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「夢とは」をここ数日一生懸命考えたの話

なんで考えたかというとですね

先日、県主催で開催された「ライフシフトセミナー」という集いに、ゲストとして呼んでいただいたんですね

こーんな、ド貧乏の外来弘前市民を招いたところでしくじり先生にもなれないのではないか、とかなり心配しながらお呼ばれたのですが、一時間ぐらい一生懸命雑談をさせていただいたところ、なんとか喜んでいただけた、という感じでありました(その節は大変ありがとうございました)

その際、セミナーの参加者の方から頂いた質問の中に「将来の夢はありますか」というものがありました

考えてみれば、ワタクシは今まで夢というものを抱く時間がとても少ない人間でありました

若気の至りで多少そういうものを抱いたこともなくはないのですが、25歳以降なんかはほぼ夢というものを抱いたことがなく、その場のことを都度その場で考えて過ごす、という調子であれこれと活動しておりました

そんなふうにやってきたこと自体はそれはそれで「一生懸命取り組んだ結果」であるためとくに後悔ないのですが、「夢はありますか」、という質問に堂々とした回答をお返しすることができなかったという事実が、なぜだか妙に後ろめたく感じるのでした

この、『後ろめたく感じる』という点については、いろいろ言い訳をしたうえで「まあいいじゃんか」ということにもできるかもしれません、しれませんが、それは、オノレをさらに後ろめたくさせるかもしれないという気も同じように発生したため、ここはひとつ「私にとっての夢とはなにか」をちゃんと考えてみることにしました

まず、これまで取り組んできたヒシコギントの活動であったり、ラジオであったり在宅ワークであったりとかは、「せっかくやってきたんだから辞める必要はないじゃないか」という感覚だし、それぞれはそれぞれで「生活の一部」であっても「将来の夢」という感じはないのでした、今後とも続けてゆくだろうし、続けられなくなったらそこでやめるかもわかりません

また、弘前に家を立てたい、一旗上げたい、みたいな、いかにも夢っぽい物事にもあんまり興味がありません、このまま行けば結構な割合で孤独死する老人の一人として生涯を終えるような気がいたしますが、それはそれで特に文句もありません、せめてその際に迷惑がかからないようにしないとな、くらいは思いますがおそらくそれは「将来の夢」では無いように思われます

そんな調子で、結構長めに、何日か考え続けていくうちに、ひとつだけ「それっぽいもの」が候補に上がりました、個人的にはすごい情けない話なのですが、どうやら私にとって夢というものがもしあるのだとしたらおそらくたぶんこれなのです

「コントで報われたい」

かれこれもう6年以上、途中からは青森に逃げてまで、「そうではない人生」を選ぼうと思って生活してきたのに、もし私にこの先「夢がかなった」と言わせるためには、コントで報われたと思わせるしかない、と、それはそれは惨めな気持ちで思いついたのでありました、こんなにがんばったのにどーしてもそこかい、と

これを思いついた上で、そのまま何も報われずに死ぬことだって十分にあると思います、私ができる他の能力なり仕事なりで信じられないくらい報われる瞬間も無いとは言い切れないのではないかとも思います、なのに、自分が自分を「報われた人生を送った人間だった」と思うためにはコントで報われなきゃなんないらしいです

なので、ひとまず自分は自分のことを「コントで報われないと報われたと思わない人間である」と認めた上で、ヒシコギントや在宅ワークや落語やラジオパーソナリティをやってゆくことにしました、それらをやってゆきながら、「新ネタを考えて自主ライブしよう」と決めたのでした、ちゃんと弘前で自主ライブします

そんで、年に何回か東京に行って知り合いのライブに出させてもらおうと思います

お笑いの賞レースには絶対勝てない芸風ですが、その芸風と一緒に死にます、いいんですもうコント書くと15分のネタとかになるけどそういうコントで死んでやりますもうもう

これを思いついてから、妙に体の調子がいいです、そんなに影響してたなんて恥ずかしいたらありゃしないです、たいした芸人でもないのによう

なので、来年からはちゃんと毎年自主ライブやります、歌のライブにもちょこちょこ出るようになっているのでライブ告知も増えそうです

ともかく、夢についての結論はだいたいこんなところでしたが、あんましいいふらしたくも無い内容なので、ひとまずここに書いておいて、しばらくしたのち「公開したくないな」と思った頃に消して、それでもひとまずその内容は諦念の感とともに覚えておこうと思います

私が、実際にコント芸人であるかどうかはともかく、「コントで報われないと満足しない人間」であることはこの先どうやっても変わらなさそうと言うわけです、ほんとにしょーのない話ですが、そういう人間もいるということで、あきらめるより他にありません、あきらめて付き合ってゆこうと思いますです


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