「今昔ばけもの奇譚 五代目晴明と五代目頼光、宇治にて怪事変事に挑むこと」発売記念セルフインタビュー

(※本項は、2022年3月3日にポプラ社・ポプラ文庫ピュアフルより刊行された小説「今昔ばけもの奇譚 五代目晴明と五代目頼光、宇治にて怪事変事に挑むこと」の発売に伴い、作品内容を紹介するため、作者が自分で自分にインタビューする体で書いたものです)

今昔ばけもの

ポプラ文庫ピュアフル (327) (P[み]6−4)今昔ばけもの奇譚 五代目晴明と五代目頼光、宇治にて怪事変事に挑むこと

――今日はよろしくお願いします。

峰守:こちらこそよろしく。このセルフインタビューは新シリーズが始まる時しかやっていないし、去年出た本は続編や映画のスピンオフばかりだったから、ずいぶん久しぶりな気がするね。

――では本作のあらすじを教えてください。まずは時代背景から。

峰守:舞台となる時代は平安時代の末期、いわゆる院政期と呼ばれる時代だ。
 かつて朝廷や藤原氏が握っていた権力は法皇に移ってしまっており、寺院は僧兵で要求を押し通そうとするし、どうもあちこちきな臭くなってきているぞ、という時期だね。もう少しすると平家が台頭してきて、さらにもうちょっと経つと源氏が出てくることになる。今ちょうど大河やアニメでやってるあたりだね。便乗してえなあ!

――ハイハイ。主人公はどういう人たちなんですか?

峰守:主人公は二人いて、まず一人は源頼政(みなもとのよりまさ)。カバーイラストの奥の背の高い方だね。アオジマイコさんの絵は本当にクールでいいよね……。この頼政、鵺退治の伝説で知られる実在の武将だけど、本作では二十歳になったばかりの若武者だ。
 平安朝全盛期に酒吞童子を退治した英雄として知られる源頼光の五代目で、そのおかげで勇猛果敢な武者だと思われがちで、でも実際は和歌や物語が好きなおとなしい性格なんだよね。覇気もないので、「あの頼光の子孫の割に……」と思われることが多く、ちょっとしたコンプレックスになっている。

――頼りない人物なんですか?

峰守:まあそうなんだけど、他者に共感できる優しさや、自分の行為の意味を常に考える思慮深さも持っている青年でもあるんだよ。さらには他の一面もあるんだけど、そのあたりは読んでみてほしい。
 この頼政が、時の関白から「宇治に隠棲した先代が治安維持要員をほしがってるから行ってきなさい。一人で」と命じられる……というのが物語のプロローグだよ。

――一人で?

峰守:読んでもらうと分かるんだけど、いろいろ政治的な駆け引きがあるんだよ。要するに偉い人の顔を立てるために行かされるんだね頼政は。このあたりのしんどさや面倒さは、現代人にも通じるところはあると思うよ。

――まあ現代人が書いてるわけですからね。それはそうでしょうよ。

峰守:何?

――一つお聞きしたいんですが、若い頃の頼政が宇治に赴任したという話はあるんですか? そもそも酒吞童子退治の話ってこの時代にはまだなかったのでは? あの伝説の最古の資料は確か南北朝時代の絵巻物ですよね?

峰守:二つ聞いてない?
 まず頼政が宇治に赴任した記録だけど、知る限りは無いです。でもまあ記録に残らない出向任務だったということで。一応、頼政のお墓は宇治の平等院にあるから、宇治ゆかりの人物ではあるんだよ。
 もう一つ、酒吞童子伝説の成立時期についてだけど、でも残ってる史料がないだけで、この時代にもう成立してた可能性はあるわけだよね?
 可能性は! ゼロじゃない!

――どうしたんですか急に。

峰守:シンカリオンZの後半良かったよねーと思って。
 ともかくそこは一応気にはしていて、酒吞童子伝説については、作中では「宮中では有名な話」という扱いにしているよ。ちなみに作中には「宇治大納言が聞き集めた物語」という設定で、いろんな伝説が出てくるんだけど……。 

――それは気づきました。あの物語集って実在してませんよね?

