#FRENZ_JP 参加作品『Slices and Chops feat. 夏色花梨』楽曲解説
こんばんは。くらびすた(@Klavistr)です。この度、FRENZ 2023 1日目夜の部にて、出前くんの映像作品『Slices and Chops』へ楽曲を書き下ろしました。去年の出前作品で後語りが長引いて地生さんに止められたアイツといえば、思い出していただける方もいるかもしれません(非常にカッコ悪い)。
まずは会場で観てくれた皆さん、貴重な機会を与えてくれた運営の皆さん、ありがとうございました。出前くんもいつもありがとう。ウケてよかった、本当にその一言です。
この記事では曲をブロックごとに分けて、聴きどころや味わい方(?)を解説します。聴けば聴くほど、観れば観るほど拾える情報の量が増えるタイプの作品だと思いますので、ぜひ10回といわず何千回、何万回と再生していただければ幸いです。
イントロ
[Intro I]
AM7 - % - G#m7 - C#m7 -
[Intro II]
F#m7 - E - D#7(b5) - G#aug7 > G#7 -
[Intro III]
AM7 - [% > B] - C#m7 - [B/D# > E] -
AM7 - [% > B] - C#m7 - [B/D# > E] -
Rhodesエレクトリックピアノとチェレスタで子守唄でも弾くかのようなメロウなフレーズを演奏しています。
こういうサウンドに対して血の滴る包丁をバーンと出すというのは生半可なセンスではできないチョイスですよね。出前くんすごいわ。
後ろのストリングスはMellotron(シンセサイザーのご先祖様みたいな鍵盤楽器)をシミュレートした音源で鳴らしています。単独のロングトーンが吹き込まれたテープが1本ずつ、キーひとつひとつに割り当てられているというめちゃくちゃアナログな楽器です。
アナログなのでボロいと回転数にムラが生じるのですが、これが後付けの加工ではなかなか出せない味になるんですよね。ひ弱な、情けない、守ってあげたくなるようなLo-Fiサウンド。もっと流行っていいと思う。普通はプログレロックの文脈で使われます。
上のは「知り合い」のフクシマさんのTwitterです。彼からメロトロンのサウンドの味わいについて詳しく教えてもらいました。
次は5小節目。
ということでこのシーンには元々ジャングルの音が使われていました、とさ。鳥の鳴き声なども多く入っていたのですが、ごっそりなくしました。持っていてよかった、業務用の大規模効果音素材。
Aメロ
[A]
A6 - [% > G#m7] - C#m7 - [B/C# > C#m7] -
どこから生まれ どこへ往くの
A6 - [% > G#m7] - C#m7 - [B/C# > C#m7] -
散った後先は 誰が説くの
A6 - [% > G#m7] - C#m7 - [B/C# > C#m7] -
ここにしかない わたしの愛
C#m7/F# - [% > G#7(#9)?] - C#m7 - [B/C# > C#m7] -
届く頃には 旅の終わり
3番目に作ったブロック。
構想の初期の時点で「Synthwaveっぽいパートは入れたいよね〜」とは思っていました。1980年代までいくとだいぶこってりしたアナログシンセサウンドになるというか、本当にSynthwaveとSynthwaveの先祖返りをなぞることになるのですが、僕の趣味はもうちょっと後の時代。
「デジタルシンセが音楽業界に広がったばかり」くらいの時代をイメージして、Roland D-50の再現などを取り入れました。シンセベルですね。
シンセベルといえば、Aメロ終わりのフレーズはなんとなく「残酷な天使のテーゼ」Bメロに似ている気がします。さり気なく、特に気にせずとも出てくるような、そういうものではありますが…信じるか信じないかは、あなた次第です。僕も信じるかどうかはゆっくり考えます(?)
