「妖怪解析官・神代宇路子の追跡 人魚は嘘を云うものだ」発売直前セルフインタビュー

※本項は、2019年3月23日にKADOKAWA・メディアワークス文庫より発売されるオカルトサスペンス小説「妖怪解析官・神代宇路子の追跡 人魚は嘘を云うものだ」を紹介するために、作者・峰守ひろかずが自分で自分にインタビューする体で書いたものです。

―― 今日はよろしくお願いします。

峰守:こちらこそよろしく。

―― ではまず、本作のあらすじについて聞かせてください。

峰守:舞台は「豆井戸(まめいど)市」という架空の港湾都市だ。太平洋に面した中規模の地方都市で、海の近くには埋立地が広がり、歴史の古い地区もあれば新興住宅地もあり、治安のいいところもあれば悪いところもあるが、最近は全体的に治安が悪くなってきている。そして水路や川がとても多く、全体的に景気が悪い……。
 そんな、日本のどこにでもあるような街のとある川で、ある日、上半身だけのミイラ化した死体が見つかるところから物語は始まる。主人公である刑事の御堂陸(みどう・りく)は――彼はとても正義感の強い人物なんだ――その遺体の出どころを突き止めようとするんだが、上司から捜査を止められてしまうんだ。「あれは平凡な自殺だから捜査の必要はない」ってね。

―― 自殺? 半身しかない遺体がですか?

峰守:疑問に思うのは当然だよね。要するに上はこの事件を揉み消したいんだ。そう気付いた陸はもちろん食い下がるが、警察という組織では上下の命令系統は絶対だ。陸が納得できない思いを抱えていると、そこに、警察から委託されている解析官の神代宇路子(かみしろ・うろこ)がやってくる。

―― 神代宇路子はタイトルにもなっている人物ですね。「委託されている」ということは警察の職員ではないんですか?

峰守:そうなんだ。豆井戸市はそんな大きな街ではないから、市警の規模だってそこそこだ。科捜研のようなチームを抱える余裕はないので、科学分析を行う民間企業に証拠の分析などを委託しているわけだね。この民間企業というのが「神代解析センター」。弱冠25歳の神代宇路子が一人で経営する小さな事業所だ。
 宇路子は自己主張をほとんどしない気弱な人物なんだが――少なくとも警察内ではそう認識されているんだが――捜査を止められて憮然としている陸を見て、ちょっとしたアドバイスをしてくれるんだね。不思議に思いながら陸がそれに従ってみると、川の下流で例の遺体の下半身らしきものを見つけてしまうんだ。

―― 「らしきもの」というのは?

峰守:ああ、これはカバー裏のあらすじにも書いてあるからネタバレにはならないだろうから言ってしまうが……その下半身は、魚の下半分としか思えない形をしていたんだよ。背骨の断面がぴったり合致した遺体を見て陸は驚き、気付くんだ。これはどう見てもあれだ、あの伝説上の生き物、もしくは妖怪、もしくは幻獣……「人魚」だ、とね。人魚は分かるね?

―― ええ。上半身が人間で下半身が魚のあれですよね。その肉を食べると不老不死になるという。

峰守:そう、それだ。都合のいい答をありがとう。自問自答インタビューは便利だね。そして同時に陸は訝る。宇路子はこの事実を知っていて自分に下流を調べるよう示唆したのか、と。もしそうなら宇路子は一体何を知っていて、いったい何が目的なのか……とね。
 陸が首を捻りながら自宅である寮に向かって夜道を歩いていると、ここでまた予期せぬ事件と出会いが起こる。詳しく話すことはできないが、この夜の出来事を経て、陸は三つのことを知るんだ。

―― 三つですか。

峰守:まず、「人魚は実在する」こと。「そのミイラがこの街に持ち込まれた」こと。「宇路子は人魚のミイラを追っている」こと。そして、「この街の治安の悪化の裏には、人魚のミイラが絡んでいること」……。

―― 四つでは。

峰守:四つだったね。失敬。ともかくその事実を知ってしまった陸は苦悩する。知ってしまった以上見過ごすことはできないし、警察は隠ぺいに手を貸しているようなのであてにならない。悩んだ結果、彼は宇路子とともに独自捜査を始める……というのが物語の導入部分だ。