峰守:はい。
 宇治大納言こと源隆国(1004~1077)が、宇治で巷の伝説や説話や物語を集めたというのは確からしいんだけど、それは残ってないんだよね。もったいないにもほどがあると思う。
 でも作中の時代なら全然残ってるだろうし、そこに何が載ってるかは自由なので、ああいう風にしたわけです。

――あきらかに近世以降の伝説とか混じってませんでした?

峰守:平安後期に成立していた可能性はゼロじゃない!
 伝説の成立時期についてなら、もう一人の主人公……安倍泰親(あべのやすちか)の話をしていいかな。

――カバーイラストの手前にいる少年ですね。

峰守:そう、彼はあの――もう説明するまでもないほど有名な――安倍晴明の五代目に当たる少年だ。伝説的な陰陽師として知られる安倍晴明だけど、実は存命中にはそういう逸話って記録されていないんだよ。

――そうなんですね。

峰守:そうなんだよ。じゃあ「式神を使った!」みたいな話が出てくるのがいつかと言えば、平安末期、ちょうどこの物語の時期なんだね。
 作中でも安倍家と陰陽寮は、始祖である晴明の神格化に躍起になっている。もう一人の主人公たる泰親は、まだ十五歳だけど聡明なので、その流れに反発しているんだ。
 陰陽道ってそういうことじゃないだろう、初心に帰って天体観測をちゃんとやろうよ、知識は秘伝にするんじゃなくて共有しようよ、というスタンスなんだよ、泰親は。
 あ、今更だけど、この作品は基本的に妖怪はいない世界観だよ。

――「基本的に」とは?

峰守:あんまり詳しく言うとネタバレになるので……。鬼とか霊が普通に出てきたりはしない、ということだけ知っておいてもらえればいいかなと。
 で、そんな世界だし泰親は賢いから、「陰陽道は呪術だ」「晴明は凄いんだ」みたいな流れには乗れない。でも若いから本家のやり方を変えることもできなくて、京都を離れて宇治に引っ込み、平等院の経蔵で日々書物を読み漁ったり天体観測したりしている。
 冷静で博識で客観的に物事を見る力があって、自分に何か欠落していることも気づいている……。泰親はそんな少年で、そんな彼が頼政と出会うことで物語は始まるんだね。

――なぜ平等院なのですか? アマビエの護符が見つかったからですか?

峰守:その話もうそろそろ忘れてあげない?
 うん、平等院は今でも有名だけど、当時の平等院は……どう言えばいいかな。「いろんなものがあるし、あってもおかしくない」場所だったと僕は理解している。何せもともと摂関家の別荘だったわけだし、実際、宝物の類も多かったみたいだし。そもそも本作の構想のきっかけも平等院の宝蔵伝説なんだよ。

――それはどういった伝説なんでしょうか?

峰守:平等院の宝蔵、つまり宝物の蔵には、神仏から与えられた宝物とか、大妖怪の死体とか、封印された書物なんかが秘蔵されているのだ! という伝説だよ。
 平安末期から中世にかけて流行ったみたいで、「実は平等院にはあれがあったんだ」みたいな話が山ほどあるんだよね。このへんは田中貴子先生の「外法と愛法の中世」に詳しい……と言うか、これくらいしか詳しい本が見つけられなかったんだけど、ともかくその伝説がモチーフなんだ。本作は連作短編形式なんだけど。

――「人魚を食った橋姫」「鵺の啼く夜」「竜宮帰り」「妖狐玉藻前」「鬼の王の首」の全五話ですね。このタイトルを見ると、各話でそれぞれ有名な妖怪を扱っているようですが。

峰守:それぞれ有名な妖怪を扱っているよ。いずれも古代から中世にかけての時代を代表する妖怪だけど、実はどれも平等院に死骸や記録や関連した事物が収められているんだね。正確に言うと「収められていたという伝説がある」なんだけど。
 その他、戦後になって見つかった発掘資料や最近の研究成果も絡めてリアリティを補強しているよ。これはほんとにある話なんですよ、というパートについてはそう書いてあるので、そこは素直に信じてほしい。でも、フィクションなのであまり信じすぎないでほしい気持ちもある……

――どっちなんですか。

峰守:作家はアンビバレンツなんだよ。

――またそういう自分でもよく分かってない言葉を使う。この作品で描きたかったものとは何ですか?