ドラムがYMOっぽいのはこの自作ループの元ネタが昔応募した東方ProjectのSDVXリミコンにあるからというのもあると思います(ZUN氏もYMOチルドレンのひとり)。作っている途中は確認する余裕もなかったのですが、意識の裏では「君に、胸キュン。」ってこんな感じだったっけ?と思っていました。今やっと答え合わせをしたのですが、まあまあ胸キュンで草。全部が全部というわけではないにしろ、テンポや横ノリ感というか、その辺は近いような気がします。YMOももう残り1人ですよ…悲しいなぁ…
コード進行に興味のある人用
上のコード進行メモでG#7(#9)?と書いてあるところ、下からG♯–A𝄪–D♯–F♯–B♯と鳴っているんです。構成要素としてはG#7(#9)で間違いないんだけど、やりたい響きはG#mが下に来る感じ。
A𝄪をB♮と読むと、上のテンションはC♮となり、減11度という通常「あるはずのない」モノになってしまいます。それにG#7(#9)を受けて進んだ先のC#m7が持つC♯に対してちょっかいをかけることになってしまいます(実際にはG#7(#9)の直前のC#m7/F#に含まれるBが上に向かって迫ってくるイメージなのに)。
何でこういうことをしたくなったんでしょうね。
7(#9)の響きは宇宙刑事ギャバンもご参照ください。イントロの4連打するところね。
Bメロ
[B]
{3/4}{4/4}
[C#m7 > B7] - AM7 - [C#m7 > B7] - E -
時を止めて 刻む針を壊そう
{6/8}
[F#m7 > G#7] - [Eadd9 > AM7] -
永久の今を たゆたう夢
{4/4}
[E/D > D/E] - [Bm7/E > CaugM7/E] -
醒めれば
いちばん難産だったブロック。
前のSynthwaveゾーンとサビ以降のFuture Bassゾーンをなめらかに繋がなきゃいけないし、なめらかといえどジャンルをまたぐ区間なのだから派手なフックを用意しないと持たない。
今ここで書いているから言語化できていますが、作っている当時はただただ焦っていました。
後述の、コンプレックスとの闘いが一番激しかったのもここですね。どうにか音ゲーっぽくしなきゃ、という自分への呪い。とにかくピアノに向かって弾き散らかして何とかひねり出せたのをどうにかこうにか仕上げました。すると拍子が4/4で収まらなくなった。IIDXやSDVXっぽくはないにせよ、ギタドラっぽくはあるかもしれない。
3連系のリズムを取り入れたのは、全体のFuture Bass仕立てもそうですが、モリモリあつしをやりたかったのだろうと思います。僕は彼を誤解しているかもしれない(モリあつの作品、キメの3連符は多いけど急に6/8拍子にするのはあまり多くないはず)。
オーケストラの要素を入れるときは毎回なるべくガチオーケストレーションをやるようにしているのですが、今回は特別(?)にシンセのオケ系音色を演奏している体で大雑把に組みました。作業効率を高められたのと、サビ入り直前でLPFエフェクトをかける上でも説得力ある仕上がりになったのとを思えば、これで正解だったように思います。
サビ
[X]
AM7 - [AM7 > B] -
slice, slice, slice, slice,
C#m7 - [B6/D# > E > B] -
限りなく薄い切れ端を
{3/4}{9/8}
F#7 - G#m7 - [AM7 > D] - [CM7 > Dsus4 > Dadd9] -
あなたに世界に溶かしてゆくの
{4/4}
AM7 - [AM7 > B] -
chop, chop, chop, chop,
C#m7 - [B/D# > E > B] -
このかけらひとつひとつが
F#m7 - [G#m7 > C#m] -
手からこぼれて
E/D - [E > Eaug/G# > G#7/B# > G#7] -
新たなわたしを紡ぎ出すの
いちばん初めに作ったブロック。
難産とか転職直後とか言うてもそろそろmp3ファイルのひとつでも渡さないとホンマにヤバいでなァ自分ン〜ってとき(6月)にまさかの出張が入り、新幹線の中でこしらえました。
メロディと歌詞が「♪ slice, slice, slice, slice ♪ 限りなく〜」と同時に降ってきて、これだ!と思い、脳内再生からの耳コピ(?)を使ってその場でSynthesizer Vに歌わせたのです。当時のボーカルは小春六花でした。
余裕がないときに何とか出てきたアイデアに限ってなんかしっくりくるというのも、普段じっくり考えている時間を返せという気持ちにもなるというか、アレなんですが、とにかくこのドアタマのフレーズが超重要なきっかけでした。
