彼の中には水がある ―ショートショート―

お題いただきましたのでそれでショートショートを書いてみたいと思います。

お題「江戸時代のペットボトル」
(お題提供者 nano kanta さま)

………………


 彼には何が起こったのかはわからない。

 しかし景色が激変したことだけは確かに理解した。空は相変わらず青かった。だがそこには飛行機は飛んでおらず、高いビルも、スカイツリーもなかった。

 ここはどこであるか。

 喧噪が聞こえる。人々の談笑、足音、馬の声。あちこちから聞こえるそれらに、彼の体はぷるぷる震えた。彼を満たす液体が、空気振動に呼応したのだ。くすぐったい振動に彼は身もだえながらも、彼にはどうすることもできない。

 彼は地べたに寝転んでいた。いつまでも空を見ていてはつまらない、と少しだけ視線を動かしてみる。

 人がいた。

 スーツを着ているわけではない。彼は知っている。あれは着物と呼ばれているものだ。そしてそこにいる人は髪を山のように結っている。彼が住んでいた土地ではキャバクラの女性たちが似たような髪型をしていた気もするが、にしては若干おとなしい。

 ふむ、と彼は考える。

 そして考えた末に導き出した結論としては、ここはきっともといた場所からだいぶ遠いところなのだろう、というものだった。

 何かの拍子に彼は遠くに飛ばされ、ここへ来たのだ。文化が違えば衣服も異なる。ふむふむ、と彼は納得する。

 すると、次の瞬間に彼は浮遊感を味わった。

 どうやらここの者に拾われたようである。拾い主はハゲ頭に棒のようなものを乗せている。力士の髪型に近いかもしれない。その男は彼をまじまじと見つめる。こんなにまじまじと観察されたことがない彼は、なんだか少し照れくさい。

 男は何事かをのたまい、彼の頭を撫でた。

 そう、彼は彼を満たす液体を保持することが役目である。彼の頭をねじり取れば液体を外へ出すことが可能なのだ。しかし男は、彼の頭のぎざぎざを触っては、そのさわり心地に顔をほころばせているではないか。

 次に男は彼を振った。振って振って振って、そして凝視した。どうして彼の中に液体が存在しているのか、男には疑問なのだろう。だが彼にとっては、男がどうしてそのような疑問を抱いているのかが疑問だった。もしかすると、彼という存在を知らないのかもしれない。

 頭を回せばよいではないか、と彼は思う。だが彼には意思を伝える手段がない。どうしようもないじれったさにさいなまれつつも、男の動向をただ見守ることしかできない。

 そして男は、彼の衣服に手を掛けた。

 それは彼の名前や彼の出身地、彼を満たす液体について書かれている。この土地の人間にも文字が読めることを彼は祈る。そして祈りは通じた。

 男は目を輝かせた。すると、男は彼の衣服をはぎ取ったではないか。

 なんという辱め! これ以上の屈辱を彼は味わったことがなかった。これが俗に言うところの追いはぎというやつか。彼は男をにらみつける。

 が、視界は急激に移り変わった。

 次いで、全身に衝撃が走る。満ちる液体は跳ね、彼は気が狂う痛みに声なき叫びを上げた。

 彼を捨てた男は彼の衣服を見ては周りの人々を呼び止める。もう男の目には彼など存在せず、次なる興味として衣服があった。

 ころころと彼は転がり、彼は己の境遇を呪った。なぜこんなことになったのか……。

 心身の痛みに視界は徐々に暗くなり、暗くなり……気づくと、彼はもとの世界へと帰ってきた。

 ……よもや、さきほどまでのあれは白昼夢であろうか。

 声が聞こえる。

「今日もあっちぃな」
「なー」
「あ、そこの自販機で何か買わね?」
「だな」

 そして彼は指名された。

 彼は頭を外され、ゆっくりと傾けられる。

 液体を外へ放出する幸福感に彼は包まれるのであった。


………………


※ショートショートのお題、待ってます!10文字程度のお題をください。

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