!?でも、嫌いじゃないんだ!?
どんくさいあの街が嫌いで、焦燥感に追い立てられるように東京にやってきた男は、苦しい生活ながらもやりたいことをなんとか楽しくやれていて、それでも時には疲れて過去を思い返しながら、地元の野球チームの試合速報を気にしてしまう夜もある。
こういう地元とのリアルな心理的距離感は、やはり当事者にしか表現できないものなんでしょう。

レッツゴー!M-1 Remix

元々は笹本のソロ曲でしたが、アルバムに収録するにあたりたんぼと広田を迎え入れて、3人のマイクリレーになりました。

この曲を作るときは、割りと気楽に「M-1についての曲を作ろうぜ!」とか言ってたのですが、改めて考えると、芸人がラップで賞レースについて語ることのリスキーさに震えます。
ちょっと間違えたら自己陶酔的な、キショいナルシズムに沈んでしまいがちなテーマですが、笹本は「芸人がラップする意味」ということに本当に意識的で、マジでラップ上手いし格好つけようと思ったら無限に格好つけられるヤツではあるんですが、彼は潔癖なまでにそれを拒みます。
本当に信頼してます。

メチャクチャ地元でイキってて、周りにおだてられて芸人になって、初めてのM-1で撃沈するという流れですが、その描写が秀逸。
「そっからメチャクチャ滑りまくる
 俺たちの声だけが響き渡る
 お客様がお風呂に書いてある効能読んでるときみたいな顔してる」
温泉の効能をぼんやり眺めている高齢者の表情を想像してみて下さい。
それが客席にズラっと並んでたら、そりゃあ正気じゃいられませんよね。

ラストバースの
「多分その日俺はプロになった」はこのアルバム内でも屈指のパンチラインです。自信が打ち砕かれて、凹んで、また立ち上がって、プロになる。分かる、分かるぞ!

たんぼも良い仕事してます。
「行くぞ未成年でファイナリスト
 そう思ったのも束の間
 5656会館で雷落ちた」
浅草5656会館、シアターモリエール、あとは新宿ブラッツ、シダックスカルチャーホール、あとはKOCだったら南大塚ホールあたりは若手芸人たちの血と涙が染み付いていて、近くを通るとムワっとしたニオイにむせ返りそうになります。マジでマジで

あと、広田のバースの入りが超絶格好いい。
オリジナリティの塊みたいなフロウ、ドスンと重量感あるのにキレ味も鋭くて最高ですね。
こうやって聞くと、Grimeのラッパーみたいなニュアンスもあるなぁ

オーバーラン

アルバムのオーラス、全てを締めくくる怒涛の全員集合マイクリレー。
詳しい解説は僕のXで結構書いちゃったのですが、

アルバム収録版のアピールタイムにはめぞん吉野、本格復帰を目前に控えているガクヅケ木田が新録で参加してはいるのですが、途中参加感を感じる人はゼロじゃないだろうなぁという予想があったのと、アルバムをシメる大トリを担える楽曲としてどれもピンとこなかったという事があり、改めて全員参加の曲を作る必要があると感じていました。

僕がMC陣に発注したテーマは、
「自分がゲームの主人公だとして、バカみたいに無双しまくっていて、さらにそれが現実世界でこうでありたいという願望と重なっている感じ」
という非常に難解なものでした。
でも、そう思いながら聞くと各人のバースの内容も色々腑に落ちてくるのではないでしょうか?

ビートにしてもテーマにしても、「芸人が許されるMAXの格好良さ」を意識しました。無駄に格好つけすぎるのは違うだろという思いと、アルバムを締めくくる全員集合曲だからバシっとキメたいという背反する考えがあり、テーマ決めは難航しました。
確か、「ANTI」のMVを撮った帰りのファミレスで、笹本と吉野と3人でめっちゃ考えた思い出があります。
8人いて、それぞれ芸人としてのスタンスや芸風が違うし、それぞれに許される格好つけのラインも実は異なっています。
「もう誰がどう見てもバカだろってくらいのボースティングをする」という結論が出た時は、もうマジで帰り道にスキップするくらいテンションが上りました。
「あ、もうこのアルバム勝ったわ」という根拠のない確信、予感。

結果、手前味噌ながら、楽曲としてもアルバム単位で見ても、若ヒ同にしか出せない、芸人だからできるラップの極北のような作品になったと思います。

Outro -挨拶終わり-

アウトロです。
イントロがあったらアウトロもあります。当然です。
イントロはライブが始まるワクワク感を、アウトロはライブが終わってお客さんがまだホカホカしてる感じを演出しようと思って、こういう感じになりましたがどうでしょうか?

「良いじゃん!!」

ありがとう!

アウトロもイントロと同じく、トークライブ中にお客様にお願いして録音しました。
「爆笑ののち、八木さんがシメの言葉を言い、音だけだし意味ないけど実際に舞台上から演者がハケて(リアルな足音とか、声が遠くなってく感じが欲しかった)、その後、お客様はなんかガヤガヤして下さい」
とお願いしました。
お客様からしたらなかなかのムチャブリだったとは思いますが、想定を超えるほどにリアルな「ガヤガヤ」を下さって、めちゃくちゃテンション上がりました。

本当に、お客様には本当に感謝しています。
一度でもライブに来てくださった方。
アルバムを聞いてくださった方。
本当にありがとうございます。

また、「MV見たよ」と声をかけてくれた芸人さん。
SNSやYouTubeでコメントして下さった方々。
本当にありがとうございます。

そしてついでに、かわいいかわいいアンチ共には、
最大級の愛を込めてハートマークを送ります♡

以上です。

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