雨の球技大会 -Breaking Up into the Past
「そう言う時はトラップしてから蹴るんじゃ!このヘタクソ!」
誰しも何気なく放たれた一言に心を傷めた経験はあるだろう。大したことではないがオレも小6の時にそれを味わった事があった。これは思春期に5年かけてその傷を塞いだ、そんな話。
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オレはサッカーが好きじゃない。
何故か昔からまるで興味が湧かない。元々運動、特に球技は得意中の得意だったので、取り立てて下手でもなかったが、何せほとんど試合を見たりしないからプレーのイメージも湧かないし、特段、上手いわけでもなかった。が、それでも時代の流れか、半ば強制的に小体連に入らされたため、持ち前の体力任せで何とかやってた。とは言え、やはりよく分からないので自信を持ってプレーするには程遠かった。そんな時、とある試合中に外野から飛んだ野次が冒頭の一言だ。
今になって思えば試合に出ているオレの方がエラいし、やっかみもあったことは想像に難くないが、小学生のオレはそこまで考えられなかった。
通常なら喧嘩になるところだが、試合中だったし、何よりサッカーに自信がなかったオレには言い返せるだけの理論も言葉もなく、怒りをぶつけるところもなく、「やってられるか!」と心が折れた。
後日、オレは顧問の先生に退部を申し出に行った。怒りを抑えきれないオレの姿に何かを察した声の低いダンディな渋い先生は、まるで青春ドラマのように窓の外を見ながら、細かい理由は言うつもりもなかったオレから巧みな話術で本音を引き出していった。そして、
「そうか…アイツ口悪いもんな…」
と独り言のように呟いた。
「Yはどうだ?アイツも口は悪いが…?」
と聞いてきたので、一緒に笑ってはいたがYには何も言われてないと答えた。
その後どうなったか、オレには知る由も無いのだが、恐らくあの先生は皆の前でオレの話をしたのだと思う。特段他の誰かに何かを言った訳ではなかったが、Yがオレに突然謝りに来て驚いた事があったので多分そうなんだと思う。だがもう1人の肝心の「アイツ」は謝罪には来なかった。
あの時、殴り合いの喧嘩でもしてりゃあるいはスッキリとわだかまりなく終われたのかも知れないが、それが状況的にできなかった。オマケに向こうも知っておきながら落とし前をつけにも来ないつもりなのだな、と、モヤモヤしたまま時は過ぎ、それでいて表面的には過去のわだかまりは無くなったかのように中学時代も過ごした。アイツはキャラも変わっていき、何となくオレたちの使いっ走りとまでは言わないが、オレはポジション的に謎のマウントを取っていたがために、時とともにこの忌まわしい出来事は徐々に記憶の隅に追いやられて行った…と言いながらもどこか釈然としない思いがオレの中にはずっとあり、結局コイツと仲良くすることはなかった。
更に月日は流れ、冒頭の一件から5年。
高2の春、オレと同じ高校に進んだ「アイツ」は同じクラスになった。
今思うと笑えるぐらい高校生のオレたちが球技大会に賭ける情熱は凄かった。4日ほど掛けてその学期に体育でやってる競技で、クラス対抗トーナメントを行う。「勝つぞ(#゚Д゚)ゴルァ!!」ってノリのクラスだったので、1学期の狙撃バレーボール、2学期の血塗れのハンドボール(詳細は割愛)、と盛り上げては楽しんできた。
そして3学期。オレたちの高校は少し変わってて、競技が他ではあまり例を見ないラグビーだった。
オレはラグビーが得意だった。足も速い方だったし、パワーもあるのだからまあ、当たり前と言えば当たり前。ラグビー部に一時的に引き抜かれたぐらいの腕前で、クラスの中心になり球技大会に臨んだ。
1回戦の相手のサッカー部のエースと2番手みたいな奴らがいる。エースの奴は50m5秒台とオレよりも足は速い。さて、どう攻めるか。
当日、天候はあいにくの雨。
だが我が校にはそんなものは関係ない。生徒側が中止になんてさせるか、どうしようもなくなるまではやる、と言うスタンスなので、問答無用で試合は決行された。
雨の中キックオフ。
一進一退の攻防ではあるが、若干押されながら
前半を終え、5-7でオレたちは負けていた。
後半、更にワントライワンキックを決められ、スコアは5-14に。残り時間も僅かでそう簡単に逆転できなくなってしまった。