―― なるほど。では次に、主人公たちについて教えてください。

峰守:まず、主役であり視点人物である御堂陸は、よく迷う青年だ。幼いころに両親を失って施設で育った彼は、自分を支えてくれた人たちに深く感謝しており、それが転じて「人を助けたい」「誰かの力になりたい」、そして「正しいことをしたい」「正しい人でありたい」という強い思いを抱いている。
 だから警察を志して刑事になったわけだが、ここで彼の前に現実が立ちはだかってくるんだ。揉み消しや隠ぺいが常態化してしまっている豆井戸市警では、陸のような性格は大いに煙たがられてしまうんだね。故に、相棒役の上司からは常に呆れられ、諭されている。「大人になれ」とね。

―― 「大人になれ」ですか。

峰守:そう。ここでうなずくのは正しくないと分かっていながらも従ってしまう、今声をあげるべきだと思いつつも何も言えない……。そんな経験は、残念ながら、きっと誰にでもあるだろう。陸は、誰の中にでもある葛藤を抱えたキャラクターなんだ。
 もっとも、彼はただ悩んでいるだけのキャラクターではない。よく悩み、よく迷う性格だからこそ、思案の末に思い切った行動に出ることもある。特に、目の前に困っている市民がいた場合は、全力で助けようとするんだ。それに、生真面目で口うるさい面もあるよ。

―― 神代宇路子はどんなキャラクターなんですか?

峰守:迷いがちな陸に対して、宇路子は割り切ることのできる女性だ。自分の目的がはっきりしており、そのために何をすべきで何をすべきでないのかもすぐ決められるし、目的のためには法やルールも平気で破る。警察と委託契約を結んでいるにもかかわらずね。しかも宇路子は常に効率を最優先するから、生活態度も適当だ。そしてとても博識だ。解析業に必要な知識についても、そして、人魚をはじめとした妖怪についてもね。
 真面目な陸にしてみれば、決断力や行動力、それに知識量については尊敬できるし信用もできるけれど、それ以外の面――事件に向き合うスタンスや食生活など――については改善点だらけ、といった感じの女性なんだね。それに隠し事も多いのでなおさら素直に尊敬しづらいわけさ。彼女がなぜ人魚のことを知っているのか、なぜ人魚を追っているのかについてはここで話すことはできないけれど。

―― 陸と宇路子はどちらが年上なんですか?

峰守:陸が24歳で宇路子が25歳だから宇路子の方が上だね。一歳しか違わないけれど、陸にとっての宇路子は年の離れた姉のようなポジションだと言ってもいいかもしれない。
 主人公の二人は性格がまるで違うので、当然最初は気が合わない。当面の目的のために手を組んだだけなんだから当然だよね。でも、幾つもの事件を追っていくうちに――本当にいろんなことが起きるんだ――陸と宇路子はそれぞれ相手の意外な一面を知り、信頼関係をはぐくんでバディとして成長していく。その過程を楽しんでもらえればと思っているよ。

―― 次に、副題にもなっている「人魚」についてお尋ねします。そもそも、なぜ人魚なんでしょうか。

峰守:そもそものきっかけは二つある。

―― 「そもそものきっかけ」は普通一つでは。

峰守:覚えていないんだから仕方ないだろう。まず一つ、人と魚の特徴を併せ持った妖怪については、以前「絶対城先輩の妖怪学講座 十」で扱ったこともあるんだけれど、あれを調べた時に人魚の情報量の一端を知ってね。それだけをもっとしっかり扱ってみたいと思ったんだ。人魚が「妖怪」なのかについては意見の分かれるところだろうけど、「妖怪でもある」ということで納得してほしい。
 それともう一点、以前、「荒俣宏妖怪探偵団 ニッポン見聞録 東北編」(学研プラス)という本にライターとして参加した際、とある博物館で、大名が秘蔵していた人魚の干し肉――正確には、そういう名前で呼ばれている乾いた何か――を見せてもらったこと。知っての通り、人魚の肉は不老不死の妙薬だ。だから私は、これを食べたらもしかして……と思ってしまったんだよ。まあ、学芸員さんに「マウスに食べさせてみたりしましたか?」と声をひそめて尋ねたら苦笑されたんだけど。

―― でしょうね。馬鹿じゃないですか。

峰守:うるさい。それと、これはきっかけでもないんだけれど、人魚についてはもう一点忘れがたい出来事があるのでここで話そう。あれは確か、須磨の水族館で妖怪と海洋生物についての講演会が開催された時だ。講演自体も興味深いものだったけど、その後の質疑応答の中で、中学生くらいの少女がこんなようなことを尋ねたんだよ。
「人魚の肉を食べると不老不死になれるけど、もし体質に合わないと化物になってしまうって聞いたんですが」とね。

―― 講師の先生はどう答えたんですか?

