勝利と肥大の狭間 ―ショートショート―
その様はまるで戦車であった。
彼はずぶとく居座り、ビクともしない。「ふふん、君の力はそんなもんかい」とか言いそうなくらいに僕を見下しては傲岸不遜そのものだった。
ええい、何のこれしきと僕は押す。
が、やはり彼の巨体はビクともしない。その肉体が僕の攻撃をも跳ね返す。後退し、彼との間合いを取る。彼はその身体で体当たりをしてきた。重い衝撃が僕の前身を揺さぶる。
脳みそがシェイクされているかのごとく、意識は吹き飛びそうだった。それでも僕は崖っぷちで耐える。
「あの、正くん、勝手に実況しないでくれるかい?」
僕は正直な感想を述べた。
「え? いいじゃん、なんかバトル漫画っぽくてさぁ」
「いや、気が散るっていうか……」
とか言っているうちに僕の消しゴムは机の外に吹き飛ばされた。
「あー……」と、僕。
「うわぁー! 僕はついに敗れてしまった。彼の巨体はいとも容易く僕を崖の下へ突き落としたのだった」と、正くん。
「よっし、宗佑、今日の給食、牛乳もらうからな」と、太郎くん。
太郎くんはニシシと笑う。快活に笑う様はまるでジャイアン。彼も消しゴムに負けず劣らずの巨体だった。
しかしこれで今日の給食は牛乳抜きか……。たしかパンだったっけ。牛乳無しでパンは辛いよな-。
僕のクラスでは消しゴム落としがブームだ。相手の消しゴムを先に机から落とした方が勝ちというゲーム。だから太郎くんはでっかい消しゴムを学校に持ってきては、一瞬のうちにクラスの頂点に立ったのだ。今では彼は「消し落とキング」の名を得ている。
そして太郎くんは消し落とで色んな人の給食を奪っていた。しかし彼としては消し落とに勝つ度に給食をもらうので、どんどんと彼が太るのは仕方がないことだった。今日もまた、彼の体積は増える一方である。
だが、太郎くんの反ダイエット生活は唐突に終わりを迎えた。
「あー!」
授業中にいきなり太郎くんは大声を上げた。何事だ、と先生は訝しがるが、僕にはわかっていた。彼は僕の隣の席。ことの成り行きをすべて見ていた僕としては、太郎くんの「あー!」にも頷けた。
太郎くんはそのでっかい消しゴムを使ってノートの文字を消そうとしていた。
そしたら、ボキッと、真ん中から消しゴムが折れた。
僕も心の中で「あー!」と叫んでいた。
「俺のワイルド2号が……」
ワイルド2号という名前だと初めて知った。というか、ワイルド1号すら知らなかった。まあ、彼の消しゴムはワイルドであった。しかし今ではもうワイルドのかけらもない。
半分に折れた消しゴムは、もうただの消しゴム2つだった。
これでもう、彼は消し落とキングではなくなった。
そしてこれから彼のダイエット生活が始まる、はず。
〈了〉
…………
※ショートショートのお題、待ってます!10文字程度のお題をください。
(このショートショートは「ワイルドな消しゴム」というお題で書きました)
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