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そんなこと言えないけど

「不安も悲しみも常に携帯していて、
だけど楽しくて仕方がなくて、目に光がちゃんと宿っているような日々がほしいだけなんだけど」とか、

「春と冬の間の夕方の気持ちとか、秋の昼間の気持ちとか、全部おんなじだと思ってたんだけどね、違うってことに気がついたんだ。
全部、違うの」とか。

ただ言いたいだけの話を、脊髄反射で話している彼はゆっくりと家具屋の電気コーナーを歩く。
どうやら机のランプが壊れて買い替えたいみたいだが、思考するのに夢中でちゃんと選べているのかは疑わしい。

「さんちゃんはさ、もし夜中の3時が朝になったら仕事休む?
俺だったら、夜中の3時が朝でも、昼の11時が夜でも、仕事辞める」

いつものことだ。意味がわからない質問をしてくる。
でもこれは、質問のように見せかけて、自分の話をしたいだけの罠なのだ。

第一、私の名前はさんちゃんでも何でもない。
一度彼に魚のさんまがあまり好きではないと言う話をしたら、
案の定、そんな人間見たことないと興奮し出して、それからずっと呼ばれている。
この間は本当の名前を忘れられていた。

「ずっと白の蛍光灯だったんだけど、本当はオレンジがよかったんだよ。」

やっと欲しいものが見つかったようだ。
細くて軽そうなランプだった。

家具屋から出たあと、私たちは解散した。

「俺の家からはね、林が見えるんだけど、
そこに一軒家が建つらしい。
この気持ちって悲しみに入るかな?」

そう言い残していった彼は、今、私と同じ気持ちだろうか?
冬と春の間の夕方の気持ち?

(fiction)

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