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小宮良太郎『草』より

 小宮良太郎さんの『草』は1933年3月に竹柏会出版部より刊行された第一歌集です。

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 2005年4月17日の東京歌会の研究会で取り上げた時の資料が出てきたのでアップします。理想を言えば一首一首についてきちんと触れるべきでしょうが、せっかく(?)著作権が切れているのだからということもあり、気軽に歌を流していきたいと思います。
 資料は歌の抄出だけです。当日話題になった項目のメモも出てきたのでそれもつけます。

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短歌人会 研究会資料

平成十七年四月十七日(日) 作成・花笠海月

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小宮良太郎『草』抄出

※一部正字が出ていない箇所があります。

009 旅「箱根」
草いきれこらへつつ行けど徑ひらけず足もとに赤き蛇苺の實

014 旅「淨瑠璃寺」
藪かげはまだふかからぬ春の色朽葉の中に葉を捲ける羊歯

037 草「野」
蜥蜴(とかげ)がふりむきてつとかくれたる車前(おほばこ)の葉の傷みが目につく

042 草「日沒」
草の根元の小さき穴にとび入りしこほろぎの脚がまだ見えてゐる

055 草「夕」
くさねむの葉をとぢてゐる夕なり澤邊の霧のいよいよふかし

058 草「こほろぎ」
こほろぎのもぐりこみたる積草は底までふかくしめりふくめる

096 家「不安」
まざまざと吾が性(さが)を受けて來るといふ子の生るるを恐れつつ待つ

097 家「不安」
何の氣構(きがま)へもなくこのままに恥ぢ恐れつつ父となりゆく

098 家「不安」
靜かにあれば胎内の子と息さへも觸れあふといふ妻をうらやむ

103 家「期待」
日のせまり來て強くとがれる妻の心に吾はふれざらむとす

104 家「期待」
胎内の子と一つに伸びゆく妻の氣持にあせりつつもなほ取り殘さるる

111 家「小さきもの」
一言わがいひければ眼をひらき妻は力なき笑(ゑみ)を見せたり

114 家「小さきもの」
乳首ふくみひたすらに吸ふみどり兒の頬の動きの何ぞするどき

128 家「乳母車」
秋の光まともにさせばまばゆさに子はかたく眼をつむりてゐるも

144 家「秋冷」
かた手にて子をいだきつつ足もとの龍膽の莖を起してやりたり

161 家「夏」
子を負ふと草深き徑にかがみたり草のにほひがひしひし流るる

163 家「夏」
おぼつかなく子が指させる夕空にまだ光あはき月を見いでつ

167 山「一」
伸びあがりランプをはづすわが影が室の片隅に大きくうごけり

174 山「二」
あへぎあへぎわがのぼる徑の草かげに紅茸の笠の破れしを見つ

175 山「二」
ひたすらに登り來しかばわが袖に山百合の花粉紅くそまれり

182 山「二」
山霧にふかくぬれたる靑苔をわが靴の下にやはらかく踏む

189 山「三」
焚火よりはなるる人をたちまちにさへぎりかくす山霧の層

221 命「演習宿舍」
兵器軍服かけつらぬればこの室にたちまちこもる革臭きにほひ

242 命「光」
事足らぬとひそかに思ふ妻と知れどいらだち心抑へかねたり

258 命「餘寒」
おとなしく寫眞の祖父におじぎせりいくたびもせりこれの幼子

261 命「向春」
みどり兒に母をとられてさぶしきかわれにより來て離れぬ上の子

262 南「騷音の中に」
路上にふりあふぎ見たりビルデイングがはげしくゑがくパースペクテイブ

266 南「騷音の中に」
そそり立つ鐵骨の隙(ひま)を切れ切れにこぼれ落ちくる冬空の碧

281 南「銀座」
映畫に見入りつついつか力味ゐしわが上體をすこしくづせり

282 南「銀座」
ヒルムがつながれてまたスクリーンにクローズアツプが笑ひつづける

286 南「南伊豆 二、大島碇泊」
波の上に影のびてくる島の灯とわが船の灯とはつはつふるる

293 南「南伊豆 四、石廊崎途上」
段畑の日かげる裾によりそひて梨の木の花冷えびえ白し

310 南「南伊豆 天城越え」
わさび田のきだよりきだに流れきてここに滴る水澄みて居り

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メモ

・同時代性(『植物祭』(前川佐美雄)との題材の共通点、カタカナ語の使い方)
・美的な表現を避ける
・破調が多い(後半へ行くにつれて減少)
・「家」の重要性
・現代的な感性、意識(子供への視線)
・竹柏会内での位置づけ
・リズム。後年の口語歌の伏流
・同時代の反応

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(2019年の補足)

 会場は上野だったと思います。
 もちろん蒔田さんは出席されてました。タカセさんに小宮さんのことを聞いておけばよかったなーとこの時も思いましたが、その後何度も思いました。

 「メモ」は当日とったメモですが、今となってはどういう意味なのかわからないところもありますね。

 「同時代性」「竹柏会内での位置づけ」っていうのは佐美雄との比較です。佐美雄は小宮さんの2年前くらいに入会して、『草』は『植物祭』の3年後の出版。何をするにしても佐美雄が早いのは当然といえば当然です。しかし普通の人は同人になるのも歌集を出すのももっと時間がかかるものです。社内で期待されていたひとりだったと思われます。
 この会の前に小宮さん入会前の「心の花」のバックナンバーを閲覧しました。このころは同人ってハッキリとないんですが、前のほうに一段で載る人たちがいました。小宮さんも割と早く前へ前へと移動したと思うんですが、それ以上に早かったのが佐美雄です。そういう話題をしたような記憶があります。

 『草』は、横浜中央図書館、神奈川近代文学館で読めます。
https://opac.lib.city.yokohama.lg.jp/opac/OPP0200
https://www.kanabun.or.jp/

 

 よかったらこちらのnote記事もあわせて読んでください。第四歌集『雨』の一首鑑賞です。

人間のいのちのきはのみじめさをきのふ見けふ見あすもまた見む(小宮良太郎『雨』)
https://note.mu/klage/n/nc38ec0960cf4


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