峰守:「それ高橋留美子先生の作った話ですね」と。

―― でしょうね。「なりそこない」ですよね。

峰守:その質問者は、高橋留美子さんの人魚シリーズを読んだ誰かから――間に何人か挟んだかもしれないし、ネットか何かで見たのかもしれないが――「なりそこない」の設定だけを教えられたんだろうね。そしてそういう伝承があると思ってしまったんだろう。もしあそこで質疑応答で尋ねなければ、「なりそこない」の話が彼女やその周辺を通じて広がり、根付いたかもしれない……。そのことに私はとても興味深いものを感じ、興奮したんだ。人魚は今もなお伝承が……いや、「設定」が生き続け、更新されている妖怪なんだ、とね。
 そもそも、人魚というのはとても面白いモチーフだ。世間一般に流通している情報……イメージや印象と言い換えてもいいだろうけど、そういうものが何しろ多い。童話やディズニーの映画に見られるようなメルヘンチックなイメージもあれば、肉を食うと不老不死になるとかのような怪しい側面も持っている。西洋の人魚は美しく東洋の人魚は怪しくて醜いという話も有名だけれど、それはつまり、世界中に伝説が存在するということだからね。しかも文献だけじゃなくてミイラのような立体物でも残っている。それら全てをひっくるめて、諸要素を使った連作を組み上げた上で、「人魚とは何か」を筋が通るように説明できれば面白いんじゃないかと思ったんだよ。
 そうそう、メインテーマは人魚だけれど、他の妖怪の話もいくつか出てくるよ。宇路子は人魚を追ううちにその他の妖怪についても詳しくなってしまった人物だから、すぐに妖怪の話を引用するし、宇路子の解説以外でも登場する。実際に妖怪が出るのかどうかについては本文を読んでのお楽しみ、ということにしたいんだけれど、人魚をテーマにした理由がもう一つある。

―― 何でしょう。

峰守:「海」を扱いたかったんだ。川も含めて、「水域」とか、「大量の水のある空間」と言い換えてもいいかもしれない。僕は、海や川というのは、現代の都市にとって一番身近な異界だと思うんだ。

―― どういうことでしょうか。

峰守:古来の伝承で妖怪の領分とされた空間、たとえば深山なんかは、都市に生きる現代人にとっては身近とは言えないよね。でも海は違う。日本では大きな都市は海に面していることが多いし、海がなくても大きな川が流れていることが多い。そこには当然ながら大量の水があり、その奥までは光は届かない。
 分かるかい? 何がいるのかは見通せない、何がいても分からない空間が、都市部のすぐ近く、あるいは内側に存在し続けているんだ! これはとてもエキサイティングな事実じゃないかな?
 そもそも、前近代のみならず戦後においてもなお、海は怪しいものたちの故郷であり、出身地だった。ゴジラ、ガメラ、「パシフィック・リム」のKAIJU達……。彼らはみな、海という深淵から現れる。湖から現れたベムラーやエレキングを含めてもいいだろう。海は常に異形なるものの出身地なんだよ!

―― 「常に」って、そんなことはないでしょう。今怪獣を例に出しましたけど、近年で海から来た怪獣がどれほどいます? 宇宙や異世界や地底から来ることはあっても海から来た怪獣なんかいましたっけ、シン・ゴジラ以外に。深海怪獣グビラが地底からいきなり出てくる時代ですよ今は。というか最近の怪獣は特定個人のイマジネーションに基づいて生成されたり誰かがアイテムを用いて召喚もしくは変身することがほとんどで、自然環境の中に眠っていたり生息していたものが出てくるケース自体が少ないですよね。怪人や悪の組織まで視野を広げてもやはり異世界や宇宙出身が多数派で深海から来たのってマトリンティス帝国か「シェイプ・オブ・ウォーター」くらいですよね。適当なこと言わないでもらえますか。

峰守:急によく喋るようになったなお前。あの、「アクアマン」のクリーチャーは海から来たわけだけど。

―― 来たも何もあれ海の中の話じゃないですか。

峰守:すみません。

―― 最後に、本作に興味を持っている方へのメッセージをお願いします。

峰守:これは、不適で謎めいた解析官と若くひたむきな刑事が、人魚の秘密と、それに繋がる都市の闇に挑む物語だ。でも同時に、これはとても普遍的なことについての物語でもあるんだ。信頼と成長というね。
「大人になれ」と叱られ続けてきた陸がどんな自分を選ぶのか。誰にも話せない秘密を抱え、一つの目的のためだけに生きる宇路子は何を隠していて、最後に何を選ぶのか。二人の成長と選択、そして「人魚とは何か」という謎を楽しんでほしい。

―― 今日はありがとうございました。