レビュー 「おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密」

ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」、A・A・ミルンの「くまのプーさん」、J・R・R・トールキンの「仔犬のローヴァーの冒険」。

広く世間に問うためではなく、身近な誰かひとりに読ませるためだけに書かれた物語は、時として不思議な力を帯びる。

その名作の列に、新たに加えるべき作品が現れた。

高井浩章「おカネの教室 僕らがおかしなクラブで学んだ秘密」だ。

あとがきによると、この小説の読者は作者の長女ひとりであり、数年後に次女が読者に加わったという。彼女たちが、作者にとってのアリス・リデル嬢だったというわけだ。

ルイス・キャロルことチャールズ・ドジソン教授の本業が数学者であったことはよく知られている。それは、鮮やかなリドルとなって『アリス』の中にも現れている。本書の作者である高井浩章の本業は新聞記者、経済記者だ。本書の縦糸はそこから紡がれている。

本書の目的は「(娘たちに)お金のことを教える」という点だろう。主人公である普通の少年木戸が、ひょんなことから所属することになった「そろばん勘定クラブ」という謎のクラブ活動を通してお金と世界の仕組みについて学んでいくという内容になっている。

(余談ではあるが、書籍化に際して主人公の設定が小学生から中学生に変更されたそうで、ここに設定の齟齬が生じている。学習指導要領としては、クラブ活動と部活動は全くの別物であり、中学校にクラブ活動は存在しない)

主な登場人物は主人公である普通の少年の木戸、名家の娘である福島、そしてそろばん勘定クラブを受け持つ江守の3人だ。もっとも、作中ではあだ名でそれぞれ、サッチョウ、ビャッコ、カイシュウと呼ばれることが多い。

江守は高身長でハーフめいた外見の男性だ。自分で投げかけた質問の、前提自体を切って捨てるようなことをする胡散臭い大人である。

率直に言うと、私はこういう大人が大好きだ。大好きだが、関わり合いにはなりたくはない。物理学者のなり損ないという設定にも個人的に共感した。ちょうど並行してマイケル・サンデルの『これからの正義の話をしよう』を読んでいたところだったので、リーマン・ショック時の銀行家たちを「ダニ」と読んで切り捨てたのには膝を打った。アイツら「ハイリスクハイリターンで儲けてます」って面していざ負けたら全然自分でコスト払わねえ!税金でボーナスもらってんじゃねえよ!!……失礼。そしてその「ダニ」の中にはかつての江守も含まれていた。子供達を導く賢者の役にしては、失敗も挫折も大いにしているのが江守という男だ。

ビャッコこと福島は、本作のヒロインと呼べる存在であり、本作の横糸である。平凡な主人公と比べて、美人で裕福で利発で影がある。その影が、ストーリーをドライブさせるエンジンだ。

内容としては、主人公たちと同じ中学生に読ませるには少し難しいかもしれないと思う。けれど、子どもというのは案外大人の期待を超えてくるものだ。それに、読んだ時点では分からなくてもその先に考えるための基礎にはなる。そういう意味で私はこの本を中学生高校生に勧めても差し支えないと思う。理解するのは難しくても、読むのは容易い本だしね。

物語は、江守ひとりが背負うには重すぎる謝罪のあと、未来への希望を提示して終わる。江守が目指す新たな事業は、経済というものが正しく動くようにという、作者の願いが込められているように思えた。

長々と書いたけれど、無料で公開されているんだから読んでもらった方が早い。3月末までだ。

https://impress.tameshiyo.me/9784295003389

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