避難所報道に欠ける「当事者感覚」

現場のメディアが避難所で寝るわけにはいかないからロケのクルマで仮眠を取るような生活が強いられる。たとえ交代のシフトを組んだとしても、報道すること以外何もできない自分たちの業に、業を煮やすのだ。レポーターを見ていると、震災を報道してきた人かどうかがすぐにわかる。大多数の震災報道経験者は被災者にこっぴどく叱咤された経験があるから、被災者の神経をさかなでない報道を心がける。しかし、最初に震災報道を経験する記者は、疲労困憊の時に、マイクとカメラを向けてドヤされる。きっとこれは、戦時中の従軍記者も同様だったのだろう。しかし、従軍記者には敵と味方が明確だ。でも自然災害には敵味方がいない。誰もが誰にも、怒りをぶちまけられない感情を持ったままだ。メディアには怒りをぶつけやすいのだ。だからメディアは嫌われているように見える。しかし、その状況は当然のことながらメディアの放送には流れない。一番心を痛めているのはメディアだ。仕事として頑張れば頑張るほど嫌われるからだ。

ただ、一番メディアに欠けているマインドは、被災地に存在する自分の感情だ。被災地に訪れたよそ者だから嫌われ、いじめられるのだ。報道の立場でありながらも、被災者と同じ視点に立ったレポーターやカメラマンは違う。震災報道の場合、客観報道よりも被災者のためになる情報を届ける主観報道のほうが本当は価値があると思う。一番情報を欲しているのが被災者だからだ。そうすると、全国の皆様ではなく、隣の避難所でテレビを見ている被災者にとっての有益な情報を提供するべきだ。避難所においてのチップスとか、簡単なゲームとか、安眠する方法とか、マッサージ技術とか、知らない人とのアイスブレイクとか、いろんな情報番組は作れるはずだ。

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