が、ロスタイムに入るかどうかぐらいのところで美味しいところをもらい、オレがトライを決めた。キッカーをサッカー部の奴に任せたがあえなく外れ、スコアは10-14に。
しかし、時間はもうない。
恐らく次が最後のワンプレー。
だがこのプレーでワントライ決めればスコアは15-14となり、逆転はできる。
決められなければそのまま試合は終了だ。
オレが何とかしたいところだが、オレにボールを回すまでにプレーが止まったらそこで終わりだ。
仕方がない。
全員に指示を出す。
「これがラストワンプレーやからな!時計止めるな!誰でもいいから最初にキャッチした奴はパスなんて考えずに、とにかく一直線に走れ!何としてでもトライ決めてこい!」
そして、最後のキックが相手から放たれる。
すると、何と言う運命のいたずらか。これは…取れる。
オレに任せろ!とボールの落下点の少し手前で構え、軽いステップを踏み、キャッチと同時に一気にトップスピードへ。
一気に湧き上がる歓声。
1人、2人とかわしていく。
味方の歓喜と、敵方の悲鳴とが入り混じり、歓声はいっそう高まり、空気を震わせる。
しかし3人目をかわす頃にはターンの繰り返しでスピードが落ちてきた。
そして4人目が目の前に立ちはだかる頃、完全に失速し、捕まった。
一気に群がる敵。
万事休すか。
その時「キレネンコ!こっちや!」と足だけは速かった「アイツ」が呼んだ。
よく付いてきた!
コレは貰った。オレが3、4人引っ張ったおかげでアイツはフリーだ。
昨年のW杯でよく見た、いわゆるオフロードパスを華麗に決め、倒れ込みながらオレは「アイツ」にボールを送った。
貰った…と少しニヤリとした次の瞬間。
ピピーー!!とホイッスルが鳴る。
何と、ノックオン。(ボールを前に転がす反則ね)
「アイツ」がキャッチをミスりやがった。
そして当然そのままノーサイドのホイッスル。
当たりどころのない怒り。
淀む空気。
押し黙る味方の観客席。
オレは吠え、当たりどころがなく、地面を拳でブン殴り、土砂降りになった天を仰いだ。(厨二だなぁ(笑))
そう、この雨のせいだろう、「アイツ」がファンブルしたのは。分かってはいるが、
『こんのヘタクソがぁぁぁ!』
と言う言葉が喉まで出て、グッと堪えた。
どんよりした空気の中、着替えに教室に戻った。
怒りに震えるオレに誰も声を掛けようとはしない。
だが、そこに「アイツ」が来て「キレネンコ、すまんかった」と謝った。
…その言葉で何故か、記憶の奥に閉じ込めていた5年前の出来事が瞬く間にフラッシュバックした。
捲土重来。
湧き上がる当時の怒り。小学生当時のオレが野次を飛ばされた時より遥かに重大な、試合を決める局面でミスを犯したアイツをボロカスに罵倒しても今なら誰も文句は言うまい。アイツにあの時の「仕返し」をする千載一遇のチャンスだ。
だが一方で「赦せ」「そんなことをして何になる」と心の中のオレが言う。
「アイツ」は多分、小学生の頃の話など覚えてなくても不思議ではなく、当然、その謝罪の言葉に当時の気持ちなどあるはずもない。が、アイツの口から出た謝罪の言葉には、何となくオレの中で「頼むからあの時の仕返しはやめてくれ」と言う泣きの一言にも感じ取れた。
今、コイツを赦すことがオレを一段上に導く。そうすればステージの違う物として、全てが無に帰するだろうと。
過去の落とし前を付けるべく、オレは自分でも驚くほど冷静に口を開いた。
「まあ、負けは負けや。1人で最後まで走り切れんかったオレも悪い。誰のせいでもない」
こうしてオレの高2の球技大会は終わった。
オレは「時間が解決する」と言う言葉が嫌いだ。何の努力もせずに時間に「あとは時間、よろしく」なんて虫のいい話があるかと思っている。時間が解決するのは行動した人間にのみだ。雨垂れが石を穿つには雨垂れの下に石を持っていく努力、もしくは雨垂れを石の上に持って行く工夫がいるのだ。
時間は嫌な思いを薄めはするがゼロにはできない。ゼロにしていないものはふとした拍子に甦る。なので、決着をつけて「ゼロ」にして次に向かう。
人生においてしっかりと自分の中で「落とし前を付ける」って大事。そんな事を学んだ、思春期の一件。
-了-
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