峰守:うーん。実は「平安時代もの」というオーダーを受けた時、ちょっと迷ったんだ。ものすごくぶっちゃけてしまうと、僕は権力者の暮らしとか権力争いにあんまり興味が持てないんだよ。末端の兵士とか平民、なんなら退治される妖怪とかに共感してしまうんだよね。でも平安ものとなると、主役はやっぱり貴族階級になる。

――それはそうでしょうね。

峰守:うん。陰陽師とか妖怪ってお題もあったからね。
 もちろん時代物は読むし、読んでる間は楽しいんだけど、書く側として考えるとモチベーションが持てるかなと思ってしまったんだ。
 去年書かせてもらった「妖怪大戦争ガーディアンズ外伝 平安百鬼譚」みたいに、妖怪が人を食うのでとりあえず倒すぞ! みたいな話なら全然楽しく書けるんだけど……と言いつつ、あれも貴族社会を守る話かと言えばそうでもないんだけど、ともかく今回は、もうちょっとリアルめでシックな世界観でやりたい気持ちもあってね。

 そこで思いついたのが、その悩みをそのまま物語に持ち込むことだったんだよ。与えられた秩序維持の任務をこなしつつ、その任務の意味を考えてしまう、そんな若者を主人公にしてみたんだ。

――それが源頼政ですか。

峰守:そういうこと。本作は荒唐無稽で明快な妖怪ものだけど、その中で彼は、支配階級であることの重みや責任について考えていくことになる。これは書き甲斐があったよ。
 で、もう一人の主人公である泰親だけど、彼についてはまた別のスタート地点があったように思う。

――と言うと?

峰守:平安時代で陰陽師といえば安倍晴明で、晴明は数え切れないくらいの創作に登場している。でも晴明が伝説にされていく時代って意外と盲点じゃないかって思ったんだよ。
 で、その時代の晴明の子孫を調べてみると泰親で、これがかなり優秀な人物だったらしい上に、九尾の狐退治の伝説でも知られていて、しかも同時代人には鵺退治で有名な頼政もいる。この二人を組ませたら面白くなるんじゃないと思ったんだ。

――なるほど。ところで、先ほどから「二人」と言っていますが、もう一人メインキャラがいますよね?

峰守:玉藻(たまも)だね。
 あらすじやカバーイラストには出てないけど、隠すことでもないだろうし言っておくと、本作には、遊行の芸人で外術師で薬売りでもある「玉藻」という女性が出てくる。
 この名前だと、当然玉藻前(九尾の狐が化けたとされる美女)が連想されるだろうけど、そのあたりは読んでみてください、ということで。玉藻は、貴族や武士ではない身分のキャラも欲しいと思って出したキャラなんだけど
かなり生き生きと動いてくれて感謝しているよ。

――なるほど。他に何かありますか?

峰守:うん。平安末期を舞台にしたのは、さっきも言った通り、晴明伝説の成立時期だからというのが大きいんだけど、調べてみて、模索とあがきの時代だなという感じがしたんだ。
 晴明を神格化してみたり、源氏物語を絵巻にして広く知らしめようとしたり、平等院の宝蔵伝説もそうだよね。俺たちの先祖はこんなすごかったんだぞ、その子孫の自分たちも凄いんだというアピールを、朝廷や藤原氏が手を変え品を変えやっていたわけだ。でも実際は知っての通り、貴族政治はもうすぐ終わって、その後は武士の時代になってしまう。
 数百年続いた仕組みが瓦解していく時代、先が見えなくて中高年が慌てる時代に、若い世代は何を思うのか、どうあろうとするのか……というのは、どの時代でも通じるテーマだと思うし、読み応えのあるものが書けたという手ごたえもある。楽しんでもらえると嬉しいよ。

――では最後に、本作に興味を持っている方へのメッセージをお願いします。

峰守:今言ったつもりなんだけど?
 えーと、これは、お人好しだけど気の弱い武士が、天災で博識な少年陰陽師とともに、妖しい事件に挑む物語だ。謎解きもアクションもあるし、連作短編形式だからサクサクと読み進めてもらえると思う。
 でも同時に、これはとても普遍的なことについての物語でもあるんだ。生き方の模索や成長、少年期の終りということについてのね。

―― 「でも同時に、これはとても普遍的なことについての物語でもあるんだ」、ほんと好きですね。

峰守:これがあると洋画や洋ドラのインタビューって感じがするんだよ。

――今日はありがとうございました。

峰守:こちらこそ。