見出し画像

【歌詞考察】Pretenderの歌詞について、本気で考えたことある?パスカルと同じ美を感じる。

さて、日曜日に何を書こうか悩んでいたのですが、実はPretenderに関してはちゃんと考察したかったので、今日は以下のテーマで書きます。

パスカルを知れば、Pretenderの愛の言葉のすごさがわかる。

ん?パスカルってあの「人間は考える葦である。」って言った人?そうです。次の文はパスカルの友達に当てた手紙の引用です。

「今日は時間がなかった為に、このように長い手紙になってしまったことをお許しください。」

この時間がないから手紙が長くなるという一見矛盾している内容を頭に置いておきながら、Pretenderの歌詞を見て行きましょう。(今回は時間の関係上サビだけになります)

歌詞考察

まず以下の歌詞を見てください。改めて真剣に向き合って見ましょう。

スクリーンショット 2020-04-26 20.31.16

グッバイから始まるこのサビは、とても印象的ですよね。じゃあなんで「グッバイ」なんでしょうか。「またね」とか、「じゃあね」とかではダメなのでしょうか。また、その理由は単に語呂とリズムだけなのでしょうか。

僕は、この「グッバイ」はとても偽善的で、一方的なニュアンスを含んでいると思います。Good Byeの文字通りその別れは「お互いにとって良いものである」と決めて、こちらから別れを告げています。またね、とかじゃあねと違って、グッバイは突き放すような印象を与えます。それもそのはず。彼は主演でもなく、序盤の歌詞にあるように「ただの観客」です。観客と主演の間には双方向的な関わりはなく、恋人という関係でありながら、先がないことを知って一方的に「グッバイ」と離れていくのです。そこに「じゃあね」とか「またね」みたいな「また今度ね」というニュアンスを含む言葉はそぐいません。だってもう会わないのだから。See youでもないのはやはり「別れのニュアンス」の違いでしょうね。また会うことを望みながらのさよならなのか、会わないことを覚悟してのさよならなのかの違いです。

あくまで僕は観客

主演は相手です。なので、「君の運命の人は僕じゃない」と君を主観に考えます。

僕がこの歌詞の中で二番目に美しいと思うレトリックは「髪に触れると痛い」という歌詞です。もちろん、めちゃめちゃハードワックスで髪の毛が痛いわけではなく、心が痛むわけです。それを「髪」という柔らかさやしなやかさの象徴と共に使うことにセンスを感じるわけです。

運命の人じゃないなら僕にとって君は何?

運命の人って、双方向でそうあるべきなんです。相手が僕の運命なら、僕も相手の運命である。そうやって結ばれるんです。

さっきも言ったように、彼女は主演で僕は観客。ここに双方向性はありません。じゃあこんなに君のことを好きなのに「君は僕の運命の人ではないのでしょうか」

まるで、「運命の人以外結ばれない」みたいな考え方ですが、きっと彼の頭の中では運命の人じゃなければその人は「特別な人ではなくなってしまう」のでしょう。今までの過去を振り返っても、そんなことは考えたくないですよね。なので彼は

答えはわからない わかりたくもないのさ

と考えることを放棄するんです。グッバイとか放棄とか少し一方的で投げやりな気もします。しかしここで放つのがこの歌で一番センスが光る歌詞。

たった1つ確かなことがあるとするのならば、「君は綺麗だ」

今までダラダラ考えてきて、最後に述べるのは好きでも愛してるでもなく「君は綺麗」という言葉。ここが深いんです。

きっと、いや、というか確実に僕は君のことが大好きだし、それを伝えたいはず。しかし、ここは別れのシーン。「愛してる」なんて言って「グッバイ」とか意味わからなさすぎます。それに、彼女が僕にとってなんなのかもわからない今、それが本当に愛なのかも疑問です。考えることについては放棄しています。

なのでここでグッと自分の気持ちを押し殺して、「君は綺麗」という事実だけを述べるんです。これは揺るぎない上に別れの邪魔もしません。

つまり、前の歌詞の流れから考えると

「僕にとって君は何?」「君は綺麗だ」という回答になるのです。

僕がここで鳥肌もんだと思ったのは、「君は綺麗」というセリフは明らかに「観客の立場」からきています。つまり、やっぱり観客でしかなく、絞り出した回答も見てわかる事実に納めるのです。

なぜパスカルの話をしたか

ここで本題です。パスカルは「時間がなくて長い手紙になった」という風に謝罪しましたね。これは「時間をかければ、余計な言葉を削ぎ落として短い文で済む」ということです。推敲に推敲を重ねると、自然と伝えることはシンプルになります。

「メモの魔力」でも前田さんは時間をかければ「全ての言葉はシンプルになる」ことを述べています。

では、Pretenderの僕の場合はどうでしょうか。そうです。考えに考えて、もっと違う世界戦で出会いたかったとか、グダグダ言うのをやめて最後に絞り出したのが「君は綺麗だ」と言う究極にシンプルな言葉であり、考え抜かれた愛の言葉なのです。

素敵すぎませんか。なんで歌詞の中の人がこんなに先が見えない思いをしているのかわかりませんが、それでも彼は彼氏を演じる(pretender)になることをやめるわけですよね。

でも結局、自分の気持ちを押し殺し、別れを決心することで今度は本当の自分に対してpretenderになってしまうのです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?