きれいな桜の木の下には、 ―ショートショート―

お題「桜の木の下」
(お題提供者 禅野双鏡 さま)


………………


 さっちゃんの名前は佐藤千代子だけど、小学校の頃に先生が間違えて「サチコ」と呼んでからあだ名が「さっちゃん」になった。

 小さな頃のあだ名は理由なんてめちゃくちゃのくせに大人になっても残り続ける。

 蛸みたいなくちびるだから「チューやん」、小さいから「マメ」、名字が貝塚だから「ジョーモン」、坊主頭だから「ボウズ」、ムラっちは……なんで「ムラっち」なんだっけ。きっとバカとかアホとかそんなんだ。

 桜の木の下、俺とチューやん、マメ、ムラっち、そしてさっちゃんがいた。ジョーモンと坊主は欠席。

「意外と集まるものねぇ」とさっちゃんは言った。

 その横顔は大人びている。彼女はもう、一児の母だ。

 小学校の頃に一緒にいた俺たちは、今年で二十五歳になる。俺たちは、二十五歳のこの春にタイムカプセルを掘り起こすことを決めたのだった。

 でもタイムカプセルなんてみんなどうでもいいんだ。みんなで集まって、桜を見ながら酒を飲む。それがとっても幸せで、うれしくて。

 チューやんは赤ら顔になって言った。

「なあタロウ」

「あん?」と俺は答える。

 そう、俺はあだ名が「タロウ」。でも本名も「タロウ」。あまりにも普通すぎて逆に面白いからだとか。俺としては困らないからまあいいけど、なんかつまんないよな。

「お前何埋めたんだ?」

「……んー、覚えてねーや」

 なにしろ、桜の木の下に集まって、思い出の品々を埋めたのが十年以上前だ。

 散る桜を見ながら、俺はビール缶を傾ける。

「でも、きれいな桜の木の下にゃ死体が埋まってるって言葉をしってたら桜の下には埋めなかっただろうな」

 きししし、と笑いながらマメは言った。彼はかつての風貌とはうって変わって、今や180センチの高身長だ。

「やめてよ、なんか変なの埋まってたらどうするのよ」とさっちゃんはぶるぶる震える演技をする。

 へたくそな演技に俺たちは笑った。

 ガキの頃からこれだけ時間が経ったっていうのに、それでも笑えるのがなんかおかしくて、それで俺はさらに笑った。

「あの……」

 ムラっちは何かを言いかけた。でも彼の言葉は「じゃあ、そろそろタイムカプセル開けますか!」というチューやんの勇ましい声でうやむやになる。

 スコップはマメが持ってきた。彼の長身と並んだスコップはやけに小さい。

「じゃあ掘るか」

 もしかしたらこの十何年の間にタイムカプセルが廃棄されているかも――そんな心配は杞憂だった。マメが何度かスコップをさしたら、彼の表情が変わった。

「お、なんかあるぞ」

 マメは土をどかして、そして悲鳴が上がった。

「いやっ! な、なにそれ……!」

 さっちゃんは震えだした。誰も、彼女の震えには笑えなかった。

 俺だって、震えてしまったんだから。

 ――きれいな桜の木の下には――

 そこから出てきたのは、人の腕だった。

 ボロボロだけど、たしかに指が五本あって、誰がどう見ようと人の腕。

 腕が、土の中から出てきたのだ。

 ここからさらに掘れば、人でも、出てくるのだろうか。

 笑えない、冗談だ。

「なんだよ、これ……」チューやんは固まっていた。

 そしてムラっちは――。

「ごめん」

 なぜか、謝ったのだ。

 なんで、謝ったのだろう。

 心臓が跳ねた。ふと、今日欠席の二人の顔が浮かんだ。「きれいな桜の木の下には」の次の句が脳内で響いた。わしづかみされるような息苦しさ。

 俺は、

「どうして、謝るんだ……?」

 と訊いた。

 ムラっちはくちびるをかみしめ、マメが掘った穴に手を突っ込んだ。

「なにしてんだ!」マメは叫んだ。

 でもムラっちはやめなくて、土の中から出た腕を掴んでそして、引っ張って――。

 俺たちは唖然とした。

 ムラっちが土の中から引き出したもの。

「ごめん、俺、ガキの頃これ埋めたんだよ」

 ボロボロのダッチワイフが、そこにはあった。

 俺はようやく思い出す。

 ムラっち。

 いつでもムラムラ。

 ムラっち。

「未来の俺もムラムラしてるかと思って」

 ムラっちを除く俺たちは、力無くくずおれた。


………………


※ショートショートのお題、待ってます!10文字程度のお題をください。

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