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スピードの向こう側 〜入門編

飛ばす系の人間が必ず一度は通る道、「サーキット走行」。

一般に速かろうが遅かろうが、それを体験してるか否かで多くの者はマウントを取ってくる。

「お前は公道で速い気でいるだけ。サーキットに来たらお前より速い奴はいくらでもいる」

こうくる訳だ。

言っとけよクソが、と思いつつ、自身の経済力ではサーキットを走りに行けず、長年その鬱積を溜めてきた。
壊れたマシンで帰れなくなるとかで家族に極力迷惑を掛けたくなかったので、私的にトランポは必須、また周囲からはオイルは毎回交換、タイヤも毎回交換、そのぐらいの覚悟が無くて何とするか、などと有る事無い事吹き込まれてハードルが上がっていたのもある。

ところがそれなりの年齢になり、何となく余裕もでき、家族用の車にバイクを載せられることを確認した頃、オレの中でリミッターが外れた。
付き合う人たちも変わって行き、世話になり始めたバイク屋さんの同年代の店主が「大丈夫ですよ、そんなこと気にしなくても。走行会、行きましょう」と誘ってくれ、とうとうサーキットデビューを決めた。

ところが当日の予報は雨。

どうしようかなと悩んでいたオレは敬愛する倶楽部のリーダー、伝説の男に連絡してみた。色々とアドバイスをもらったが最後の一言で行くことを決めた。
「そもそも雨でいちいちテンション下がるような人はサーキット走行に向いてません。マシンとの対話をしっかりと楽しんできてください。」

当日。

店主含めバイク屋さん関係の人は皆キャンセルしたらしく、オレは単独。出走は全く知らない人が2名、合計3名のみ。

走行開始の時間前になると、出走予定の2名は早々に並び、やる気充分だ。

一方、オレは「雨だし、少し間を開けてスタートして、マイペースで走ろう」と思っていた。

時間が来てコースイン。
初心者向けの走行会なので、1周ペースカー付きで完熟走行したら一度ピットに入り、そこから再スタートです、と朝のブリーフィングで言ってるのに、そのままコントロールラインを通過しようとして止められる前の二人。おいおい、大丈夫か?
かくしてどうしてもピットからの同時スタートになってしまうので、どうやって前2人と絡まずに走ろうかと考えていたら、2人は直線はガバ開けの全開。へぇー、やるじゃん、じゃあこのまま後ろを走るかな、と思っていたが、どう頑張って差を広げてもらおうとしても追いついてしまう。前2人はアクセル戻すのが早すぎるし、コーナリングスピードもこれでもか、ってぐらい減速する。

うん、こいつら遅い(爆)抜いた方が好きに走りやすいかもしれん。と、1周もたずして先頭に立った。

なんだかんだで雨が降ろうと槍が降ろうとバイクで通勤、通学していた身だ。雨の経験値はそれなりにある。土砂降りだろうが、しっかりブレーキングしてやればちゃんと水は排水され、グリップ感が戻ることも知らないのかな、と思いながら、前に出た以上は真面目に走ってチギりにかかる。なんてことはない、雨の日に高速道路走ってる程度の感覚だ。サーキットは広くてどこを走ったらいいか初心者はわからない?いやいや、高速3車線使った方が広いぜ?(爆)差はどんどん広がり、比較的自由にサーキットを独り占めし、1本目の走行は終わり。

夢中で走ってチェッカーを見落としそうになって焦った以外はまあ、こんなもんだろ、という感じでは終わった。参考タイムは測っていたが、2分20秒ぐらいだった。

当時、岡山国際は初心者はまず2分が壁と言われていた(コース改修前)。その次が55秒、その次が50秒、50秒を切れたらまあそこそこの腕、ということらしい。
そして朝のブリーフィングではこのぐらいの雨だとラップタイムはプロでも20秒、30秒落ちて当たり前です。気にしないことです、と言っていた。
・・・となると?ドライだったらとりあえず2分ぐらいは普通に切れるんじゃないの?と軽い手応えを感じ始めた。

そして間も無く2本目の走行が始まる。雨は少しマシになっている。

1本目はやる気満々で5分前には並んでいた他の2名は5分前になっても全く出る様子がない。

ん?これあれか?オレが出るのを待ってるのか?

