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炒飯

この頃バイトの日は昼をクリニックの外で食べるようになった。クリニックの食事スペースで食べると院長からいつ結婚するのか聞かれるので面倒だったからだ。気分転換がしたい。午前中ぶんのカルテを書いたらすぐに外に出る。

前行った洋食屋のオムライスが美味しかったのてまた行こうかなと思いながら歩いていたら、町中華が住宅街の交差点の角にあってふらふらと吸い込まれてしまった。炒飯を食べよう。入ると4人がけか6人がけのテーブルが8つくらいあって20人以上入れるくらいのお店だった。中国人の店員さんがいらしゃいませと言ってくれて4人がけの席に一人で座る。ほかにもう5人以上お客さんがいて炒飯とかラーメンを食べている。メニューを見るとチャーハンと五目チャーハンがある。座ってすぐ炒飯くださいと頼むと店員さんがちゃはんですねと復唱する。日本人の男性の調理師が一人で料理を作っていて、調理補助の女性が一人、中国人の人以外にもう一人日本人のホールの女性がいた。中国人の女性が一番年が若い。マスクをしていて気づかなかったのだが、中国人の店員さんは風邪気味だったようで、日本人の店員さんが「あんた、飲みなさい」と言ってパブロンゴールドの薬包を何包かちぎって渡し、渡された方は厨房の奥へいったん下がってお湯をもらって飲んでいた。

お客さんはみんな現場仕事をしてる感じの男の人ばかりだ。お兄さんからおじさん、おじいさんという感じの年齢の人まで様々いる。鳶職って感じではないのだが現場服っぽい機能的な汚れてもいい服装をしてる。あんまり見たことがないので違いがわからない。医療職のユニフォームでも職種によって細かい違いがあるがそういう感じかもしれない。隣の席はお兄さんとおじさんでご飯を食べている。近くの現場で解体業をしているようで、そういう話をしている。このペースでやってて終わりますかね、どれくらいかかるだろうと工期の話をしている。お兄さんの方は声が大きいのだけどおじさんの方は声がしゃがれていてほとんど聞こえず、お兄さんが一人で話してる感じになってしまっている。お兄さんの方にもやしそばが先に来て、おさきす、と言って食べ始める。熱々の巨大なラーメンどんぶりから麺をすすり「めちゃくちゃあったまる、美味しい…」と言いながら食べている。その言葉にたまたま聞いている自分も頬がほころぶ。

ちゃはんです、と言われて炒飯がやってきた。思ったより大きな器に、これまた大きな丸い山の形に盛り付けてある。付け合せの中華スープには薄切りにした白葱が入っている(ところどころ切れてない)、そして小皿のザーサイ。ザーサイはなぜか焼き目がついている。レンゲで大きくすくって一口頬張ると、味が濃い、そしてMSGがバキバキに効いている。うわあこれは……全部食べられるかな、と思うが、お腹も空いているので普通に食べられる。食べているうちに味つけに慣れてきてレンゲが止まらなくなる。これがMSGの特徴という感じがする。塩だけで味つけをした白粥を作ったことがあるが、この「止まらなくなる感じ」がなくて、美味しく食べられるのだけど、だいたい食べたらなぜかちょうどよくピタッと食欲が止まる感じがする。炒飯には粗く刻んだ焼豚が入っている。合間にスープを飲み、焼きザーサイを齧る。この炒飯は、パラパラというよりは、しっとりしている炒飯だ。化調バッキバキでも、これはこれで美味しい。隣の声が嗄れたおじさんのところにニクヤサイイタメが来た。割り箸を割ろうとしたおじさんが初めて声をだしてあはは、寒すぎて、指が動かなくなってる、ほら、と笑う。もやしそばを啜っていた向かいのお兄さんが顔を上げておじさんを見て、あは、外が寒すぎたんすね、かじかんでるんだ、と二人で笑っている。今日は今年に入って一番寒い日だった。

炒飯を食べているうちにどんどん現場作業服のおじさんが入店してくる。6人組で入ってきたおじさんたちが分かれて座り、二人が私の向かいに相席になる。座ると即座に自宅のように寛いで「あいつが竹中の独身寮によお……」とそれっぽい話をしている("竹中の独身寮"にぐっときてしまった)。向かいの70代くらいのおじさんがたくさんあるポケットの一つから巨大なカッターナイフを取り出したかと思うとこちらがぎょっとする間もなくガッサガサの爪を削りはじめてちょっとウケてしまう。12時過ぎてどんどんお客さんが増えて席が埋まり持ち帰りの人も来始める。作業服の人たちだけでなく近所の人も来始める。混みすぎると居心地も悪くなりそうなので急いで食べて立ち上がって支払いをすませた。レジ前から自分が座っていた席を見るとさっきまで大盛りに盛ってあった炒飯がもう一粒の米粒もない。きれいに食べていた。まだ店に入ってから16分しか経っていなかった。ちゃはんいとつ、と言いながら風邪ぎみの中国人の店員さんがお会計をしてくれて、お釣りの20円を右手と左手に10円ずつ持って私の手のひらに置いてくれた。



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