人を殺す夢を見る ―ショートショート―

 人を殺す夢を見るんだ。たとえばそれは両親だったり、たとえば好きな女の子だったり、親友だったり、学校の先生だったり、見ず知らずの人だったり、病院で泣いている赤ん坊だったり、テレビで見るアイドルだったり、交差点を渡ろうとしているお年寄りだったり、後輩だったり、コンビニの店員だったり、死んだはずのおじいちゃんだったり、嫌いなクラスメイトだったり、いるはずもない弟だったり、みんなを殺すんだ。ひとつの夢の中でひとりしか殺さないときもあれば、ふたりや、もっと多ければ十人を超すこともある。ときどき思うんだ。もしもこれが現実だったらどうしようって。これだけ夢の中で人を殺すんだから、もしかしたら現実でもうっかり殺してしまうかもしれないじゃないか。僕はそれが怖い。殺すつもりがなくっても、殺してしまうかもしれないんだ。僕は僕が信じられないんだ。条件反射のように、人の首を絞めてしまうかもしれない。手にしていたハサミを誰かの目に突き立てているかもしれない。化学の実験で使う濃硫酸をだれかの頭にかけるかもしれない。うっかりバスの運転手を殴って気絶させてしまうかもしれない。怖いんだ。何かの拍子で誰かを殺してしまうんじゃないかって。だって、これだけ生きていて、どうして人を殺さずにいられるんだ。包丁、シャーペン、ゴキジェット、延長コード、ペンチ、車、氷柱、プール、本棚、ビニール袋、扉、カッター、階段、注射器、自転車、石、ラップ、椅子、そして手。世界はこんなにも危険なもので溢れているのに。いつだって考えるのは、殺してしまったらどうしよう、ということだ。殺して捕まることが怖いんじゃない。殺して、それでも冷静に証拠を隠滅しようとするんじゃないかってことが。大切な誰かを殺してしまって、それでも黙々とその人をバラバラにして、何時間も鍋で煮て肉を落として、骨を砕いて小分けにして、山に撒く、そんなことを考えてしまうんだ。考えてしまって、それから怖くなるんだ。なんでこんなことを考えているんだろうって。僕の頭の中では何人も何人も殺されて処理されているんだ。キミも、キミの好きな人も、みんなみんなみんな。僕は僕の中の狂気が怖い。今にもキミを殺してしまったらどうしよう。怖いんだ。何もかもが怖いんだ。そして今日も、夢を見たよ。僕が僕を殺す夢さ。僕は僕を追いかけて、捕まえて、僕の頭をコンクリートにぶつけるんだ。何度も何度も何度も何度も何度も何度も。真っ赤な、ね、血が、すー、って流れて、それでもまだ生きている僕を、僕は引きずって、車のね、タイヤの前まで引きずるんだ。そこで僕の頭をタイヤにくっつけて、それでね、運転できるはずもない車に乗って、アクセルをね、ゆっくりと、ゆっくりと踏むんだ。ほんの少しだけ。するとね、みしっ、みしっ、って音がして、そこでようやく目が覚めた僕は、あああああああああああああああああああ、って叫んで、それで最後には、ぐひゃぁ、って音がして、それからパキパキって枝が折れるような音がするんだ。それから僕はルームミラーで自分の顔を見てみたよ。するとね、僕の鼻から上がなにもなかったんだ。でも、僕の口は笑ってたよ。笑ってたんだ。あの光景がもう忘れられない。ついに僕は僕まで殺してしまった。どうすればいい。僕はどうすれば良いんだ。聞かせてくれよ。これから僕が誰を殺してしまうのか、もうわけがわからないんだ!





「そんなの、誰でも考えてしまうことだよ。きっとお前は、それが少しだけ過度だったってだけさ」




 え。



「お前も俺も、みんなも、大概そんなもんだよ。口には出さないだけで、誰かを殺してしまった夢なんて、みんな何度も見たことがあるんだ。むごい想像も、みんなしてしまうことがあって、それに気づいたとき、ハッとするもんさ。なんてことを考えてたんだろう、って」



 え。



「だから安心しろ。お前は、正常だ



 ――そして僕は、










ショートショートのお題、待ってます!
10文字程度のお題をください。
前回の作品はこちらです
作品集目次 お賽銭はこちらから。
他サイトでも活動中 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?