最初出前ちゃんのテーマソングをと言われたときは、彼女の属性てんこ盛りぶりにインスパイアされるかっこうで、言葉遊びやナンセンスを入れまくったものにしようと思っていたのですが、ここでぐっとシリアス路線でいくことが決まります。あまり量がなかったとはいえネタ帳もすべて意味なくなっちゃった。
メロディと歌詞の対応
あと会場で語ったときに「おぉ」という声が聞こえた気がするのですが、ハイ、「手からこぼれて」のところでちゃんとメロディが上から下に動くようにしているのは、狙ってやっています(調整を重ねました)。ハモリが交代で上に来るのも美しい。
最近のJ-Popは〜というと老害まっしぐらですが、昭和歌謡などと比べると、イマドキの歌モノってサウンドの派手さ ≒ 編曲にフォーカスが寄りがちなのは間違いなく、歌詞カードがないと拾いきれない無茶な譜割りや、1〜2音だけフレーズのまとまりからはみ出しているような例も多いように思います。
これはあくまで推察ですが、こういうのは「曲先」でスタートし、歌詞が付け加えられた後にフィードバックする工程が入っていないのだと思います。「ちょっとここ音符追加してもらえたら意味が通りやすくなると思う」くらい言えばいいのに。
※「詞先」にしたら全部バッチリかというとおそらくそうではありません。作曲側にもセンスが要るので。また、僕自身も「詞先」のフローは毎回うまくいかず、結局、曲先、詞先、曲と歌詞いっぺんに制作、の3つが交じりがちです。
メロディでカッコつければ歌詞がハマらず、歌詞に合わせるとメロディが地味になってしまい。パズルのピースをひとつずつはめていくような制作は、ひとりで音楽面を全部やるからこそできるものでしたね。AメロBメロも最後まで悩み抜いたな…
アウトロ
[Outro]
AM7 - [% > B] - C#m7 - [B/D# > E] -
AM7 - [% > B] - C#m7 - [B/D# > E] -
AM7 - [% > B] - C#m7 - [B/D# > E] -
AM7 - [% > B] - C#m7 - [B/D# > E]
あれだけ言葉の意味がどうのこうのと言う自分にとってボーカルチョップというのは非常に罰当たりな行為といえる(上、テクニカルにも得意ではない)のですが、テーマがテーマだし、ある意味その罰当たりっぷりこそ、この曲が説くところの「自分から生まれ出たものはその瞬間からもう自分のものではなくなる」ことに通ずるので、何とかやりました。
アウトロ後半はイントロ最初のRhodesピアノが戻ってきてちょっと切ない響きを付け加えます。なんかええ感じにまとまったんとちゃう?
総合的なアレ
今回の「Slices and Chops」は、「出前ちゃんのテーマ」というお題ではありながら、ひとつの独立した歌モノ楽曲としてしっかり咀嚼しがいがある強度を持ったものを作ろうという試みでした(アーティストとアニメ等の「タイアップ」にイメージは近いかも)。
一方、出前くんが言っている通り僕の難産による制作進行上の理由もあって、彼の側としても曲とは関係なく自身の出せるものを出せるだけ出すことになりました。その中で生じた化学反応と、やっぱりそこは出前くんのセンスと頑張りと頑張りと頑張りだよね、が功を奏して、地生さんからも「いい意味でひとりよがり」という評価をいただくことになったのだと思います。
私事ですが、おととしの9月10日に母方の祖母を亡くしており、今年の同日9月10日に母方の祖父を亡くしています(じいちゃんは家庭内では結構アカンタイプの父親だったようですが…最後の最後でなんかええ話みたいにしおった)。人が死ぬってこういうことなんだなぁという感覚は僕の意識に結構な影響を与えたように思います。
あとは転職に伴って、前職の現場(楽器屋さん)に何か遺したいという気持ちが湧いたのもあります。キーボードやDTMを楽しむ同志を、遠い場所からでも応援できるような何かを…と。
そもそも、27歳になって結婚とか子供とかをいよいよ割と近い話題として意識するようになったのも、本作のテーマの大きな柱です。自分の遺伝子を持つ存在を求めるのは、生き物としての本能ですよね。肉体的遺伝子(通常の子づくり)か文化的遺伝子(ミーム)かはともかく。
そこに、クリエイターとして思うようにいくこといかないこと、作品の行く末、自分があーだこーだ思うほど、むしろ受け取られ方は思わしくない方向に行くのではないかとか、そういった思索を交ぜて形にしたのが、あの詞だったのです。
