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【劇場版からかい上手の高木さん】海岸線のシーンをより深く理解するための視点

はじめに

2022年6月10日から公開された『劇場版からかい上手の高木さん』。
美しい小豆島の風景を描いたアバン、島の伝統を幻想的に描いた虫送りの場面、光の表現が凝らされた海岸線のシーン。力の入った作画は本作の魅力をぐっと引き上げます。

本稿では、海岸線のシーンを考察していきます。

考察の動機

海岸線のシーンを考察しようと思ったきっかけはこちらのツイートです。

同じ場所をストーリーの前後で対比的に描くという視点は面白いなあ、考察しがいがあるなあと思い、いろいろと考えていたら、実に巧妙な表現技法が用いられていることに気が付いたので、それを共有したいと思います。

海岸線のシーンとは

海岸線のシーンとは、より正確に表すと、「海岸線の見える歩道」のシーンです。本作では、この海岸線の見える歩道を西片と高木さんが歩くシーンが3回登場します。その3回とは、

1.高木さんから蛍のお誘い「西片と一緒に見たいなーって」
2.終業式の帰り道「あぁー、明日から会えなくなるなー」
3.高木さんの涙、西片の決意「高木さんを幸せにする」

の3回です。これらのシーンの描写ががそれぞれどのような対比構造になっているのかという点について、「時間帯」と「二人の歩く方向」に着眼点を置いて述べていきます。

それぞれのシーンを簡単におさらい

1.高木さんから蛍のお誘い「西片と一緒に見たいなーって」

プールの授業のときに、真野ちゃんから「蛍の噂」を聞いた高木さん。

だって心配じゃない?
高校行ってもその先も、
ずっとこのままでいられるのか

少しずつ、しかし着実に近づいてくる卒業のとき。西片とこのままずっと一緒にいられる確証なんてどこにもない。願掛けでもいい。中学最後の夏に西片と忘れられない思い出を作りたい。そう思った高木さんは少し照れながらもストレートに西片を誘います。

(蛍を)西片と一緒に見たいなーって

さて、同じころ、西片はいつもの男友達と話している中で浜口にこんな思いもよらぬ言葉をかけられます。

西片、
お前は高木さんとの中学最後の夏、
最高にしろよ。

図らずも「最後」を意識させられてしまった西片。

最後の夏。帰り道、何か行動を起こしたいお互いの気持ちが重なるように、2人は同時に口を開きます。高木さんは西片に「一緒に蛍が見たい」と言います。それを聞いて西片は「何を言おうとしたか忘れちゃった」と顔を赤くしながらその場での返事をお預けにするのでした。

2.終業式の帰り道「あぁー、明日から会えなくなるなー」

1学期の終業式、クラスで撮った写真の中の西片はどこか浮かない表情。浜口に「告白」というワードを投げかけられてからずっと自分の中で答えが出せずにいる西片は、これでまたしばらく高木さんに会えなくなることを考えると悶々とした気持ちになる。

おそらくこのときの西片は、自分が高木さんに会えなくなるのが寂しいというより、高木さんが自分に会えなくなるのを寂しがるだろうな、という思いのほうが強いと思います。

あぁー、明日から会えなくなるなー
とか考えてた?
私も同じこと考えてたよ。
西片と会う理由。

高木さんはすこし冗談ぽく、自分の正直な思いを伝えます。

3.高木さんの涙、西片の決意「高木さんを幸せにする」

ハナとのお別れ。中学生の少年少女が抱えるには悲しすぎる出来事でした。その帰り道、ずっとこらえてきた気持ちがとうとう涙として溢れてしまった高木さん。西片はぐっと涙をこらえ高木さんの手を握りしめて誓います。

高木さんは幸せになる。
高木さんを、幸せにする。

夕方=恋の情熱が燃え上がる時間帯

まずは、海岸線のシーンの「時間帯」について、1と3のシーンの対比構造を見ていきます。

蛍の誘い=高木さんからの告白

「蛍の誘い」は「高木さんからの告白」である。なぜそう言えるかというと、「その年最初の蛍を一緒に見た人が自分の好きな人だったら、一生その人と一緒にいられる」という「蛍の噂」を、西片もこのとき知っていたと考えられるからです。(この解釈については、参考Tweetを最後に載せてあります。)

つまり、蛍の噂を知っている2人にとって「一緒に見たいなー」は高木さんから西片への遠回しな告白。高木さんと同時に口を開いた西片がまさにこのとき言おうとしたのは、高木さんを虫送りに誘うことだったと思われますが、高木さんからまさかの「蛍を一緒に見たい」という誘いを受け、急遽自分の言おうとしたことを引っ込めてしまいます。

高木さんも顔を赤らめていたので相当勇気を出したことがうかがえます。間もなく「西片は?何言おうとしたの?」と話題を変えてて西片のターンに。「私の番はこれで終わり!」と恥ずかしさを隠すようです。

1のシーンでは、夕焼けに染まる帰り道、高木さんが西片に「一緒に蛍が見たい」と言って遠回しな告白をします。しかし、西片はそんな高木さんの燃える思いに応えるだけの心の準備ができていませんでした。ここで虫送りに誘うことは「俺も高木さんと一緒に蛍が見たい」というようなもの、すなわち告白にOKするようなもの。そう考えた西片は「なんて言おうとしたっけ、忘れちゃった」と言ってその場をやり過ごそうとします。

