頭上げろ: NODA•MAP フェイクスピア(ネタバレ有)
汚い池袋の高尚な文化的空間こと、東京芸術劇場プレイハウスでNODA・MAPのフェイクスピアを見た。伏線が張り巡らされた壮大なアハ体験のような野田秀樹の作品の虜になり、見るのはこれでもう6回目。
野田の得意なシェイクスピアに絡めた、フェイクな情報が蔓延する現代社会の風刺劇だろうという片手間な予想だけで臨んだら、見事に全然それだけじゃなかった。
題材は、1985年に起きた日航機墜落事故。終始繰り返される「永遠プラス36年」というセリフや、突然出てくるスーツケースなど、当時を知っている人にはピンとくる演出になっている。しかし、自分のように当時生まれてない世代には、高橋一生が上着を脱いでパイロットの姿で登場する一番最後のシーンまで、確信の持てない半信半疑のままストーリーは進む。(途中から、早く会場を出て答え合わせをしたくでしょうがなかった。)
最後のシーンは、フライトに当たっていたパイロットたちの会話の一部始終をそのまま引用したもの。実際のボイスレコーダーに残されていた36年前のものだ。キャプテンは最後の最後まで、助かる希望を諦めず、クルーに、乗客に、頭を下げるよう言い続ける。そして、飛行機が墜落し、助からないことを悟った最後の最後に「頭をあげろ」と言い残してボイスレコーダーは途切れる。残された遺族が前を向いて生きていけるようにー。
野田秀樹がこの芝居を2021年に上演した理由はなんだろうか。過去の悲惨な出来事を忘れないこと、フェイクに惑わされないこと、テキストメッセージより声を交わす対話の方がずっと大切だということ。世の中の不条理には愚痴を書き込むのではなく「声を上げる」こと。生きているものとして、今この瞬間を頭を上げて目に焼き付けること。
東日本大震災から10年目、まだまだ新型コロナウイルスの収束が見えず、政治の先行きも不透明な今、髙橋一生か放つ「頭をあげろ」という台詞はいろんな意味となって響いた。
野田秀樹自身もパンフレットで綴っていたように、今この事件を取り上げることは不謹慎かもしれない。けれど、終演後に立って拍手を送る人は年配の人が多かったように思う。若い世代には、自分がそうしたように、カフェで感想を友達と交わしながらこの事件について調べたことだろうと思う。そして、ボイスレコーダーの書き起こしとさっきみた芝居のセリフが、全く同じことに驚いたに違いない。飛行機墜落の事件を新しい世代へと引き継ぐ役割を果たしたという点で、この芝居の果たした役割は確実に大きいのではないだろうか。
しかも、ただ過去の事件を掘り起こしたのではない。いつも通りたくみに言葉を操り、ちゃんと2021年の文脈にのせて野田秀樹は示してくれた。
1番関心したのは、野田秀樹が生涯かけて取り組んでいるフィクション劇作家・シェイクスピアを「フェイク」だと言い切っていること。確かに、フィクションはフェイクだけど、こかに野田がこの芝居にかける矜持のようなものを感じた。シェイクスピア、星の王子様、フェイクニュース、日航機墜落事故 、イタコ。日々をどのように過ごしていたらこれらが結びつくのだろうか。いつか野田秀樹本人に聞いてみたい。
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