YouTubeなどを見た限り、現時点であんまり曲に対するアレはアレされていないみたいで、アレな気持ちもあるのですが、それこそ僕がこの作品で説いたことにも通ずるので、もう寂しがったりはしないぞ。むしろ楽曲が透明なものになって、出前ちゃんに溶け込んでいるなら、それはそれで正解なんじゃないか。もうわからん。助けてください。
もう7,700文字超えているってマジ?この辺でおしまいにします。
こんなところまで読んでくれている方、(いたら)本当にありがとうございます。
ちょっと長い話
去年の『Argo↑↓s』、あれはあれで刺激的な制作ではあったし、バキバキに仕上げてくれたいかるがさんには感謝しているのですが、反省点や心残りもありまして。「次にFRENZに参加するなら絶対に出前っちを独り占m…出前っちとのタイマンバトルで臨むぞ」と心に決めていたのです。
じっくり意見のぶつけ合いができるかもという純粋な期待を含め、彼とのタイマンを望んだ理由はいくつかあるのですが、今だから白状すると、そのいくつかは必ずしもカッコいいものではありませんでした。おこがましいというか、卑しいというか…あるいは不純というか、邪念を含むというか…いや、立派なイベントで立派なクリエイターとタッグを組もうという以上、そういった気持ちはむしろ熱量として歓迎してもよいことだったのかもしれません。
にも関わらず、どこか後ろめたかったのは、(壇上でも触れましたが)FRENZ映え ≒ 音ゲー映えとしたときに、自分があまりそういったスタイルを得意としていないことにコンプレックスを持っていたからです。自分の出せるものに自信があるようなないような、そういう気持ちと、そのくせに、それでも、大勢の耳に届けたいという気持ちとのせめぎあい。
えらい時間をかけた難産だったのは、転職活動や引越しと重なったこともありますが、僕が浪費していた時間の無視できないくらいの多くは「僕がAoiくんだったらよかったのに、いかるがさんだったらよかったのに」と、ないものねだりに苦しんでいたものだったように思います。「インターネットやめろ」には僕もバッチリ脳を破壊されました。ちょっとピアノを弾いては考えがまとまらず全部捨ててしまい、というのを何度繰り返したことか。
結局今出せる以上のものは出せないんですよね。出せないのは出すための努力をしてこなかった(その分のパワーを別のことに注いでいた、として、今回「別のこと」側で勝負を挑まなかった)自分の選択の結果なのだから。
となると、もう「自分はこんなスゴいものが作れるんだぞ〜」のためではなく、「FRENZに臨む出前っちを手ぶらにさせない」という最低限の義理を果たすことが動機に占める割合を高めてきます。この時点で自意識の乱れと出前くんへのばつの悪さは最高潮です。
皆さんお気づきの通りこれは全く愚かなことで、当の出前くんは自身の音ゲー路線とくらび側の非音ゲー路線の相性問題を正しく理解しており、くらび側はJ-Popをきちんとやり抜けば問題ないようにしてくれていたわけですが、一度ドツボにハマった僕はなかなかグズつきが収まらなかったのです。
皮肉なことに(?)そこからの方が制作が捗りました。ある意味当たり前なのだけど。「なんかこうもっと別なのちょうだいよ(別に具体的なアテはない)」という心の中のクソクライアントを殺して、指先から自然に出てきたものをおいしく食べられるまで加工することの繰り返し。たくさん仕上げまで作ってそこから厳選するなんてスティービーワンダーみたいなことは僕にはできない。
長いトンネルを抜けてカラオケ版に相当する部分ができたのが8月11日。チョップ以外のボーカルを入れて渡したのが8月16日。これは完全に僕の確認不足だったのですが、全編ボーカル入るまでくれば画作りには困らないだろう(ほぼ完成〜♨)と思っていました。
チョップとグリッチのタイミング合わせが結構デカいウェイトを占めることを知らず…ホンマにすまんかった。
曲の方が(本当に)一段落ついてからは組み上がった動画の調整を手伝って、でもほどなくして提出と相成り。8月の間でドタドタと仕上がったので、やりきったぞという実感が薄く。FRENZ当日になって急に緊張する始末でした。「これが君が望んだサシ勝負やぞ」とは出前くんの言。ホンマやで。
上映を見届けて、壇上でもいろいろ話させてもらえて、ウケている様子に安堵して、本人からもねぎらってもらえて。終わってみれば「参加できてよかった」という感想に至りました。
ただ今回でいくらかは僕のコンプレックスもマシになったとはいえ、出前くんを誘う以外でFRENZの場を舞台に戦える気は正直しないので、当分は自分の活動に集中することになるかなと思います。あるいはMV系以外で映像制作をやってみるとか?まあ今から風呂敷を広げ過ぎてもアレなので、このくらいで。お読みいただき、ありがとうございました。