まーちゃん物語 ―ショートショート―
まーちゃんは必死に『木』になりきっていました。
両手をぐーっと左右に伸ばし、微動だにしません。太陽の光をたくさん浴びて光合成でもしそうなくらい、まーちゃんは『木』でした。
おゆうぎ会では幼稚園のどの子たちも何らかの役を演じます。たとえば、ささきくんなんかは大きな段ボール製の剣を両手に持って勇者を演じ、その仲間の魔法使いはちーちゃんが演じています。ただ、敵役の大魔王はくみこ先生でした。両手を振り上げ、口を大きく開いてまるで炎でも吐きそうな迫力が確かにありました。
そんな舞台で、友達のこうくんとともにまーちゃんは木でした。当然、木になったことのないまーちゃんは木の気持ちがわかりませんでした。こうして木になっている今も、木はいつもどんなことを考えているんだろう、とばかり考えてしまいます。まーちゃんはいつだって全力です。お母さんに「おゆうぎ会、がんばってね」と言われたから今日はもっと全力です。
まーちゃんは役を決めるとき、真っ先に『木』に手を挙げました。それは楽をしたいからでもみんなが嫌なことを率先してやったというわけでもなく、一番難しそうに思えたからでした。まーちゃんはいつだって全力なのです。
その日、まーちゃんはお昼休みに外へ出て木を触っていました。するとびっくり。木はごつごつしてとても強そうでした。それに比べまーちゃんはふにふにとし、弱そうに思えました。これじゃあいけない。まーちゃんは毎日木を触り、いっぱいかけっこをしました。もっとがんばらなければ、木のように強くはなれないぞ。
幼稚園の遊具でたくさん特訓をしました。すべり台を逆から登ったり、砂場で穴を掘ったり、鉄棒にたくさんぶら下がったりしました。少し強くなったような気がしました。
でも、なかなか木になることはできませんでした。なんで木のように茶色になれないんだろう。なんで木のように固くなれないんだろう。まーちゃんはまだまだ肌色のふにふにでした。
まーちゃんはある日、お母さんに「木はどうして木なの?」と聞きました。
お母さんは不思議そうな顔で「どうしてそんなこと聞くの?」と言いました。でも幼稚園の先生にはおゆうぎ会で何の役をするかはお母さんにはナイショだと言われていたので、まーちゃんは「なんとなく!」と返します。
もしばれたらどうしよう。まーちゃんは胸がどきどきです。
お母さんは少し悩んだようでしたが、「木は優しいから」と答えました。
ようやく、わかったような気がしました。
そして本番の今日、まーちゃんは優しい気持ちでいました。
まーちゃんの目の前では勇者ささきくんが剣を携え、大魔王くみこ先生にとどめを刺そうとしていました。ささきくんは自分の見せ場だからか、興奮しているようです。客席のお母さんの手を振って見せ、ささきくんはくみこ先生に向かいました。
練習では、大きな音とともにささきくんが剣を振り下ろします。そしてカーテンコールとなります。しかしこの日は違いました。
じゃきん、という大きな音がした後も、ささきくんは何度も何度もくみこ先生のことを段ボールの剣で叩いていました。「いたいいたい」とくみこ先生も言っています。
まーちゃんは、走り出しました。
動かないはずの木が、ささきくんとくみこ先生のもとへ駆けたのです。そしてまーちゃんは、木の枝が書かれている手でささきくんの頭を一回だけ、ぺん、と叩きました。
「ささきくん! どれだけわるいひとでも、いじめちゃダメ! わるいひとは、ゆるしてあげなきゃダメ! それがゆうしゃでしょ!」
まーちゃんが言うと、ささきくんはくみこ先生に「ごめんなさい」をし、ささきくんとくみこ先生は握手をしました。そしてカーテンコール。大きな拍手が起こり、少しだけ照れくさいまーちゃんでした。
この日、まーちゃんは本当に木になったような気がしました。
〈了〉
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