2分前。まだ出ない。

あー、これ完全にオレが行かないとあかんやつだな、と渋々、ゆっくり指定場所へ。すると後ろから残りの2名がぞろぞろと追随。あーあ、完全にマークされちゃってんじゃん・・・(笑)

いざ出走したところでまずはタイヤを温めるところからだ。急加速とフルブレーキングをレコードラインから外れて行うが、後ろの2台は全く先に行こうとしない。もう完全に気を遣ってくれている(笑)
しょうがねぇ、所詮は雨の高速道路だ。気合いなら負けねぇ、1本目同様、ブッチギってやるよ、と、いよいよ全開走行に入った。

ヘビーウェットの中、直線220‪km/h‬からブレーキング、タイヤが水をブワーッと押しのけて、グッと路面に食いつかせる。その状態をキープしたままコーナーに入って行き、今度はコーナリングフォースに任せて排水した状態をキープする。深くは寝かせられないので、慎重に、いつもよりバンクの速度もブレーキのリリースも、ゆっくりと。アクセルはよくわかんねぇ、とりあえず滑るまでは開けれるだろ、とジワっと開けて行くが滑る気配は無く、どんどんワイドオープンに。最初の一発さえ馬鹿みたいな開け方しなければ、あとはマシンのバンク角を浅くして行く速度より速く開けて行ってもまあ、ホイールスピンはしても破綻するような滑り方はしない。高回転でパワーバンドに入ると空転するのはさっさと
シフトアップしちまえばいい。

うん、我ながら悪くない走りだぞ。後続はもうどこにいるかもわからない。オレ、なかなか速いじゃないか!

周回を重ねて行くと、ふと、さっきチェッカーを見落とし掛けたことを思い出し、あと何周できるのかな?とダブルヘアピン手前の直線でメーター内の時計を見てしまった。あと2分ぐらい?てことは、えーと、もう1周?え?もう1周ってことはこのダブルヘアピンと最終コーナー回ったらもうチェッカー振られる?いやいや、違う違う、と無駄に脳を使いつつ、ブレーキングを開始し、旋回に入った。

その瞬間。

ツイーーーーっとフロントが滑った。

急激に重さを感じるマシン。やっちまった、早く回復しろ、早く回復しろ・・・

ガシャーン・・・

あらー、やっちまったよ。。。

とりあえず、後続を確認。誰も来ないのでマシンを起こし、再始動。シフトレバーが折れているがエンジンは掛かる。たまたま2速には入っているし、もう走行時間も終わりなのでそのままピットへ帰る。ちと調子に乗りすぎたな、と反省。

と、そこにサーキット関係の方がピットへ。

「体は大丈夫ですか?」と、メディカルの方がこちらの状況を確認しにきてくれた。

ええ、速度も低かったし、雨だし、かすり傷ひとつないですよ、などと答えながら会話していると、他の方が折れたシフトレバーを届けてくださった。

ここで恥ずかしながら初めてわかった。

出走たった3人。

これだけのために各ポストにはフラッグを持ったオフィシャルの方がおり、転倒すればマシンの回収やコース上の整備を行う人もいるし、メディカルの人だって待機している。コレだけの人が動いてるんだ、と当たり前のことに気がつき、「えー、走行会3万とか高くね・・・」などと言っていた自分を恥じた。安い。格安だよ。我々はサーキットを「走らせてもらってる」んだ。この人たちに。そんな当たり前のことを身をもって感じられた。それだけでもこの走行会の価値はあった。

実際、自分の速さがどうだったのか、と言うと、他の2人と比べてダントツに速かったが、まあ、このコンディションじゃあ、比較もできないし、何より転けてるようじゃダメだ。他の2人は転けないようにリスク管理できているのだから。リザルトで言えばオレはリタイヤだ。

だけど、ドライなら2分切るぐらいは行けそうな感触は得られたし、何よりサーキット走行とは何ぞや?と言う事を身をもって体感できた。次回こそ、ドライの走行会になる事を期待して、サーキットを後にした。

〜半生の証明編 へ続く

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