「そういうとこ、やっぱり西片だなー」勇気を出した蛍のお誘いが空振りに終わった高木さんは、「顔赤いよ?」と、いつものからかいを始めるのでした。

高木さんを幸せにする=西片がひと夏をかけて出した答え

クライマックスの時間帯もやはり夕方でした。海岸線に赤く染まる太陽は少年少女の恋を応援しているようです。

初めて見せた高木さんの悲し涙に、西片はようやく決意します。

高木さんを幸せにする

高木さんが蛍を見たいと言ってくれたあの日、手を繋げなかった虫送りの帰り道、ずっと自分の心に答えが出せなかった西片が、燃える夕日をバックにプロポーズを果たします。

ずっと心残りのあった海岸線の見える歩道。ひと夏をかけて成長した西片が、あの時と同じ場所、同じ時間帯にその後悔を晴らすという見事な構成になっています。

余談にはなりますが、2のシーンだけは、時間帯が昼間です。青い空が広がり、西片と高木さんのやりとりはいつものテンポ。このシーンは情熱的な恋というよりは、2人の楽しい夏のはじまりを予感させる爽やかな描写となっています。

2人の歩く方向

次に、海岸線のシーンの「2人の歩く方向」について、2と3のシーンの対比構造を見ていきます。

上手(かみて)と下手(しもて)

映画を学ぶときに必ず出てくるのがスクリーンの「上手」と「下手」を意識した画面構成。日本と海外、また作品ごとにもこの上手と下手に関する映像の原則には違いがあるため一概には言えませんが、本稿では、『劇場版からかい上手の高木さん』における上手と下手の原則を導いたうえで考察を進めていきます。

まず、上手とは観客から見て舞台の右側、下手とは舞台の左側を指します。そして、『劇場版からかい上手の高木さん』における海岸線のシーンを理解するには、主人公が上手側に進んでいるか、下手側に進んでいるかというという方向性が重要になってきます。

上手方向はポジティブ指向

明日から夏休み。「明日から会えなくなるなー」と言いつつも、テンションの高い高木さん。真っ青に輝く海と空のグラデーションも相まって、これから始まる夏への期待に満ち満ちた2人の気持ちを描写しているようです。

2人の歩く方向は、海岸線を構図の背景に固定したとき、上手方向です。こちらはいつもの神社のある方向で、このシーンのあと、2人はハナを見つけます。要するに、上手方向というのは、場面的にも時間的にも「次に進む」方向であるといえます。

上手方向が「次に進む」方向であるというのが、どこからきているかというと、一番有力なのは「文字を読む方向」であると考えられます。現代では、今この文章を読んでいるような「左から右へ」視線が流れる方向が自然な方向であるといえます。また、「スーパーマリオ」シリーズのような横スクロールアクションゲームを思い出すと、そのほとんどが左から右へ進む方向へキャラクターが動くようになっているのではないでしょうか。

このように、左から右へ主人公が移動するシーンは、物語上自然な時間の流れ、場面の展開を描く際の手法が用いられています。西片と高木さんは、これからはじまる夏に向かって海岸線の見える歩道を歩き、その先で「ハナとの出会い」というイベントに遭遇する。まとめると、画面の構図における上手側へ向かう流れは、未来期待希望といったポジティブな指向性があります。

下手方向はネガティブ指向

先ほど解説したシーンに対し、ハナとお別れをしたあとの2人は重い足取りで海岸線の見える歩道を歩いています。「暗い」と「暮れる」はその成り立ちを同じくする言葉であるように、2人の暗い気持ちを夕暮れの海と空が表現しています。

このとき2人が歩く方向はスクリーン向かって下手側。上手側が未来、期待、希望といったポジティブな指向性を表す方向であるとすると、下手側はその逆を意味します。すなわち、過去失望絶望といったネガティブな指向性です。

まさにこのシーン、家族同然だったハナが、突然見も知らぬ家族に引き取られ、2人が会う理由、ずっとこのままでいられる保証を失った後の帰り道。ハナに裏切られたような失望。もうこのまま時が止まってほしい。過去に戻りたい。絶望に打ちひしがれた2人の少年少女。

この絶望的な流れを変えたのが、とうとう耐え切れなくなった高木さんが涙を流した瞬間。西片は振り返り、高木さんの手を取ります。このとき西片が見ている方向がスクリーン向かって上手側。過去を見ようとする高木さんに対し、西片はまっすぐに未来を見る決意をします。

高木さんを幸せにする

その一言は、西片との将来を心配する高木さんにとって大きな希望となったことでしょう。西片が最後には未来を見てくれたからこそ、本作はハッピーエンドで幕を閉じられたのでした。

おまけ

本作のクライマックスの構図は、アニメ3期1話と最終話の構図にリンクしています。これもファンにとってはうれしい演出でした。

からかい上手の高木さん アニメ公式ガイド2 (p.6より)

参考URL

参考Tweet


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