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Liza Lim/ Love Letter について(増井)


 今回はコンサートで演奏するリザ・リム《Love Letter》についての記事ですが、まず初めにジェームズ・テニーという作曲家についてのお話をしたいと思います。彼(James Tenney, 1934-2006 アメリカ)は60年代初頭に電子音やコンピュータープログラムを音楽に組み合わせることにいち早く取り組んだ、アメリカの現代音楽において重要な作曲家、音楽学者の一人です。彼はその中で音楽の形式や音の知覚についての研究にも取り組んでおり、彼の作品にもその要素が見て取れます。私も昨年彼の作品のひとつ、《Having Never Written a Note for Percussion》を演奏しました。この作品は一つの音符とその上に長いフェルマータ、そして作品全体を通しての大きなクレッシェンドとディクレッシェンド(曲の前半がクレッシェンド、後半がディクレッシェンド)が書かれたのみの楽譜で、私はこれを大きなタムタムで30分近くかけて演奏しました。聴衆は、曲全体を通したタムタムのロールによるクレッシェンドとディクレッシェンドという一見シンプルに見える音の素材を、長いプロセスに投じて見ることによって瞑想状態に入り込み、ただ普遍的な形式のある曲を聴くのとは違う知覚体験をすることができるのです。演奏する本人はこの体験をできないことが残念でなりませんが(もちろんその効果を想像しながら演奏します)、コンサート後に聴いていた人から時間を忘れてただただ音に浸かる不思議な体験だった、という感想も聞きました。

 そんな実験的な作品を多く書いたテニーですが、彼はたくさんの友人を持つにもかかわらず、手紙を書くのが苦手だったそうです。そこで彼は絵葉書の裏に楽譜を書いてそれらを友人たちに送っていました。(《The Postal Pieces》)この”プロジェクト”の中で音楽的な要素として”Swell Form”というこれもまたテニーの代表的な瞑想的作品《Swell Piece》にて用いられた形式へのリスペクトが見られます。(Swell Form – 繰り返しの使用と対称なアーチを用いた構造的進行、イントネーションの重視、瞑想的な知覚状態を生み出す)

 今回の演奏会でテニーの作品を取り上げていないにもかかわらず、なぜこんなにも彼についてのお話をしたかというと、今回演奏するリザ・リムの《Love Letter》が、テニーの《The Postal Pieces》に似た形式を持つ作品を、ということでSpeak Percussion(オーストラリア)の音楽監督であるEugene Ughetti氏から委嘱を受けたことによって生まれた作品であるからです。

 リザ・リム(Liza Lim, 1966- オーストラリア)はソロ、室内楽、オーケストラ作品のほかに、オペラなどのシアター作品や、サウンドインスタレーション、ビデオ作品を他のアーティストと共同で創作するなど多岐にわたって活動している作曲家です。また彼女は研究者でもあり、作品にはしばしば異文化(主に西洋以外のアート)やその美学への関心も反映されており、それらの融合を自身の作品上で実践させようという試みがしばしば伺えます。

 今回演奏する《Love Letter》のスコアは1ページのみ、そこにはこう書かれています。

Love Letter(2011)for solo hand drum

  1. 愛するひとへの手紙を書く

  2. 手紙の中のそれぞれの言葉を静止も含めてリズムに変換する

  3. 左手と右手にリズムのレイヤーを割り当てる

  4. 指、手のひら、爪、ブラシ、スーパーボールを使いながらドラムの表面の違った場所で、音色の繊細なグラデーションの追求をしながら演奏する

 作曲者は、”スコアとしての「手紙」は最愛の人を称える行為へと奏者を促す。奏者によってはすでに誰かによって書かれた文章や詩を使うこともあるようだが、奏者は内なる感情の世界を演奏に注ぎ込むために、自身の手によって手紙を書くべきである。”、”またこの作品は、まだ作曲の経験のない奏者を創造の世界へと誘い、それを実現させるための小さな一歩を奏者に踏み出させる”許可”を与えるものでもある。”と語っています。奏者が作品の礎となる手紙を書き、それを本人が演奏することによってそれは曲に”真実”をもたらすことにもなるのかもしれません。

 今回のコンサートは言葉を用いた作品が多数ありますが、《Love Letter》では言葉やその背景にある感情をどのように音素材や音楽として昇華するかというところが見どころになるのではないかと思います。私は普段インプロヴィゼーションにもよく取り組んでおり、その中で培った音そのものにフォーカスして音楽の中に丸裸のままダイブ・インするという感覚がこの作品の中ですごく生きていると感じています。

 もし人の感性や感情が、分析され言葉によってその全てを説明し尽くされるには複雑すぎるものだとするのならば、ジェームズ・テニーやリザ・リムの作品のような複雑なコンセプトの中でシンプルな音素材から作る音楽には、奏者や聴衆のそれぞれの感性が十人十色の違った形で呼応し、自身のアイデンティティを演奏や音の知覚に滑り込ませる”スペース”が存在するのではないかと思います。お聴きいただく皆さまにもご自身の記憶や感情に寄り添って演奏をお楽しみいただけたらと思います。

増井

Klangküche Percussion Duo Concert

東京公演
2022年12月28日(水)
開場|18:15
開演|19:00
会場|トーキョーコンサーツ・ラボ(東京都新宿区西早稲田2-3-18)

名古屋公演
2023年1月8日(日)
開場|14:15
開演|15:00
会場|K・D ハポン(愛知県名古屋市中区千代田5丁目12-7)


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