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その壁の向こう側

一言で登山者と言っても色々あって、こと「ハイカー」と「クライマー」の間にはなかなか超えられない高い壁がある。その壁を超えてみた、そんな話。


昔からクライミングに興味はあった。ガキの頃は石垣の形を見極めて、2mぐらいの壁を登ったりするのが大好きだった。人が行けない所を行くのが大好きなガキだった。
ただ、どうにもクライミングと言うと、ロープと言う人工物を使ってゴチャゴチャやるのが「作られた遊び感」があって、好きじゃなかった。ではボルダリングはどうか?と言うと、一度やってみたのだが、専用の靴が必要だったり、チョークを付けて人工のホールドを登ったり外岩にはデッカいマットを持って行くとか、「そうじゃねえんだよ」感が凄く、これまた興味の対象外だった。ところが30代半ばだったろうか?登山も所詮は登山道整備があってこその遊びであって、「自らの力で切り拓く」なんて事は一般人にはできないもので、あらゆるものは様々な人の力があってこそ成り立つのだと気付いて以来、もう一度クライミングに興味が湧いてきた。しかしながら初期投資や、何から始めたらいいのか分からない、と言う障害は大きく、キッカケを作れないままいつの間にか年齢も40歳を超えていた。今更、新しいことをするのもパワーがいる。もう縁は無いのだろうな、と日々過ごしていた。

ところが転機が訪れる。
実は登山は定期的にやっていて、毎年、氷瀑(凍った滝)を見に行くのは年中行事になっており、ここのアクセスが比較的シビアな登山道を通る。こういう「ヤバい」ことには目がないオレ。

そんなヤバいところでニューハルピンのらーめんキットR(詳細は別途)を食う、という遊びに一時期ハマった。

ガチプロが広告にしてくれた(笑)

その運びで、もっとヤバいところに行こう、そう思った。思いついたのが近くの「百丈岩」と言う岩場だ。ロッククライミングが盛んなところだが、巻き道があって、一般登山者でもその上には行けるという情報を仕入れ、行ってみた。

そこで撮った写真はこれ。

いい絵が撮れて満足はしたのだが、ここに「岩を登って来た」のではなく、「巻き道で登って来た」ことにどこか釈然としない思いはあった。それでこの写真、ホントに価値あるのか?と。

そこに2人の60代くらいの男性クライマーが2人いた。

ちょっと声を掛けてみた。
「もう登ってきたんですか?」と聞くと、
「いや、これから。今から朝ごはん」と、多くは語らず、肩の力の抜けた反応。

クライミングってどうやって登るんだろう?安全確保がどう考えてもできないよな?最初に登る人は下からしかロープ張れないのだから。一体どうやってこの危険な遊びを楽しんでるんだろう?色々聞いてみたかったが、この人たちに聞くのも向こうからしたら面倒臭い話だ。軽い世間話だけして、その場を離れた。

「知りたい」

どういうシステムになっているんだろう?

そこから見える景色はどんなだろう?

彼らは普通のおじさんだが、それを知っている。だがそれを振りかざすでもない。

劣等感が自分に覆い被さってくる。と、同時にオレの中には性格上、それを跳ね除ける闘争心が沸々と沸き上がってくる。

知らない世界はこの目で見たい。

サーキットだって観客席じゃなく、コース上で見たいし、仕事だって現場作業員目線でモノは見ておきたいし、それでいて全体が見える立場で俯瞰はしたい。つまりは「傍観者」にだけはなりたくない。傍観しかできないなら何も語る資格はない。経験した、実際に当事者がその目でその景色を見てきた者だけが語る資格があると思ってる。 この景色を、自分の目で見たい。そう思った。それだけだ。

「やってやろうじゃねぇか」

ところがネットで片っ端から教室を探し、山関係の店のパンフレットなども漁りまくったが、今ひとつ、実戦に結びついて行く道筋が見えない。何よりクライミングは「ビレイヤー」と言う、落ちた時に下で安全確保をしてくれる人の存在が不可欠だ。それを友人でもない人に任せるのはオレは嫌だ。だが周りに今更クライミングをやろうなんて人はいない。さて、どうするか?

ふと1人の男の顔が思い浮かんだ。もう転勤してしまったのだが、うちによく営業に来ていた営業マン。オレより少し上で、話がとても面白く、元自衛隊員で戦闘機に乗っていた話を聞かせてもらうのが好きだった。そんな彼がよく山の話をしていて、やれ懸垂下降だクライミングだ雪山だの話をよく聞いていた。
彼なら或いは?と思いアドバイスをもらうべく、メールを飛ばしてみた。

すると彼からの返信は要約すると「山岳会に入るのが一番ですね」と言うものだった。

山岳会。

どうにも老害が多そうであまりいいイメージはないが、とにかく言われたように自分のやりたいことをやってる山岳会を探してみて、クライミングや雪山を盛んにやっている比較的近隣の山岳会に連絡をしてみた。

すると凄い返事が返ってきた。

これが3/8のメール

…何だこの展開。

コレを逃すとあと1年棒に振る事になる。こう言う流れには乗っておいた方がいい事は経験的に知ってる。『縁』って奴だ。

ままよ、と「お願いします、ぜひ参加させてください」と回答。あれよあれよと言う間に座学の日を迎えた。

知らない言葉の連発。周りは多少装備を持っていたり、明らかに場違いなオレ。
まあいいよ、とりあえずちゃんと登れてビレイできりゃいいんだろ、と3回の実技をこなす。

私的に登る能力としては自信はあったので、何よりシステムやらビレイ技術(下で安全確保するやり方)を学びたかったのでそこをとにかく繰り返してやった。コレができないことには相手に信頼されない。家に帰ってもイメトレをしてた(笑)
懸垂下降なんて簡単に覚えられないので家の自作デッキにぶら下がってみたりもした。

面白い。

コレを教室だけで終わらせるなんてあり得ない。
会の人たちも非常に真摯に安全に向き合ってる人が多く、非常に好感度が高かったのもあり、迷わず山岳会に入会した。

それから3ヶ月。
とうとうオレは百丈岩の上にいた。

当時の写真がないので写真はイメージです(笑)

会ではマルチピッチクライミング(長いルートを何回か区切りながら登って行く方法)の練習場になっていて、さほど難しい位置付けの岩ではなかったのだ(笑)
だが、紛れもなく、この手足で、ちゃんとこの岩を登ってきた。これでやっとあの写真に価値を付けることができた。

案ずるより生むが易し。

こうしてオレのいつもの「コンプレックス排除遊び」は僅か3ヶ月でコンプリートした。

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壁を越えてみて思う事。

確かにそこに壁は存在する。
だけどそれは誰もが簡単に越えられる壁なのだ。
必要なのはこの世界に飛び込む覚悟だけ。

そしていざ壁を越えてみると、そこには更にだだっ広い「冒険」の世界が待っていた。

5.10bをリードで登るオレ
地蔵岳東稜ノーマルルートをマルチでリード中のオレ
口ノ深谷遡行中のオレ

さあ、次は雪山だ。

一生現役、狂い咲きよ。

-了-

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